ファイナルファンタジーⅣ ~IF~ 作:FF4熱再燃中
予感はしていた。
ギースは、目の前の現実を見ながら、そんなことを他人事のように思った。
「……………………」
「お前もっ!」
エブラーナの皆と別れ、クリスタルルームへとたどり着いたセシルたち。
そこで一行を待ち構えていたのは──一人の侍だった。
「……………………」
黒い髪。
手にした刀。
そして、見覚えのあるその顔立ち。
その人物と直接面識があるのは、ギースとエッジの二人だけだった。
だが、それでも一行は目の前の侍が誰なのか、すぐに察した。
誰もが、よく知る人物にあまりにもよく似ていたからだ。
「エッジ……あの人は……」
ローザが戸惑いながら尋ねる。
「……ガルド、ギースの父親だ」
「そんな!」
「ギースの……お父さんまで」
驚きの声が上がる中、ギースだけは何も答えなかった。
目の前にいるのは、間違いなく父──ガルドだった。
「……来たか、待ちかねたぞ。ルビカンテに殺されてたらどうしようかと思ったが……無事乗り越えたようで結構だ」
ガルドが刀を抜く。
その刃が、クリスタルルームの光を受けて鋭く輝いた。
「構えろギース、最終試練だ」
「……父さん」
ギースも刀を抜く。
何があろうと、目の前にいるのは父親だ。
それでも、魔物と化した今のガルドが何を考えているのかは分からない。
次の瞬間、ガルドが踏み込んだ。
「っ!」
ギースも咄嗟に刀を振るう。
二人の刃が激しくぶつかり合い、クリスタルルームに鋭い金属音が響く。
ギースは押し込まれながらも、必死に父の剣を受け流す。
だが、何度打ち合っても、ガルドの剣には狂気も無軌道さもなかった。
むしろ──こちらの動きを見極め、試すような剣だった。
その違和感に、ギースの目が見開かれる。
「……父さん、あんた……」
剣を交えたまま、ギースは確信する。
「おい、あんた……最初から“正気”だな?」
「ああ、そうだ」
「な、なんだと!!?」
エッジが驚きの声を上げる。
まさかガルドが正気のまま、この場でギースに試練を課しているとは思いもしなかった。
ガルドはそんなエッジの反応を一瞥すると、刀を引く。
その口元には、ギースがようやく自分の意図に気づいたことを見届けたような、わずかな笑みが浮かんでいた。
「エッジ……ガキの事から見てきたが、未だに俺の性質をよくわかっていないと見える」
ガルドは呆れたようにエッジを見つめる。
まるで、自分がどういう人間なのかは昔から変わっていないとでも言いたげだった。
「俺は、使えるものは、親だろうが、子だろうが、国費だろうが、敵だろうが、何でも使う」
「いや、国費はお前の一存で使うな!!」
この期に及んで、国費を横領したことまで当然のように正当化するガルドに、エッジは思わず突っ込んだ。
「叔母さんにキレられたの知ってるからな俺は!」
「そんな過去のこと、今はどうでもいい」
ガルドはエッジの言葉を軽く流し、再びギースへと視線を向ける。
その手には、すでに刀が握られていた。
「そんなことより……構えろと言っただろうギース」
次の瞬間、ガルドの姿が目の前から消える。
ギースが反応するより早く、鋭い一閃が身体を捉えた。
「っな、なんで!?」
まともに斬撃を受け、ギースの身体が大きく弾き飛ばされる。
「俺が正気と知って、なぜ構えをといた?」
「それ、は……」
「最終試練だと言っただろう」
ガルドは刀を構え直し、倒れたギースを見据える。
「俺の正気の有無で、試練が変わるわけじゃないだろう」
「…………っ!」
「ギース!!」
セシルたちは、倒れたギースのもとへ駆け寄る。
そのまま助太刀に入ろうと、一斉に武器を構えた。
「悪いが、邪魔はしないでもらおう」
「っな!」
「うご……けない!!」
「かげ……しばり……か!」
その瞬間、セシルたちの足元から伸びた影が身体へ絡みつく。
まるで影そのものに縫い留められたかのように、誰一人として動くことができない。
ガルドが放った影縛りだった。
「セシル!みんな!」
「もう一度だ。構えろ、ギース」
「…………っ!やるしか……ないのか?」
「ああ、今の俺は魔物も同然。手加減は不要」
ガルドの言葉に、ギースは唇を噛み締める。
目の前にいるのが父親だと分かっているからこそ、刀を握る手には迷いが残っていた。
「そしてお前の選択肢は二つ。戦って死ぬか、生きるかだ」
「~~~~~っ!」
ギースは目を閉じ、胸の奥に渦巻く様々な思いを振り切るように、強く息を吐く。
そして、震えの残る手で刀を握り直し、ゆっくりと構えを取った。
「無様に負けて、後を濁しても知らないぜ」
「愚問だな。すでに後は濁してる。これが無意味なものになるかはお前次第だ」
