狩人世界の似非天使   作:御薬久田斎

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キャラ崩壊からは逃れられない。あと話も進んでない。
ところで、そんな気はないんですけど強化フラグがばりばり立ってるかのような話の流れ。どうしてこうなった。


何だったっけ

「……はっ」

 

 唐突に意識を取り戻したツェズゲラの眼に、白い天井が映る。一瞬自分が今どこにいるのかを思い出そうとするが、頭の痛みに思考は中断された。しかし、それが逆に意識をクリアにさせる。

 

「くっ……そうか、俺は……」

 

 負けたのか、と最後の言葉は口から小さく漏れる。自覚するとともに、意識を失う直前のことが徐々に思い出されてきた。

 全力の“練”で相手であるカナデに肉薄した後、ツェズゲラは自身の本領である体術による近接戦闘を仕掛けようとしていたのだ。

 

 ツェズゲラが幼い時分より修めてきた体術、それはいわゆる軍隊格闘術に属すものであり、合理的かつ酷薄なまでに対人戦に特化している。元軍人だった己が父親に教えを受けたものであり、その分野では天才とすら呼ばれるほどの腕をツェズゲラは持っていた。父親とは違う道、ハンターを目指すことを父親に伝えた際に、自他共に厳しい父親に太鼓判を押されたことも密かに自信となっていた。

 

 “練”で全身が活性化されている間、ツェズゲラは更に一種の全能感に包まれていた。例え師匠が相手でも勝てるのではないかと錯覚させるほど、ツェズゲラはギリギリまでオーラを出しきっていた。

 

 ツェズゲラの学んだ格闘術は、脱力から始まる。通常の使い手ならば徹底した構えから型は始まるが、ツェズゲラはそれを必要としない技術をとうに修得していた。

 喉や肋骨の直下といった正中線をぬく貫手、視界や、場合によっては眼球そのものを潰す目潰し、ただの一動作で繰り出される鞭のような拳、そして相手の領域を侵し崩し落とす変則投げ。それらが息をつく暇もなく、連続的に敵対者へと向かう。ただ相手を殺傷することに主眼を置き、他で言うジャブやフェイントといえるような牽制も必殺となりうる攻撃となる。相手を倒すまでそれらは止まらず、最後の本当の必殺までつながる攻撃は全て必然的に過程にしかなりえない。

 

 カナデに仕掛けられたものは、それらを更に念能力の基本にして骨子、“練”によって強化された絶技だった。ツェズゲラは念では初心者ではあったが、幼少より鍛え上げた技は違う。並みの念能力者であれば、為す術もなく倒されていたかもしれない。

 惜しむらくはカナデが並みの念能力者どころではなく、人外だったことだろう。

 

 始め、カナデは仕掛けては来なかった。

 ツェズゲラの攻撃をただかわすだけかわし、はたから見れば手が出せないでいるようにも見られた。ツェズゲラの息も吐かせぬ連撃の前に、為す術なく逃げまわっているだけだと。

 だが、そうではないことに真っ先に気がついたのは他でもないツェズゲラである。最初の数撃から、既に彼は違和感を感じていた。何かに見られている、観察されていると、彼は感じたのだ。そして、それを始まりに徐々に違和感の正体に気づいていく。

 恐ろしいことに、ツェズゲラの攻撃をかわしながらもカナデはただの一歩も動いてなどはいなかった。そこは最初にツェズゲラが立っていた場所であり、ツェズゲラが投げられ、“練”をして舞い戻ってきた場所。そしてカナデは、ツェズゲラが怒涛の連撃を始めてもただ上体と左手を動かすだけで、足どころか重心も動かそうとはしない。

 身体を効率的に扱うことに自負のあったツェズゲラだったが、師以上にカナデ相手には一線を画すものを感じた。その異様な精密さは、人並み外れていると。

 

 だがそれでも、ツェズゲラは止まれなかった。動き続けたのは、ただの一分。それだけで、ツェズゲラは既に自らの限界を感じ始めていたのだ。戦闘時の負担の大きさを思い知りながら、ツェズゲラはただ気力のみで技を繰り出す。

 

 その連鎖が終わったのは、カナデがその動きを変えた瞬間とほぼ同時だった。そのカナデの動きから、ツェズゲラは何故自身がカナデの在り方を“観察”と受け取っていたのかに気づく。この短い時間で、ただ学ばれていたのだと、ただ盗まれていたのだと、領域を侵され重心を崩され顔面から石板に叩きつけられる直前に、ツェズゲラの思考はその答えに至った。そしてその直後に、何かが砕ける音と眼前の火花とともに意識はブラックアウトした。

 

「あのクソオヤジ! 何が『200階までは、今のお前に勝てる奴はいない(ニヤリ)』だ! きっちりいるじゃないか糞!」

 

 ツェズゲラは、父親の古い友人だと紹介された念の師の、人を食った笑みを思い出しながら悪態をついた。ツェズゲラは、自身の師であればカナデの存在を踏まえた上で送り出した可能性もあることに思い当たる。思えば、天空闘技場への参戦も随分急に決められたことだった。

 

「……くっそぉ」

 

 少し吐き出すとともに、何かがすっきりする。その後は、ただ悔しいと感じていた。

 思い出すのは、自身よりも小さく幼い弱々しそうな少女の姿。そして、初めて心の底から敗北を感じさせた勝者の姿だった。

 

「あぁ。こんなことなら、不満なんぞ漏らさずもう少し修行を積んでおくんだった」

 

 ツェズゲラの在り方は、その実とてもひたむきだ。求める物に対し真摯であり、努力を惜しむことはない。ただ、今回は念の修行の中で明確な成果というものを見つけられず、師の前で焦ってしまった結果だった。

