お詫びの連続投稿です。
え?文章量が多すぎて分割しただけ?
それはそう。
「敵部隊、河川防衛線から後退を開始したとのことです!」
ロウリア王国軍先遣隊、その司令部。
伝令から齎された報告に、残された将校達から歓声が上がる。
「ククッ……当然でしょうねェ」
アデムは満足そうに口元を歪めた。
飛竜隊を失ったことは痛い。
だが、地上軍は違う。
こちらには圧倒的な数がある。
現に、甚大な被害を受けながらも河を越え、クワ・トイネ軍を後退させることに成功した。
「このまま押し込みなさい! 奴らに立て直す暇を与えてはなりません! ギムまで一気に――」
その時だった。
遥か上空。
ロウリア軍の誰一人として気付くことのない高度を飛翔する無人偵察機が、一つの地点を注視していた。
周囲よりも明らかに大きな天幕。
林立する軍旗。
絶え間なく出入りする伝令。
周囲に集中する兵士や騎馬。
それが何であるかを判断するのに、そう時間は掛からなかった。
『敵先遣隊司令部、位置確定』
座標情報は即座に共有される。
『49式部隊へ。敵指揮所への攻撃を許可。目標座標送信』
『了解』
第二防衛線へ移動しつつあった五機の49式が、わずかに高度を上げる。
肩部兵装複合スラスターユニット下部から、再びマイクロミサイルランチャーが展開された。
一機につき四発。
計二十発。
『TGT確認』
『発射』
白煙が空へ伸びた。
二十発の小型誘導弾は49式から離れると、それぞれ異なる軌道を描きながら上昇し――やがて、一斉に西へと向きを変えた。
「――ギムまで一気に攻め込むのです!」
アデムがそう言い放ったその時。1人の将校が、何か胸騒ぎを感じていた。
「(撤退するには…早くないか?まるで…誘い込まれているかのような――)」
将校は、自らの勘の赴くままに、アデムに警告をしようとした。
「アデム副将、何かが――」
だが――最後まで言葉を発することはできなかった。
次の瞬間。
司令部一帯が、連続する爆発に呑み込まれた。
巨大な天幕が内側から弾け飛ぶ。
軍旗が千切れ、支柱が宙を舞い、周囲に停められていた馬車が横転する。
一発。
二発。
三発。
それで終わりではない。
二十発のマイクロミサイルが、司令部とその周囲へ次々と着弾していく。
爆炎と土煙が立ち上り、轟音が重なり合う。
ほんの数秒前までそこに存在していたロウリア王国軍先遣隊司令部は、瞬く間に原形を失った。
アデム副将を含む先遣隊上級指揮官達。
そのほぼ全員が、自分達に何が起きたのか理解する暇すらなく命を落とした。
だが、前線は止まらなかった。
そもそも、司令部が消滅したという事実を、河を渡った兵達はまだ知らない。
彼らが最後に受けた命令はただ一つ。
――敵を追撃し、ギムを制圧せよ。
故に、兵達は進んだ。
渡河地点ごとに。
部隊ごとに。
互いに連携することもなく、それぞれが東へ向かって進撃を開始する。
その姿を、遥か上空から見下ろす者がいた。
『敵地上部隊、複数集団に分散。統制低下を確認』
『49式部隊、対地支援へ移行。第二防衛線へ撤退する味方部隊の支援を実行せよ』
『了解』
五つの首なし巨人が、同時に高度を落とした。
薄荷色の噴流を引きながら急降下。
その両手には、それまで使用していなかった武器が握られている。
37式小銃。
ただし、一挺ではない。
主腕と補助腕、それぞれに一挺ずつ。
左右合わせて四挺。
人間が扱うことを前提とした小銃を、49式はまるで玩具のように保持していた。
「な、何だ!?」