二人の間に、張り詰めた静寂が落ちる。
ギースは刀を握り、正面から父を見据えた。
ガルドもまた、息子の構えを確かめるように静かに刀を構える。
「ではまず小手調べ。居合──」
ガルドが腰を落とした、その瞬間。
「「“疾風”」」
ほぼ同時に、二人の姿が掻き消えた。
次の瞬間、刀が交差する。
刃がぶつかり合ったのは、ほんの一瞬だった。
互いにその場へ留まることなく、すぐさま身体を返す。
「──はあっ!」
ギースが間髪入れずに斬り込む。
「あまい──“燕返し”」
ガルドは迫る刃を受け止め、そのまま刀を返す。
受け流した勢いを殺さず、流れるような一撃がギースへと迫った。
「っく!」
ギースはとっさに身を捻り、致命傷を避ける。
それでも刃は身体を捉え、浅くない傷が刻まれた。
痛みに顔をしかめるギースへ、ガルドは間髪入れずに踏み込む。
「“岩崩し”」
「っ!」
強烈な一撃が刀へ叩き込まれる。
衝撃にギースの手が弾かれ、握っていた刀が大きく跳ね上がった。
刀を失ったギースへ、ガルドがさらに刃を振り下ろす。
「“天断”」
「──“グラビデ”!」
ギースはすぐさま懐から札を取り出し、魔法を放つ。
足元に重力の魔力が集まり、振り下ろされようとしていたガルドの動きを止めた。
「っ…………」
ギースは荒い息を吐きながら、父を見つめる。
「……なんて顔だ」
ガルドは、そんなギースの表情を見て静かに呟いた。
「何度も言わせるな。今の俺は魔物だ。もう、俺は終わっているんだ」
「………………」
ガルドにとって、自分がどうなるかなど今さら問題ではない。
しかし、その言葉に対して、ギースは何も返せなかった。
「言っておくが、お前らがやろうとしていることは、この比じゃないぞ」
「それ……は」
ギースの声が途切れる。
ガルドが何を言おうとしているのか、分からないわけではない。
それでも、その言葉の先にあるものを、今のギースはまだ受け止めきれなかった。
「刀を取ってこい、ギース。今度は弾かれるなよ」
ガルドはそう言うと、ギースが弾き飛ばされた刀へ視線を向ける。
その言葉に促されるように、ギースはゆっくりと立ち上がった。
「…………」
ギースは床に落ちた刀を拾い上げ、刀身を確かめるように一度だけ見つめると、ゆっくりとガルドへ向き直り、刀を構えた。
その様子を見て、ガルドもまた刀を構え直す。
「……仕切り直しはこれが最後だ。次、腑抜けた姿を見せたら……構わず殺すぞ」
「……ああ」
嘘ではないだろう。
その言葉通り、これ以上情けない姿を見せれば、ガルドは間違いなくギースを殺す。
ギースは刀を握る手に力を込める。
目の前にいるのは、父親だ。
だが今は、それだけを理由に迷っているわけにはいかなかった。
ここで再び躊躇えば、ガルドの言葉通りになる。
そして何より──ここで終わるわけにはいかない。
まだ、自分にはやらなければならないことが残っている。
「すぅ……はぁ……」
ギースはゆっくりと息を吐き、父を見据えた。
「……もう、逃げない」
その目から、先ほどまでの迷いがわずかに消えていた。
ガルドの目が鋭くなる。
次の瞬間、二人は同時に踏み込んだ。
「はあっ!」
「──せいっ!」
再び刀と刀が激しくぶつかり合う。
そのまま間合いを詰めたガルドが、ギースへ鋭い一撃を繰り出すが、今後はその動きをギースが見切った。
「──“燕返し”!」
ギースが迫る刃を受け止め、そのまま刀を返す。
先ほどとは逆に、流れるような一撃をガルドへと返した。
「!」
ギースの刃が、ガルドの右目を切り裂く。
血が頬を伝う。それでもガルドは怯むことなく、不敵な笑みを浮かべた。
「ちょっとはマシになったか」
「減らず口を……」
ギースは刀を握り直し、荒い息を整える。
対するガルドは、傷ついた右目を気にする様子もなく、静かに息子を見据えていた。
「疾風、燕返し、岩崩し、天断……これは教えたことも見せたこともあるな」
ガルドの言葉に、ギースの脳裏へ幼い頃の稽古がよみがえる。
幾度も叩き込まれ、身体に刻み込まれた父の技。
「今からお前に見せるのは、そのどれでもない。俺の最後の奥義……たった一度だ、見て学べ」
「!!」
「この一刀に、我がすべてを懸ける」
ガルドの構えが静かに落ちる。
「魔を斬り、邪を断ち──天地を割く!受けてみろ、ギース──“天魔一閃”!!」
次の瞬間、ガルドの姿が掻き消えた。
ギースが反応するよりも早く、凄まじい斬撃が身体を捉える。
「ぐああああっ!!」
ギースの身体が大きく吹き飛び、床を転がる。
「ギース!!」
セシルたちから悲鳴が上がる。
ギースはすぐには動かなかった。
身体中を走る激痛に、指一本動かすことすら難しい。
それでも──
「……まだ……だ……」
