2050/01/01 00:00 太陽系第三惑星:地球
その日、日本列島は地球上から消失した。後に地球では大規模な混乱及び技術的後退、外人オタクの発狂が発生したが、それは異世界へと転移した日本にとっては関係のない事だった。
2050/01/01 00:17 日本国首相官邸・危機管理センター
年明けからわずか十数分。
公邸で待機していた総理は、内閣危機管理監からの緊急連絡を受け、上着を羽織る間も惜しんで危機管理センターへ入った。
「…は?衛星とのリンクが消失?海底ケーブルも断線の可能性あり?」
その日、官邸危機管理センターには年明けから大量の報告が殺到していた。
今までにない…まるで軍事攻撃でもされたのでは?と疑うぐらいの報告量。危機管理センターには不穏な空気が漂っていた…
「大規模な通信障害って事?それともまさか…軍事攻撃じゃないでしょうね?」
「(これが通信障害なら、早いところ月面基地との連絡を取らないと…)…とにかく、もっと情報収集をして。いい?」
報告は鳴り止まない。総理は、長い政治経験から何か重大な…それも最悪な形の出来事が起きると漠然と予感していた。
その予想は、最悪の形で的中した。それも、誰も予想できない方向で…
2050/01/01 06:30 日本国首相官邸・地下会議室
「…さて、皆様お集まりですね。」
「今回は、我が国の歴史上、例を見ない危機ですので、早速本題に入らせていただきます。」
そう言って、進行役の指示に従い、各員が配られた資料を開いていく。
「現在、日本では多数の問題が発生しています。」
「国内外の衛星測位・通信・観測衛星とのリンク喪失、海底ケーブル網の断線、海外との通信・交通経路の全面途絶。」
「現在の日本列島周辺の海底地形・潮流・水平線上の地形と既存データの不一致、現時点で観測された恒星配置と既存星図との不一致。」
「月面および火星関連施設との連絡途絶、及び、太陽系各惑星が、既存天文データ上の位置に確認できません。」
一息置いて、進行役が続ける。
「これらの情報を加味した結果…非常に信じ難い事ですが、日本は…日本列島は、我々の知り得ない別惑星へと転移した可能性が高いです。」
会議室は静まり返る。皆が息を呑んでいるのか、呼吸音すら聞こえない状態だ。
「ッま、待て、待ってくれ。それじゃあ…月面基地は…月面開発計画は?国際宇宙開発プロジェクトは?ようやく月面の人工大気圏が安定期に入った所ですよ?これからだってのに…ッ!?」
「火星だって民間の開発がどれだけ入っていたと…」
「息子が月面都市で働いているんだぞ…!?」
「待て、海外への経済投資だって…」
「資源は…?我が国は輸入への依存率が高いんだぞ!?」
堰を切ったように、次々と思い思いの言葉を溢す参加者達。
「静粛に。」
総理が言葉を発した。しかしその表情は硬い。
その一言で静まることができたのは、彼らが国を任された者たちであったからだろう。
それでも、皆一様に表情が崩れている。この未曾有の事態に、表情を取り繕う方法を忘れてしまったのだろう。
「失われたものの大きさは、今この場にいる誰もが理解しているはずです。」
「ですが、我々は政治家です。日本という船の舵を預かる者なのです。嘆いてばかりではいられません。」
「まずは現在残っている国家機能の確認を。よろしいですね?」
全員の頷きを確認し、会議は次の議題へ移った。
「最初に、国民への発表内容について確認します。」
「全てを発表するのは…ないな。余計な混乱を生む。」
「転移の可能性を発表するのは…?」
「転移した可能性だけでも国民は混乱するのではないか?」
「むぅ…」
「太陽フレア、ということには…」
「駄目だ、その程度だとすぐに矛盾を指摘される。政府不信に繋がるぞ。」
1人が、ぽつりと言葉をこぼした。
「…大規模異常が起きている、とするのはどうでしょう?『日本列島周辺において、既存の地理・通信・天文データと一致しない大規模異常が発生している』、と言った形で、断定を避けるのは。」
「…成る程、転移とは言わずにぼかすのか。」
「何だ、いつもの事じゃないか。」
その場の人間に、表情が戻る。普段と同じような行動方針に、少し安心したのだろう。
「発表内容の方針は決まりましたね。」
「次に、国民生活の維持に関する報告を。」
「経済産業省より報告します。国内電力網については、主要送電系統の一部に混乱はあるものの、基幹系統は維持されています。」
「即時の電力供給不安はない、か…」
「主要発電設備のB2機関化を進めていたことが幸いしましたね。これが一昔前だったらと思うと末恐ろしい思いですよ…」
「…ただし、電力以外については、楽観できる状況ではありません。」
その一言で、会議の空気が引き締まる。
「鉄、アルミニウム、銅などの基礎金属については、国内在庫、港湾在庫、企業保有分、そして都市鉱山からの回収可能分を合わせれば、国家機能の維持に必要な範囲では当面対応可能です」
「ただし、これは通常の産業活動を維持できるという意味ではありません。海外からの原料輸入が途絶した以上、自動車、民生機器、建設、造船、一般製造業の生産水準を平時のまま維持することは困難です」
