狩人世界の似非天使   作:御薬久田斎

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戦闘って難しい…ヽ(´Д`ヽ ミ ノ´Д`)ノ
あと主人公も強化しすぎたような。


時には前に逃げてみる

 とあるマフィアの所有するビル前で、最高峰の暗殺一家と雇われ能力者達がぶつかる。かたや三人、かたや10数人、数の上では守る側が圧倒的に有利だった。戦況は拮抗するまでもなく、あっさりと片方に傾く。まるで、人間が鼠を蹴散らすかのように、その力量差は圧倒的だった。そう、勝ったのは暗殺一家の二人、仮面の女性と鉄面皮の青年だった。決して、護衛側の能力者全員が弱かったわけではない。マフィアの抱える能力者の中でも上位に食い込めるほどの実力者、そんな存在も、この場にはたまたま置かれていた。だが、今回は相手が悪すぎた。彼らのつくる壁をまるで紙のように切り裂いたのは、一家次期当主の青年とその母親だ。マフィアの持つ最大戦力、“陰獣”クラスの者達でも手に余る実力者。一介の雇われ能力者達では、あまりにも荷が重すぎた。

 

 既に殺し屋二人はビルに入り、ビルの玄関前で戦っているのは二人だけだった。

 

「……っ!」

 

 二人の内の小さい方、カナデが相手の攻撃をかわしながら考える。大きい方、偉丈夫の攻撃は、かつてないほどに対処が困難なものだった。

 人並み外れた認識能力や処理能力を持つカナデは、敵が攻撃をする前から何をしてくるのかを察知することが出来る。その予知は相手の呼吸であったり、筋肉の動きであったり、身体の流れであったりと、相手から得られる様々な情報によってなされるものだ。戦闘経験が未熟なカナデに、フェイントの類を得手とするツェズゲラが容易に完封されたこと、それはカナデの能力がツェズゲラの技術を大きく上回っていたことを意味する。

 

 しかし、今度のカナデの相手はまず根本から違っていた。ツェズゲラとは比較にならない、戦闘技術と練度は確かに言うまでもない。だが、それだけではない。偉丈夫の、普通の人間ならば“絶対にありえない”筋肉と身体の動きに、カナデの感覚は翻弄されていた。普通の人間だったなら無意識下で狂わされるのだろうが、子細を知覚できたカナデは余計に混乱した。

 今カナデが偉丈夫と相対しきれているのは、カナデの念能力“学園天使の模倣劇(エンジェルプレイヤー)”によるところが大きい。本来身体の反応が間に合わない連撃を、カナデの身体は自動的に回避していた。しかし、それは薄氷を踏むかのようなやり取りだ。カナデの自動戦闘機能は、まだまだ未熟といってよいレベルの練度でしかない。カナデと偉丈夫が接敵しまだ十秒程度しか経過していなかったが、カナデは感覚で、あと数秒もすればこの単調な回避パターンを見切られると感じ取っていた。

 

「ふっ!」

 

 カナデはなりふり構わず後ろへ下がり、“練”で体内に練り上げていたオーラを噴出させた。そして、常に自身を強化させていた身体強化スキル“overdrive”に大きくオーラを割き、本格的(・・・)に稼働させ始めた。

 瞬間、カナデは自分の世界が広がり、意識と肉体が正確に溶け込み合うかのような錯覚を起こした。ただ足を踏みしめただけで地面にヒビが入り、ただ手を動かしただけで空中に衝撃波が生まれる。そんな万能感だ。

 

 そして、それは空想だけでは終わらない。

 

「――あぁあっ!!」

 

 カナデが地を蹴ると同時に、石床が砕け散り宙に舞う。カナデの身体が、空気の壁を突き破り景気のいい破壊音を奏でた。カナデの視界の中で、偉丈夫の姿が刹那の内に収束する。これまでとは、それこそ比較にならないスピードでカナデは駆けた。

 ……ただし、同時にカナデはその力を持て余してもいた。蹴った地が砕けたというのであれば、それだけ力が減衰したことを指し、空気を突き破ったというのであれば、身体にそれだけの抵抗を受けたということである。身体を使うことに、人外レベルで秀でているカナデならそうそうこんなことはありえない。それは、瞬間的にではあるがカナデがそれだけ切羽詰まっていたという証でもあった。

 

 偉丈夫に肉薄したカナデが、手に具現化した刃を振るう。直線的に振るわれたその攻撃を、偉丈夫は少し身体をずらすだけでかわした。

 

「――“ver.2”」

 

 しかし、カナデも迅速に現状に対して最適化を始めていた。かかる時間は数秒程度、カナデは力の赴くままに防戦を止めた。

 カナデの呟きとともに、発光するデジタル数字を散らしながら刃が形を変える。特徴のない、防御に主眼を置いていたただの短剣型から、攻撃を意識し高速戦闘に特化した薄刃の長剣型に。

 

「っ!」

 

 刹那の内に変型し、高速で切り返された攻撃的な刃に、偉丈夫が眉を上げる。それでも紙一重で回避した偉丈夫に、カナデは両腕をフルに稼働させ畳み掛けた。

 

