そして短いです。
200階クラスの受付でギリギリ90日後辺りに試合日を設け、私は流星街に一度帰っていた。しかしそこでの用を早々に失ってしまい、私はさっさと天空闘技場に舞い戻った。そして新たにできた用を消化するために、携帯電話で呼んだツェズゲラとの待ち合わせ場所に向かっていた。
携帯電話は結構最近に開発されたものらしく、携帯電話という名の通りこの時代には電話機能しかない。携帯と呼ぶには少しゴツくポケットに入るようなサイズではないが、少なくとも固定電話よりも使い勝手は良さそうだった。
キキョウへのお土産を買いに行く途中に、ツェズゲラに勧められ言われるがままに私も買ってみたのだが、今はツェズゲラしか電話相手がいないのでまだ使いこなしているとはいえない状況である。肩掛けバッグにその他もろもろと雑多に詰め込んだ最先端の通信機器は、未だちょっと便利な重し程度の価値しかない。
「ツェズゲラ」
80階のカフェテラスでコーヒーを飲みながら待っていたらしい青年に声をかける。相も変わらずのレンジャーファッションで、遠目からでもその姿はよく見えていた。樹海では溶け込みそうなその服装も、この人海の中では目印である。
「君か。久しぶり、というには早い帰りだったな」
正面に座った私に、ツェズゲラがそう言った。
確かに、その通りだ。実際、私は流星街に帰り、一日も滞在しない内に戻ってきた。かかった時間は移動時間のみだ。
「渋皮栗のモンブランとカプチーノ泡多めで」
やってきたウェイトレスに注文をして、私はツェズゲラに向き直った。
「知人がいなかったから、滞在する理由もなかったわ」
「いなかった? 何か、あったのか?」
不穏なものでも感じたのか、ツェズゲラが眉をひそめる。しかし、私は即座に首を振った。
「別に。大したことじゃなかったわね」
流星街に戻ってからのことだったが、特に他に行くところもなかった私はさっさと私とキキョウが暮らしていた部屋に向かった。しかし、部屋に近づくにつれて人気が感じられないことを疑問に思い始め、部屋に入ってから誰も居ないことに気づいた。始めは“絶”でもしているのかと思ったが、それにしては部屋の中に姿は見えない。外に出て、“円”を広げながら探してみたがそれでもキキョウは見つからなかった。
首を傾げながらダメ元で総督府に行って聞いてみると、意外にもちゃんと答えが返って来た。
『……花嫁修業?』
何でも数日前、たまたまお婿さん候補なるものを見つけ脇目もふらず流星街を飛び出していったという。因みに、そいつはキキョウよりも年上の男で、銀髪の殺し屋らしい。
目撃者の話によると、出会いは意外にも流星街のゴミ山地帯。ロマンもへったくれもない。いつも通りキキョウがゴミ山の影で何か怪しげな行動(おそらく修行だろう。念を知らない者からすれば奇妙な行動に見えるらしい)をしていたが、そこに見知らぬ男がやってきた。着ている服はボロボロで、その上血まみれ、息も絶え絶えで、普通ではない状態だったという。しかしその男はそんな状態でありながら、突然常軌を逸した動きで目の合ったキキョウに襲いかかった。
キキョウは、見た目だけなら虚ろな両目がチャームポイントの普通の女の子である。もしも人質にでもしようとしたのなら、男にはうってつけの相手に見えたのかもしれない。しかし、そこはあのキキョウである。五体満足ならばともかく男は重症人、キキョウは情け容赦なく返り討ちにした。傷を増やし、それでも男は逃げようとしたらしいが、そこにいつの間にかやってきた銀髪の青年に心臓をくり貫かれてあっさり絶命。流星街に数多あるゴミと同じものになってしまった。
その後、青年はキキョウには見向きもせずその場を立ち去ったらしい。一体その出会いで、その殺し屋のどこが琴線に触れたのか、誠に謎である。
しかし私は、キキョウの意中の相手には非常に心当たりがあった。シルバ=ゾルディック、キキョウと齢が近く関係があるとすれば、まっさきに思い浮かぶ人物である。出来過ぎた話ではあるが、ありえないと可能性を断ち切るにしてはあまりに運命じみている。
あの将来の暗殺一家の家長が、普通に配偶者を選ぶとは到底思えない。そして当のキキョウは『立派な殺し屋になってくるわ!』とだけ言い残し、今ではすっかり行方不明である。原作通りに絶対に上手く事が進むとは言い切れず、万が一失敗して死体になられていては寝覚めが悪い。それに、一応心配でもあった。
そう思った私は用の無くなった流星街を後にし、とりあえず情報を集めるためツェズゲラのいる天空闘技場に戻ってきたということだ。
