今回で書きたいところは書ききったので次かその次でゼータのトレセン入学までやります。
長期休暇が終わりルドルフはトレセンへと戻った。
そしてシンボリ家にはまたルドルフからの手紙か定期的に届くようになった。
『今日は新しい友人ができた。』
『先生から面白い話を聞いた。』
『学ぶことばかりで、一日があっという間に終わる。』
『皆、本当に真剣だ。』
『だから私も、もっと高みを目指したくなる。』
どの手紙にも、不満は書かれていなかった。
もちろん、厳しい日々なのだろう。
それでも、その一文字一文字から伝わってくるのは、苦しさではなく充実だった。
「……お姉ちゃんらしい。」
ゼータは手紙を胸に抱く。
ゼータの頭に浮かぶその笑顔が、少しだけ眩しかった。
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ある休日。
ルドルフが帰省してきた。
夕食のあと、家族でテレビを囲む。
テレビには、選抜レースの様子が映し出されていた。
勝負を終えたウマ娘たちは、それぞれ違う表情を浮かべている。
安堵する者。
悔しさに唇を噛む者。
涙をこらえる者。
そんな彼女たちの前へ、一人、また一人と大人たちが歩み寄っていく、一人のトレーナーが緊張した様子の少女へ頭を下げていた。
『君を担当したい。』
少女は驚いたように目を見開き、やがて涙ぐみながら笑顔になる。
『よろしくお願いします!』
二人は固く握手を交わした。
別の場所では、入着すら出来ず負けてしまったウマ娘が肩を落としていた。
すると、その子の隣へ別のトレーナーが歩み寄る。
『先ほどのレースでは君は、勝てなかった。』
『だが私には、確かに光るものを感じた。』
『もしよければ私の担当になってくれないだろうか。』
少女は涙を拭き、力強く頷く。
『はい!』
ゼータは、その光景から目を離せなかった。
トレーナーは、速い者だけを見ているわけじゃない。
勝った者だけでもない。
一人ひとりの走りを見つめ、その先の可能性を信じて手を差し伸べている。
その姿は、不思議と温かく見えた。
走るだけが夢じゃない。
誰かの夢を見つけ、支え、一緒に歩いていく。
そんな生き方もあるのだと、ゼータは改めて知った。
(やっぱり素敵だ。)
その言葉は、心の奥から自然と浮かんできた。
トレーナーは、自分では走れない。
それでも、担当と同じ夢を見て、同じ景色を目指している。
勝てば一緒に喜び、負ければ一緒に悔しがる。
次こそはと、共に前を向く。
その姿は、とても眩しかった。
トレーナーは、自分では走れない。
それでも、担当と同じ夢を見て、同じ景色を目指している。
(私も……。)
そこまで考えて、ゼータははっとする。
胸の奥で、小さな鼓動が速くなる。
(違う。)
静かに首を振る。
(私は、あの子たちと競ってはいけない。)
(でも……。)
画面の中では、担当と並んで笑うトレーナーの姿が映っていた。
(支えることなら。)
(私にも、できるのかな。)
その夜。
ゼータは自室の机に向かった。
引き出しから一冊のノートを取り出す。
学校で配られた、将来の夢を書くためのノートだった。
しばらく、鉛筆は動かない。
頭に浮かぶのは、一つの景色。
大勢の歓声。
芝を蹴る感覚。
風を切る音。
ゴールの先で待つ景色。
(……走りたい。)
その本音は、誰にも聞かせない、聞かせてはいけない。
胸の奥へ押し込める。
ゆっくりと息を吐き、鉛筆を動かした。
『トレーナー』
たった五文字。
書き終えた文字を、しばらく見つめる。
それは、新しい夢を見つけたからではない。
自分の夢から目を逸らすために選んだ道だった。
(これでいい。)
(私は、シンボリ家の娘。)
(いつかレースで結果を残す。)
(シンボリ家の名に恥じないだけの実績を残して。)
(そのあとは、トレーナーになろう。)
(そうすれば……。)
そこで言葉が止まる。
胸の奥で、もう一人の自分が問いかける。
『本当に、それでいいの?』
ゼータは目を閉じる。
そして、小さく首を横に振った。
(……これでいい。)
誰に言うでもない、自分自身へ、何度も何度も言い聞かせるように。
窓の外では、春風が静かに木々を揺らしていた。
その音はまるで、胸の奥にしまい込んだ小さな夢が、まだ消えていないと囁いているようだった。