皇帝の妹   作:ベアグミの妖精

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日曜日に出さなかったので今日出します。
ここからこれ含めて2、3話柊との会話パートになると思います。
あと明日も投稿出来そうです。


今の現状でのゼータの脚質適正は、
逃げ>追い込み>>越えられない壁>>差し>先行
と言った感じです。


トレーナーとは 12話

それから。

 

ゼータシンボリは、放課後になると時折トレーナー室を訪れるようになった。

 

契約を結んだわけではない。

担当になったわけでもない。

ただ、柊トレーナーと話をする。

 

それだけだった。

 

最初は、ほんの十分ほど。

 

授業のこと。

レースのこと。

学園であった出来事。

 

そんな他愛のない話ばかりだった。

 

けれど。

 

その時間は、少しずつ長くなっていった。

 

 

「それで?」

 

蓮司郎が椅子へ深く腰掛ける。

 

「今日の授業はどうだった?」

 

「普通です。午前中は数学とレース理論で、午後は実技でした」

 

「実技は何をやった?」

 

「追い込みの展開と対策についてです」

 

「ほう」

 

蓮司郎が少し興味深そうに眉を上げる。

 

「お前さん、追い込みもできるのか?」

 

「……得意な方だと思います」

 

「逃げもできるんだろ?」

 

「はい」

 

「珍しいな」

 

蓮司郎は笑った。

 

「逃げと追い込みじゃ、随分と違うだろうに」

 

「そうですね」

 

ゼータも小さく笑う。

 

「でも、私はその二つの方が走りやすいんです」

 

「理由は?」

 

「……。」

 

一瞬、言葉が止まる。

 

本当の理由、それは言えない。

 

近くにウマ娘が集まれば集まるほど、ウマソウルを強く感じる、その感覚が集中を乱す。

 

だから。

 

前に誰もいない逃げ。

あるいは最後方から距離を取る追い込み。

それが、自分にとってまだ走りやすい。

 

「……自分のペースを作りやすいから、でしょうか」

 

ゼータはそう答えた。

 

蓮司郎は少しだけゼータを見るが、深く追及することはなかった。

 

「なるほどな」

 

それだけ言って、机の上の資料へ目を戻す。

 

「なら、無理に他の脚質を使う必要はねぇな」

 

「はい」

 

その言葉に、ゼータは少しだけ安心した。

 

 

「ところで」

 

蓮司郎が一枚の紙を取り出す。

 

「選抜レースの後、お前さんにスカウトが結構来ただろ?」

 

「……はい」

 

「全部断ったのか?」

 

「まだ決めていません」

 

「どうしてだ?」

 

「……。」

 

ゼータは少し考える。

 

「私は、まだ担当を決めるつもりがないからです」

 

「なるほど」

 

「それに……」

 

そこで言葉を切る。

 

「私には、やりたいことがありますから」

 

「トレーナーか」

 

「はい」

 

迷いのない返事だった。

 

蓮司郎はその答えを聞いて、少しだけ笑った。

 

「本当に好きなんだな」

 

「……何がですか?」

 

「トレーナーって仕事がだよ」

 

「……はい」

 

ゼータも笑う。

 

「好きです」

 

その言葉だけは、何度口にしても不思議と胸が苦しくならなかった。

 

「なら、聞かせてくれ」

 

「何をですか?」

 

「お前さんが思う、理想のトレーナーってのを」

 

「理想……」

 

ゼータは少し考える。

 

「担当のことを、ちゃんと見ている人です」

 

「ほう」

 

「速いから褒めるんじゃなくて」

 

「勝ったから喜ぶだけでもなくて」

 

「その子が何を考えているのか、何に悩んでいるのかを考えられる人」

 

一つ一つ、言葉を選ぶ。

 

「勝ったら、一緒に喜んで」

 

「負けたら、一緒に悔しがって」

 

「間違った事をしようとしているのなら正しい方へと導き」

 

「それでも最後には、次はどうするかを一緒に考える」

 

ゼータは少しだけ笑った。

 

「そういう人になりたいです」

 

蓮司郎は黙って聞いていた。

 

「……なるほどな」

 

「何か変ですか?」

 

「いや」

 

蓮司郎は首を横に振る。

 

「立派なもんだと思ってな」

 

「そうでしょうか?」

 

「ああ」

 

そして、少しだけ目を細める。

 

「ただな」

 

「はい?」

 

「その理想を、本当に自分にも向けられるか?」

 

「……。」

 

ゼータの笑顔が止まった。

 

「自分にも?」

 

「ああ」

 

「担当には無理をするなと言えても、自分には無理をさせる奴ってのは結構いる」

 

「……。」

 

「自分のことを後回しにして、担当のためなら何でもする」

 

蓮司郎は机の上で指を組む。

 

「そういう奴は、一見すると立派なトレーナーに見える」

 

「だがな」

 

「長くは続かねぇ」

 

ゼータは黙っていた。

胸の奥に、何かが引っかかる。

 

「……私は」

 

言葉が出てこない。

 

「自分のことを、大切にできていると思います」

 

ようやくそう答える。

 

蓮司郎は否定しなかった。

 

「そうか」

 

ただ。

 

それだけだった。

 

 

トレーナー室を出た後、ゼータは一人廊下を歩いていた。

 

(自分にも……)

 

蓮司郎の言葉が頭から離れない。

 

自分を大切にする、そんなことを考えたことなどほとんどなかった。

 

シンボリ家の娘として。

ルドルフ姉さんの妹として。

恥ずかしくない結果を残す。

 

そのためなら、多少のことは我慢すればいい。

レースへの憧れも、走りたいという気持ちも。

全部、自分の中へ押し込めてしまえばいい。

 