ロウリア兵が空を見上げる。
何かが近付いてくる。
不気味な首無しの巨人。それが接近してきていた。
「散れ!敵の飛行戦力が――」
遅かった。
地面すれすれまで高度を下げた49式が、凄まじい速度で彼らの側方を掠めていく。
四挺の37式小銃が、一斉に火を噴いた。
乾いた銃声が連続する。
七・六二ミリ弾の奔流が隊列を横切り、ロウリア兵達が次々と倒れていく。
「うわあああっ!?」
「伏せろ! 伏せ――」
声は銃声に掻き消された。
49式はそのまま彼らの頭上を通り過ぎ、薄荷色の尾を引きながら再び上昇する。
そして旋回。
別方向から迫っていた、別のロウリア部隊へと向かっていく。
彼らは知らなかった。
同じ河を渡ってきた味方がどこにいるのか。
どの部隊が攻撃を受けているのか。
どこへ兵を集中すべきなのか。
それらを指示する者は、もういない。
五十人。
百人。
二百人。
河を越えた順に東へ進み、姿を晒した順に叩かれていく。
大軍でありながら、大軍として戦うことができない。
ロウリア軍先遣隊は、巨大な身体から頭だけを切り落とされたかのように、徐々にその統制を失いつつあった。
「前だ! クワ・トイネの騎兵だ!」
一方。
第二防衛線へと続く平原を進んでいたロウリア兵の一団が、前方に並ぶ巨大な影を発見した。
騎兵。
そう判断した。
巨大な四足歩行生物の背には、確かにクワ・トイネの騎士が跨がっている。
「あれが噂の地竜騎士か!」
「怯むな! 所詮は騎乗用の獣だ!」
ロウリア兵達の間に、僅かな安堵が広がった。
先ほどまで戦っていたものがおかしすぎたのだ。
空を飛ぶ鋼鉄の首無し巨人。
空中に浮かぶ四枚羽根のカラクリ。
矢も魔法も通さない蜘蛛のような兵器。
それらに比べれば、生き物に乗った騎士など理解できる。
「槍を構えろ!」
歩兵達が密集し、槍衾を作る。
多少巨大とはいえ、獣は獣。
突進してくるなら、その身体を槍で受け止めればいい。
その考えが間違いだったことを、彼らはすぐに思い知ることとなった。
「――来るぞ!」
地面が震えた。
戦闘用草薙竜が、走り出した。
「は……?」
ロウリア兵の顔から余裕が消える。
速い。
あの巨体から想像していたものより、遥かに。
草薙竜は地面を蹴り飛ばしながら加速し、その巨体を正面から槍衾へと叩き込んだ。
「ぐぁっ!?」
兵士が吹き飛ぶ。
槍が折れる。
隊列が、一瞬で崩れた。
「な、何だこの獣!?」
「囲め! 横から――」
その声に応えるかのように、草薙竜の身体が僅かに捻られる。
太く長い尾が、大きく振りかぶられた。
「――え?」
次の瞬間。
尾が横薙ぎに振り抜かれた。
鈍い衝撃音。
直撃を受けた兵士達の身体が、まとめて宙へ浮かぶ。
鎧の内側で肋骨が砕け、内臓が押し潰される。
数人の兵士が、まるで玩具のように地面を転がりながら吹き飛んでいった。
「…………」
残ったロウリア兵達が、言葉を失う。
その視線の先で、草薙竜が低く唸った。
背中に乗った騎士だけではない。
この巨大な生物そのものが、兵器だった。
「じょ、冗談だろ……」
「聞いてないぞ……地竜ってのは、ただの騎獣じゃなかったのか……?」
再び草薙竜が地面を蹴る。
その瞬間。
「う、うわああああああっ!!」
先ほどまで槍を構えていたロウリア兵達は、隊列も忘れて逃げ出した。
彼らにとってクワ・トイネ公国は、農業しか取り柄のない弱国だったはずだった。
だが、その認識は――
既に跡形もなく、崩れ始めていた。
