レースが終わったあとも、ゼータの瞳には不思議な光景が映り続けていた。
勝者は眩しく燃えるような光を。
敗れた者も、決して消えることのない淡い輝きを。
それぞれ違う色を放ちながら、胸の奥で静かに脈打っている。
「……。」
ゼータは目を離せなかった。
勝ったから輝くのではない。
負けたから失われるものでもない。
誰もが、その胸に何かを宿している。
それが幼い彼女にも分かった。
「ゼータ。」
ルドルフが手を差し出す。
「帰ろう。」
「……うん。」
その手を握る。
温かい。
けれど、その温もりよりも、ルドルフの胸で燃え続ける烈火のような輝きが目に焼き付いて離れなかった。
帰宅してからも、ゼータは何度も家族へ尋ねた。
「お父さん。」
「なんだい?」
「みんな、本当に光ってないの?」
父は困ったように笑う。
「残念だけど、お父さんには見えないな。」
「お母さんも?」
「ええ。」
母も優しく首を横に振る。
「お姉ちゃんは?」
「私にも見えない。」
家族全員が同じ答えだった。
ゼータだけが、その光を見ていた。
⸻
数日後。
両親はゼータを連れて専門医のもとを訪れていた。
視力検査。
脳波。
MRI。
神経の反応。
考えられる限りの検査が行われる。
しかし。
「異常はありません。」
医師は静かに告げた。
「むしろ年齢以上に健康です。」
父が尋ねる。
「では、この子が見ているものは……。」
「現時点では説明できません。」
医師も首を横に振るしかなかった。
「特殊な知覚能力……その可能性はありますが、断定はできません。」
ゼータは椅子に座ったまま話を聞いていた。
自分だけが違う。
その事実だけが、小さな胸に残っていた。
⸻
それから一年ほどが過ぎた。
ゼータは六歳になっていた。
光は、今でも見えている。
むしろ以前より鮮明になっていた。
誰がどんな想いで走っているのか。
その努力や覚悟。
そして、その先にある運命の流れ。
ぼんやりではあるが、以前より多くのことを感じられるようになっていた。
ただ一つだけ。
分からないことがあった。
⸻
ある日。
大学の研究者たちがシンボリ家を訪れる。
ゼータの話を聞き、興味を持ったのだ。
「少しだけ協力してくれるかな?」
「はい。」
ゼータは素直に頷いた。
研究者は優しく笑う。
「難しいことはしないよ。」
研究者はゼータの前に、数人のウマ娘を呼んだ。
年齢も、戦績も、それぞれ異なるウマ娘たち。
「見えるものを、そのまま教えてくれるかな。」
ゼータは一人ずつ見つめる。
「あのお姉さんは青。」
「そのお姉さんは緑。」
「こっちのお姉さんは……金色。」
研究者たちは顔を見合わせる。
誰を見ても迷いがない。
色の答えも毎回一致している。
偶然では説明できなかった。
「男性はどうかな?」
研究者の一人が横に立つ。
ゼータは首を傾げた。
「……?」
「見えない。」
「最初から何もないよ?」
その言葉に研究者たちは息を呑んだ。
ウマ娘だけに現れる何かを、この少女だけが知覚している。
そんな仮説が、初めて現実味を帯び始めた。
偶然では説明できないほど、一貫していた。
部屋には静かな緊張が流れる。
そして。
年配の研究者が、何気なく尋ねた。
「ゼータちゃん。」
「はい?」
「じゃあ、自分は何色かな?」
ゼータは当たり前のように自分の胸へ目を向けた。
その瞬間だった。
「……あ。」
小さく漏れた声。
研究者たちが顔を上げる。
ゼータはもう一度、自分を見る。
服をめくる。
鏡を見る。
何度見ても。
何もなかった。
光がない。
輝きがない。
ぽっかりと。
自分だけが空白だった。
「……ない。」
その一言で、部屋の空気が止まる。
「なんでないの……?」
震える声で呟く。
「みんなには、あるのに。」
母を見る。
ルドルフを見る。
みんな輝いている。
けれど。
自分だけが違った。
「……どうして?」
幼い少女の問いに、誰も答えられなかった。
研究者たちも。
医師も。
家族も。
ただ、沈黙するしかなかった。
その夜。
ゼータは眠れなかった。
窓の外には満天の星空が広がっている。
「ゼータ。」
隣にルドルフが座る。
「眠れないのか?」
「……うん。」
しばらく沈黙が続いた。
やがてゼータは、小さな声で尋ねる。
「お姉ちゃん。」
「なんだ?」
「私……本当にウマ娘なのかな。」
その言葉に、ルドルフは目を見開く。
ゼータは俯いたまま続けた。
「みんなにはある。」
「私にはない。」
「私だけ……空っぽ。」
幼い声は震えていた。
ルドルフは何も言わず、ゼータの頭へ手を置く。
優しく撫でる。
「ゼータ。」
「君は私の大切な妹だ。」
「それは何があっても変わらない。」
「光があっても。」
「なくても。」
「君は君だ。」
その言葉は、確かにゼータの胸へ届いた。
「……うん。」
笑おうとする。
けれど。
夜ルドルフが自室へ帰り、一人になった部屋で。
誰にも聞こえないほど小さな声が漏れた。
「……俺は。」
「一体、何なんだろう。」
その日からだった。
ゼータが、自分の本当の気持ちを胸の奥へしまい込むようになったのは。
シンボリ家の娘として。
ルドルフの妹として。
誰にも心配をかけないように。
誰にも弱さを見せないように。
幼い少女は、少しずつ”私”という仮面を被り始める。
そして数年後、その瞳はさらに多くの”運命”を見ることになる。
それが、自らの夢を封じる決意へと繋がっていくことを、まだ誰も知らなかった。
ルドルフを何歳でレースにだせばいいか考え中なので、これぐらいが妥当だと思う年齢を教えて欲しいです。