最近割と忙しいのでしばらくは土曜日だけになると思います、時間が作れれば日曜も投稿していくのでよろしくお願いします。
二人が正式に担当になった翌日の放課後。
ゼータシンボリは、いつものように柊蓮司郎のトレーナー室へ向かっていた。昨日までは、そこへ行けば話をしたり、レースについて教えてもらったりするだけだった。
けれど、今日からは違う。昨日、正式に担当トレーナーが決まった、つまり今日から、本格的にトレーニングが始まる。
「……」
トレーナー室の前で、ゼータは一度だけ足を止め、昨日のことを思い出す。
『俺と契約しないか?』
そして、自分もそれを受け入れた。
「……よし」
小さく息を吐いて、扉を開ける。
「失礼します」
「おう、来たか」
いつもの蓮司郎の声を聞きゼータは中へ入る。
「こんにちは、柊さん」
「おう」
蓮司郎は机に向かっていたが、ゼータの姿を見ると資料を置いき、開口一番に告げる。
「早速だが、着替えてこいトレーニングだ」
「……え?」
固まるゼータをよそに柊はもう一度言う。
「着替えてこい」
「今からですか!?」
思わず声が大きくなる、蓮司郎は当然のように頷いた。
「おう」
「昨日契約したばかりですよ?」
「だからだ」
「だからって……」
「担当になったからにゃ、今までみたいにここでだべってるだけじゃいけねぇからな」
蓮司郎は立ち上がる。
「今日は確認のためのトレーニングをする」
「確認……ですか?」
「ああ」
「何を確認するんです?」
「今後のメニューを組むために現時点で何がどこまで出来ているかの確認だ」
「……」
真っ当な理由に何も言えず、ゼータは少しだけ頬を膨らませる。
「急ですね……」
「トレーナーになったんだから、これぐらいは覚悟してもらわねぇとな」
「……分かりました」
ゼータは立ち上がる。
「着替えてきます」
「おう、さっさとな」
「はい」
ゼータはトレーナー室を出ていく、その背中を見送りながら蓮司郎は小さく笑う。
「さて……どこまで見せてくれるかね」
しばらくして。
トレーニングウェアに着替えたゼータが戻ってくる。
「お待たせしました」
「おう」
蓮司郎はゼータの姿を一通り確認する。
「身体の調子は?」
「問題ありません」
「昨日までと違うところは?」
「特にありません」
「疲れは?」
「ありません」
「よし」
蓮司郎は資料を手に取る。
「じゃあ始めるぞ」
「はい」
二人はトレーニングスペースへ向かいまずは、軽い準備運動その後に、柔軟、そして基礎的な身体能力の確認へ移っていく。
脚力。
瞬発力。
持久力。
身体の使い方。
それぞれを一つずつ確認していく。
「次」
「はい」
「今度はこっちだ」
「分かりました」
ゼータは指示されたメニューを淡々とこなしていく。少し息が上がっているがそれ以外苦しそうな様子はほとんど見せない、その動きを柊じっと見ていた。
(……やっぱり抑えたまんまか)
昨日までの記録。
選抜レース。
授業での走り。
そして今日の動き。
どれも優秀だ。
だが、意図的に力を抑えている。それは間違いない。
「次はこれだ」
「はい」
指示を出し、ゼータが次のメニューへ移るのを見てから柊は手元の記録へ目を落とす。
(この程度の数値なら、普通ならこの辺りのメニューで十分だが……)
もう一度、ゼータを見る。
(こいつの場合は今の疲労度的にも、もう少し厳しめでも問題ねぇな)
もちろん無茶をさせるつもりはない、怪我をさせるようなメニューを組む気もないただ、本人が見せている能力だけを基準にしてしまえば、ゼータの身体を正しく鍛えることはできない。
蓮司郎は少しだけ次のトレーニングの内容を調整する。
「ゼータ」
「はい」
「次、少し変えるぞ」
「分かりました」
「今より一段上げる」
「……はい」
ゼータは頷いた。
それからしばらく。
「……っ」
ゼータの呼吸が荒くなる。
「あと少しだ」
「……はい……!」
脚は重い、身体もかなり疲れている、それでもゼータは止まらない。一つ、また一つと指示されたメニューを終わらせていく、そして最後のメニューを終えたところで。
「……終わりだ」
「……はぁぁ」
ゼータはその場で大きく息を吐いた。額には汗、肩も上下している。
「……疲れました」
「だろうな」
