皇帝の妹   作:ベアグミの妖精

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なるべく違和感ないように修正してるんですが、どこをどう直したかを言うのを忘れてました、すみません。
次から修正した箇所は最終話の最初に書いときます。

あとレースの描写が欲しいと言う意見貰ったんで、ルドルフのレースをちょくちょく入れる事にします。
その代わり少し話が長引くのですがご容赦を。



直すべきもの 

 

 

10月下旬ごろ。ゼータはいつものように、トレーナー室の扉をノックした。

 

「失礼します」

 

「おう、来たか。準備ができたら始めるぞ」

 

「はい」

 

返事をして着替えに向かうゼータの背中を、柊は静かに見送った。ここ数日のトレーニングを通して、柊の中にはひとつの疑問が確証にまで迫っていた。

 

ゼータは決して手を抜いているわけではない。指示を理解し、真剣に取り組み、苦しい場面でも最後まで走り切る、それなのにどこか余裕が残っている。

 

まるで本人も気づかないうちに、自分の力を出し切らずに走っているかのように。

 

「……さて、今日はどうなるかねぇ」

 

柊は小さく呟いた。

 

 

 

 

 

「よし、まずはいつものペース確認からだ。何度も言うが無理に速く走ろうとする必要はねぇ。タイムを体に刻む事に集中しろ、正確な体内時計はそれだけで強ぇ武器になる。」

 

「分かりました」

 

ゼータは頷きトラックへと向かう、合図とともに走り出す。フォームは安定している。呼吸にも大きな乱れはなく、まだ多少のズレこそあれど、設定したペースをある程度正確に維持できていた。

 

続く加速練習でも、指示されたタイミングに合わせて速度を上げていく。持久力を確かめるメニューも、最後までしっかりとこなした。

 

やがて、すべてのメニューが終わった。

 

「ありがとうございました!」

 

額に汗を浮かべながら、ゼータは深く頭を下げる。

 

柊は記録を確認し、それからゼータへと目を向けた。

 

「お疲れさん。身体の調子はどうだ?」

 

「問題ありません。少し疲れましたが、まだ動けます」

 

「そうか」

 

柊は顎に手を当て、しばらく考え込んだ。

 

「……なあ、ゼータ」

 

「はい?」

 

「お前さん、自分の走りに違和感を覚えたことはあるか?」

 

「違和感、ですか?」

 

ゼータは少し考えた。

 

「そうですね……。以前から、思ったとおりに走れているはずなのに、乗り切らない、何かが違うような気がすることはあります。でも、何が違うのかは、私にもよく分からなくて」

 

「なるほどな」

 

柊は頷いく。やはり本人にも、はっきりとは分かっていないらしい。真剣に走っている、それは間違いないそれは間違っていないだろう、だが、その走りにはまだ余白がある、何か足りないのだ。

 

それが本人の意思によるものなのか、それとも別の何かなのか。今の柊には判断できなかった。

 

「まあ、まだ時間はある。焦らず、少しずつ確かめて慣らしていく」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

素直に頭を下げるゼータ、柊はその姿を見て、ふと表情を引き締める。

 

「ただな、ひとつだけ言っておくぞ」

 

「……はい」

 

「今の走りでも、ジュニアのうちは勝てるかもしれねぇ。だが、クラシックやシニアまで考えると、かなり厳しくなるぞ……」

 

ゼータの表情が、わずかに揺れた。

 

「お前さんの能力を疑ってるわけじゃねぇ。むしろ逆だ。身体能力だけで言えば既にクラシックレベルだしな。それでもこれは直さなきゃいけねぇ」

 

「……分かっています」

 

そう答えたものの、ゼータ自身にも解決策は分からない。自分は真剣に走っている、手を抜いているつもりなどない、少しでも良い走りをしようと考えている、それなのに、なぜか最後の一歩が出ない。

 

いや、出ないというよりも――

 

最初から、その一歩が存在しなかったかのような。

 

「ま、今はまだ身体を作る時期だ、さっきも言ったがまだ時間はある、デビューまでにとはいわねぇ、クラシックまでに時間をかけて修正していくぞ。あと記録ばかり気にするな、今日もノートに、感じたことを書いておけよ」

 

「はい!」

 

ゼータはいつものように返事をした。けれど、胸の奥には、言葉にできない小さな引っ掛かりが残っていた。

 

◇

 

トレーナー室へ戻ると、彩乃が机の上の書類を整理していた。

 

「あっ、ゼータちゃん! お疲れさま!」

 

「お疲れさまです、彩乃ちゃん」

 

「今日のトレーニングはどうだった?」

 

「順調です。ただ……自分の走りについて、少し考えることが増えました」

 

「そっかぁ……。でも、焦らなくてもいいんじゃないかな? まだ始めたばかりなんだし!」

 

彩乃は明るく笑った。

 

「おじいちゃんも、ちゃんと見てくれてるでしょ?」

 

「……はい。そうですね」

 

ゼータも小さく笑みを返す。

 

柊が自分のことを考えてくれているのは、よく分かっていた、だからこそ応えたい。自分の事情に巻き込んでしまったこの人に、少しでも報いたい。そんな思いが、胸の奥に静かに積もっていく。

