愚者は妖精と踊る 作:千年香
迫りくる白い牙。
常人には、
打ち勝つのは、後者。
「ふぅ……これで最後、ですかね」
大剣を肩に担ぎ上げて、ユーゴ・カガリは息を吐き出した。
彼の周りでは、森の緑に紛れるような黄緑色の体毛をした狼型の魔物の群れが転がっている。
「流石ですね。今回も貴方に依頼をして正解でした」
一息つくユーゴにそう声を掛け乍ら近付いてきたのは、いつぞや彼に護衛依頼を出した商人の男だった。
「しかし、驚きましたよ。ファントムから、妖精の尻尾へと移籍されていたなんて」
「あははは……まあ、僕も色々ありましたから」
大剣を右腕へと戻しながら、ユーゴは苦笑い。
本当に、色々あった。それこそ、一年にも満たないこの期間だけで一冊の本が書けるのではないかと思えるほどに激動の時間が過ぎていった。
思い出しても、少々ゲンナリするためにユーゴは話題を変えるべく口を開く。
「そ、そう言えば、よく僕の居るギルドが分かりましたね」
「ええ。我々商人には、独自の情報網というものがありますからね。特に、魔導士ギルドに関する情報というものは鮮度に気を使いますから」
商人が魔導士ギルドに依頼を出す事は珍しくない。
今回のような護衛であったり、急ぎの荷物の速達であったり、素材の回収であったり。傭兵ギルドと違って幅広く、且つ魔法を扱う事で出来る事の範囲も広い為に何でも屋としての側面があるのが魔導士ギルドだった。
だが、そんな依頼する相手が闇ギルド認定を受けているような事になれば、目も当てられないような状況になるのは必定。
故に、商人もとい商工系のギルドは横のつながりが強かったりする。
最近ならば、幽鬼の支配者に対する解散命令。
大手の魔導士ギルドが潰れるとなれば、当然そのギルドに所属していた魔導士たちも方々へと散る事になる。
商人たちにとっては、自分達のブラックリスト入りしている魔導士の動向を把握する事と同時に腕利きを自分達の手駒へと引き入れる機会にもなる。
この商人も幽鬼の支配者が解散した際に、ユーゴを手駒に引き入れようと動いていたが商人としての情報網を駆使しても一向に足取りがつかめず。漸くその所在が分かった時には、既に妖精の尻尾へと加入した後の事だった。
その後も特に襲撃などはなく、和やかに依頼は終了。
顔つなぎも兼ねて、少し多めの報酬が支払われてそこでちょっとした悶着があったが結果としてはユーゴが押し切られる形となる。
列車を乗り継いでマグノリアの街へと帰ってきたユーゴ。
整備された道を暫く進めば、見知った髪色を見つけた。
「お疲れ様です、エルザさん」
「む?ああ、ユーゴか。お前も、仕事終わりか?」
「はい。皆さんも無事な様で………あれ?」
少し歩調を緩めたエルザの隣に並びながら、ユーゴは彼女のパーティメンバーを見やり首を傾げた。
エルザはいつも通りの鎧姿で、傷一つ無い。
その一方で、ナツとグレイの二人は何故だかボロボロで互いにメンチ切っており、ルーシィは怪我こそしてないもののどこか不機嫌な様子。
彼女らが受けた仕事を思い出して、ユーゴは首を傾げる。
「確か、鳳仙花村の盗賊団討伐でしたよね?そんなに強い相手が居たんですか?」
「いや、賊討伐自体は手早く済んだ。寧ろ、余暇が一日余ったほどだ」
「でしたら……」
「あい。ちょっと、枕投げが白熱しちゃったんだ」
「ハッピーさん……枕投げ、ですか?」
片手を挙げる青い猫を抱き上げて、ユーゴは再び首を傾げた。
彼の頭の中に浮かぶのは、テレビなどでも流れる事のある旅館の夜での一種のお遊び。
枕の材質にもよるが、それでも細かな打撲こそできるかもしれないが野郎二人のように大怪我をするとは思えなかった。
そんな少年の内心を読み取ったのか、彼の腕に抱かれたハッピーがその顔を見上げて口を開く。
「因みに、ボコったのはエルザです」
「あー……成程」
疑問が氷解した。
枕投げが白熱した事は確かだろうが、その過程でエルザの鉄拳が火を吹いた場面をユーゴは割と簡単に想像できたからだった。
一つの疑問は解けた。ならば、頭に残るのはもう一つ。
「それじゃあ、ルーシィさんはどうしたんです?」
「そっちはその……オイラのイタズラのせいかも」
「ハッピーさんの?」
「うん」
ションボリと俯いたハッピーに、眉を下げ乍らユーゴはその毛並みの良い頭を撫でる。
ハッピーが落ち込むほどなのだから相応のイタズラになってしまったのだろう、と彼は当たりを付けていた。
だが、やはり解せない、とも思う。
「ルーシィさんは、優しい人ですし度量も深い人です。ハッピーさんのイタズラがどの程度かは分かりませんけど、実害が出ていないのならそこまで引きずらないと思いますよ?」
