ファイナルファンタジーⅣ ~IF~ 作:FF4熱再燃中
──ホーリーを!
突如、バルバリシアと戦っていたローザの脳裏に謎の声が響いた。
「(え!?)」
思いがけない呼びかけにローザは一瞬動きを止める。
声の主に心当たりはない。
それでもその声を聞いた瞬間、ローザはわずかな違和感を覚えた。
初めて聞いたはずなのに、どこか聞き覚えがある。
「(あなたは誰?)」
──悪いけど、一から説明する時間はないの。今は一刻も早く四天王を倒してバブイルの巨人を止めないと!
ローザは声の主に問い返そうとするが、声の主が言うように今はその答えを求めている場合ではない。
迫り来る風をかわし、再びバルバリシアへと向き直った。
「“ホーリー”!!」
ローザが放った聖なる光がまっすぐにバルバリシアへと突き進む。
「くっ、小癪なぁ!!」
光をまともに受けたバルバリシアが、苦悶の声を上げながら大きく後退し、身体を包んでいた風が乱れる。
聖なる力が、確かにバルバリシアへ届いた。
「効いた!」
──彼女は聖なる力が苦手なの!
ローザは思わず目を見開くが、声の主が告げたことは、間違っていなかった。
──バルバリシアの竜巻はゼムスの力で強化されて完全な解除は無理。
──風で守られている以上、弓矢はまず届かないと思って。
声の主はそのままローザへ次々と助言を告げていく。
ローザは荒れ狂う風の向こうにいるバルバリシアを見つめた。
確かに、矢を放ったとしても彼女を取り巻く風に阻まれてしまうだろう。
先ほどのホーリーだけがその防御をものともせずに届いていた。
──彼女に攻撃を加える方法は二つ。魔法で攻撃するか、風を無理やり突っ切るか。
ローザは周囲を見渡す。
風の勢いは凄まじい。近づくだけでも身体を持っていかれそうになるほどだった。
──前者はともかく、後者の手段を無理やりあなたたちがする必要はない。
──風を無理やり突っ切るのは、セシルかギースのどっちかが来たらやってもらうのがいいかも。
──あと、“ブリンク”をかけるように!
「(ブリンクを?)」
──ああ見えて、彼女は直情的でね……竜巻以外は自分で攻撃してくるよ。
「(……ああ見えて?)」
思わず漏れた言葉に、ローザは一瞬だけ首を傾げる。
だが、その疑問を追及する暇はなかった。
風の向こうからバルバリシアがこちらに向かってくるのが見え、ローザはすぐに意識を戦いへ戻した。
「“ブリンク”!」
ローザの姿が一瞬揺らぎ、すぐさま複数の分身がその場に現れる。
直後、バルバリシアの爪が分身の一体を切り裂いた。分身は淡い光となって消えていく。
「動くな!」
自分の攻撃をことごとくかわされ、バルバリシアが苛立った声を上げる。
バルバリシアがローザへ指先を向けると、ローザの身体に異変が起こった。
「体がっ!」
足元から石へと変わっていく。硬直が徐々に身体を這い上がり、ローザの動きが目に見えて鈍っていく。
「ローザ!」
フースーヤがすぐさま魔力を集中させる。
「“エスナ”!」
放たれた浄化の光がローザを包み込み、身体を蝕んでいた石化が少しずつ解けていく。
「ありがとう、フースーヤ!」
身体が自由になったローザは、すぐさま立ち上がる。
──気を抜かないで!次は大技!