 ヒッ ヒヒュンッ

 

 縦横無尽に残像と音を残しながら空を斬る刃は、さながら数多を切り裂くかまいたちである。偉丈夫はそれでもその全てを回避してみせたが、それは彼だからこそ出来たこと。カナデの暴走は偉丈夫に、自分以外なら無傷では済まなかったとすら思わせた。

 

(もう少し)

 

 神速の突きを繰り出しながら、カナデは身体をギリギリとひねる。そして、限界を迎えた身体をプロペラのように高速で回転させた。肉を斬るどころか削ぎ落としそうな凶悪な回転刃を、偉丈夫は後ろに下がりかわす。

 しかしその後退も一瞬のもの、偉丈夫はほとんどカナデの動きを見切ってきていた。次の瞬間には、偉丈夫は音もなくカナデの背後へと回っていた。偉丈夫のゴツゴツとしているが形は普通の右手が、ビキビキと異形へと形を変える。より肉を、心臓を、命を抉るのに適した形へと姿を変える。殺気は限界まで鎮められ、殺しに特化された手が無情にもカナデの小さな背中へと向けられた。

 そして。

 

(間に合っ、た!)

 

 貫かれる位置にあったカナデの背中がずれ、カナデの全身が背を向けたままごく自然に偉丈夫の懐へと入り込む。そして何気なく動いたカナデの手によって、偉丈夫の身体がいとも容易く宙に浮かされた。

 

「――っ!」

 

 息を呑んだのは、偉丈夫の方。特に勢いも飾りもない投技だったために、体勢は速攻で戻されたものの、彼にとってはそもそもそこまで投げられかけたことこそが驚きだった。偉丈夫は、静かに地へと降り立ち再びカナデへと向き直る。

 

「……」

 

 カナデは、身体の感じを確かめるように両手を交互に握りしめていた。

 

 カナデの、ひいては立華奏(オリジナル)の根幹を担う身体強化系のスキル、“overdrive”。それは、概要としては本人の持つ基礎ステータス全般を強化するというスキルであり、念能力に互換すると純粋に強化系の能力に属している。それ故特質系のカナデとは相性が悪く、通常時は中途半端にしか機能していない。それこそ、精々四割程度だ。これはカナデ自身、“学園天使の模倣劇(エンジェルプレイヤー)”でスキルの詳細情報、稼働状況を確かめるまで気づかなかったことだが、普段“overdrive”は感覚系のステータスを強化することに重点を置かれており、肉体系のステータスは雀の涙、申し訳程度にしか強化されていない。流星街で目を覚まし、これまでカナデが発揮してきた力は全て、カナデ自身のナチュラルな身体能力だ。そもそも、あれら程度の力であれば無能力者の中にもいる。どこぞの十代の少年達が数トンの扉を念無しで開いたことからも、それは明らかだ。

 カナデは、“overdrive”を十全に発動させることでようやく“怪力”というアイデンティティをこの世界で確立できるのだ。

 

 仮に強化系能力者が、100のオーラを注ぐことで“overdrive”の力を100引き出せたとする。翻ってカナデの場合は、100のオーラを注いだとしても練度不足で40の力しか引き出せない。それは、“発”の最大習得率の関係上どうしようもないことだ。だが、カナデは“練”使用時に“overdrive”の力を無理やり100まで引き上げた。やったことは実に単純、250のオーラを注いだだけ。これは、カナデが偉丈夫と対峙した時、オーラの大きい彼と比較することで自身の潜在オーラの量が異様なまでに多いことに気づいたことで、気兼ねなく実現できた空論だった。

 

 そして、急激に膨れ上がった身体能力に遊ばれることがないよう、最適化を終えた今からこそが、カナデにとっての本番だった。

 

 キィィィィッ

 

 カナデが両腕の薄刃を擦り合わせると、高い金属音が奏でられる。

 

 キンッ

 

 それを合図として、カナデと偉丈夫は再び互いの戦意を拮抗させた。

 

 

 

 ビルの玄関前で戦っているのは確かに二人だけだが、実のところ生きているのは三人だ。玄関前に配置されていた能力者達は、一人残らず心臓を抜かれたり首を切られたりへし折られたりと、瞬く間に女性と青年に一掃された。全員が誰が見ても致命傷に見える傷を負わされ、事実一人を除き揃って即死だった。

 生き残っていたのは、三人組が来る前にカナデと少しだけ話していたブイラ。彼は首を大きく切り裂かれていたが、血液を操作する能力で自身の血流を操作し、辛うじて生き残っていた。しかしそのような状態では万が一にも継戦などは出来ず、殺し屋の青年に見逃されたのももう邪魔にならないと判断されたためだ。

 

 そうして、首を押さえ息を潜めていた彼は、目の前の光景を呆然と見つめていた。それは、生きるために能力を使うことを忘れそうになるほどだった。

 

「何だ、これ。何なんだ、一体……」

 