「そうだな。私としても、ルーシィがハッピーのイタズラ程度を長々と引き摺っているとは思えん。彼女は、芯の確りとした強い人間だ」
「そうかなぁ……」
尻尾を垂れさせるハッピーに、エルザとユーゴは顔を見合わせた。
付き合いはまだまだであるとはいえ、ルーシィの精神性が善良である事は二人の目からも明らか。それ故に、青い子猫の小さなイタズラ一つでヘソを曲げ続けるほど狭量ではない事も知っている。
とはいえ、本人から直接話を聞けないのならば結局どこまで行っても推論の域を出ない訳で。
彼女の機嫌が斜めな理由が明かされるのは、翌日の事だった。
*
その騒動は突然に始まった。
「ッ!ユーゴ!」
「グレイさん……?どうしたんですか?」
報酬に因る治療費やらの支払いを終えたユーゴが、新たな依頼を探そうとギルドに寄った時の事だ。
妙に慌ただしい中で、彼に気付いたグレイが駆け寄ってきたのだ。
「ロキが妖精の尻尾を出ていっちまったんだ!」
「!ロキ、というとあのサングラスを掛けた指輪魔法を使う方ですよね?何でまた急に……」
「分からねぇ。ここ最近のあいつは妙に切羽詰まった感じだったからな。とにかく、今皆で探してんだ。お前も手伝ってくれ」
「分かりました。とりあえず、町の中を見回ってきます」
グレイの言葉に、否やはない。
ハッキリ言えば繋がりなど相手側から話しかけられたぐらいのものだが、ユーゴにしてみれば動く事に理由は要らなかった。
強いて挙げれば頼られたから。しかしこの理由にしても、ギルド内が騒がしければ自分から助力を申し出ていた事だろう。
「ロキさん……」
先の通りつながりの薄い相手。容姿は知っていても、その為人を完全に把握している訳ではない。
女好きで、派手な女性との付き合いが多い。そして、星霊魔導士が苦手。
「ふむ……」
頭の中で情報を精査していたユーゴの足が、思考の加速と共に止まった。
顎を撫でながら道のど真ん中で立ち尽くす少年。その思考は、更なる回転を起こす。
「ルーシィさんは星霊魔導士。ロキさんは女性好きで、しかし星霊魔導士が苦手」
ユーゴ自身も、その光景を目撃していた。
ルーシィを前にバタバタと逃げ出すロキの姿。しかし、
苦手としながらも、ロキの目はルーシィを追っていたのだ。加えて、その瞳に宿った感情は悪いものではなく、慈愛とも言うべき柔らかな感情。
そして、後悔。
これらの情報を統合し、ユーゴは一つの解を弾き出す。
「探すべきは、ルーシィさん」
昨日の件も加味して、ユーゴはそんな判断を下した。
問題は、マグノリアの街は決して狭くはないという点。加えて、彼はまだまだ新参者。土地勘も無い。
となれば、取れる手段は
歩いて、歩いて、歩いて。半ば、観光のようになりながら不意にユーゴは顔を上げた。
愚者の剣によって右腕が異形と化した彼だが、その副産物と言えば良いか魔力の感知が少々過敏気味だったりする。
その肌感覚が、大きな魔力の揺らぎを感じ取っていた。
感知した方角へと足を向ければ、街を離れて石畳の道から均されただけの土へと変化している道へと辿り着く。
そして、目当ての人物を見つけた。
「あれ?ユーゴ?」
「どうも、ルーシィさん」
キョトンと目を丸くして足を止めるルーシィに対して、ユーゴは片手を挙げる。
「どうしたの?ここって、結構街から離れてるけど」
「ロキさんを探すついでに、昂った魔力を感じ取ったのでその確認に来たんですよ。ルーシィさんは…………」
「色々、ね。後でみんなの所で話すから、その時で良い?」
「分かりました。怪我などは、してないんですよね?」
「そっちも大丈夫。ちょっと魔力の使い過ぎかなぁ?位だから」
元気!とガッツポーズを見せるルーシィに、ユーゴは微笑を浮かべて頷いた。
直接的に解決に対して動けた訳ではないかもしれないが、良い結果を得られたのならば重畳というもの。
自然と並んで帰路につきながら、ふとユーゴが口を開いた。
「それにしても、ルーシィさんの機嫌が悪かったのはロキさん関連だったんですね」
「え゛っ………やっぱり、分かる?」
「はい。ルーシィさんも、ロキさんを探していたんですよね?」
「うん。うちにグレイが乗り込んできてね。色々と気になる事もあったから、その結果……みたいな?」
「後は、ルーシィさん自身が焦っていない事でしょうね」
「あたしが?」
「はい。貴女は、優しく良い人です。そんな貴女が、仲間が行方不明になった際に探しに行かないとは思えません」
「ちょ、ちょっと褒め過ぎじゃない!?」
「そうでしょうか?妥当な判断だと思いますけど……」
「~~~~ッ!」
一切の裏の無い純粋な称賛に、ルーシィの頬へと赤みが差した。
かくして、小さな騒動は幕を下ろす。そして、次なる大きな戦いの埋火を残すのだった。