ファイナルファンタジーⅣ ~IF~ 作:FF4熱再燃中
セオドールが村を旅立ってから、数日が過ぎた。
いつもなら三人で過ごしていた時間を、セシルとセシリーは二人で過ごしていた。
その日も二人は、村の近くを流れる小さな川へ遊びに来ていた。
足首ほどまでしかない浅い流れに入り、裸足で水を蹴る。
「つめたーい!」
「セシリー、こっち!」
セシルが水を跳ね上げる。
「きゃ!やったな~セシル!」
セシリーも負けじと水を蹴り返す。
二人の笑い声が、静かな川辺に響く。
しばらく遊んでいると、セシリーはふと足元に目を留めた。
「……あれ?」
水の流れに揺られて、小さな石がきらりと光った。
「セシル、見て!」
「なに?」
セシリーは川底へ手を伸ばし、その石を拾い上げる。
それは、ガラスのように透き通った小さな石だった。
水に濡れた石は日の光を受けてきらきらと輝き、まるで中に光を閉じ込めているようにも見える。
「きれい……」
「ほんとだ」
セシルも隣から覗き込む。
「持って帰ろうよ!」
「うん!」
セシリーは嬉しそうに石を握りしめると、大切そうにポケットへ入れた。
「もう遅いから、帰ろうか」
日が傾き、辺りが少しずつ薄暗くなっていくのを見て、セシルが声をかける。
「うん、そうだね」
セシリーも頷く。
二人は手を繋ぎ、家に戻った。
◇ ◇ ◇
「もぐもぐ、お兄ちゃん今頃ミシディアかな?」
夕食を食べながら、セシリーがふと思い出したように呟く。
「どうだろう……」
セシルも箸を止める。今ごろ兄は何をしているのだろう。
そんなことを考えていると、夕食を作ってくれた老婆が二人の様子に気づいた。
「寂しいのかい?」
「……ちょっと」
セシルが素直に頷く。
隣では、セシリーも小さく頷いていた。
老婆はそんな二人を見て、ふっと優しく笑う。
寂しいのは、それだけ三人がいつも一緒に過ごしてきたということだ。
無理に我慢する必要もなければ、寂しいと思うことが悪いわけでもない。
「素直なのはいいことさ」
老婆は、寂しがる二人を責めることなく穏やかに言葉を続ける。
「あのセオドールのことだ、アンタたちが寂しいって一言いえばすっ飛んで帰ってくるさ」
老婆は、セオドールが二人をどれほど可愛がっているのかをよく知っていた。
二人のこととなれば、何を差し置いてでも駆けつける。
それくらいあの兄が二人を大切にしていることを知っている。
老婆の言葉に二人は顔を見合わせる。
「それはダメ!」
「うん、兄さんの邪魔はしたくない」
本当は寂しい。できることなら、今すぐ兄に帰ってきてほしい。
だけど、わがままを言って兄を困らせたくはない。そう思っているのは、二人とも同じだった。
「そうかい……あの子は、本当にいい妹と弟を持ったね」
老婆は、顔を見合わせる二人を眺めながら嬉しそうに目を細める。
「心配しなくても、落ち着いたら二人が寂しいと思う暇もないほど大量の手紙を送ってくるさ。その時にアンタたちも、書くことをちゃんと用意しておくんだよ」
「うん、わかった!」
セシルは元気よく頷く。
その隣で、セシリーも負けじと大きく頷いた。
二人の顔には、先ほどまで浮かんでいた寂しさが少しだけ薄れていた。
その後、二人は夕食を食べ終えると、老婆と一緒に食器を片付けた。
「それじゃ私は一度家に戻るが、何かあったらすぐ近所に知らせるんだよ?」
「はーい!」
老婆は二人にそう言い聞かせると、自分の家へと戻っていった。
二人は玄関先まで見送り、その姿が見えなくなるまで手を振っていた。
「もう遅いし、僕らも寝ようか」
「そうだね」
兄が旅立ってから、もう何度目かの二人だけの夜だった。
それでも、だいぶ慣れた様子で二人は寝る支度を始めた。
「おやすみセシリー」
「うん。おやすみセシル」
二人は同じベッドに入り、寄り添うように眠りについた。
◇ ◇ ◇
「………………」
深夜、隣で眠っていたセシリーがふいにむくりと上体を起こした。