ギースは震える腕に力を込める。
何度も身体を起こそうとしては崩れ、それでも諦めずに床へ手をつく。
「……俺は……まだ……終われねえ……!」
やがてギースは、ふらつきながらも自らの足で立ち上がった。
「まだだ、もう一度だ。馬鹿父さん」
「いや、もう一度はない。仕切り直しはなし、これが最後と言っただろう?」
「!!?」
「体が!?……」
その瞬間、ガルドの身体が大きく揺らいだ。
「なんで……」
ギースの目の前で、ガルドの身体が徐々に崩れ始める。
魔物の姿を保っていた身体から力が抜け、輪郭そのものが少しずつ崩れていった。
「元々、俺に残された時間はなかったさ。ただ、俺の根性で持ってただけだ」
「なんでっ、最初にそれを言って!」
「言ったら試験にならないだろ……」
ガルドは崩れゆく身体を見下ろしながら、どこか呆れたように息を吐く。
その表情には、ここまでの戦いを後悔する様子はなかった。
むしろ、ようやく最後まで試し終えたことに、わずかな満足すら滲んでいる。
「最初から、それが目的だったのか」
「確かに目的ではあったが。お前が情けないままだったら、奥義を放つまでもなく一思いに殺してたさ」
淡々と告げるガルドの姿は、もはや先ほどまでの力強さを保っていなかった。
それでも、その眼差しだけは最後までギースから逸らされることはない。
「誇れよギース。お前は確かに俺から奥義を引き出した」
「待て……待てよ!!最後まで、勝手なんだよ父さんは!!」
ギースの声が震える。
堪えていたものが一気に溢れ出し、涙が頬を伝っていく。
「父さんのしたことで、俺たちが……俺が、どんだけ迷惑かかったと思ってる!」
握り締めた拳が震える。
「変な輩に絡まれたり!賭場の人間に警戒されたり!酒場から出入り禁止食らったり!」
「ああ」
「そのせいで、俺がどれだけ頭を下げたと思ってるんだよ!」
次から次へと、言いたかったことが溢れてくる。
くだらない愚痴も、今まで胸の奥にしまい込んでいた不満も、もう止められなかった。
「……まだ、父さんに言いたい文句があるんだ!」
「ああ……全部聞けなくてすまん」
その言葉を聞いた瞬間、ギースの顔が歪む。
「……謝るなよ」
涙を拭うこともせず、ギースは父を睨みつける。
「謝られたら……俺、何も言えなくなるだろ……!」
声が震える。
「まだ……まだいっぱいあるんだよ……父さんに言いたいこと……」
ガルドは何も言わず、ただギースを見つめる。
「地上だけじゃない……空にも、地底にも行ったんだ。父さんが知らない世界を……いっぱい見てきたんだ」
「そうか……」
ガルドの声は静かだった。
崩れゆく身体を見つめながら、ギースは必死に言葉を探す。
「だから……もっと話したかったんだよ……」
「……………………」
ガルドはしばらく黙っていた。
やがて、わずかに目を細める。
「ギース……お前は、何のために旅に出た?」
「……え?」
突然の問いに、ギースは言葉を失う。
今さらそんなことを問われるとは思っていなかった。
「俺は……最期まで、俺の勝手で生きた。満足のいく人生だったかといえば、実のところそうでもない」
ガルドは崩れゆく身体を気にすることなく、静かにギースを見つめる。
「そこの、べそをかいたガキんちょを含め、心残りは確かにあるさ」
「……父さん」
いつものように茶化しているわけではない。
その声には、これまでギースが聞いたことのないほど、静かな悔いが滲んでいた。
「だが……あの時の俺は自分の命を懸けてでも守りたいものがあった。その選択に後悔はしていない」
「それは……母さんのことか?」
「野暮なことを聞くな、そこは男として黙っておけ」
ガルドはわずかに口元を緩める。
それは、ほんの一瞬だけ見せた、いつもの父親の表情だった。
「お前も立ち止まるな」
「……父さん」
「俺のことは、もういい」
その言葉に、ギースの表情が強張る。
「今のお前が考えるべきなのは、ここで消えていく俺じゃない」
「……!」
「お前がこれから、誰と生きるのか。何を守るのか……それだけを考えろ」
ギースは唇を噛み締める。
「俺のために足を止めるな。お前には、まだ先がある」
「…………」
「だから、前を向け。ギース……達者でな」
最後まで自分勝手で、最後まで父親らしい。
そんな父の姿が、淡い光の中へと静かに溶けていく。
やがて、ガルドの姿は完全に消え去った。
「う、うわあああああああああ!!!」
ギースの絶叫が、クリスタルルームに響き渡る。
堪えていた感情が、すべて堰を切ったように溢れ出した。
ギースはその場に膝をつき、両手を強く握り締める。
父を失った悲しみも、怒りも、悔しさも──もう、何一つ抑えることはできなかった。