バルバリシアが再び両手を広げる。
轟音とともに周囲の風が激しく渦巻き、巨大な竜巻が二人へと襲い掛かった。
「うぅっ!」
ローザとフースーヤの身体が風に煽られ、大きくよろめく。
無数の風が刃となって二人の身体を切り裂き、全身に傷が刻まれていく。
「“ケアルガ”!」
フースーヤがすぐさま回復魔法を唱える。
淡い光が二人を包み込み、傷ついた身体がみるみるうちに癒されていく。
「この星の悪しき心……これほどのものとは!」
フースーヤはバルバリシアを見据え、険しい表情を浮かべる。
ただ強大なだけではない。
その力の奥底から感じられるのは、ゼムスによって増幅された激しい憎悪だった。
「ほっほっほほほ……ゼムス様からいただいた力に、恐れおののいているようね」
バルバリシアが愉快そうに笑う。
「気が変わったわ。ローザを真っ先に切り刻めば、あの男どもの顔も変わると思ったけど……ローザは一番最後にしましょう」
バルバリシアの目が、フースーヤを捉える。
「まずはお前からだ!!」
標的を定めた瞬間、バルバリシアが風を巻き上げながら一気に距離を詰めた。
「フースーヤ!」
ローザの叫びが響く。
だが、フースーヤは動じなかった。迫り来るバルバリシアを正面から見据えながら、なおも詠唱を続ける。
風が白い髭やローブを激しく揺らし、鋭い風圧が身体を打ちつけても、その声には一切の乱れがなかった。
やがて、フースーヤの周囲に眩い光が集まり始める。聖なる力が一点へと収束し、迫り来るバルバリシアを迎え撃つ準備が整う。
「“ホーリー”!!」
次の瞬間、凝縮された聖なる光が放たれた。逃げ場のない至近距離からの一撃は、バルバリシアを真正面から飲み込み、その身体を白い光の中へと包み込む。
「おのれぇっ!!」
聖なる光がバルバリシアの身体を激しく焼き、凄まじい衝撃とともにその身を弾き飛ばす。纏っていた風は大きく乱れ、バルバリシアを守っていた竜巻すらも一瞬だけ途切れた。
そして、その一瞬を見逃さなかった者がいた。
「はああああ!!」
セシルが一気に踏み込み、無防備になったバルバリシアへと斬りかかる。
振り抜かれた剣が、バルバリシアの身体を深々と切り裂いた。
「セシル、なぜお前が……」
スカルミリョーネを相手にしていたはずのセシルが目の前に現れたことに、バルバリシアは驚きを隠せなかった。
身体を深々と切り裂かれた傷口から魔力が漏れ出し、膝から力が抜けていく。
「スカルミリョーネはもう倒した。カイナッツォの方もリディアが向かっている」
「そう、か……あの一騎打ちは、私たちを分断する……ため」
バルバリシアは、先ほどルビカンテへ一騎打ちを挑んだエブラーナの忍者の姿を思い返す。
あの場でルビカンテが一人の挑戦を受け入れることまで、最初から計算していたのだろう。そして、四天王を一人ずつ引き離し、互いに助け合えない状況を作り出した。
そこまで考えたところで、バルバリシアの脳裏に一人の姿が浮かぶ。
「これは、お前たちの、策では……ないな」
「……………………」
セシルは答えなかった。
その沈黙が、何よりも雄弁だった。
「おのれ……またも敗れるとは……」
バルバリシアは悔しげに顔を歪めるが、次の瞬間その表情から力が抜けた。
「……いや、止められた、のか……」
自分たちを蘇らせたゼムスの力。
そして、その力を受けた自分たちが何をしようとしていたのか。
それを思い返したバルバリシアはようやく悟る。
「……ならば……これで……」
言葉の途中で身体が淡い風にほどけ始めた。
傷口から漏れていた黒い魔力が風へと変わり、髪や衣服が風に舞うように揺れる。
「……ゴルベーザ……様……」
最後にその名を呟く。
バルバリシアの身体は一陣の風となって散り、あとには何も残らなかった。
◇ ◇ ◇
燃え盛る炎の壁が、二人の周囲を取り囲んでいた。
その向こうにいる仲間たちの姿は、炎の揺らめきに遮られて見えない。
エッジは刀を構え、目の前のルビカンテを睨みつける。
「まさか、こんな形でまたお前と戦うことになるとはな」
「ふっ……私も同じだ」
ルビカンテは静かに構える。
その表情に、エッジはわずかな違和感を覚えた。
「……随分と余裕じゃねえか」
「当然だ」
ルビカンテは炎の壁へ一度だけ視線を向ける。