(……私は。)

 

足を止める。

 

窓ガラスに映った自分を見る。

 

白い髪。

 

フローライトのような瞳。

 

そして。

 

その瞳に反射する、無数のウマソウル。

 

けれど。

 

自分自身には、何もない。

 

「……。」

 

ゼータはそっと目を伏せた。

 

(私は、何を大切にすればいいんでしょうね。)

 

答えは出なかった。

 

 

その日の夕方。

 

第一グラウンドでは、数人のウマ娘が模擬レースを行っていた。ゼータは帰る途中、フェンスの外からそれを眺めていた。

 

「位置について!」

 

スタート。

 

一斉に飛び出すウマ娘たち、その胸で、ウマソウルが燃える。ゼータの瞳に、それぞれの想いが流れ込んでくる。

 

勝ちたい。

 

負けたくない。

 

追いつきたい。

 

もっと前へ。

 

その中で、一人のウマ娘が早い段階で仕掛けた。

 

「……。」

 

ゼータは思わず呟く。

 

「少し早い……」

 

だがそのウマ娘は、そのまま先頭へ躍り出る。

そして最後まで粘り切った。

 

「……あ。」

 

ゼータは目を見開く。

自分の予想とは違う展開。

 

けれど。

 

「……すごい。」

 

思わず笑みがこぼれる。

 

その瞬間だった。

 

「お前さん、また見てたのか」

 

「……!」

 

振り返る。

 

そこには蓮司郎がいた。

 

「柊さん……」

 

「好きだなぁ、レース」

 

「……はい」

 

ゼータは素直に答えた。

蓮司郎は隣に立つ。

 

「じゃあ聞くが」

 

「はい?」

 

「今のレース、どうだった?」

 

ゼータはグラウンドを見る。

 

「最初の仕掛けは早かったと思います」

 

「だよな」

 

「でも……」

 

少し考える。

 

「だからこそ、後ろの子たちが仕掛けるタイミングを失ったんだと思います」

 

「ほう」

 

「結果的には、あの子の判断が正しかったんじゃないでしょうか」

 

蓮司郎は満足そうに笑った。

 

「そうだな」

 

二人はしばらく、何も言わずにレースを眺めていた。

その時間は、不思議なほど心地よかった。

 

 

「なぁ、ゼータ」

 

「はい?」

 

「お前さんは、自分が走るのは嫌いか?」

 

また、その質問。

 

けれど。

 

今度は、少しだけ違った。

 

ゼータはすぐには答えなかった。

 

目の前では、少女たちが次のレースの準備をしている。

 

そして、その胸には眩しいほどのウマソウルが輝いている。

 

「……嫌いでは、ありません」

 

蓮司郎は黙っている。

 

「むしろ……」

 

ゼータは胸へ手を当てた。

 

「好きなんだと思います」

 

初めて。

 

誰かに向かって、はっきりと口にした。

 

「走るのも。」

 

「風を感じるのも。」

 

「芝を蹴る感覚も。」

 

少しだけ笑う。

 

「全部、好きです」

 

それでも。

 

「だからこそ……」

 

ゼータは目を伏せた。

 

「私は、離れなきゃいけないんです」

 

「……どうしてだ?」

 

「それは……」

 

言えない。

 

ウマソウルのことも、自分には何もないことも、運命を変えてしまう恐怖も。

 

何も。

 

「……私には、そうする必要があるからです」

 

蓮司郎はしばらくゼータを見つめた。

 

そして。

 

「そうか」

 

また、それだけだった。

 

否定もしない、無理に聞き出そうともしない。

そのことが、ゼータにはありがたかった。

 

 

その夜。

 

寮の自室。

 

ゼータは机に向かい、今日までのことを思い返していた。

 

柊蓮司郎、不思議な人だ。

 

自分のことを深く聞こうとする。

けれど、無理に踏み込んではこない。

 

そして、何より。

 

「……私のことを、ちゃんと見ようとしている」

 

そのことが、少しだけ怖かった。

 

これまで。

 

自分の本当の姿を見てほしいと思ったことなど、一度もなかった。

 

見られてはいけないと思っていた。

 

けれど。

 

(……どうしてでしょう)

 

あの人になら。

 

少しくらいなら。

 

そんな気持ちが、ほんの僅かに芽生えている。

 

ゼータは目を閉じる。

 

(駄目です)

 

(私は、トレーナーになる)

(レースから離れる)

(そのために、必要な結果を残す)

 

(それ以外は必要ない)

 

いつものように自分へ言い聞かせる。

 

けれど、今日だけは。

 

その言葉の後に、別の言葉が浮かんだ。

 

(……でも)

 

(もう少しだけ)

(柊さんと、話してみたい)

 

ゼータは目を開く、そして、自分でも気づかないほど小さく笑った。

 

その頃。

 

トレーナー室では、蓮司郎が一人、選抜レースの記録を眺めていた。

 

「……あの子は、まだ何か隠してる」

 

机の上には、ゼータの記録。

 

授業で走っている。

短距離、マイル、中距離。

 

そして、選抜レース。

 

数字だけを見れば、決して突出しているわけではない。

 

だが。

 

「数字じゃ説明できねぇんだよな」

 

蓮司郎は小さく呟く。

 

「お前さんの走りは」

 

そして。

 

「……まぁ、急ぐ必要もねぇか」

 

記録を閉じる。

 

「ゆっくり聞いていくとするか」

 

老トレーナーはそう呟き、静かに椅子へ背を預けた。

 

二人の間に生まれたこの奇妙な時間が、やがてゼータの固く閉ざされた心を、少しずつ変えていくことになる。

 




モチベが爆上がりするので、良ければ感想や評価をよろしくお願いします。

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