狩人世界の似非天使   作:御薬久田斎

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起伏が欲しい。なんて平坦な話なんだ。


光る念系統

「……ふぅ」

 

 流星街の居住区として使われている区域の一角で、私はため息を吐いた。キキョウに聞かれ、念について知りうることを色々と話していたが、一先ず満足したのかようやく先刻毛布にくるまり寝息を立て始めたのだ。

 空はすっかり黒に塗りつぶされ、灰色のスモッグがうっすらと見える程度。随分長く話し込んでいたらしい。

 周囲にはみすぼらしいあばら屋が立ち並び、流星街の生活水準が見て取れる。が、キキョウ曰く此処は流星街の中でも最下層らしい。普通なら、一応朽ちているとはいえちゃんとした建築物に住んでいるそうだが。まぁ、キキョウのような子供が一人で生きているのだから、さもありなん。キキョウの邸宅もここらの例に漏れず、人一人住むのが精一杯の掘っ立て小屋である。だから、眠気のなかった私は遠慮して外に出てきたのだ。

 また、動く人の気配のは少ないこの時間帯は、今の私には都合が良かった。

 

「ふっ」

 

 一呼吸で地を蹴り、空を舞う。

 この程度のことは、足にオーラを特別回すまでもなく容易に可能だった。

 汚染した空気と、淀んだ夜空がとても惜しい。澄んだ空であれば、この上ないほどに気持ちが良かっただろうに。

 身体が落ちる度に地を蹴りつけ、私は瞬く間にゴミ山の乱立する地帯に移動した。

 

 最終的に立ち止まったのは、ゴミ山にぽっかりと空いた空白、あらゆる角度から死角となりうる窪地だった。

 その中心に立ち、息を整えながら周囲の気配を探る。

 

 そして、何もいないという確信とともに、私は右掌を上にかざした。

 

「“学園天使の模倣劇(エンジェルプレイヤー)”」

 

 高まるオーラとともに、虚空から姿を現したのは一台のノートパソコン。

 

「……成功」

 

 様々あった知識のうちの一つ、どうやらこれが私自身の能力であるらしい。おそらく記憶を失う前の私が創ったのだろうが、こうして能力の核であるノートパソコンを持ってみても実感はあまり沸かなかった。

 電源ボタンを押し、パソコンを立ち上げる。本物とは仕様が違うのか、一秒も経たずにデスクトップが開いた。

 私は、デスクトップの左上に一つだけぽつんとある“Angel Player”のファイルを開いた。ファイルの中にあったのは、起動ソフトとマニュアル、私は起動ソフトの方を選択した。

 

「やっぱり、スキルは全部揃ってるわね。“hand sonic”もちゃんとVer.5まで……けどまさか“harmonics”まであるなんて。カストロも目じゃないわね。ん、スカトロだったかしら?」

 

 それぞれのスキルの仕様を確認しながら、私はマニュアルも開き軽く目を通した。そして、想像はしていたが、この“Angel Player”という念能力がかなり反則くさい能力であることが分かった。

 “Angel Player”に既に作成され登録されているスキルは少ないオーラでほぼ制限なく使える上に、既存スキルの改変、新スキルの作成まで自在に出来る。現在の出力増強や、強度の強化、コスト削減にスキルそのものの仕様変更と、自由度は高い。改変・作成は多大なオーラを必要とするものの、得られる利益と明らかに釣り合っていない。“harmonics”ですら、現状で原作並に分身を出せる上、性能も原作通りという反則仕様。全体的に欠点らしい欠点は見受けられず、強いていうならこのパソコンを破壊されたら、私自身もただではすまない、という程度だ。だがそれも、人目のあるところで具現化しなければいいだけの話である。異様なまでに汎用性の、応用力の高い能力だ。

 一体前の私は、何を引き換えにしてこれだけの能力を創ったのか。その辺りのことは、私の知識にはなかった。

 

 マニュアルを読んでいると、あることに気づく。どうやら“Angel Player”はスキル作成だけが全てではないらしい。マニュアルに書かれていたのは、私の自動戦闘機能についてだった。

 “Angel Player”の確認をすれば、確かにスキル欄の他に項目がある。

 そちらを開き、戦闘パターンを見ると、基本的に防衛方面に従事されていることが見て取れた。目に付いたのは、反射限界を越えて領域に侵入してきた致死性のある質量体に対するガードパターンや、近接戦闘におけるカウンターパターンなど。

 

「そう言えば、原作の立華奏にとっては“Angel Player”はあくまで自己防衛手段でしかなかったわね」

 