第一防衛線を放棄した自衛隊とクワ・トイネ軍は、ギムの街から西へ離れた第二防衛線へと到着していた。
街へと続く街道を中心に、低い土塁と簡易陣地が点々と構築されている。
第一防衛線ほど強固なものではない。
そもそも、ここを守り抜くつもりなど最初から無かった。
必要なのは、敵を止めることではない。
少しでも長く足を止めさせること。
「射撃ドローン、配置完了」
「オートマトン、各警戒区域へ展開」
「クワ・トイネ側も配置につきました」
「了解。無理に前へ出る必要はない。近付いてきた部隊から順に叩く」
小隊長は、簡易指揮端末へ視線を落とす。
第一防衛線では、河川沿いに広がっていた無数の赤い反応。
しかし今、その動きは酷くばらばらだった。
司令部を失ったロウリア王国軍先遣隊には、もはや数万の兵を一つの軍として動かす者が存在しない。
渡河地点ごとにまとまった兵達が、自分達に与えられた最後の命令に従い、思い思いにギムへ向かっている。
数十人。
百人。
時には数百人。
だが、それだけだった。
互いに連携もせず、時間も合わせず、ただ順番に現れる。
「西側街道、敵兵およそ八十。接近中」
「射撃ドローンを回せ。オートマトン一個分隊も」
「了解」
程なくして、乾いた銃声が平原に響き始める。
上空からは射撃ドローン。
地上では四脚のオートマトン。
七・六二ミリ弾が、街道を進んでいたロウリア兵へと浴びせられる。
先頭が倒れ、後続が止まる。
散開しようとした者へ、今度は別方向から射撃が飛ぶ。
反撃としてかろうじて放たれた矢や魔法は、シールドに阻まれるばかりで、有効な損害を与えることができない。
「西側街道、敵部隊停止」
「北西から新たに六十ほど」
「そっちにも三機回せ」
第一防衛線とは、まるで逆だった。
先ほどまでは、どれほど撃ち倒しても、その外側から新たな舟が現れ続けた。
だが今は違う。
来る。
叩く。
しばらく来ない。
また別の方向から来る。
そして、また叩く。
数そのものは依然としてロウリア軍が圧倒的だった。
しかし、その数を同時にぶつけることができなければ意味がない。
巨大な軍勢は、司令塔を失ったことで、小さな集団の寄せ集めへと変わりつつあった。
「正面は駄目だ! 北へ回るぞ!」
そんな中、正面からの進撃を諦めたロウリア兵の一団がいた。
十数人ほど。
彼らは街道を外れ、草木に覆われた緩やかな丘陵地帯を利用して、第二防衛線の側面へ回り込もうとしていた。
「奇妙なカラクリの化け物共も街道に集まっている! ここなら抜けられる!」
「ギムへ出ればこっちのものだ!」
兵達は身を低くしながら進む。
遠くから響く鋭い連続音。
時折聞こえる爆発音。
だが、この周囲にはあの忌々しい飛行するカラクリも、蜘蛛のようなカラクリ兵も見当たらない。
やがて木々の隙間から、前方に一人の人影が見えた。
「……人間?」
ロウリア兵達が足を止める。
そこに立っていたのは、一人の兵士だった。
見たところ、特別巨大なわけでもない。
全身を鉄で覆った巨人でもない。
四本脚の怪物でもない。
ただの人間。
もっとも、その手に持つ物だけは異様だった。
「何だ、あの剣……」
兵士が肩に担いでいるのは、大剣。
両手剣などという生易しい大きさではない。
分厚い。
異様なまでに分厚い。
刃物というより、巨大な金属塊へ無理矢理刃を付けたような代物だった。
本人にとっては、取り回しに少々癖のある愛用品。
だが、ロウリア兵から見れば違う。
「馬鹿め。あんな重そうな物、まともに振れるものか」
「一人だぞ!」