 邪魔だ足手まといだと、少女を侮った相方は既に死んだ。邪魔にも、足手まといにすらなる暇もなく、まるで塵芥のように心臓を抜かれ白目を剥いて呼吸を止めた。そして、相方が侮り自身も心中では期待していなかった少女が、三人の中で最も異彩を放っていた男と互角に渡り合っている。

 初めの一分ほどは、彼でもまだ影が見えるほどだったが、今では二人共が完全に彼の視界から姿を消していた。時々前触れもなく姿を現し、その時は必ずと言っていいほど凄まじい勢いで二人揃って攻撃の応酬を繰り返している。

 

 ブイラが必死に命を繋ぎながら、それでも戦いから目が離せずにいる中、二人の戦いは更にヒートアップしていった。

 

 

 

 カナデと偉丈夫が戦い始めて、どれほどの時間が過ぎただろうか。頭蓋骨を破砕しそうなほどの蹴りを軽く屈んだだけでかわし、カナデは何度目かの突きを繰り出した。しかしそれは偉丈夫の手で軽く払いのけられ、お返しにカナデを頭から真っ二つに両断してしまいそうな手刀が、偉丈夫が身体を落とすのに合わせるように振り下ろされる。だが、無論カナデもそれでは終わらない。

 

「“ver.4”」

 

 途端に片方の手の薄刃は、巨大で華やか、かつ不気味な蓮の花へと姿を変える。カナデは頭上の死角から放たれた手刀を、蓮の花を振るうことで偉丈夫の体ごと弾き飛ばした。

 

「“ver.2”」

 

 しかし、その圧倒的な質量も通常的に使うのではあまりにも邪魔になる。カナデは、偉丈夫が再び攻撃を仕掛けてくる前に形態を元に戻した。

 だが、その直後息を呑み思わず叫ぶ。

 

「っ!――

「はっ!」

――“guard skill ; distortion”!」

 

 次の瞬間、偉丈夫から放たれた強力な念弾がカナデに接触する。間一髪で展開の間に合った歪曲場によって、大部分がねじ曲げられ直撃は避けられたものの、いくらかはカナデの力場を突破したことから、一瞬の溜めから放たれた念弾でありながら相当の威力を持っていたことが分かる。かつてカナデの闘った放出系能力者の能力が、それこそ紙くず以下とも思えるほどの力だった。

 

 直後間合いを詰めてきた偉丈夫に合わせるように、カナデは再び蓮の花に変型させた“hand sonic”を振り下ろし、偉丈夫を無理やり後退させた。

 

「“ver.2”……はぁ」

 

 蓮の花から薄刃に戻したカナデが、偉丈夫からは目を離さずにため息をつく。そして、誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

「やっぱり、こうなるのね」

「……?」

 

 カナデの小さな声を聞き取った偉丈夫は、訝しげに眉を寄せる。カナデは偉丈夫の反応には頓着せず、何度目かになる疾駆を始めた。今度は、偉丈夫の真正面へと、ただ一直線に猛進する。偉丈夫は身構え、カナデを迎え撃った。

 しかし。

 

「“guard skill ; delay”」

「っ!」

 

 カナデが接敵する直前、偉丈夫の反撃が届く直前に、カナデの姿が偉丈夫の目の前からも掻き消える。これまでとは、一線を画す速度。事実、偉丈夫の眼でもカナデの姿は追い切れなかった。眼前で小さく奇妙な発光体が乱舞する中、しかし偉丈夫は自分の真後ろへと貫手を放った。

 

――“absorb”

「――っ!?」

 

 今度こそ、偉丈夫が瞠目する。偉丈夫の貫手は、背後にいたカナデの身体を確かに貫通した。しかし、偉丈夫の目に映ったのは胸を貫かれ絶命したカナデの姿ではなく、赤黒い粒子となってその身体を消失させてゆくカナデの姿だった。貫手を貫通させた胸も、既にスカスカだ。

 

「……」

 

 完全に消え行く直前、戦闘下においても表情の乏しかったカナデが、似つかわしくない、裂けるような笑みを浮かべた。

 

「ちっ!」

 

 カナデの姿が消えるか消えないかのうちに、唐突に現れた“練”の気配を感じ取り、偉丈夫が再び背後を振り向いた。そしてそれとほぼ同時に、ビルの玄関前が暴力的な光に満たされる。偉丈夫は、その光の中でカナデの気配が遠ざかっていくのを感じ取っていた。

 光が消えたのは、そのすぐ後。“練”の気配のあった場所に目を向けると、頭を切られたペットボトルが落ちているのを見つけた。偉丈夫は戦闘態勢を解き、今度はカナデの逃げた方へと視線を向けた。

 

「割に合わん仕事だ。アレを除くのは、骨が折れるわ」

 

 偉丈夫が視線を向けた先には、カナデの走り去る背中がある。

 そう、まるで、天地が逆さまになったかのようにビルの壁面を凄まじい速さで駆け上がっていく、カナデの背中が。カナデの走り去った後には、どこからか白い羽根が現れ空を舞い、地面に落ちる前に発光するデジタル数字となって消えていった。

 




まぁいいや。
あと生き残りが欲しいと思って彼入れたんですけど、何か変に浮いてるような。
まぁいいや。

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