 

「あ、そうだ!」

 

ふと思い出したように、彩乃が顔を上げた。

 

「ルドルフさんの二走目、もうすぐだよね!」

 

その名前を聞いた瞬間、ゼータの表情が柔らかくなった。

 

「はい。10月29日のいちょう特別ですね」

 

「そうそう! ゼータちゃん、見に行くの?」

 

「もちろんです」

 

迷いのない返事だった。

 

「日程的にも問題なさそうですし、姉さんが走るところは、できる限り見ておきたいですから」

 

その言葉に、彩乃は嬉しそうに頷いた。

 

「そっか! じゃあ、私も一緒に行こうかな。ちょうどその日は予定もないし!」

 

「本当ですか? それならぜひ!」

 

「決まりだね!」

 

二人は顔を見合わせて笑う、その様子を見ていた柊が記録用紙を机に置く。

 

「お前さんたち、話がまとまるのは早いな」

 

「あっ、おじいちゃんも一緒に行く?」

 

彩乃が尋ねると、柊は少し考えてから首を振った。

 

「いや、俺は遠慮しておくよ。お前さんたちで楽しんできな」

 

「そっかぁ、残念」

 

「柊さんは、姉さんの走りを見たことがあるんですか?」

 

ゼータが尋ねる。

 

「ああ、何度かな。あの子は大したもんだ、それにまだまだ伸びるだろうよ」

 

柊はそう言って、穏やかに笑った。

 

「だからこそ、しっかり見てきな。結果だけじゃなく、走りそのものをな」

 

「……はい」

 

ゼータは、その言葉を胸に刻むように頷いた。

 

姉の走り、その姿を見るたびに、ゼータは誇らしく思う。強く、気高く、誰よりも前を向いて進んでいく姉、自分がずっと追いかけてきた背中。

 

そして、いつか自分も立つ場所。

 

――いや。

 

ゼータは、そっと目を伏せた。

 

今はまだ、考えなくていい。姉の走りを見届ける、そのことだけを考えよう。

 

 

ーーーーーーー

 

 

10月29日。

 

競馬場には、朝から多くの観客が集まっていた。場内に響く人々の声、行き交う人々の足音、これから始まるレースを待ちわびる、独特の熱気。

 

ゼータは彩乃と並んで歩きながら、周囲を見渡していた。

 

「わぁ……! やっぱり、レースの日って雰囲気が違うね!」

 

彩乃が目を輝かせる。

 

「そうですね。選抜レースとも、また違う感じがします」

 

「うんうん! みんな、今日のレースを楽しみにしてるんだろうなぁ」

 

ゼータは頷いた。

 

ここにいる人々は、それぞれの思いを胸に、走るウマ娘たちを見に来ている。勝利を願う者、成長を見守る者、純粋にレースを楽しみにしている者。その思いは違っていても、誰もがレースの開始を待っていた。

 

「……姉さんも、ここにいるんですよね」

 

「うん!第9Rだし、そろそろ出走するウマ娘たちが集まる頃じゃないかな?」

 

二人は出走者たちが姿を見せる場所へと向かった。

 

そして――。

 

「あっ、いた!」

 

彩乃の声を聞き、ゼータはそちらへ顔を向ける。人々の向こう側そこに、見慣れた姿があった。

 

シンボリルドルフ。

 

堂々とした立ち姿、周囲に流されることのない、落ち着いた表情。その姿は、ここにいる誰よりも自然に、その場所に立っているように見えた。

 

「姉さん……」

 

思わず、声が漏れた。

 

ルドルフはまだこちらに気づいていない。これから始まるレースに向けて、静かに意識を集中させているようだった。

 

ゼータはその姿をじっと見つめた。

 

誇らしかった。

 

姉がこうして、自分の信じる道を進んでいることが。

 

嬉しかった。

 

姉の走りを、こうして間近で見届けられることが。

 

そして、ほんの少しだけ――胸が痛んだ。

 

自分も、あの場所に立つ。いつかではない、もうそう遠くない未来に。けれど、その先にあるものを、ゼータはすでに決めてしまっている。

 

結果を残した後、自分は競技者としての道を終える。その決意は、今も変わっていなかった。

 

「ゼータちゃん?」

 

彩乃が心配そうに顔を覗き込む。

 

「……いえ、大丈夫です」

 

ゼータは小さく首を振り、笑みを浮かべた。

 

「姉さんの走りを、しっかり見ておきたいだけです」

 

「そっか。じゃあ、見逃さないようにしないとね!」

 

「はい」

 

やがて、出走するウマ娘たちが順に準備を整え始めた。場内のざわめきが、少しずつ大きくなる。観客たちの視線が集まり、レースを待つ空気が張り詰めていく。ルドルフもまた、静かに前を見据えていた。

 

ゼータは、その姿から目を離さなかった。

 

姉は、これから走る。自分にはまだ知らない景色を、その先に見ているのだろう。ならば、せめて今は、その背中を誰よりも近くで見届けたい。

 

――姉が走るこの瞬間を。

 

ゼータは静かに息を呑んだ、場内の空気が変わる。そして、いよいよレースが始まろうとしていた。

 

 






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