三人が前へ出る。
槍を構えた。
一人ならば、囲めばいい。
あの異様なカラクリとも、こちらを薙ぎ払う騎兵とも違う。
今度こそ、人間が相手なのだ。
「行け!」
三人が一斉に踏み込む。
対する兵士は、空中に魔法陣を展開した。
――瞬間、その姿が視界から消失する。
隠れる場所など、何処にもない平原で。
「消えた!?」
「探せ!そう遠くには――」
それは気付けば目の前に現れ、肉厚な大剣を異様な速度で振り抜こうとしていた。
「――ふっ!」
大剣が振られる。
ただ、それだけだった。
刃が三人を斬り裂いたわけではない。
その必要すら無かった。
肉厚の鉄塊が、横薙ぎに三人をまとめて捉える。
「――ッ!?」
鈍い音が重なった。
鎧がへこむ。
肋骨が折れる。
内臓が衝撃に押し潰される。
三人の身体は、ほとんど同時に地面から浮いた。
そして。
十メートル近く。
まるで球でも打ち返されたかのように、まとめて吹き飛んでいった。
「…………は?」
残されたロウリア兵達が固まった。
目の前の兵士も、振り抜いた姿勢のまま僅かに目を見開く。
「……あ」
予想以上に飛んだ。
その程度の反応だった。
彼にとって、自分は少し力が強いだけの人間である。
周囲の者達も、概ねその程度の認識しか持っていない。
故に、本人も今の光景を特別異常だとは思っていなかった。
「……まあ、止まったか」
大剣を再び肩へ担ぐ。
その動作だけで、残されたロウリア兵達が一歩下がった。
「な……」
「何なんだよ……」
彼らは理解できなかった。
鋼鉄の巨人に吹き飛ばされるなら、まだ分かる。
魔獣に轢き殺されるなら、理解の範疇だ。
だが。
何故、人間が人間を剣で十メートルも吹き飛ばすのか。
「ば、化け物……」
「失礼だな」
兵士の眉が僅かに動いた。
その瞬間。
「ひっ――!」
ロウリア兵達は踵を返した。
迂回しようとしていたことなど、もうどうでもいい。
ただ、あの人間から離れたかった。
「北西側、敵部隊後退」
「こちらでも確認した」
簡易指揮所では、そんな小さな戦闘の一つ一つが淡々と処理されていた。
監視画面に映る赤い反応は、依然として多い。
だが、第一防衛線で見た濁流のような動きは、もう無かった。
「敵、南側から約百二十」
「オートマトン回せ。歩兵はまだ撃つな」
「了解」
少しして。
銃声。
そして、再び静かになる。
その繰り返し。
空では五機の49式が旋回し、敵部隊が大きくまとまりそうになれば低空へ降りてくる。
四挺の37式小銃から放たれる火力を前に、まとまりかけた隊列は何度も崩された。
地上では射撃ドローンとオートマトンが、小規模な敵部隊を一つずつ処理していく。
クワ・トイネ兵達も、射程へ入った敵へ矢を射かける。
戦闘用草薙竜は必要な時だけ前へ出て、接近した敵を追い払うとすぐに後方へ戻った。
ここで重要なのは、敵を全滅させることではない。
進ませないこと。
それだけだった。
「避難状況、確認」
小隊長が無線機へ問いかける。
短い雑音の後、ギム側から返答が入った。
『現在、残存住民を最終輸送中。あと十分ほどです』
「了解」
あと十分。
長いようで、短い。
「全部隊、弾薬残量確認。無理に撃つな。あと十分持たせればいい」
「了解」
命令はすぐさま各所へ伝えられた。
射撃頻度が僅かに落ちる。
射撃ドローンは、明確に前進してくる敵だけを狙う。
オートマトンも、必要以上に追撃しない。
それでもロウリア兵達は前へ出ることができなかった。