「特に半導体製造用の高純度薬品、希少ガス、白金族を用いる触媒、特殊化学薬品、精密製造装置の交換部材については、企業在庫を含めても数か月以内に深刻な制約が生じると見込まれます。」
「……深刻、なんてもんじゃないな」
「ええ。新たな資源供給地を早期に確保できれば、延命は可能です。ですが、それを前提に計画を組むわけにはいきません」
重い沈黙が落ちる。
「…とにかく、資源地の早期調査と確保が必要だな」
「有力候補は海底資源か?」
「その前に確認すべきことがあります」
別の一人が、低い声で言った。
「そもそも、この海底が我々の知る海底と同じとは限りません」
「…あぁ、そうか、なるほど確かにそうだ。……クソッ」
「…続いて、農林水産大臣。食料供給について報告をお願いします。」
「農林水産省より報告します。」
「まず、食料備蓄についてです。政府備蓄米、民間在庫、流通在庫、冷凍倉庫内の食品を合わせれば、短期的な食料供給は維持可能です。直ちに飢餓が発生する状況ではありません。」
「ですが、これは平時の食生活を維持できる、という意味ではありません。」
緩みかけた空気が、再び硬くなる。
「小麦、大豆、食用油、飼料穀物、肥料、農薬、種苗、食品加工原料については、海外依存度が高く、長期的には深刻な不足が見込まれます。特に畜産については、輸入飼料の途絶により、数か月以内に生産調整が必要となる可能性があります。」
「肉、卵、乳製品は厳しいか……」
「はい。国内に家畜は存在しますが、現在の飼養頭数を維持するだけの飼料を、国内生産のみで賄うことは困難です。飼料配分の統制、飼養頭数の調整、食肉処理の前倒しも検討対象になります。」
会議室に、重苦しい沈黙が落ちた。
「また、水産業についてですが……周辺海域の安全性が確認されるまで、商業漁業および新規水産物の流通は、一時停止すべきと考えます。」
「魚も、か…」
「ここが我々の知る海である保証がありません。既知の魚介類に見えても、毒性、寄生虫、病原体、重金属、未知の生体成分を確認する必要があります。現時点では、水産庁を中心に、海上保安庁、防衛省、大学研究機関と連携した調査漁に限定すべきです。」
「……米はどうだ?」
「米については、国内生産基盤と備蓄が存在します。主食としての供給維持は、他品目に比べれば現実的です。ただし、平時の消費構造を前提にした場合、加工食品、外食、畜産、油脂、パン、麺類については大きな制約が出ます。」
「つまり、飢えはしない。だが、今まで通りには食えない、ということか。」
「その通りです。」
その後も、報告は続いた。
在日米軍、各国大使館、国内に滞在する外国籍住民への対応。医療機関、医薬品、福祉施設、感染症対策。通信、物流、金融、自治体連絡。
どれも国家を揺るがす重大事項だったが、今この場で詳細を詰め切れるものではない。
各省庁に暫定措置の策定と、内閣官房への集約が指示され、会議は次の議題へ移った。
「次に、防衛省。現在の警戒態勢について報告を。」
「防衛省より報告します。現在、各自衛隊は警戒態勢へ移行しています。航空自衛隊は主要基地において即応待機を開始。海上自衛隊は主要艦艇の出港準備、周辺海域への展開準備を進めています。陸上自衛隊については、重要インフラ、港湾、空港、通信施設、発電施設の警備支援、および災害派遣即応体制に移行中です。」
「すでに偵察機は出しているのか?」
「いいえ。現時点では、周辺海空域への本格的な偵察飛行は実施していません。基地周辺の安全確認、国内防空レーダー網の再編、航空機および無人機の出動準備に留めています。」
「理由は?」
「周辺空域の気象、地形、電磁環境、未知の航空脅威、さらには文明存在の有無が不明です。軍用機の展開は、接触事故および不測の軍事衝突を招く可能性があります。したがって、本格的な偵察行動については、総理の指示を待つべきと判断しています。」
総理はしばらく目を伏せ、机上の資料に視線を落とした。
「……分かりました。まずは無人機を優先してください。有人機は必要最小限。海上保安庁、海上自衛隊とも連携し、周辺海域と空域の安全確認を開始します。」
「交戦規定は」
「識別と回避を最優先。攻撃を受けない限り、こちらからの武力行使は認めません。ただし、国民、船舶、航空機、重要施設に明白な危険が及ぶ場合は、現場指揮官の判断で防衛行動を認めます。」
「了解しました。」
「…では、これにて大規模異常事態対策会議を終了とします。」
「各省庁は、本会議で定めた方針に従い、直ちに対応を開始してください」
会議が終了し、閣僚たち、そして各省庁の幹部たちは足早に会議室を後にしていく。誰一人として、軽い足取りの者はいなかった。
この日を境に、日本という国家は、未知の世界で生き延びるための歩みを始めることとなる。
用語解説コーナー
人工大気圏:2020年からスタートした国際プロジェクト、その中で開発された技術の一つ。0.6m級B2機関を搭載した環境改変衛星を大量に並べ、アステロイドベルトから持ち込んだ氷塊を使用して大気を生成、強制的に維持するシステムである。エネルギーが事実上の無限であるからこそ出来る強引な手法である。
B2機関:Black Box機関。3mm:135Wサイズから、5m:625GWサイズまであり、燃料無補給で稼働し続ける半永久機関。これまでの発電機関を無意味なものとした。