ファイナルファンタジーⅣ ~IF~ 作:FF4熱再燃中
武者修行の旅に出て、すべてが順風満帆に進んだわけではなかった。
なぜか変な輩に目をつけられたり、なぜか何もしていないのに酒場から追い出されたり。
本人たちにとっては災難でしかない出来事も、振り返ってみれば、それもまた旅の一部だった。
そんな経験をいくつも重ねながら、ギースとカグヤは各地を旅していた。
「この調子なら、日が暮れる前ぐらいにはミシディアにたどり着きそうだな」
地図を広げ、現在地を確認しながらギースが言う。
「何事もなければ、ベッドでは寝れそうだね。何事もなければ」
「なんだ?その含みのある言い方は……」
カグヤは地図を眺めたまま、特に表情を変えなかった。
だが、その声にはどこか棘がある。
「別にーまた変なお姉さんに捕まって、踊り見せられてまた財布を盗られたら大変だなーなんて一言も考えてないよ」
「全部言ってんぞお前、何度も言うが不可抗力だったからな!アレは!!」
「ほんとぉ~?」
カグヤはじとーっとした目でギースを見つめる。
その視線には、あの時の出来事をまだ納得していないことがありありと滲んでいた。
「本当だ。カグヤだって女性が輩に襲われてたら助けるだろ!」
「で?その助けた女性に『あなたのような人が助けてくれるなんて素敵!お礼に私の踊りを見せるわ!』って踊り見せられて鼻の下伸ばして財布を盗られたと」
カグヤはじっとギースを見つめたまま、わずかに目を細める。
その表情からは、どうやらあの時の出来事をまだ根に持っていることが見て取れた。
「鼻の下は伸ばしてない!いきなり薄着になって目のやりどころに困って目をそらした時に盗られたんだ!」
カグヤはギースの必死の弁明を黙って聞いていた。
だが、やがてほんの少しだけ視線を逸らす。
あの時の光景を思い出したのか、何とも言えない表情を浮かべていた。
「というか、その場面はカグヤも見てるだろ!その人にいきなりサンダーをぶっ放したよな!」
「アレはギースが間抜けすぎて財布を盗られてること気づけなかったのが悪い……やっぱり一緒にやっとくべきだったか」
「何をだ?俺か?俺の事だよな!?」
あの場では、財布を盗んだ女への怒りが先に立って、思わず魔法を放ってしまった。しかし、サンダーを放ったこと自体は後悔していない。
だが今になって考えれば、ギースまでまとめて吹き飛ばしておけば、もっとすっきりしたのではないか。それがカグヤの心残りだった。
「今からでも遅くないかな……」
「やめろ、冷静になれ。しかもただのサンダーじゃなくて、魔法剣にするのはもっとやめろ」
カグヤの中で、あの時の怒りが再び蘇ったのか。
その手に魔力が集まり、バチバチと雷が弾け始める。
やがて雷は細長く形を変え、まるで剣のようにカグヤの手元へ収束していった。
「ちょっ、おい!本気か!?」
その気配を察したギースは、慌ててその場から逃げ出す。
だが、焦るあまり足元がおろそかになり、何かに足を引っかけた。
「い!?」
ギースの身体が大きく傾き、そのまま地面へ転がる。
「大丈夫、ギース!?」
カグヤは一瞬で魔力を霧散させ、慌ててギースのもとへ駆け寄った。
「いって~~~~なんだよ!」
「かん……ばんかな?これは……」
ギースは痛む足をさすりながら、自分が足を引っかけたものへ目を向ける。
そこにあったのは、長い間放置されていたのか、ボロボロになって倒れた看板だった。
「随分古い看板だね。ボロボロになって壊れてそのままだったのかな」
「壊れたならちゃんと回収しろ!!」
「無茶言わないでよ。いちいち取りに行けるわけないでしょう……魔物も出るのに」
ギースの無茶な要求に、カグヤは呆れたようにため息をつく。
「いったい何の看板だ?」
ギースは倒れた看板を起こし、そこに残された文字を確認する。
「ん~だいぶかすれてるから何が書いてあるかは分からないか……」
「……村?」
「むら?」
ギースが首を傾げる横で、カグヤは看板に残った文字を指でなぞるように目を追う。
「うん、なんとなくこの部分はそう読める。村があるのかな」