彼らにとって、第二防衛線の向こう側には何がいるのか分からない。
空からは鋼鉄の巨人。
地上からは蜘蛛のようなカラクリ。
巨大な地竜。
未知という恐怖は、確実にロウリア先遣隊の士気を削り、進軍を鈍らせていた。
その十分後。
『ギム派遣部隊へ。住民の避難、完了しました』
一瞬。
指揮所の空気が変わった。
「全員?」
『はい。確認できる住民は全員退避。避難車列もギム東方へ移動を開始しています』
「了解」
小隊長は短く息を吐いた。
これで、この場所に留まる理由は無くなった。
「各隊へ通達」
無線が開かれる。
「遅滞任務終了。全部隊、戦闘を離脱する」
間を置かず、返答が重なる。
『了解』
『了解』
『クワ・トイネ側にも伝達します』
「撤収順序は計画通り。クワ・トイネ兵を先に収容。歩兵、続け。オートマトンは最後まで後衛。射撃ドローンは上空警戒を維持」
『49式部隊は?』
「最後まで残れ。敵のまとまった追撃があれば止めろ」
『了解』
第二防衛線の後方で待機していた兵員輸送車群が、一斉に動き始める。
後部扉が開かれた。
「急いで! 乗ってください!」
「我々も乗るのか!?」
「そのために来てます! 早く!」
クワ・トイネ兵達が、戸惑いながらも次々と車内へ収容されていく。
見慣れぬ鉄の車両。
見慣れぬ内部。
だが、今は驚いている暇などない。
弓を抱えた兵士。
負傷者を担ぐ騎士。
戦い続けていた者達が、次々と車内へ消えていく。
草薙竜騎士隊も別経路から離脱を開始。
その間も、オートマトンは第二防衛線に残り続けた。
四本脚で地面を踏みしめ。
時折近付いてくるロウリア兵へ射撃を浴びせ。
人間が離れる時間を稼ぐ。
「自衛隊員、収容完了!」
「クワ・トイネ側も収容完了!」
「よし。車列発進!」
低いモーター音と共に、兵員輸送車が動き出す。
一両。
二両。
次々と第二防衛線を離れていく。
「後衛オートマトン、離脱開始」
命令を受け、最後まで残っていた四脚の機械達も順次後退を始めた。
履帯を回し。
時折振り返るように砲塔を旋回させ。
追ってくる敵へ短い射撃を浴びせながら、車列を追う。
上空では射撃ドローンがその動きに追従する。
そして、さらにその上。
五機の49式が、薄荷色の光を引きながらゆっくりと東へ進んでいた。
追撃しようと集まり始めたロウリア兵達が、その姿を見上げる。
誰一人として、すぐに追おうとはしなかった。
既に十分すぎるほど。
あの巨人が何をするのかを、思い知らされていたからだ。
こうして。
自衛隊とクワ・トイネ軍は、ギムの街を放棄した。
敗れたからではない。
守るべきものが、もうそこには存在しなかったからだ。
後に残されたのは、人影の消えた街。
そして。
大量の死傷者を抱え。
百騎の飛竜を失い。
先遣隊司令部すら失い。
それでもなお、その街を目指して進み続けるロウリア王国軍先遣隊だけだった。
「……見えたぞ! ギムだ!」
誰かが声を上げた。
長い戦闘の末。
数え切れないほどの死傷者を出し。
空を覆っていた飛竜を全て失い。
司令部すら失いながら。
それでも進み続けたロウリア王国軍先遣隊は、ついに目的地であるギムの街へと辿り着いた。
「やった……!」
「ギムだ! 遂に着いたぞ!」
疲労困憊した兵達の間から、疎らな歓声が上がる。
敵は逃げた。
河川防衛線を突破した。
第二の防衛線すら退かせた。
ならば、これは勝利なのだ。
そう自分達へ言い聞かせるように、兵達は重い足を前へ進めた。
「ようやくだ……」
「へへ……これで好きにしていいんだろ?」