「この一騎打ちが、お前たちを分断するための策だということくらい、私にも分かっている」
「なに……?」
エッジの表情がわずかに強張る。
「……気づいてやがったのか」
「ああ」
ルビカンテは否定しなかった。
むしろ、それを承知したうえで、目の前の男を見据えていた。
「なら、なんで受けた?」
罠だと分かっていながら一騎打ちを受けたルビカンテに、エッジが問いかける。
「この一騎打ちがあの方の差し金であれば、あの方から聞かなかったか?」
「……………………」
──たとえゼムスの影響を受けても、ルビカンテは認めた男の一騎打ちを拒まない。
「お前が私に一騎打ちを挑んだからだ」
ルビカンテの声に迷いはない。
自分が認めた男からの一騎打ちを、断る理由などなかった。
「以前、お前は仲間と力を合わせて私を打ち破った。それはそれで見事な戦いだった。だが──」
炎の光を受けたその目が、鋭くエッジを捉える。
「今のお前が、一人の戦士として私に挑むというのなら……私はその挑戦を受けよう」
「……へっ」
エッジが口元を吊り上げる。
以前、仲間と共に戦ったときとは違う。今度は誰かの援護を受けるのではなく、自分自身の力だけで目の前の男と向き合う。
そして何より、かつて自分を打ち破った相手から、一人の戦士として認められたことが嬉しかった。
「さあ、来い。全力でかかってくるがいい!」
「言われなくても!」
エッジが地面を蹴った。
瞬時に間合いを詰め、二刀を左右から横薙ぎに振り抜く。ルビカンテは両腕を交差させ、炎をまとった腕で二刀を受け止めた。
「ぐっ……!」
凄まじい衝撃がエッジの腕へと伝わる。正面から力比べを続ければ押し切られる。
そう判断したエッジは、すぐさま身を捻って間合いを離した。
「まだまだ!」
距離を取ると同時に、エッジは手裏剣を抜き放つ。二枚、三枚と立て続けに投げられた刃が、炎を切り裂きながらルビカンテへと飛んでいく。
「ほう……!」
ルビカンテはその一つ一つを炎をまとった腕で受け、あるいは紙一重でかわしていく。
だが、エッジも止まらない。相手の動きを見極めながら次々と手裏剣を投げ、間髪入れずに次の攻撃へと繋げていく。
「“水遁”!」
続けざまに放たれた水の術が炎をまとったルビカンテへと叩きつけられる。炎と水がぶつかり合い、激しい水蒸気が二人の間を覆った。
その白い煙が晴れるより早く、エッジは再び踏み込む。刀を振るい、手裏剣を投げ、忍術を織り交ぜながら攻撃を重ねていく。ルビカンテに攻撃へ転じる暇を与えない。
「そこだ!」
エッジが水蒸気の向こうへ回り込み、ルビカンテの死角から二刀を振り抜く。
「甘い! “ファイガ”!」
振り向きざまルビカンテが炎を放つ。巨大な炎の塊が至近距離で弾け、凄まじい熱気と爆風がエッジへ襲い掛かった。
「うおおおおっ!」
エッジはとっさに横へ飛び、炎の直撃をかわす。爆風に身体を煽られながらも、着地した瞬間には両手の刀を握り直した。炎の熱が頬を焼き、息を整える間もない。
それでも、その口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
「……やっぱ、強ぇな」
「当然だ。私を誰だと思っている」
「ルビカンテだろ?だったら、なおさら負けられねえ!」
エッジは笑う。息を切らし、身体にはいくつもの傷を負っている。それでも、その目から戦う意志が揺らぐことはなかった。
その姿を見て、ルビカンテは静かに目を細める。
「……いい顔になったな」
その言葉に、エッジの表情が変わる。
「何?」
「以前のお前には、怒りと焦りがあった。だが今は違う」
ルビカンテは拳を握り締める。全身を包む炎がさらに勢いを増し、その熱気が周囲へ広がっていく。
「一人で私を倒す。その覚悟だけが、お前の目にある」
「だったら──」
エッジが刀を握り直す。二振りの刀身が炎の光を受け、鋭く輝いた。
「その目が間違ってなかったって、証明してやるよ!」
「来い!」
二人が同時に駆け出した。
エッジの二刀とルビカンテの拳が幾度となく交錯する。
斬撃をかわし、炎を受け流し、互いに一歩も譲らない。エッジは隙を見つけるたびに斬り込み、ルビカンテもまた、そのすべてを真正面から受け止めていく。
「まだだ!」
エッジが二刀を振り抜く。