「せっかくだ、ちょっと見てみようぜ」
「寄り道するの?」
「武者修行の旅なんだ。こういうのも旅のうちだろ」
ギースはそう言って、看板が示している方向へ歩き出す。
カグヤも小さく息を吐きながら、その後を追った。
◇ ◇ ◇
しばらく進んだ先で、二人は人の気配がまるでない集落へと辿り着く。
「廃村……か?」
辛うじて建物は残っているものの、どこにも人影はない。
道も荒れ、長い間誰も暮らしていないことが一目で分かった。
先ほどの看板が放置されていた理由も、これなら納得できる。
村そのものがなくなってしまったのなら、壊れた看板を回収する者もいなかったのだろう。
「誰もいなさそうだな……戻ろうぜカグヤ」
「………………」
カグヤは何も言わず、廃村を見つめていた。
「……カグヤ?」
「……あ……っ!」
「カグヤ!?」
突然、カグヤが走り出した。
ギースの声にも振り返らず、まるで何かに呼ばれたかのように、廃村の中を駆けていく。
荒れ果てた畑や、崩れかけた家々を見回しながら、何かを探していた。
「いない……どこ、どこにいるの?」
その問いに答える者はいない。
それでもカグヤは歩みを止めなかった。
村の中をあてもなく彷徨い、何度も立ち止まっては周囲を見回す。
けれど、そこにいるはずの人は誰もいない。
「……いない」
やがてカグヤは、村の外れへと辿り着いた。
そこには、いくつもの墓が並んでいた。
「……お墓?」
カグヤはゆっくりと近づき、一つの墓標に刻まれた文字へ目を向ける。
「セシルとセシリー……セシル?」
その名を口にした瞬間、胸の奥が大きく揺さぶられた。
「そこに……いるの?」
もう一度、墓標を見る。
何かが脳裏に浮かぶ。
誰かの声。誰かの笑顔。誰かと手を繋いだ記憶。
「あ、ああ!わ、わたし……私は……!!!」
押し寄せる記憶を拒むように、カグヤは何度も首を振る。
「い、嫌……!」
自分が誰なのか。ここで何があったのか。
思い出してはいけない何かが、意識の奥から無理やり引きずり出されてくる。
「いやあああああ!!!」
叫び声が廃村に響き渡る。
カグヤの身体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「カグヤ!!!」
ギースは倒れたカグヤへ駆け寄り、すぐさまその身体を抱き起こした。
「…………」
カグヤの瞼は固く閉じられている。
呼びかけても反応はなく、ただ静かに呼吸を繰り返していた。
「くそ!いったい何が……」
何度呼びかけても、カグヤが目を覚ます気配はない。
ギースには、何が起きたのかさえ分からなかった。
◇ ◇ ◇
カグヤをテントへ運び、寝かせたギースは、その傍らで休んでいた。
「……………………」
ギースは眠るカグヤを見つめながら、彼女の様子がおかしくなった理由を考えていた。
この村を目にした途端、カグヤはまるで心ここにあらずといった様子で走り出した。
そして、何かを探すように村の中を歩き回っていた。
何度かカグヤに呼びかけたが、ギースの声は届いていなかった。
「……………………」
あの様子を見て、何も察せないほどギースは鈍くない。
ここが、カグヤが記憶を失う前に暮らしていた場所なのだろう。
そう考えれば、村を見た瞬間に見せた反応も、誰かを探すように歩き回っていたことも説明がつく。
なぜ、ここで暮らしていたカグヤがエブラーナで見つかったのか。その疑問は残る。
だが、それを今考えても答えが出るわけではない。
何より、今は目の前で眠っているカグヤのほうが気がかりだった。
ギースはそれ以上考えるのをやめ、静かに彼女を見つめた。
「……なんだ?」
不意に、テントの外から異様な気配が漂ってきた。
ギースが顔を上げる。
次の瞬間、遠くから魔物の唸り声が響き、複数の気配が一斉にこちらへ近づいてきた。
「魔物……?」
テントの外へ出たギースが空を見上げる。
二つ並んでいた月の一つが、ゆっくりと赤く染まっていた。
「赤い……月!?」
その異様な光景に目を奪われたのも束の間、魔物たちが姿を現す。
ギースは背後のテントを一瞥する。
中では、カグヤがまだ眠っている。
