愚者は妖精と踊る 作:千年香
妙な緊張感で、唇が渇く。
舌で一嘗めしてから、ユーゴは口を開いた。
「まずは、感謝を。治療に加えて、こうして衣服の提供までしていただきありがとうございます」
「ほっほ、ええよええよ。お前さんも、かなり尽力してくれたとエルザたちから聞いておる」
「…………いいえ、僕は結局何も出来ませんでしたよ」
好々爺のように笑い、水を呷ったマカロフに対してユーゴは目線を落として自嘲する。
結局のところ、彼はジョゼを止められなかった。走り回って、ぶっ倒れて、最後の尻拭いは別の人にやってもらった。
そんな後悔が、彼の内心にはべったりと張り付いている。
マカロフは、そんな少年の様子に顎を撫でて目を細めた。
(真面目で責任感のある若者じゃな。一方で、妙に自己評価も低いと)
年の功か、マカロフは正確にユーゴの持つ歪みのような部分を読み取っている。
能力はある。才能もあり、人間性も悪くはない。
だが、利他的で自己犠牲を厭わない。オマケに自己評価が低く、若干の自罰的素養。
更に質が悪いのが、本人が上記の素養を一切把握していないという所。
指摘するのは容易い。だが、マカロフは敢えて口を開かなかった。
言って変わるのならば指摘する。しかし、彼の見立てでは目の前の少年が抱える精神性は根が深いものだった。今この場ではどうにもならないほどに。
故に、話を進ませるべく口を開く。
「まずは、と言っておったな。他にも用件があるのか?」
「あ、はい。その……今の僕は手持ちが無くて……治療費や衣類品に関する請求書を頂ければ、と思いまして……」
このジュース代も上乗せしてください、とユーゴは眉を下げる。
実の所、彼がここに来るまでに色々と情報収集を行っていた。
その中で困ったのが、幽鬼の支配者に対する解散命令。
ジョゼとの最終決戦に置いて、ユーゴはギルドマスター直々の破門宣告と共に紋章を消されている。これにより、元々この世界の人間ではない彼は身分証明が困難になった。
更に、先の解散命令によって幽鬼の支配者にあった資産の大半は評議院に差し押さえられている。
当然、ユーゴの数少ない貯金などもその一つだ。加えて、先の通り身分証明が出来ない関係上、評議院に直談判して一部でも資産を取り戻す、何て事も出来ない。
それでも、彼は治療費などをなあなあで踏み倒す事はしたくなかった。
顎を撫でて、マカロフは一つ頷く。
「まあ、お前さんの気持ちがそれで晴れるのなら紙を出すのも吝かではない。が、それはそれとしてこの後はどうするつもりなんじゃ?幽鬼の支配者は、もう無い。分かっておるとは思うが」
「そう、ですね……とりあえず、評議院に出頭してそこで沙汰を受けようかと思っています。結果はどうなるか分かりませんけど、それから何処かしらの魔導士ギルドにお世話になってお金を稼ごうかと」
見通しが甘いかもしれないが、ユーゴに出来る事と言えばこれ位だ。
今の彼の財産など、右腕に宿った魔法位。そしてそれを活かせる職業など、魔導士を置いて他にない。
ただ、この選択肢にもまた問題がある。
それは、ギルドの解散命令。評議院からの沙汰であり、守らなければそのまま闇ギルド認定を受ける事になる。
幽鬼の支配者は、国内でも最大手の魔導士ギルドと言っても過言ではなかった。当然ながら、そんなギルドが解散命令を受けるとなれば他の魔導士ギルドはその原因を調べる事になる。
遅かれ早かれ、妖精の尻尾との抗争、そしてそこに至るまでの幽鬼の支配者の動きというものもある程度は知られるというもの。
そうなれば、幽鬼の支配者に所属していた、というだけでディスアドバンテージだ。
そして、ユーゴ・カガリという少年は、自分の経歴を馬鹿正直に話す。