「(……セシリー?)」
片割れが動いた気配を察知し、セシルはぼんやりと目を開ける。
「(どうしたんだろ……)」
セシリーは何も言わずにベッドから降りる。
そして、そのまま何かに導かれるように部屋の外へと歩いていった。
「(……どこ行くんだろ……)」
セシルはその背中を目で追おうとする。
けれど、夜の静けさと心地よい眠気に抗うことはできなかった。
「(……明日、聞いてみよう)」
そう思ったところで、セシルは再び眠りへと落ちていった。
◇ ◇ ◇
「むぐむぐ……」
「セシリー、夜中にどこに行ってたの?」
翌朝、セシルは朝食を食べながら、目の前のセシリーに昨夜のことを尋ねた。
「何のこと?」
セシルの問いにセシリーは心当たりがないのか、きょとんと首を傾げる。
「夜中に起きてどっか行ったよね?」
「え、そんなことしてないよ?」
セシリーは驚いたように目を瞬かせる。
「本当に?」
「うん。ずっと寝てたよ」
「そっか……」
セシルは何か気にかかりながらも、それ以上は聞かなかった。
自分が見たのは寝ぼけていただけだったのかもしれない。
そう思いながら、セシルはいつもの朝を迎えた。
◇ ◇ ◇
いつものように、二人そろって遊びに出たところだった。
「?」
「どうしたのかな?」
セシルが足を止める。
村に、いつもとは違う人だかりができていた。
ざわざわとした話し声が重なり、村人たちの間には明らかな動揺が広がっている。
「行ってみる?」
「うん、見てみようか」
二人は顔を見合わせながら、人だかりへと近づいていく。
大人たちの隙間から見えたのは、地面に横たわった家畜たちだった。
何頭もの家畜が傷つき、すでに息絶えている。
「ひどい……」
誰かが、震える声で呟く。
「いったい誰がこんなことをしたんだ!」
村人の一人が、怒りと恐怖の入り混じった声を上げた。
セシルとセシリーは、言葉を失ったままその光景を見つめていた。
「………………」
セシリーの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
「あっち、行こう」
セシルは青ざめたセシリーの様子に気づくと、そっと手を取る。
これ以上この場にいさせるべきではないと思い、そのまま人だかりから離れていった。
「大丈夫、大丈夫だよ、セシリー」
セシルは怯えた様子のセシリーの手を握り、安心させるように何度も声をかける。
「だって僕がそばにいる」
セシリーの顔を覗き込み、セシルは優しく笑った。
「僕らが二人で一緒にいて、できないことなんて何もないじゃないか」
その言葉に、セシリーは少しだけ表情を和らげる。
「うん……そうだね」
セシリーはセシルの言葉に微笑んだ。
二人なら大丈夫。幼い二人は、本気でそう信じていた。
──その日から、村ではおかしなことが続くようになった。
翌朝には、畑の一部が何者かに踏み荒らされていた。
別の日には、収穫を間近に控えた作物だけが不自然に枯れていた。
井戸の水が突然濁ったこともあった。
桶を吊るしていた縄が切られていたこともある。
納屋の扉が開け放たれ、中の農具が散らばっていたこともあった。
夜になると、村の外から何かを引きずるような音が聞こえてくる。
けれど、誰かが外へ確かめに行っても、そこには何もない。
朝になれば、村のあちこちに見覚えのない足跡だけが残っていた。
誰も傷ついてはいない。
それでも、村人たちの間には少しずつ不安が広がっていった。
「……またなのかい」
「いったい、誰がこんなことを……」
何が起きているのか分からない。
だからこそ、村人たちは目に見えない何かに怯えるようになっていった。
セシルとセシリーも、そんな大人たちの様子を見ながら、次第に外へ遊びに行くことをためらうようになっていた。
「いったい、どうしちゃったんだろう……」
村で続くおかしな出来事を思い返し、セシルは不安そうに呟いた。
「お兄ちゃんに聞けば、分かるかな?」
