シンボリ。
その名は、数多くの名ウマ娘を輩出してきた名門の証。
勝利を積み重ね、歴史を刻み、多くの者たちの憧れとなった一族。
そして、その名をさらに輝かせることになる一人のウマ娘が、この頃すでに注目を集め始めていた。
シンボリルドルフ。
少し荒々しい部分もあるが、まだ幼いながらも聡明で、努力を惜しまない少女。
後に『皇帝』と呼ばれる彼女も、この頃はまだ、一人の姉になったばかりだった。
⸻
「ルナ、ルナはお姉ちゃんになったんだよ。」
母の優しい声が部屋に響く。
まだ二歳のルドルフは、大きな瞳をぱちぱちと瞬かせながら揺り籠を見つめた。
そこには、小さな赤ん坊が静かに眠っている。
「……おねえ、ちゃん?」
聞き慣れない言葉を、小さな口でゆっくりと繰り返す。
「おねえ……ちゃん。」
もう一度。
今度は少しだけ嬉しそうに。
「……おねえちゃん。」
その響きを確かめるように呟くと、そっと揺り籠へ近づいた。
小さな手を、おそるおそる赤ん坊へ伸ばす。
触れた指を、赤ん坊はぎゅっと握り返した。
その温もりに、ルドルフは目を丸くする。
やがて、ふわりと笑うと、小さな声で呟いた。
「……まもる。」
たった一言。
それだけだった。
けれど、その幼い約束は、誰よりも真っ直ぐだった。
父と母は顔を見合わせ、優しく微笑む。
「ふふっ。」
「きっと、素敵なお姉ちゃんになるわね。」
その日、シンボリ家の次女――
ゼータシンボリは、この世界に生まれた。
⸻
二年の月日が流れる。
「お姉ちゃん!」
四歳になったルドルフへ、小さな影が勢いよく駆け寄ってくる。
まだ二歳になったばかりのゼータだ。
案の定、途中で石につまずく。
「わっ……!」
転ぶ。
そう思った瞬間には、ルドルフはもう動いていた。
ふわりと抱き留め、そのまま優しく地面へ下ろす。
「だいじょうぶ?」
「えへへ……。」
ゼータは照れくさそうに笑った。
「ありがとう!」
ルドルフもつられて笑う。
「いっぱいあそぼ!」
「うん!」
手を繋ぎ、庭を走っていく二人。
その後ろ姿を見つめる父が、小さく呟く。
「本当に仲がいいな。」
母も穏やかに頷いた。
「ルドルフ、本当にあの子が大好きなのね。」
⸻
ゼータは物心ついた頃から、姉の後ろを歩くのが好きだった。
朝早く起きれば、ルドルフはもう庭を走っている。
本を読んでいる。
勉強をしている。
疲れた顔を一度も見せず、ゼータに対して常に優しく接してくれる。
そんな姉が、ゼータは大好きだった。
「お姉ちゃんみたいになりたい!」
それは毎日のように口にする言葉だった。
ルドルフは少し照れくさそうに笑う。
「私みたいじゃなくていい。」
「ゼータには、ゼータだけの良いところがある。」
「でも!」
「お姉ちゃん、かっこいいもん!」
真っ直ぐなその言葉に、ルドルフは少し頬を赤くした。
「ありがとう。」
そう言って妹の頭を優しく撫でる。
ゼータは目を細め、嬉しそうに笑った。
⸻
ゼータが五歳。
ルドルフが七歳になった春。
ルドルフの模擬レースを見学するため、家族で開催されるレース場を訪れることになった。
レース場へ一歩足を踏み入れた瞬間。
ゼータの足が止まる。
「……え。」
視線の先。
グラウンドを走るウマ娘たちの身体から、淡い光が立ち上っていた。
黄金。
蒼。
紅。
翠。
紫。
一人ひとり違う色。
まるで鼓動に合わせるように揺れながら、美しく輝いている。
「……きれい。」
ゼータは思わず息を呑んだ。
その光を見つめているだけで、不思議な感覚が胸を満たしていく。
言葉では説明できない。
けれど分かる。
この子は、誰よりも努力してきた。
この子は、悔しさを知っている。
この子は、大きな夢を追い掛けている。
そんな”想い”が、光を通してうっすらと伝わってくる。
そして。
そのさらに奥。
ぼんやりとではあるが、その子が歩むかもしれない未来の”流れ”のようなものまで感じ取れた。
「……すごい。」
それは、神秘としか言いようのない光景だった。
「ゼータ?」
ルドルフの声で我に返る。
姉へ視線を向けた瞬間。
ゼータは思わず目を見開いた。
そこには。
誰よりも眩しい烈火の輝きがあった。
まるで王冠を戴くような。
誰よりも気高く。
誰よりも強い獅子を連想するような光。
(お姉ちゃん……。)
(この人は、きっと。)
(誰よりも遠くへ行く。)
幼いゼータには、その意味は分からない。
それでも、その光を見た瞬間に確信した。
「お姉ちゃん!」
「ん?」
「すっごく……きれい。」
「きれい?」
「うん!」
「一番光ってる!」
ルドルフは不思議そうに首を傾げる。
「……光?」
「うん!」
「こんなに!」
ゼータは両手を大きく広げて見せる。
しかし。
父も。
母も。
教師も。
その場にいた誰一人として、何のことか分からないという表情を浮かべていた。
その日を境に。
ゼータシンボリという少女の運命は、静かに動き始める。
そして彼女は、まだ知らない。
この世でたった一人、自分だけが見ているその輝きが、「ウマソウル」と呼ばれるものだということを。
そして――
その光が、自分の中には存在しないという事実を。
――続くかも
続くかどうかはいい案が浮かぶかどうかです。