愚者は妖精と踊る 作:千年香
マカロフ・ドレアーの復活。それは、この抗争における戦力差が完全に埋まった事を表していた。
「マスター……」
呆然と、エルザは呟く。
マカロフは、そんなボロボロの状態で膝をつく我が子らに僅かに顔を顰める。
「全員、この場を離れよ。ここからは、ワシが受け持つ」
「マ、マスター!?何で、ここに……」
グレイが驚きの声を上げるが、当然というもの。
魔力を全て吐き出してしまい、一時は生死の境すら彷徨ったのが近況のマカロフだった。
だが、今はどうだろうか。地響きすら感じられる膨大な魔力をその身に宿して彼は再びこの戦場へと戻ってきた。
マカロフの指示を受けて、迅速に動いたのはエルザだった。
「行くぞ、お前たち」
「!で、でもよぉ……!」
「行くんだ。ここに居れば、マスターの邪魔になってしまう。エルフマン」
「お、おう。何だ?」
「彼を運ぶ」
そう言って、エルザが一瞥したのは床に転がるユーゴだった。
ピクリとも動かず、呼吸も細い。このまま、聖十大魔道の戦いに巻き込まれればその余波だけで命を落としかねない状態だ。
ただ、相手は既に刻印を剥がされたとはいえ幽鬼の支配者の魔導士。
状況はどうあれ、心情的に受け入れることは――――
「分かった!」
難しい筈なのだがエルフマンは一切の躊躇いなくユーゴを肩に担ぎ上げた。
グレイやミラジェーンも彼の行動に嘴を挟むような事はしない。何なら、既に同じ戦場に轡を並べて立っていた事もあって仲間意識さえ持っていたりする。
見覚えのない少年が運ばれる様子を一瞥してから視線を前へと戻したマカロフは口を開く。
「あの子は、お前さんの所の魔導士か」
「ええ。とはいえ、元、と枕詞が付きますがね。全く、私を止めるなどと大層な事を言う駄犬ですよ」
「駄犬、か」
「飼い主に噛み付く犬など、そんなものでしょう?貴方を殺した後に、たっぷりと躾てその性根はへし折るつもりですがね」
「…………子は親を選べんが、あ奴も難儀なものよ」
改めて、ジョゼとは相容れない事を理解し、マカロフは己の背後に式を描く。
二人の大魔導士がぶつかり合う中、妖精の尻尾に所属する魔導士たちは巨大な魔力のぶつかり合いによって震えるギルド内を駆けていた。
「ナツを回収次第、ここを脱出するぞ」
「目星はついてるのか?」
「恐らく、上階だ」
「こいつが起きてれば、道案内頼めたんだけどな」
走りながら、グレイは横目に後ろを確認する。
エルフマンに担ぎ上げられたユーゴは、走りの振動で揺れるばかりで自発的にはピクリとも動いていない。
つられるようにエルザも確認し、そして首を振って前を見る。
「当然だろう。私たちを庇いながら、ジョゼに食らいついていたんだ。元々、
エルザの指摘は、しかし言葉にすると中々に凄まじい。
相手は本気ではなかったとはいえ、聖十大魔道の一人なのだ。そんな相手に、誰かを庇いながらも最後に気絶したとはいえ五体満足で生き残っているのは異様と言えた。
そんな評価を受けているとは知らない少年は、ただ只管に夢の向こう側。
@
「…………うっ…………?」
目を覚ます。ゆっくりと瞼を開けたユーゴの視界に、最初に飛び込んできたのは
「え……」
意味が分からない。それが、彼の内心を染め上げる言葉。
状況にハッとして明瞭となった意識で周囲を見渡せば、更に混乱は加速する。
そこは部屋のようであり、しかし周囲を見渡しても壁は見受けられず只管な闇だけが広がる。上を見上げれば、天井はなく周囲と同様に闇が広がり光源の一つも確認できない。にも拘らず、ユーゴはその視界に一切の不自由はなかった。