誠実さには誠実さが返って来る、等と無邪気に思っている訳ではない。ないが、それはそれとして誠実に対応する事が人間関係でも必要な事であると理解してもいた。
因みに、ユーゴ自身は知らないが商工系のギルドに専属護衛として売り込めば一発で採用される。コレは、彼が護衛依頼などで誠実に熟してきた証であった。
「じゃあ、
「え……」
一歩引いて話を聞いていたミラジェーンの提案に、ユーゴの目が点になった。
直後に彼女の言葉を認識た瞬間に、首を横に振る。
「いや……!それは、ダメでしょう……!」
「どうして?」
「ど、どうして!?えっと……僕は元とはいえファントムの人間ですよ?そちらの本拠地を破壊した側の人間です。そんな人間が何食わぬ顔で加入してきたら荒れますよね?それも、上の人間が強権人事でねじ込むような事すれば猶の事です。僕としては、そんな不仲を持ち込みたくありません」
「あー……その件なんじゃが、ユーゴ君」
「はい」
「お前さんの武勇伝、割とうちの中で広がっておっての」
「…………武勇伝?」
「ほら、ルーシィを連れていって停戦交渉に向かったり、自分のギルドマスターを止めるためにボロボロになったり、その時に私たちを庇ったりとか。そういう話ね」
「…………ちょっと、待ってもらえます?」
にこにこと笑顔を浮かべるミラジェーンと少々気まずそうに顎を撫でるマカロフより齎された情報に、ユーゴは眉間を揉んだ。
「スーーー………僕個人としては、単にエゴを押し通しただけなんです。何より、真面に成功もしてないんですけど……」
「でも、ユーゴが居なかったら私たちも危なかったわ。エルザはジュピターを受け止めて重傷だったし、グレイやエルフマンもエレメント4と戦ってボロボロだったもの。ルーシィにしたって、戦いの余波でちょっとした擦り傷なんかはあったけど、ほぼ無傷で無事だったでしょう?全部、貴方の頑張りが実を結んだ事じゃない」
「…………」
面と向かって告げられるミラジェーンの言葉。
ユーゴの主観はどうあれ、事実として彼ら彼女らは救われたのだ。コレは、変えようがない事。
そして、
要するに、ユーゴの話は受けが良かった。
頭を抱えてしまったユーゴ。そんな少年の様子に、にこにこと笑みを浮かべたミラジェーンは空いたグラスにジュースを注いだ。
彼女含めて、あの場で彼と関りを持った者たちは大なり小なり好印象を抱いていたのだ。その状態で、フリーとなれば勧誘しない手はない。
加えて、話を聞くばかりだったマカロフとしても、実際に面と向かって話してその為人には気に入る部分があった。
「時に、ユーゴよ」
「……何でしょうか」
「お前さん、歳は?」
「え……16です」
「確りしとるのう」
うん、と頷きながら真面目にユーゴの加入が有りなんじゃないかと思えていたマカロフ。
妖精の尻尾に所属する魔導士たちは、何かと破天荒だ。評議院にギルドマスターである彼が怒られるのは、最早日常茶飯事というもの。
その点、この少年は真面目であり自分のケツ持ちも自分で出来る。
あわよくば、暴走する者たちのブレーキ役に。そんな打算が、鎌首を擡げてくる。
中々面白い状況になった。そこに、更なる混沌が騒々しさと一緒にやって来る。
「帰ったぞー!」
「ぞー!」
桜色の髪をした青年と青い毛並みの猫。続いて、深い藍髪の青年に、赤毛の美女、金髪の美少女といった中々に派手な面々の登場である。
返ってきた面々に、パッとミラジェーンは顔を上げると片手を上げて笑みを浮かべる。
「おかえりー。仕事はどうだった?」
「「「散々だった……」」」
「中々に得難い経験が出来たな」
正反対の反応と共に、最強チームのご帰還だ。