セシリーがそう言うと、セシルも頷く。
「うん。兄さんなら、何か知ってるかもしれない」
二人は顔を見合わせる。
村で何が起きているのか。
どうして、こんなことが続いているのか。
二人だけでは分からないことも、セオドールなら分かるかもしれない。
「じゃあ、兄さんに手紙を書こう!」
「うん!」
二人はさっそく机に向かい、セオドールへ手紙を書き始めた。
村から出す手紙は村長のもとに集められ、行商人に託されることになっている。
それでも、ミシディアへ向かう行商人は定期的に村を訪れているため、手紙を出せばすぐにセオドールのもとへ届くはずだと、二人は思っていた。
村で起きたことを一つずつ思い出しながら、二人で相談して文章を考える。
やがて、二人なりの手紙が完成した。
「できた!」
「これで、兄さんに聞けるね」
セシルは完成した手紙を大切そうに手に取る。
「僕が村長さんに持っていくから、セシリーは家で待ってて」
「うん、分かった」
セシリーが頷くのを見て、セシルは手紙を持って家を出た。
セシルが家を出て、セシリーは窓の外を眺めながら家の中でセシルが戻ってくるのを待っていた。
「…………」
窓の外に広がるのは、いつもと変わらない村の景色。
だけど、村の空気だけは、いつもとは違っていた。
いったい、いつからこんなことになってしまったのだろう。
川で遊んでいたときは、まだ何も変わらなかった。
セシルと一緒に水を蹴って、笑っていた。
ふと、その日のことを思い出す。
川で拾った、綺麗な石。家に持ち帰ってから、大切なものをしまっている小さな箱に入れたはずだった。
「あれ?」
何気なく箱を開き中身を確認する。
だが、そこに石はなかった。
「……ない?」
セシリーが箱の中をあさり何度探しても、あの透明な石は見つからない。
「おかしいな……」
確かにここへ入れたはずなのに。
セシリーは首を傾げながら、記憶を辿ろうとする。
そのとき、外から何かが倒れるような大きな音が響いた。
続いて、村のあちこちから怒号と悲鳴が上がる。
何が起きているのか分からない。
けれど、ただ事ではないことだけは分かった。
セシリーは恐る恐る、家の扉を開いた。
「いやあああっ!!」
「止めろ!!」
「誰か助けてくれ!!」
目の前に広がっていたのは、見慣れた村とは思えない光景だった。
血まみれで倒れた村人。
互いに武器を向け合う村人たち。
そして、逃げ惑う村人たち。
「ひっ!」
セシリーの表情が強張る。
何が起きているのか分からない。
ただ、これまでとは明らかに違う。
今まで起きていた奇妙な出来事とは比べものにならない。
村そのものが、壊れ始めていた。
「セシリー!」
「お婆ちゃん!」
扉を開いたまま怯えていたセシリーのもとへ、老婆が慌てて駆け寄ってくる。
セシリーの無事を確認すると、老婆はすぐに辺りを見回した。
「セシルはどこだい!?」
「セシル、村長さんのところに手紙を持っていってて……」
「そうかい……」
老婆の表情が曇る。
セシリーが無事だったことに安堵する暇もない。
セシルがまだ村の中にいるのなら、あの子も危険に巻き込まれているかもしれない。
「セシリー、こっちへおいで!」
老婆はセシリーの手を取ると、急いで家の中へ連れ戻した。
「えっ?」
「ここに隠れていなさい。外へ出ちゃいけないよ」
「でも、セシルが……」
「あの子のことは私に任せな」
老婆はそう言って、セシリーを家の奥へと連れていく。
「いいかい。何があっても、ここから出てくるんじゃないよ」
老婆はセシリーを物陰へ隠すと、セシルを探すため、家の扉へと向かう。
そして、外の様子を窺いながら、ゆっくりと扉を開こうとした。
◇ ◇ ◇
セシルは走っていた。
いったい、何がきっかけだったのかは分からない。
村長のもとへ向かっていたセシルの目の前で、村人たちが激しく言い争っていた。
一人の村人が、突然刃物を取り出した。
「──!」
次の瞬間、目の前の人物へ刃物を振り下ろす。
