狩人世界の似非天使   作:御薬久田斎

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というわけでごめんなさい。キキョウさんはしばらくお休みです。
今更ですが色々オリ入ってます。


驚異の251階建

「ようこそ。お一人様ですね? では、こちらに必要事項をお書き下さい」

「格闘技経験……二ヶ月、と」

 

 この世界に来て、はやふた月。

 私は流星街を出て、一人天空闘技場に来ていた。

 

 元々、此処に来ること自体は結構前から計画をしていた。流星街で移動費に充てる外貨を集めるのに苦労し、ここまでかかったのだ。天空闘技場は、原作にも出てきた、資金的にも実力的にも大きく第一歩となる場所だ。何よりここでは身分証の類は必要なく、受付で名前(偽名でも可)や年齢(サバ読み)を記入すれば、それだけでエントリーが可能となる。流星街がスタート地点である私にとって、手っ取り早く稼ぐために此処に来ることは決定事項だった。

 勿論、資金調達だけが目的の全てではない。いや、むしろそちらは二の次で、私の第一の目的は経験を積むことだった。

 

 私の戦闘スタイルは、まだ構想段階にあった。キキョウとの手合わせだけでは能力を使う機会がほとんど無く、ほとんど我流の体術のみで相手をしているためだ。最終的には、自己判断(マニュアル)自動戦闘(オート)をリアルタイムで切り替える、一人スイッチを目指してはいるものの、まだまだデータが少なすぎる。何せ能力の元となったキャラが、そもそも普通の高校生なのだ、仕方がない。某可愛い物好きの忍者娘のデータでもあれば話は別だったが、当然のことながら天使の能力の範疇外のようだ。どちらにせよ、能力のバージョンアップを図るにも、戦闘理論を組み上げるにも、私にはあまりにも戦闘経験が足りていなかった。

 

 とは言え、天空闘技場の190階クラスまでは今のキキョウでも勝てる程度の相手しかいないだろう。何せ、念能力者と非念能力者との壁はあまりにも厚い。なので、私の目的は200階クラス、ひいてはフロアマスターだ。原作で出てきた200階闘士は……アレだったが、さすがにフロアマスターともなれば相応の闘士が揃っているだろうことは想像に難くない。

 

 というわけで当面の計画は、200階まで適当にファイトマネーを稼ぎ、200階から本気出す!という流れだ。

 

「それでは中へどうぞ!」

 

 用紙に虚実を混ぜながら必要事項を書き込み、受付に提出すると、笑顔で闘技場への入り口に案内された。見るからに弱々しい私を、初めて見た時からにこやかな笑顔と対応を崩さないスタッフにプロ根性を見ながら、私は闘技場に歩を進めた。

 

 

 

 薄暗い通路を抜けた先には、様々な怒号・歓声の響き渡る広大な空間があった。ばらばらと、しかし決して少なくない数の観客達が観客席を行き来し、中央の正方形のスペースには16の闘技舞台が設置され、それぞれの舞台の上では闘技者達が楽しそうにじゃれあっている。この調子で251階まで続いているというのだから、この世界の建築技術には舌を巻かずにはいられない。少なくとも、私の知る日本という国とはレベルが違った。その癖、航空技術は飛行船、気球止まりなのがおかしかった。エジソン兄弟を始め、あちらの世界の歴史を変えてきた天才達には、尊敬の念を禁じ得ない。

 

 一応ざっと会場を見渡しては見たものの、“纏”を出来ているものは一人もおらず、やはり念が隠匿された技術であるらしいことが再確認出来た。少なくとも、200階までは負けることもないだろう。

 

『992番・1043番の方、Lのリングへどうぞ』

「あ、私の番号」

 

 私は渡された番号札を見ながら、さっき座った観戦席から立ち上がる。

 どうでもいいことだが、ハンター文字があるのにアルファベットの概念もあるらしい。私は舞台に刻印されているLの字を見ながら、この世界の他言語の存在について考察していた。

 

「おいおい本気かよ」

「?」

 

 声をかけられ目を向けると、私の目の前には人相が悪く図体もでかい男性がいた。どうやら、ぼんやりしている考え事をしている間に舞台の上に上がっていたらしい。Lの舞台には俄に視線が集まり、様々な野次が飛び交う。からかうものであったりやめとけ的な言葉ばかりで、私の見た目のためか攻撃的なものはないものの肯定的なものは一つもなかった。

 

「わりーが、手加減はしたことねーぜ」

 

 打って変わって、見た目の割に紳士的なのは私の対戦相手の男だった。よく見れば筋肉質な体つきをしており、姿勢も素人目ながらぶれていない。男からは、武に対する誠実さが見られた。

 だからこそ相手が私であることが気の毒だった。私自身は素人だが、能力で在り方自体を最適化されているこの身体は違う。非現実的なまでに増幅されている筋力、それを補うために強化された感覚、それらを最大限に活かす身体の動かし方。たとえ武術を学んでいなくとも、この身体では機械的に答えが示されていた。

 その上、私は念能力者で男は非念能力者。ご愁傷様としか言い様がない。勿論、200階までは“纏”のみで行くつもりではあるが。

 

「貴方も、気を付けて。私は、早く上に上がるつもりだから。手加減はするけど、容赦はしないわ」

「ふん。確かに少しはやるみてーだが」

 

 男の態度に答え、私は自分なりに謙虚に忠告してみるものの、逆に男に何かの火を着けてしまったように見えた。不快に思わせたのなら些か申し訳ない。

 