「ああ。命令では、街は好きに略奪して構わないって話だった……」
疲れ切っていた兵達の表情に、僅かな欲望の色が戻る。
食料。
酒。
金品。
そして――。
ここまで散々苦しめられた鬱憤を、これから街の住民へ存分にぶつけられる。
そう考えていた。
街の入口へ足を踏み入れるまでは。
「…………?」
一人の兵士が足を止めた。
「どうした?」
「いや……」
静かだった。
あまりにも。
人の声がしない。
露店の呼び込みも。
子供の泣き声も。
家畜の鳴き声も。
何も聞こえない。
「……おい」
「誰かいないのか?」
兵達が周囲を見回す。
家はある。
建物も残っている。
通りもある。
だが。
人だけがいない。
「……まさか」
一軒の家へ兵士達が踏み込む。
「おい!居るなら出てこい!」
返事はない。
寝台。
机。
生活の跡。
だが、住民はいない。
別の家も。
その隣も。
さらにその向こうも。
「いない……」
「こっちもだ!」
「食い物もほとんど残ってねぇぞ!」
運び出せる物は、既に持ち出されていた。
食料。
家財。
貴重品。
持ち運べる生活用品。
街そのものを捨てる準備が、既に済んでいたかのように。
「……逃げたのか?」
「全員……?」
誰かが呟く。
その言葉に答える者はいなかった。
やがて。
先遣隊の残存兵達は、街の中心部へと集まり始めた。
だが、そこでも状況は変わらない。
人はいない。
抵抗する兵士すらいない。
ただ、静かな街だけが残されている。
「……こんなはずじゃ……」
一人の兵士が、力なく呟いた。
彼の周囲には、傷だらけの兵達。
包帯を巻いた者。
槍を杖代わりにして立つ者。
仲間を失い、呆然としている者。
彼らがここへ辿り着くために支払った代償は、あまりにも大きかった。
飛竜百騎。
数え切れない兵士。
そして、先遣隊司令部。
それら全てを失って。
彼らが手に入れたものは。
住民の一人すら残っていない、空っぽの街。
「……これが……勝利なのか?」
誰かが呟いた。
答える者はいなかった。
ただ。
吹き抜ける風だけが、人の消えたギムの街を通り抜けていく。
その日。
ロウリア王国軍先遣隊は、確かにギムの街を占領した。
だが。
そこには、彼らが求めていたものなど、何一つ残されてはいなかった。
住民は逃げ切った。
クワ・トイネ軍も、自衛隊も撤退した。
そしてロウリア軍だけが。
夥しい犠牲と引き換えに手に入れた、誰もいない街の中で。
ただ、立ち尽くしていた。
Q.クワ・トイネのワイバーンは何してたの?
A.導力火炎弾で対地支援、もといロウリア兵を上手に焼いていました。(黒焦げ)
Q.重機関銃は何してたん?てかどうやって持ち運んでたの?
A.装甲車に積んでいました。撤退中も射撃したりしています。
用語解説コーナー
草薙竜
クワ・トイネ公国を始め、約70年前から各地で家畜化が広がった大型地竜。
巨体に反して俊敏で、表皮は部位によって鉄板に匹敵する硬度を持ち、拳銃弾程度であれば弾くことすらある。
現在では肉用としても広く飼育されており、草薙竜そのものは珍しい生物ではない。また、その頑強さから農村部では害獣に対する非常に優秀な護衛戦力にもなる。
一方、戦場で騎手の指示に従い、突撃や尾による攻撃まで行える戦闘適性個体は極めて少なく、クワ・トイネ公国全土から集めても五十騎程度。
戦闘用個体はその巨体と装甲、速度を活かした突撃に加え、太く強靭な尾による薙ぎ払いを行うため、前近代的な歩兵にとっては非常に危険な存在となる。