何が起きたのか理解する間もなかった。
悲鳴が上がり、それを合図にしたかのように、村のあちこちで同じような騒ぎが起こり始めた。
言い争い、怒鳴り声、そして、次々と振るわれる刃。
それまで普通に暮らしていた村人たちが、互いに傷つけ合っていく。
あまりにも突然の出来事だった。
何が起きているのか、セシルには分からない。
ただ、家に残してきたセシリーのことが心配だった。
セシルは訳も分からないまま、とにかく家へと戻ろうと走る。
「……っ!」
突如、凄まじい轟音が村中に響き渡った。
家々から一斉に火の手が上がる。
黒煙が空へ立ち上り、炎が次々と家々を飲み込んでいく。
「セシリー!」
家に残した妹の顔が脳裏に浮かぶ。
家へ向かって駆け出した。
◇ ◇ ◇
セシルの家は、炎に包まれていた。
「セシリー!」
意を決して、セシルは燃え盛る家の中へ飛び込む。
熱気に息が詰まり、煙で目が痛む。
それでも、妹の姿を探して奥へ進んでいく。
「お婆さん!?」
倒れている老婆の姿を見つけ、セシルは駆け寄ってその身体を揺さぶる。
「お婆さん!ねえ、お婆さん!」
けれど、返事はない。
何度呼びかけても、身体は動かなかった。
セシルが揺さぶった手に、赤い血が付いていた。
「おばあ……さん」
すでに老婆は息をしていなかった。
「っセシリー!!どこにいるんだ!」
セシルはセシリーを探すため、声を張り上げて呼びかける。
返事はない。それでも諦めず、燃え広がる家の中を探し続けた。
「あれは……っ!セシリー!」
燃える家の中にセシリーの姿を見つける。
「ここは危ない!早く逃げよう!」
妹を見つけたことに安堵し、セシルは駆け寄りながら呼びかける。
「………………」
しかし、セシリーはセシルの呼びかけに応えなかった。
「早く!」
セシルはセシリーの手を掴むと、そのまま無理やり外へ連れ出そうとする。
「………………」
「うわあ!」
セシリーの身体から放たれた力が、セシルを弾き飛ばした。
勢いのまま、セシルは家の外へと投げ出される。
「セシリー……?」
地面に倒れたセシルは、何が起こったのか理解できなかった。
「あは、はははははは!」
セシリーは、突然笑い声を上げた。
その手から、強大な魔力が放たれる。
「うわああっ!」
逃げ惑っていた村人たちへ魔法が次々と襲いかかる。
悲鳴が響き、村人たちが次々と倒れていく。
それでも、セシリーの魔法は止まらなかった。
炎に包まれた村の中を歩きながら、逃げようとする村人たちへ次々と魔法を放っていく。
その姿をセシルは呆然と見つめていた。
「セシリー……?」
いつも一緒に遊んでいた妹。
笑いながら手を繋いで帰った妹。
その妹が、今は目の前で村人たちを傷つけている。
「止めろ、セシリー!」
セシルが必死に呼びかける。
その声に反応したのか、セシリーは攻撃の手を止めた。
ゆっくりと振り返り、セシルへ視線を向ける。
「……セシル?どうしたの?」
セシリーは不思議そうに首を傾げる。
なぜセシルが、そんな必死な顔で自分を呼んでいるのか分からない。
「もう止めるんだ!」
「止める?止めるってなにを……私……なにして?」
セシリーは辺りを見回す。
燃え盛る家々。地面に倒れた村人たち。
逃げることもできず、動かなくなった人々。
「…………え?」
セシリーの顔から、ゆっくりと血の気が引いていく。
「なんで……?」
震える手を見つめる。
そこには、魔法を放った痕跡が残っていた。
「私が……?」
目の前の光景と、自分の手を何度も見比べる。
頭の中に理解できないものが一気に流れ込んでくる。
その瞬間、頭の奥で何かが弾けた。
「あは……」
震えていた唇が、ゆっくりと歪む。
「あはは……あはははははは!」
先ほどまでの恐怖が嘘だったかのように、セシリーは笑い始める。
「セシリー……?」
その笑顔は、いつもの妹のものではなかった。
「あはははははは!」
炎の中で、少女の笑い声だけが響き続けた。