 ツェズゲラは右手を掲げ、力の限り握りしめた。岩のように固められた拳から、蒸気のようなオーラが立ち上る様が目に映る。それは、修行を始める前よりもはるかに力強い。

 

「……」

 

 何故気づかなかったのか。ツェズゲラはそれを黙ったまま見つめ、そして不敵に笑った。

 

「くく」

 

 自分の武は、念は。まだ折れてはいない。そう、彼は感じていた。

 

「次は、負けん」

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 決意を新たにした直後。ツェズゲラはおもむろに、そして目を覚まして初めて周りに目をやった。そうして真っ先に目に入ったのは、自分を見つめる一対の金色の瞳だった。

 

「ぶーーっ!!」

「……」

 

 反射的に身を引き、枕と、ベッドの背に身を寄せる。金色の瞳の持ち主、ツェズゲラの対戦相手だったカナデは、リングの時と同じように無表情でツェズゲラを見つめていた。その笑みのカケラもない顔からも、その温度の欠如した瞳からも、カナデが今何を思い何を考えているかは微塵もうかがい知れない。

 

「な。な。な。な」

「……こんにちは?」

 

 カナデは、狼狽えるツェズゲラに小首をかしげて平坦な口調で問いかけた。二人のいる部屋から見える太陽の位置は、大体午後4時から5時と言ったところ。挨拶にどれを選ぶかは、個々人、あるいは時期によって変動するかもしれない。

 

「い、いつ。いつの間に」

「ん?」

 

 一方的に返されたツェズゲラの問いかけに、カナデは再度首を傾げる。なぜなら『いつの間に』も何も、ツェズゲラが起きる前から椅子に座ってぼんやりと待っていたのだから。

 

「最初から?」

 

 特に隠すことでもないので、カナデは正直に答えた。しかし、ツェズゲラはその一言で石化する。ツェズゲラの反応を眺めていたカナデは、これで幾つ目かになる疑問符を頭上に浮かべた。

 

「どうかしたの?」

「……最初から、ということはもしや、聞いていたのか」

 

 あぁ、とカナデはのんびりと手を打つ。

 

「『……はっ。……くっ……そうか、おれ』――」

「最初からじゃないか!」

「だからそう言ったわ」

 

 抑揚のない声で、しかし確かにツェズゲラの言った独り言を律儀にリピートするカナデを、ツェズゲラは思わず叫んで止める。精神的に痛むのか物理的に痛むのか、それとも両方か、叫んだ後に苦痛に歪む顔でツェズゲラは包帯の巻かれた頭を押さえた。

 

「……。……そう言えば、何故俺は君の存在に気付かなかった。覚醒直後とは言え、それほどぬるい日々は過ごしていないはずだが」

 

 少し間を置き冷静さを取り戻したツェズゲラが、話をそらすように話題を転換してカナデに尋ねる。とは言え転換後の話題も、確かに彼にとっては気になることではあった。

 ツェズゲラは、寝ている時でも奇襲に反応できるような特殊な訓練を父親から受けている。強制失神中はそうはいかずとも、意識の戻った後ならば例え失神直後であってもその限りではない。むしろ、傍らにいたカナデの存在は起きた直後に気づいて然るべきだったのだ。自身の警戒網をいとも容易くすり抜けたカナデが、一体何をどうやったのかがツェズゲラは気になっていた。

 

「念を学んでいるなら、“絶”は知らないのかしら?」

「“絶”……なるほど、それがそうだったのか。どういうものかは聞いていたが、まだ見たことはない。俺の師は、派手好きにはそぐわない、とか言ってな。見せてはくれなかった。今覚えばさて、他にも理由があったようにも思うがな」

「あらそう」

「……興味なさそうだな」

「? ないわ」

 

 特に気負いもなさそうに会話をぶちぎるカナデに、ツェズゲラはため息をつく。そういう人間なのだろうと、短い会話の中で彼はカナデの性質を掴んできていた。しかし、問えば答えはしっかりと返ってくる。なまじややこしい特性を持つ人間よりも付き合いやすいだろうとも、彼は感じていた。

 と、そこでふと思う。何故“絶”をして気配を消していたのかと。特に何をするでもなくツェズゲラに所在を露見させた以上、意味のある行動だったとは思えなかった。

 

「君が俺を起きるのを待っていたのは分かる。だが“絶”をしていたのは何故だ? 何か目的があったようには、俺には思えないんだが」

「知らないわ」

「は?」

 

 それまで同様、疑問に返ってきたのは明瞭な答えだった。……しかし、如何せん受け取り側が理解が出来ない類のだが。ツェズゲラが続きを促すと、カナデは少し視線を迷わせて言葉を探しているようだった。

 

「私は知らない。貴方の部屋の前に居た男に頼まれたのよ」

「ん?」

「『あんたの“絶”なら、面白い反応が見られるはずだ(ニヤリ)』と言っていたわ。結局、あの男は何が目的だったのかしら?」

「……」

 

 妙に心当たりのあるやり口とセリフに、ツェズゲラのこめかみに青筋が走る。

 

「……その男の特徴は?」

「そうね。顔は強面、体格が良くて、袖がなくてポケットのたくさんあるベストを羽織ってたわ。あぁ、そう言えば酔っているわけでもないのに、何故か頭にネクタイを巻いていたわ」

 

 

 

 

 

 罵声と、放送禁止用語をまき散らしながら元気に飛び出していったツェズゲラを見送り、私は首を傾げた。

 

「あれ。何しに来たんだっけ」

 




今まで読み専してましたので、自分が投稿しないと小説が更新しないことが不思議でたまりません。

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