理由は最後の最後に書いておくので気になったら見てください。
今回はルドルフ視点での話しです。
パドックへ向かう前。
シンボリルドルフは、出走に向けた準備を整えながら、いつもより幾分か柔らかな表情を浮かべていた。その様子を見ていた担当トレーナーである東条ハナは、手元の資料から目を上げる。
「……今日は随分と機嫌がいいのね、ルドルフ」
「そう見えますか?」
「ええ。普段から落ち着いているあなたにしては、少し分かりやすいくらいよ」
東条の言葉に、ルドルフは小さく笑った。
「実は、妹が見に来ているのです」
「ゼータさんが?」
「はい。ゼータが観戦に来てくれています」
そう答えるルドルフの声には、隠しきれない喜びが滲んでいる。自分を慕い、いつも気にかけてくれる最愛の妹であるゼータが、今日は観客席から自分の走りを見てくれる、それが嬉しくないはずがなかった。
「そう。それはよかったわね」
東条は穏やかに頷いたあと、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、ゼータさんとは選抜レースのときに話をしたのよ」
ルドルフは、当然知っているというように頷いた。
「ええ、姉の私にもおハナさんが声をかけてくださったと話していました」
「あら、そうだったのね」
「はい、妹の走りを評価してくださったことは、私も嬉しく思っていました」
ルドルフは少しだけ視線を落とし、それから続けた。
「私としても、いつか同じチームで走れたらと思っていたのですが……」
その声には、ほんのわずかな名残惜しさがあった。
姉妹で同じチームに所属し、同じ目標に向かって努力する、そんな未来を想像したことがなかったわけではない。けれど、ゼータは別の道を選んだ。
「結局、別のトレーナーのところへ行ったのでしょう?」
「はい。柊蓮司郎さんと契約したそうです」
その名を聞き、東条は少し目を見開いた。
「……柊さん?」
「ええ」
東条は腕を組み、考え込むように視線を落とした。
「まさか復帰するとは思っても見なかったわ。正直なところ、もうウマ娘を担当することはないと思っていたのだけれど……」
それから、納得したように小さく息を吐いた。
「でも、柊さんなら仕方ないしなっとくだわね。あの人は、一度引き受けると決めた相手を簡単に見捨てるような人ではないし。ゼータさんに何かを見いだしたのかもしれないわ」
「私も、そう思います」
ルドルフは穏やかに微笑んだ。
「柊さんなら、妹をよく見てくださるでしょう」
「ええ。あの人なら、安心して任せられるわ」
東条はそう言ってから、表情を引き締めた。
「ただし、妹さんが見に来ているからといって、浮かれないこと。身内の応援は励みになるでしょうけれど、それに気を取られて自分の走りを崩しては意味がないわ」
「もちろんです」
ルドルフは迷いなく答えた。
「妹の前で、無様な走りをするつもりはありません。ですが、だからといって無理をするつもりもありませんよ」
「ならいいわ、いつもどおり周りの動きをよく見て、堅実に走りなさい」
「承知しています」
ルドルフは一礼すると、パドックへ向かって歩き出した。妹に誇れる走りを見せたい、その思いは確かにあった。だが、だからこそ焦る必要はない、今の自分にできることをひとつずつ積み重ねていけばいいのだ。そう心に決め、ルドルフは前を向いた。
パドック。
ルドルフは、ゆっくりと歩を進めながら周囲の様子を確かめていた。
観客たちの視線、響き渡る話し声、これから始まるレースを待ちわびる空気、どれもすでに一度経験してきたものだ、必要以上に意識することはない、今日も自分の走りをするだけ。そう考えていたはずなのに、ふと、観客の中にいるはずの妹の姿が頭をよぎった。
――ゼータが見ている。
そう思うと、自然と口元が緩みそうになる。あの子は、今どんな顔をしているだろうか、きっと真剣な目で、こちらを見つめているに違いない。
幼い頃から、ゼータは自分のことをよく見ていた。嬉しいときも、悩んでいるときも、姉として恥ずかしくない姿を見せたい、それはいつだって変わらない気持ちだった。
だが、だからといって焦る必要はない。
東条にも言われたとおり、いつもどおりに走る、それが今の自分にできる最善だ。
ルドルフは静かに息を整えた。
やがて、出走するウマ娘たちが本馬場へと向かい始める。ルドルフもその列に加わった。
競馬場を満たす歓声が、少しずつ大きくなっていく、その声の中に、ゼータの声もあるのだろうか。そう考えるだけで、胸の奥が少し温かくなった。
いちょう特別・東京競馬場・芝1600m
出走するウマ娘たちがそれぞれの、ゲートに入り、競馬場の空気が張り詰めていく。
ルドルフは前を見据え、静かに集中を深めた。やがて、レースの開始を告げる合図が響きゲートが開く。ルドルフは滑らかに走り出した。
スタート直後、周囲のウマ娘たちが一斉に動き、それぞれの位置を取ろうとする。
先頭へ出ようと勢いよく加速する者。前の集団を追い、好位置を確保しようとする者。後方で脚をため、勝負どころを待つ者。