「ここ一階のリングでは、入場者の方々のレベルを見ております。制限時間は3分間、この間に、十分自分の力を出しきって下さい。よろしいですか?」

 

 Lのリングの審判に声をかけられ、先の言葉きり黙している男とともに頷く。

 

「それでは、始め!」

「思い上がったガキには、現実ってモンを教えてやるぜ!」

 

 どうやら先の言葉から溜めていたらしいセリフを吐き出し、男は床を蹴った。

 ――残念。やはりキキョウよりも遅い。男が弱いのかキキョウが強いのか。考えるまでもなく後者だろうが、別に男に対する悪感情は浮かばなかった。

 さて、男の語る“現実”はどうやらパンチだったらしい。私は悠長に男の動きをつぶさに観察しながら、目前まで迫った男の拳にそっと手を添えた。男の拳は、背の低い私を捉えるためか下からえぐり込むようなパンチだった。

 しかしそれは関係ない。

 

「!?!?」

 

 一瞬見えたのは、男の、訳が分からないといった顔。

 私がしたのは、ただ自然に男を放り投げただけだ。能力の副作用か、はたまた生まれつき(デフォルトで)こうなのかは分からないが、私は認識力が異常に高い。男の重心のかけ方も、男が拳を繰り出そうとしていたのも、どうすれば私と男に負担をかけずに投げることが出来るかも、全てが一瞬の内に頭で理解できていた。

 男からすれば、いつの間にか宙を舞っていた、と感じられたのかもしれない。

 

 私は壁に叩きつけられた男を確認し、審判の方を向いた。

 

「3分間、やる?」

「……い、いや。1043番。50階へ上がって下さい」

「ありがとう」

 

 審判に軽く頭を下げて、私は舞台を降りる。

 一瞬の静寂後、ざわめきどよめきに変わった会場を背にし、私はエレベーターホールへと足を向けた。

 

 

 

 

 

「おい、さっきの見たかよ!」

「は?」

「見なかったのかよ、見ものだったぞ」

 

 一階の闘技場で交わされる会話は、大部分が先刻行われ一瞬で終わった試合のものとなっていた。この野蛮な場には似合わぬ、一人の少女が巻き起こした逆転劇である。当初少女が舞台に現れた時は、むしろ『此処を馬鹿にするな』という雰囲気すら流れたほどだ。何せ、どの舞台を見ても戦っているのは成人以上の屈強な男ばかり。かたや少女は、10を過ぎたばかりで、細く、病弱そうな風情すら漂わせていたのだ。その上格好はぶかぶかでぼろぼろなジャージである。場違いが服を着て現れた、と言われても無理もない有り様だったのだ。

 対戦相手は、例に漏れず屈強な体つきの男。結果はそれこそ目に見えたようなものだった。

 舞台に集められた視線は、珍しいもの見たさや軽い嗜虐心で占められ、結果自体は観客達の中で決まりきっていた。

 

 しかし、“現実”は全く異なる道を辿る。

 

 審判が開始を宣告した直後、少女と比較すると、途方も無い大きさの対戦相手は、手加減など見られぬ動きで少女へと迫った。少女はといえば、棒立ちでそれを迎え撃つ。その光景は、刹那の間で、押しつぶされる少女を幻視するほどのものだった。しかし少女はまるでゴミでも放り投げるかのように、事も無げに対戦相手の男を場外へと投げ飛ばしたのだ。

 見ていた観客の間で共通していたのは、開いたままの口と静寂、そして事態を飲み込んだ後の興奮だった。

 

「お前、損したな。あの瞬間は見ておくべきだった」

「何なんだ。Lの舞台だろ。勝敗なんざ決まって……あ? 何でアレが負けててあっちが勝ってんだ。俺が目を離してる隙に何が起きた」

 

 好奇心で見ていたとある観客は、他の試合を見ていて首を傾げている連れに軽く説明し、したり顔で語る。

 

「あの歳で、とんでもねぇ達人だぜ、あの嬢ちゃん。恐らく、ジャポンのジュージュツ家だろうよ。ほら、あの敵の勢いを利用して投げるってやつだ。力のない女子供でも、大の大人を軽々とぶん投げるって話だぜ?」

 

 実際は技術のカケラもなく、ただ投げるだけ投げただけなのだが、武術家でもない人間にはそう区別が付くものでもない。というより、眼前で起きた光景に何か理由付けが欲しい、というのが真実だろう。

 

「まさか。どうせ、勢い余って転んで、頭ぶつけたとかそんなのだろ。前にもそれで、俺とお前で爆笑したじゃねぇか」

 

 頑なに信じない連れに、見ていた観客はニヤリと笑い立ち上がる。そして連れを見下ろしながら言った。

 

「じゃ、確かめに行くか? 多分、今日もう一試合やるだろうし、お前も来いよ。見れるかもしんねえぜ? 心躍るスペクタクルがよ」

 

 

 

 といったやり取りが、一階の会場のあちこちで交わされ、十数人の観客が50階へと上がっていった。

 

 さっさと50階へ上がってきていたカナデはそんなことはつゆ知らず。ファイトマネーで買ったジュースを飲みながら、天空闘技場に来る資金を一緒に集めてくれたキキョウへのお土産をどうしようかと、のんびりと考えているのだった。

 




とは言いつつも、次話は流星街で待つキキョウさんの視点を入れて見ます。

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