「悪いが……眠ってるやつがいるんでな」
ギースは刀を抜き、魔物たちへ向き直った。
「さっさとお引き取り願おう」
次から次へと押し寄せる魔物を相手に、ギースは刀を振るい続けた。
何体倒したのかも分からない。
それでも、数十体にも及ぶ魔物を相手に、ギースは一歩も退かなかった。
その時、背後のテントの入り口が、ゆっくりと開いた。
「………………」
「カグヤ! 起きて大丈夫か!?」
ギースは一瞬だけそちらへ目を向け、起きたカグヤへ呼びかける。
「……………………」
「カグヤ?」
テントから出てきたカグヤは、何も答えなかった。
その場に立ったまま、何かを見つめるように視線を宙へ漂わせている。
ギースは魔物の攻撃を捌きながら、ちらりとカグヤを見た。
何かがおかしい。
いつもの彼女なら、こんな状況で黙って立っているはずがない。
「カグヤ!!具合が悪いなら奥に引っ込んで」
「────―」
「……え?」
聞き取れないほど小さな声だった。
カグヤは何度かぶつぶつと呟きながら、ゆっくりとギースへ視線を向ける。
「……じゃ、ま」
その瞬間、カグヤの周囲に魔力が集まり始めた。
「……っ!?」
ギースが異変に気づいた、その直後だった。
カグヤを中心に、凄まじい雷撃が一気に弾け飛ぶ。
轟音とともに無数の雷が周囲を駆け巡り、群がっていた魔物たちを次々と薙ぎ払っていく。
「グギャアアアッ!!」
「な、なんだ!?」
あまりにも広範囲の雷撃に、ギースも咄嗟に身を守ることができない。
雷が魔物たちをまとめて吹き飛ばし、その余波がギースの身体をもまともに打ち抜いた。
「ぐああああっ!!」
凄まじい衝撃に、ギースの身体が大きく弾き飛ばされる。
やがて雷が収まった頃には、辺りにいた魔物たちは一体残らず倒れていた。
「か、カグヤ!?」
突然の攻撃に、ギースは驚きを隠せない。
だが、カグヤはそんなギースを見ても、何の反応も示さなかった。
「かぐ……や?」
カグヤはその名を確かめるように呟く。
しかし、すぐに小さく首を振った。
「違う」
「……え?」
「私は害虫。朽ちた竜の骸より生まれし毒虫」
「な、何言って……」
ギースには、その言葉の意味が分からなかった。
ただ、目の前にいるカグヤが、自分の知っている彼女とはどこか違う。
その瞳には、カグヤ自身の意思とは思えない冷たい光が宿っていた。
「ゴルベーザ……」
カグヤの口から、その名が漏れる。
「私は、ゴルベーザ」
その言葉と同時に、カグヤの身体から黒い魔力が噴き上がった。
「……っ!?」
黒い魔力がカグヤの身体を包み込む。
それは次第に形を変え、鎧となって彼女の身体へとまとわりついていく。
黒く禍々しい甲冑。
頭部を覆う兜。
そして、全身から滲み出る圧倒的な魔力。
目の前に立っているのは、もうギースの知るカグヤではなかった。
「ゴルベーザ?……何の冗談だ?」
「冗談ではない、私はゴルベーザ。朽ちた竜の骸より生まれし毒虫、この世界を蝕むもの」
「訳の分からないことを言うな!!お前は……カグヤだろ!」
「分からない?分かろうとしていないだけだろう……」
ゴルベーザは、ギースの言葉をまるで取るに足らないもののように退ける。
その声には、かつてカグヤがギースへ向けていた温かさなど、欠片も残っていなかった。
「現実から目を背け、ただ分からないと拒絶する。弱い……そして愚かだ」
目の前にいるのは、もはやギースの知るカグヤではない。
まるで目の前の相手を、一人の人間としてすら認めていないかのような、冷たい視線だった。
「いったい、お前に何があった!」
理解できない。
目の前にいるのは確かにカグヤの姿をしている。それなのに、ギースにはまるで別人と向き合っているようにしか思えなかった。
「思い出したのだ……私の成り立ちを、私がすべき使命を」
「使命だと?」
「そう、そうだ。私はそのために存在する。だからそれを邪魔するものは……」
「!」
「──死ね」
ゴルベーザが手をかざす。
瞬間、黒い魔力が凝縮し、凄まじい勢いでギースへと放たれた。
「っ──!」
あまりにも速い。