ルドルフは、その動きを冷静に見極めていた。序盤から力を使いすぎれば、最後の直線で伸びを欠くことになるならば、周囲の流れに合わせながら、呼吸を整え、それでいて自分のリズムを保つ。芝を蹴る感触は軽く、身体の動きにも違和感はなかった。
――悪くない。
ルドルフは前を見据えたまま、周囲の動きを確認しながら次の動きを考える。
まだ勝負を急ぐ場面ではない。今は、周囲のウマ娘たちがどのように動くのかを見極めることが大切だ。前を走るウマ娘との距離を保ち、無駄な力を使わないように走る。
一歩一歩、確実に。
やがて、隊列が少しずつ落ち着いていき、各々の位置が定まり、序盤の激しい動きが収まっていく。ルドルフは七番手あたりにつき、前を行くウマ娘たちを視界に捉えながら、静かに脚を運んでいた。
――このままなら、十分に勝負できる。
焦りはない、今の自分には、まだ余力がある。ならばあとは、仕掛けるタイミングを間違えなければいい。
向こう正面へと差しかかり、レースは中盤へ移っていく。観客席からは途切れることなく声援が響いている、その声を意識の外へ追いやり、ルドルフは走りに集中する。けれど、完全に忘れていたわけではない。
妹が、見ている。
その事実が、胸の奥で静かに力となっていた。
レースが終盤へ差しかかる。
前を走るウマ娘たちの動きが、少しずつ変わり始める。序盤から脚を使ってきた者には、わずかな疲れが見え始めている。反対に、後方で脚をためていた者たちは、前との差を詰めようと動き始めていた。
ここからが勝負だ。ルドルフは前を見据えた。
最終コーナーが近づくにつれ、集団の密度が増していく。各々が進路を探り、少しでも有利な位置を取ろうとする。
だが、ルドルフは慌てなかった。
周囲の動きを確認しながら、自分が進むべき道を見極めコーナーを回りながら、徐々に速度を上げていった。
視界の先に、最後の直線が開ける。
ここだ。
ルドルフは地面を強く蹴った、身体が前へと押し出される。それまで保っていたリズムが、さらに力強いものへと変化していく。
前を行くウマ娘との距離が縮まる。
もう少し、もう一歩、そして並び、ルドルフは、そのまま前へ出る、先頭へ。
視界が開けた。前には、もう誰もいない。
――このまま、走り切る。
ルドルフは迷わず脚を動かす、一歩ごとにゴールが近づいてくる。後ろから迫る気配はある。それでも、自分のリズムを崩さず、地面を蹴る力を最後まで保つ。
そのときだった。
「姉さんっ! 頑張って!!」
観客席から、聞き覚えのある声が響いた。
――ゼータ。
間違えるはずがなかった。胸の奥が熱くなる、知ってはいたが来てくれていた。本当に、見てくれている。
ならば。
ルドルフは、さらに力強く地面を蹴った。
――もっと早く!もっと強く!
妹に、胸を張れる走りを見せたい。そして何より、自分自身が納得できる走りで、このレースを終えたい。
その思いが、脚に力を与える。ルドルフはさらに加速し、後続との差が広がっていく。
一馬身
二馬身
三馬身
四馬身
背後から追いすがろうとするウマ娘たちの姿が、少しずつ遠ざかっていく。
そしてそのまま、最後まで脚色を衰えさせることなくルドルフは先頭でゴールを駆け抜けた。
――勝った。
その瞬間、競馬場を大きな歓声が包み込んだ。
ルドルフはゴールを過ぎても、しばらくそのまま走り続けた後徐々に速度を落とす。胸の中に、確かな充実感が広がっていた。
自分の走りができた。最後まで冷静に、そして最後の直線では力を出し切ることができた。納得のいく勝利だった。
そして――。
妹にも、この走りを見てもらえた。そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
レースを終えたルドルフは、観客たちの歓声を受けながら、堂々とウィニングランを始める。先ほどまでの真剣な表情は、今や晴れやかな笑顔へと変わっている。
勝利の喜びを隠す必要などなかった、自分の力で勝ち取った結果なのだから。観客たちの声援に応えながら、ルドルフは競馬場を駆ける。
風を受けて揺れる髪、真っ直ぐに伸びた背筋。そして、心からレースを楽しんでいることが伝わってくる、輝くような笑顔。
――ゼータは、見てくれているだろうか。
ルドルフは観客席へ目を向ける。結局大勢の中にいる妹の姿を、見つけることはできなかったが、それでも、きっと見てくれている。そう信じるだけで、胸が温かくなる。
妹に誇れる姉でありたい。その気持ちは、これからも変わらないだろう。ルドルフは笑顔のまま、ウィニングランを続けた。
この小説の幼少期にゼータと関わったウマ娘は、ある程度強化が入ってます。今回のルドルフの結果は四馬身差これは、ゼータに応援されてテンションぶち上げ+幼少期バフの結果ここまでの差になりました。
モチベが爆上がりするので、良ければ感想や評価をよろしくお願いします!
投稿をお休みする理由ですが二つほどあります。ひとつ目はリアルが忙しくて時間取りにくい事、二つ目はゼータのクラシック期について悩んでる部分があってそこの練り直しと、それがちゃんと決まった後話に違和感が残らないように今まで投稿して来た話の修正をしたいからです。
今年中にはまた投稿し出せるように頑張ります。