「――――アッハ★お目覚めデスね」
「ッ!?」
呆然としていれば、不意に聞き覚えのある声が聞こえてユーゴの肩が跳ねる。
慌てて前を見れば彼の対面の、長テーブルの短い辺にガジル戦で見た怪人が現れているではないか。
怪人は、そのふくよかな体をみっちりと背もたれの大きな椅子に収め乍ら両肘をテーブルについて手を組んでユーゴを見ていた。
「貴方は……」
「ふふふ、吾輩の事は伯爵と呼んでくだサイ。佳賀里優吾君、今代の担い手サン」
「は、はぁ……?」
意味が分からない。二度目の感想とはなるが、それでもユーゴの内心はその色ばかりだ。
少年の混乱を読み取ってか、伯爵と名乗った怪人はその吊り上げられた口角のままに言葉を紡ぐ。
「まあ、混乱するのも無理はないというものデス。魔法に触れた事の無いキミが突然にこうして力を得たのデスから」
寄り添うには、しかし何処か遠い。
そんな不思議な感覚を覚えながら、ユーゴは己の疑問を口にした。
「あの、ここはいったい……?」
「そうデスね。ココは、言ってしまえばキミの心象風景、若しくは心の中とでも呼べばいいでしょうカ」
「心の、中……」
「今のキミの肉体は、オーバーヒートを起こしている機械のようなものなのデス。
「…………」
伯爵の言葉を受けて、自分がどんな状態なのかを思い出す。
無意識のうちに両手を持ち上げて握って開き、そして呟く。
「……何も、出来なかった」
握ったのは、無力さ。困惑の波が引いて、代わりに寄せてきたのは後悔の波だった。
結局、ジョゼを止めることはできず。それどころか最後には気絶してしまい戦線に最後まで立っていられなかったのだから。
補足をすると、ユーゴが倒れた直後にマカロフとバトンタッチした為、厳密には戦線離脱したのは彼だけではないのだが気絶した彼はその事を知らない。
一種の傲慢を抱えながら落ち込むユーゴ。
そんな彼に声を掛けたのは、伯爵
「あ~~~!彼が起きたら教えてって言ったじゃん、千年公~」
高い声だった。それも、伯爵でもユーゴでもない第三者の声。
軽い足音が聞こえ、誰かが駆け寄ってくる気配へとユーゴが顔を向けた瞬間、そこにあったのは猫目石の様な鮮やかな黄色い瞳。
ギョッと目を見開く少年に、黄色い瞳はぐんにゃりと柔らかく歪んだ。
「おぉ~、ボク好みな感じじゃ~ん。飴、食べる?」
「あ、え……?」
「はい、あ~ん」
ぽかんと開けられていたユーゴの口に、柔らかな甘味の塊が放り込まれる。
反射的に口を閉じた少年に、藍色のショートカットに褐色の肌をした少女は満足そうな笑みを浮かべてその場を離れた。
まるでワルツでも踊る様な軽やかな足取りで、少女はいつの間にか現れていた長テーブルのそれぞれの長い辺に向かい合うように設置された合計十二の椅子の一つへと腰を落ち着けた。
同時に、彼女の出現を皮切りにこの場の気配が一気に増える。
「へぇ、少年が今回の宿主って奴か」
「「ハッ!なよっちぃ奴だぜ!」」
「…………」
現れたのは、四人?の人影。
一人目は、少女と同じく褐色肌に泣きぼくろのある伊達男。二人目は、長い金髪に紅いレザーのロングコート纏った声が二重に聞こえる青年。三人目は、先の二人より頭二つ分は大きな筋肉質な男。
そして、四人目はというと人には見えない何か。異星人と呼ばれた方がしっくりとくる白黒ストライプの人型に近い何かだ。
各々が思い思いの椅子に腰を落ち着け、空白だらけであった長テーブルの席が埋まっていく。
「さて、と。それでは、キミについてのお話を少ししましょうカ。ああ、気を楽にしてもらって結構デスよ」
「あ、はい……」
怒涛の展開は、続く。