蓮司郎は記録を確認する。
「今日はここまでだ」
「……はい」
ゼータはその場に座り込みそうになるが、なんとか立っている。
「……最初から、こんなにやるんですか?」
「確かに確認の為に色々とやってはいるが、今日だけ特別ってわけじゃねぇぞ」
「……」
ゼータがじとっとした目で蓮司郎を見る。
「もう少し加減してもいいんじゃないですか?」
「そうか?」
「はい」
「でも全部終わらせれたじゃねぇか」
「うっ、それは…」
ゼータは言葉に詰まる。
「……それは、そうですけどぉ」
蓮司郎はニヤリと笑った。
「まだ文句言えるぐらいの元気があるなら、次はもっと厳しくいくか」
「それは困ります!これ以上は無理です!」
即答だった。
「ははっ」
蓮司郎は笑う。
「俺はちゃんとお前さんに合うようにメニューを組んでる。それに、クソほど疲れたかもしれねぇが、無理ではなかっただろ?」
「……」
ゼータはまた少しだけ頬を膨らませる。
「……分かりました」
「なんだ、その顔は」
「なんでもありません」
「ふっ、そうかい」
明らかに納得していない顔だった、蓮司郎はそれを見てまた笑う。
「ほら、文句言ってる暇があるならクールダウンとストレッチしてこい」
「……分かりました」
「ああ。ちゃんとやれよ」
「分かってますよ!」
ゼータは少しムッとしたまま、まずクールダウンへ向かった。
しばらくして。
「終わりました」
「おう」
先ほどよりも呼吸は、落ち着いたゼータが戻ってくる。
「身体はどうだ?」
「かなり疲れています」
「痛いところは?」
「全身です」
「違和感は?」
「それはありません」
「なら、今日は問題ねぇな」
そう言い、未だ少し不満げなゼータおよそに、蓮司郎は机から一冊のノートを取り出しそして、ゼータへ差し出す。
「これ、今日から使え」
「ノート……ですか?」
「ああ」
ゼータは受け取る。
「何を書くんですか?」
「今日やったこと」
「それだけですか?」
「それだけじゃねぇ」
蓮司郎は指を2本立てる。
「今日のトレーニングで何を思ったか」
もう1本。
「何を感じたか」
そして、さらにもう1本立て。
「身体の状態。疲れ方、違和感があったかどうか、どこがきつかったか――そういうのを全部書け」
ゼータはノートを見る。
「……全部ですか?」
「全部だ」
「なぜですか?」
そのゼータの疑問に柊がすかさず答える。
「お前さんがトレーナーになったときに役に立つ」
「……トレーナーに?」
「ああ」
「自分が選手としてトレーニングを受ける側だからこそ分かることもある。身体がましては心ん中でどう感じたかなんて、本人にしか分からねぇからな」
「……なるほど」
ゼータはノートを見つめる。
「自分が感じたことを記録しておけば、いつか誰かを担当するときにも参考になる……ということですね」
「そういうこった、まぁ勿論全員が同じって訳じゃねぇがな」
「分かりました」
ゼータは大切そうにノートをしまった。
「ちゃんと書きます」
「おう」
少しの沈黙の後、ゼータはノートを見つめていた顔を上げた。
「……柊さん」
「ん?」
「今日は、ありがとうございました」
「何がだ?」
「トレーニングのこともですけど……」
ゼータは少しだけ笑う。
「こうして、私が将来トレーナーになることまで考えてくれていることが、嬉しかったです」
柊は少しだけ目を細めた。
「そんな気にすんな」
「……」
「これから、ほぼ毎日することになるんだからな」
「……そうですね」
ゼータは小さく笑った。
「これからも、よろしくお願いします」
「ああ」
「それでは、今日はこれで失礼します」
「おう、気をつけて帰れよ」
「はい」
ゼータは一礼をし、扉へ向かう。
「ゼータ」
「はい?」
「明日も来いよ」
「分かっています」
そう答えて、ゼータは笑った。
「それでは、また明日」
「おう、また明日な」
ゼータが出て行き扉が閉まる、静かになったトレーナー室で蓮司郎は一人、今日の記録へ目を落とした。
「……」
やはり今日もゼータは、自分の力を抑えていた。
だが。
「まあ、今はこれでいい」
蓮司郎はそう呟き、記録を閉じた。
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