「婚活しに行ってるだけみたいだから」
「婚活? 結婚活動の略か。随分と年上なんだな、君の知り合いというのは。何歳なんだ?」
「さぁ。10歳ちょっとぐらいじゃないかしら」
「……10代前半か。若いというか、幼いな。最近はそれぐらいから始めるのが普通なのか?」
「知らないわ。けど、努力を始めるのに早すぎるということは無いと思うけれど」
「くく、確かに。格言だな」
私がまだ言っていないのだからツェズゲラが知る由もないだろうが、あの暗殺一家の一員になるのならむしろ今からでは遅いとすら言えるかもしれない。向こうはそもそも、一流の暗殺者となるために生まれた頃より英才教育を受けてきた身だ。肉体レベルで改造じみた修行を施されることを考えれば、途中参加は命に関わるどころか生存確率のほうが低いだろう。とは言え、あのキキョウならどうとでもしてしまいそうな気はしている。ああ見えて、異様に強かなのだ。
「それで、用件は何だ? 君が珍しくわざわざ俺を呼んだのだ。まさか世間話をしに来たわけではないだろう。話の流れからするとおそらく、その婚活をしているらしい知人に関することだろうと俺は思うのだが、どうだ?」
「お待たせしました~。渋皮栗のモンブランと、カプチーノ、泡多めになります~」
「あ。それ私」
「はい~。それでは失礼致します~」
「ありがとう」
来るのが随分と早いが、決して雑に作られたものではない。ここの味は保証付きだ。このカフェには、100階クラスを過ぎた辺りから私も何度か足を運んでいた。眼前に置かれた甘味に、少し幸せな気分になる。
「おい」
モンブランの頂点に堂々と鎮座しているツヤツヤの栗をフォークでつつく。何となく、栗がとても可愛らしいものに見えた。
「素晴らしい。キュートだわ」
「おい」
「何。今忙しいのだけど」
「そうは見えんぞ。俺は用件を聞きに来たのであって、君の珍しい姿を観賞しに来たわけではないのだが」
「はっ」
憮然とした表情のツェズゲラに気付き、一瞬トリップしていた意識が正気に戻る。私は落ち着き払いモンブランのクリーム部分にフォークを通しながら、ツェズゲラにさっさと用件を伝えることにした。
「キキョウを、その私の知人のことなのだけど、今どこにいるのか分からないのよ」
「ほう、なるほど。つまり、その居場所を知りたいと、そういうことか?」
「そう」
頷いて返すと、ツェズゲラはため息を吐きながら腕を組み、椅子の背もたれにギッと背中をもたれかけさせた。
「君な、俺を便利屋と勘違いしちゃいないか? ベテランなら可能かも知れんが、俺はまだ
そう言って肩をすくめるツェズゲラに、私は首を横に振った。ツェズゲラは少し勘違いをしているからだ。まぁ、その勘違いも私の言葉足らずが原因なのだが。
「違うわ」
「ん、どういうことだ」
「ツェズゲラに、直接調べてもらおうとは思ってないわ。ただ、“調べられる”人間を紹介して欲しい」
「……ああ、そういうことか」
原作でツェズゲラは
「いいだろう。俺自身にそういうコネはまだないが、師匠ならばツテがあるはずだ。あたってみよう。ただし、コレは貸しにさせてもらうぞ」
「勿論、構わないわ」
世の中ギブ・アンド・テイク、無償の好意ほど信用のならないものはない。人間は得てしてそういう生き物なのだ。
「しかし、自分から出て行った者を専門家に頼ってまでわざわざ探しに行こうとするとは、君も存外心配性なのだな」
「そうかもしれないわね」
長持ちするものを選んだのでまだまだ猶予はあるが、あまりのんびりしているとお土産の賞味期限が切れてしまうかもしれない。あのキキョウに賞味期限の切れた食べ物を渡すのは、些か気が引けしまう。私はそこが少し心配だった。
「そう言えば、まだ君には言っていなかったか。俺もそろそろ天空闘技場を離れる予定だ。200階クラスまで上がったことだしな」
「初耳ね。まぁ、おめでとう」
「君と当たることがなければ、そうそう負けはせんさ。それこそ当然の結果だよ。あとは200階闘士と何戦かやってから、修行と仕事を本格的に再開するつもりだ。そもそも、天空闘技場に来たのは俺にとってはイレギュラーだった。……まぁ、それも無駄にはならなかったがね」
私に視線を向けてくるツェズゲラに、「そう」と気のない返事を返し、私は最後にとっておいた天辺の栗にフォークを突き刺した。
主人公が結構感情豊かになってきたような気がします。まだ起きて二ヶ月も経ってませんが、ちょっとは馴染んできたみたいです。