ファイナルファンタジーⅣ ~IF~ 作:FF4熱再燃中
月を見ていた。理由は分からない。ただ、どうしても気になってしまう。
二つ並ぶ月を、少女は静かに見上げていた。
昼間、医師から告げられた言葉を思い返す。
体の傷はすっかり癒え、記憶以外に異常はないらしい。
屋敷の中なら自由に歩いて構わないとも言われた。
だから少女は、皆も寝静まった頃にそっと部屋を抜け出し、縁側へ腰を下ろして夜風に身を委ねていた。
「………………」
夜風が銀色の髪を優しく揺らした。
目覚めてから何度か自分のことを思い出そうとした。あと少しというところで決まって頭が痛くなる。
──■■■■■■■
頭の奥で、何かが渦を巻いていた。
「わたしは……」
その時だった。背後でかすかな物音がした。
少女ははっと振り返る。
「だれ!!?」
「あ……」
背後にいた人物と目が合った。
「……なにしてるの?」
「つ、つまみ食い……」
そこにいたのは饅頭を頬張ったまま固まるギースだった。
しばらく沈黙が流れる。
「……えっと」
互いにどうすればよいか分からない現状だった。
少女は固まるギースを見て、おずおずと尋ねる。
「……座る?」
「あ、どうも」
ギースは少し照れくさそうに頭をかき、その隣へ腰を下ろした。
懐からもう一つ饅頭を取り出し、少女へ差し出した。
「……いるか?」
「ありがとう、です」
少女は小さく頭を下げ礼を言うと、饅頭を受け取った。
そっと一口かじる。
「……おいしい」
思わずこぼれたその一言に、自然と笑みが浮かぶ。
「だろ?」
その笑顔を見て、ギースも嬉しそうに笑った。
「ジェラルダイン家御用達の饅頭だからな。味は保証するぜ。さて君も食べたから共犯ってことで、母さん達にはこの事は内緒な」
「……別に言うつもりはないよ」
「よし、それなら安心だ」
ギースは賄賂を受け取った少女に対して、交換条件としてセフィ達に黙っておくことを提示した。
少女の方も特に告げ口する理由はなかったので軽く了承した。
ギースは少女の答えに満足そうに頷き、自分も饅頭をぱくりと頬張った。
「……で、俺はつまみ食いだけど」
口いっぱいに饅頭を頬張ったまま、ギースは少女へ視線を向けた。
「君はどうしてここに?」
「月を見たくて……」
「月?」
ギースは首を傾げた。
わざわざ夜中に部屋を抜け出してまで月を眺める理由があるのだろうか。
少女は夜空を見上げ、静かに口を開く。
「何か思い出せる気がしたんだけど……」
「気がしたけど?」
「……ダメだった」
少女は静かに首を横へ振り、小さく肩を落とした。
「ごめんなさい」
「謝ることじゃないだろ。別に俺たちは君を責めてなんかいないから」
「でも……」
気にしなくてもよいとギースは答えるが、それでも少女は俯いたままだった。
「ずっとこのままじゃ、迷惑をかけちゃうと思うし……せめて名前くらいは答えられたらよかったんだけど、それも覚えてなくて……」
少女は寂しそうに俯いた。
夜風だけが静かに吹き抜ける。
ギースは頭をかきながら、しばらく考え込んだ。
「……名前、言えなくて困ってるんだよな?」
「う、うん……」
「じゃあ、そうだな……ずっと『君』とか『お前』じゃ、なんか他人行儀すぎるし」
そう呟くと、ふと夜空を見上げる。
二つの月が、静かに夜空を照らしていた。
その光を眺めているうちに、幼い頃、母から聞かされた月のお姫様のおとぎ話が脳裏をよぎった。
「……カグヤ」
「え……?」
「君の名前にどうかなと」
ギースは照れくさそうに笑う。
「母さんが昔読んでくれた絵本に出てきた名前なんだ。俺も名前を付けるセンスがあるわけじゃないし、仮ってことでさ。気に入らなかったら、あとで好きな名前に変えても良い」
少女は小さく目を見開いた。
その名を、胸の中でそっと繰り返す。
「……カグヤ」
決して本当の名前ではない。
けれど不思議と、その響きは心にすっと馴染んだ。
「じゃあ、改めて自己紹介だ!」
ギースは勢いよく立ち上がると、少女へ向かって右手を差し出した。
「俺はギースウェル・ジェラルダイン。長いから、みんなギースって呼んでる。俺も自己紹介するときはそう言ってるし、ギースでいい。よろしくな!」
少女は差し出された手と、ギースの笑顔を交互に見つめる。
少しだけためらってから、その手をそっと握った。
「わたしは……カグヤです」
一度だけ自分に言い聞かせるように、その名を口にする。
「本当の名前は覚えていないけど……もし思い出せたら、その時はちゃんと伝えたい」
少女は小さく微笑んだ。
「それまで、よろしくお願いします。ギース」
少女──カグヤはギースの手を借りて立ち上がった。
◇ ◇ ◇
「……カグヤ」
その名を小さく呟き、ギースはゆっくりと目を開けた。随分と深く眠っていたようだ。
油断した。結界を張っていたとはいえ、ここまで眠り込むつもりはなかった。
焚き火は赤い熾火だけを残し、砂の上で静かに揺れている。
「……夢か」
短く息を吐く。とても懐かしい夢だった。
「随分と、懐かしい夢を見た。」
そう呟くと、ギースは立ち上がり、熾火へ砂をかけた。
「分かってる。分かってるさ"ゴルベーザ"は俺が殺す」
まるで自分に言い聞かせるように呟くと、ギースは再び終わりの見えない旅路へと歩き出した。