ギースはとっさに身をかわそうとするが、間に合わなかった。
魔法がまともに身体へ直撃する。
「ぐああああっ!!」
凄まじい衝撃に身体が弾き飛ばされ、ギースは地面を何度も転がった。
「ぐっ……」
「存外……丈夫だな。一思いに殺すつもりだったが」
ギースは苦痛に顔を歪めながらも、どうにか身体を起こす。
ゴルベーザは、まだ息のあるギースを見下ろし、わずかに目を細める。
「まあいい。次で最後だ」
「くそっ……」
ギースは立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。
そんな彼を見下ろしながら、ゴルベーザは再び手をかざし、黒い魔力を集め始める。
「……っ!」
ギースは動こうとするが、身体は言うことを聞かず、逃げることができなかった。
目の前に、確実に死が迫る。
魔法が放たれようとした、その時──
──ゴルベーザのもう一方の手が、その腕を掴むようにして止めた。
「えっ……」
「とまれ……やめて……」
ゴルベーザは自らの腕を押さえながら、ふらつくように後ずさる。
「……私は、そんなことやりたくない」
その声には、先ほどまでの冷たさはなかった。
突然、ゴルベーザはその場に蹲る。
「否、これは使命だ。私はそのために存在した」
だが、次の瞬間には、また別の声がその言葉を否定する。
「違う……違う!!」
頭を抱え、苦しげに身を震わせる。
ギースの目の前で、同じ身体から異なる意思が次々と現れては、互いを否定する。
「使命だ……」
「嫌……!」
「私はゴルベーザだ」
「違う……私は……!」
その姿はまるで、一つの身体を二つの意思が奪い合っているかのようだった。
「カグヤっ!」
その姿を見ていられなくなったギースは、カグヤへ駆け寄った。
「しっかりしろ!」
「ギー……ス?ギース、ギース!!」
ギースの存在を認識したカグヤは、その腕を必死に掴んだ。
「ギース!お願い!!ゴルベーザを!私を殺して!!!」
「な、なにを!?」
突然の言葉に、ギースは動揺を隠せない。
「お、ねがい!もう自分が、分からない!!このままじゃ私、私は!!」
「ば、馬鹿を言うな!!そんなのできる訳がないだろうが!!!」
カグヤの懇願に、ギースは激しく首を振る。
目の前にいるのがどんな姿になっていようと、ギースにとって彼女はカグヤだった。
とても、とても大切な、命を懸けてでも守りたいと思えるほどの存在だった。
そんな彼女を、自分の手で殺すことなどできるはずがなかった。
「どうして殺してくれないの!?このままじゃ私、私は!!……そうだ。私が死ねば!!」
「止めろ!!」
カグヤが自ら命を絶とうとした瞬間、ギースはその身体を強く抱き止めた。
「あ……」
「大丈夫!大丈夫だから、落ち着け」
必死に声をかけながら、ギースは暴れるカグヤを抱きしめる。
「ギー……ス」
カグヤの瞳に、わずかに理性の光が戻った。
震えていた身体から少しずつ力が抜けていく。
そして、縋るようにギースの背中へ腕を回そうとした──
──嫌だよ。
意識の奥底から、冷たい声が響く。
──やっと手に入れた綺麗なお人形。
──お前なんかには渡さない。
「ゴハっ……」
次の瞬間、ギースの身体を、一本の氷の剣が深々と貫いた。
「…………」
刃が身体を突き抜け、ギースの口から血が溢れる。
その血が、抱き合っていたカグヤの身体を赤く汚した。
「あ……え?」
目の前で、ギースの身体から力が抜けていく。
「ギース……?」
「………………」
ギースは答えない。
その身体がゆっくりと崩れ落ちる。
「…………あ」
カグヤは、ただ呆然とその場に立ち尽くした。
「……あは」
小さく漏れた声が、次第に震える。
「あは……あはは……ははははははははは……!!」
カグヤは、目の前で倒れたギースを見つめながら、狂ったように笑い出した。
「そう、そうだ!私はゴルベーザだ!!」
まるで自分自身に言い聞かせるように叫ぶ。
それ以上、倒れたギースへ目を向けることはなかった。
カグヤはその場にギースを残したまま、ゆっくりと歩き出す。
やがて、その姿は暗闇の中へと消えていった。