 納得しながら、ここまで原作準拠に設定していた前の私のことについても疑問に思う。Angel Beatsの世界では確かにこれでも十分過ぎるほどではあっただろうが、ここはHUNTER×HUNTERの世界だ。この世界では、正直このままでは心もとない。

 

 私は、能力をより実戦的かつ攻撃的なものに書き換えるべく、キーボードに指を走らせた。

 

 

 

 

 

 私が目を覚ましてから、キキョウと出会ってから一週間。そろそろ流星街の環境にも慣れてきた頃だが、そんな私以上にキキョウは念に対して意欲的だった。

 

「ちょっとカナデ! “練”が上手くできないのだけど!」

「鍛錬が足りないわ。多分」

「もう少し簡単な、そう、コツとかないの?」

「さぁ。あれば誰も苦労しないじゃないのかしら」

 

 と言いながら、私は若干の後ろめたさを感じていた。“纏”は初めから使えていた上に、“練”も次の日には自然に使えることに気づいたのだ。同じ基本技、四大行の“絶”もまた言うまでもなく、今は“凝”と“流”を鍛えている。この身体、念能力もさる事ながら、念技能そのものの素質も反則的だ。

 しかし、側にいる私がアレなだけで、キキョウも才能ある人間らしい。元々触りが出来ていたとはいえ、既に“纏”は安定し、一週間で“練”にもこぎ着けている。軽い手合わせ、じゃれ合いでも、日本の体術に近い型が見られた。一応ジャポン出身と聞いてはいるが、流星街に来る前に何らかの享受を受けていたようだ。まぁ、キキョウにもキキョウなりに色々と事情があったのだろう。

 

 それはさておき、私は水見式に使えそうなコップ・グラスを探すべく、ゴミ山の方に目を向けた。ここ数日場所を変えながら探していたが、大抵使えないレベルで割れていて、なかなか適したものは見つからない。ここ流星街には、それこそあらゆるものがあるが、限定的なものを探そうとなると困難を極める。それも、破損しやすい硝子製のものだとなおさらだ。ただ、それを探す途上で、比較的損傷の少ないジャージ上下を見つけたことは僥倖だった。妙に馴染むので、キキョウに貰ったボロ布はそっちのけで今はそっちを着込んでいる。

 それにしても、いくら貴重品とは言えそろそろ見つかってもいいのではないだろうか。今のところはむしろ、精密機器の部品やら破損した情報端末と言った別の貴重品が発掘されているぐらいだ。

 

(今日見つからなかったら、物々交換しよう……)

 

 ハイスペックの私が加わったこと、自分が念を使えるようになったことで、以前の自分よりも日々の収入が段違いに増している、とキキョウは言っていた。それこそ、生活必需品以外に余裕が有るくらいにだ。因みに、キキョウはコップを持っていない。キキョウにとっては必需品ではないようで、椀で代用していた。

 

「……あ」

 

 と、そんなことをつらつらと考えていると、ゴミとゴミの隙間に、半透明の何かが落ちているのを見つけた。

 勇んで掘り出してみると、それは汚れてくすんだコップだった。

 

「プラスチックだけど。透けてるから問題ないわよね」

 

 縁まで水が入れられて、中が見えたらそれでいいのではないだろうか。

 

 目的を終えた私は、キキョウのいる場所に引き返した。

 キキョウは、私が中座した時から変わらない体制で目を閉じて集中していたが、私が近づくと目を開き頬を膨らませた。

 

「ちょっとカナデ! どこ行ってたのよ、折角“練”出来るようになったのに」

「ごめんなさい。次の準備してたから」

「次の?」

 

 私はコップをキキョウの前に置き、水筒を取り出して水を縁のギリギリまで注いだ。葉っぱも、念のため何枚か用意して持ってきていた。

 

「飲むの?」

「違う。念の基本は四大行、“纏”、“練”、“絶”に“発”。“絶”もその内出来そうだから、そろそろ念能力の本懐、“発”の前準備にうつる」

「“発”! 超能力みたいなことができるのよね?」

「みたい、というより、念能力自体が一種の超能力だと思う。出来ることは、人によって千差万別だけれど」

「ふんふん。カナデも、何か使えるのよね?」

「使える」

「やっぱり! 見せて見せて!」

「念能力は、他人に知られる度にリスクを負うものだから。本当ならあまり披露なんてするものじゃないのだけど。キキョウには、少しだけ。“guard skill ; hand sonic”」

 

 キキョウにねだられ、私は渋々“hand sonic”を使った。とは言え、元々“ hand sonic”は“Angel Player”を隠すための見せスキルにするつもりだったので、大したマイナスにはならない。