ルビカンテは身を翻して斬撃をかわすと、そのまま大きく距離を取った。
「……ならば、これを受けてみろ」
ルビカンテが両腕を広げる。
次の瞬間、周囲の炎が一斉に膨れ上がった。床を這っていた炎が渦を巻き、瞬く間にルビカンテを中心として巨大な炎の奔流へと変わっていく。
「“火炎流”!!」
轟音とともに、凄まじい炎の波がエッジへと押し寄せた。
「くっ……!」
逃げ場を塞ぐように広がる炎を前に、エッジは大きく横へ跳ぶ。だが、炎はそれを追うように向きを変え、容赦なく迫ってくる。
「ちっ……!」
エッジはさらに跳び、壁を蹴って炎の上を飛び越える。
それでも熱気だけで身体が焼けるようだった。着地したエッジの衣服には焦げ跡が残り、肩からは煙が上がっている。
「これが……最後の一手か!」
エッジは息を切らしながら、それでも刀を構えた。
正面には、燃え盛る炎の向こうで拳を構えるルビカンテ。
「そうだ。来るがいい、エッジ!」
その声に、エッジは口元を吊り上げる。
「上等だ!」
エッジは燃え盛る炎へと飛び込んだ。
熱気が全身を包み、肌を焼く。視界は炎に遮られ、前へ進むことすら困難だった。それでもエッジは足を止めない。
「うおおおおおおっ!!」
刀を前に構え、炎の奔流を切り裂く。
一歩。また一歩。
押し寄せる炎に身体を押し戻されながらも、エッジは力ずくで前へ進んでいく。
「ほう……!」
炎の向こうからルビカンテの声が響く。
やがて、エッジの姿が炎の中から飛び出した。
「これで──!」
エッジが二刀を振り上げる。
だが、同時にルビカンテも踏み込んでいた。
「まだ終わってはいない!」
炎をまとった拳が、真正面からエッジへ迫る。
「──っ!」
エッジは咄嗟に身体を捻る。
拳が頬を掠め、熱風が髪を大きく揺らした。
その一瞬、エッジはルビカンテの懐へ入り込んでいた。
「もらった!」
二刀が交差する。
「ぐっ……!」
「ぐはっ……!」
鋭い斬撃がルビカンテの身体を深く切り裂いた。
同時に、ルビカンテの拳もエッジの脇腹を捉える。
エッジの身体が吹き飛び、床を転がった。
「まだまだっ!」
エッジはすぐに片膝をついて立ち上がった。
脇腹を押さえながらも、刀だけは決して手放さない。
「……まだ、立てるか」
ルビカンテは傷口を押さえながら、エッジを見つめる。
「当たり前だろ……」
エッジは脇腹を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。身体は満身創痍だった。それでも、両手の刀だけは決して手放さない。
「俺は……お前に勝つために来たんだからな」
ルビカンテの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
「……見事だ」
ルビカンテは静かにそう告げると、エッジの周囲を取り囲んでいた炎の壁を解除した。
燃え盛っていた炎が一斉に消え、閉ざされていた視界が開けていく。
その先に見えたのは、戦いの跡だけだった。
すでにスカルミリョーネ、カイナッツォ、バルバリシアは倒されている。四天王として残っているのは、もうルビカンテただ一人。
それを見てもルビカンテの表情に動揺はなかった。
ルビカンテの身体が、足元から黒い灰のように崩れ始める。炎をまとっていた身体は次第に形を失い、黒い魔力がこぼれ落ちるように宙へと消えていく。
「お、おい!勝負はまだついちゃいねぇぞ!!まだやれるはずだろ!!」
エッジは思わず声を上げた。勝敗が決したと認めるにはあまりにも早い。
目の前の男ならまだ立ち上がれるはずだった。
「いや、エッジ。お前の勝ちだ」
ルビカンテは穏やかに答える。
その声には、敗北を悔やむ様子も、戦いを続けようとする意志もなかった。ただ、一騎打ちを終えた戦士として、自らの敗北を受け入れていた。
「……我々の完敗だ!」
その言葉を最後に、ルビカンテの身体が大きく揺らぐ。
全身を包んでいた炎が、まるで燃え尽きるように少しずつ勢いを失っていく。黒く崩れ始めた身体もまた炎の中へと溶けるように崩壊し、こぼれ落ちた黒い魔力が赤い火の粉を散らしながら宙へ舞い上がっていく。
やがて炎が完全に消えたとき、そこにはもうルビカンテの姿はなかった。
──ありがとう。最後まで無理を言ったねルビカンテ。私も、すぐにそっちに行くよ。