 キキョウは、私の手に現れた刃に目を輝かせた。

 

「凄い! どうなってるのそれ、私も出来るようになるの!?」

「さぁ、知らないわ。これは多分具現化系統の能力。キキョウの得意系統によるけど、具現化系じゃないのならあまりオススメはしないわ」

 

 私は刃を消しながら答える。詳しくは分からないが、具現化系は念能力の中でも開発が難しい能力系統だと私は考えている。また六性図で見ても、隣の系統である変化系は具現化系とは合わせにくい上、反対側の特質系は個々人によってあまりに変則的過ぎる。また合わせやすい操作系にしても些か離れている上に、操作系の能力者ならば普通、具現化系よりもより相性のいい放出系に目を向けることだろう。具現化系に特化していなければ、適用しにくい能力系統なのだ。

 ただその代わりに、特質系についで変則的な系統であり、具現化するモノによっては能力者同士の強弱を覆しうる特殊な系統だ。

 

 が、キキョウは恐らく操作系なので正直関係ない。先に述べたように、放出系と合わせたほうが戦術の幅が増えることは言うまでもないだろう。

 

「そう言う能力の話は、貴女の得意系統が判明してからだわ」

「そ、そうよね。えーと、どうすればいいの?」

 

 私は水を注いだコップの水面に葉っぱを一枚置き、コップを包むように両手を添えた。

 

「こんな風にして、“練”をして」

「それだけ?」

「それだけ。だから、やって」

 

 私はコップから手をどけて、キキョウに場を譲った。キキョウは少し逡巡していたが、大人しくコップの前に座り、両手を添えた。

 

「あっ、葉っぱが揺れた!」

 

 キキョウが“練”をすると、予想通りというべきか、水面に浮かべていた葉っぱが予定調和のようにゆらゆらと独りでに動いていた。

 

「えーと、つまり私は何系?」

「六性図のことは、前に少し教えたわね」

 

 テンションの上がるキキョウをよそに、私は地面に拾った棒で六角形を描きながら呟く。頂点から“強”、それから時計回りにそれぞれの角に六系統の頭文字を書き込んだ。そして、左下に位置している“操”の字を棒で叩く。

 

「キキョウは、この操作系」

「操作系……って何が出来るの?」

「ん……任意の対象に念を込めると、操ることが出来るわ」

「えっ! 人間でも!?」

 

 そこで真っ先に人間を提示してくるところが、まさにキキョウだ。それも輝く笑顔で。これが殺し屋クオリティだろうか。

 

「無機物有機物生物無生物問わず、基本的には何でも操作できるらしいわね。ただ、高度な意志を持つ人間を操作するなら熟練が必要だわ」

「へー、へー」

 

 楽しそうに頷くキキョウに、将来を憂う。別に、この人の命の軽い世界で殺人を過剰に厭うつもりはないし、キキョウがこの先暗殺一家に入ろうが知ったことではないけれど、シリアルキラーにはなって欲しくないと思うのだ。

 

「ねえ、カナデがやったらどうなるの?」

「私は……知らない」

「え、どうして?」

「まだ、やったことないから」

「じゃあ、何で具現化系の能力が使えるのよ」

「(しまったそうだった)」

 

 恐らく、キキョウは具現化系の場合はどういう現象が起こるのかを聞いたのだろう。だがそれゆえに、今のやりとりは不自然だった。これではまるで、私が自分の系統も知らないままで能力を開発したように思われる。

 

「やってみせたほうが早いわ」

 

 キキョウの疑問をスルーして、私は強引に話を進める。キキョウも好奇心が勝ったのか、大人しくコップの前から退き、私の挙動とコップとを交互に眺めていた。

 私は、少し緊張しながらコップに両手をかざした。そして一呼吸を起き、一気に“練”をする。

 途端。

 

「!!」

「ひゃっ!」

 

 まるで閃光のように、コップの中の水が暴力的な光を迸らせる。キキョウは小さく悲鳴をあげ、私も思わず目を閉じた。

 そして一瞬後、恐る恐る目を開けてコップの方を見やると、水が消滅し葉っぱがひらひらと寂しげに舞っている様子が目に入った。

 

「……あぁ」

「これは……何系なの?」

 

 呆気にとられた様子のキキョウに聞かれ、私は癖になってきたため息を吐きながら答える。

 

「多分、特質系」

 

 特質系だろうというアタリはつけていたものの、起きた現象は正直予想以上だった。チカチカとする視界を治めようと、目蓋を押し瞬きをしながら、私はこの発光自体が一つの能力になるんじゃないかとぼんやりと考えていた。

 




というわけで天空闘技場に行きたい。

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