愚者は妖精と踊る 作:千年香
連続投稿で筆が萎えておりましたが、少しずつ投稿し始めようと思います
グレイが大男と相対する少し前。
「止まらない……」
半泣きのようになりながら、ユーゴは台から離れられなくなっていた。
最初は良かった。初めての当たりも、そもそもの最初の掛け金が少ないのだから高が知れているのだ。
だが、塵も積もれば山となる。
止めようと適当にボタンを押せば、何故だか絵柄が揃う。意図的に外そうとしても、狙いが逸れる。
瞬く間に積もっていったチップ達。ユーゴは白目を剥きそうになった。
コインを消費するためにスロットを回し、消費以上に吐き出されるコインたち。
台を離れようかとも考えたが、如何せん周りにはギャラリーが人垣を作ってしまっている。逃げるに逃げられない状況だ。
諦めて、再度スロットへとコインを投入。ドラムリールが回り出す。
「――――みゃあ」
「え」
突然に背後から聞こえた猫の声。
場から逃げ出したかったユーゴは、反射的に体ごと振り返っていた。
そこに居たのは、一人の少女。
全身で猫を表す様な彼女は、キョトリと振り返った少年を見やる。
「ミャ~、元気最強?」
「え……げ、元気最強?」
少女の言葉に、ユーゴは首を傾げる。
知り合い、ではない。奇抜な恰好をしている知り合いは珍しくないが、それでも目の前の相手には見覚えすらなかった。
ユーゴが首を傾げる一瞬の隙。
「みゃおん♪」
「ッ!?」
少女の前に出された手。その袖口より勢いよく一本のチューブが伸びてくる。
先端が首へと迫ってくる刹那、咄嗟にユーゴは右腕を壁にするように持ち上げていた。
しかし、そこまで。伸びるチューブは、まるで意志を持つ蛇のように動くと彼の右手を彼自身の顔に押し付けるようにして首周りへとぐるりと巻き付いてくる。
突然の凶行に、後ろへとバランスを崩したユーゴの体がコインを吐き出すスロット台へとぶつかる。
「ぐっ……!こ、れは……!」
絞めあげてくる。腕に食い込むチューブの感触に顔を顰め乍ら、ユーゴは無事な左手で立ち上がろうとする。
だが、その前に少女が早い。
「みゃ~、動いちゃだ~め」
チューブが更に出現し、ユーゴの体に絡みつくとそのまま近くの柱へと直進。瞬く間に、彼の体を縛り付けてしまった。
「ッ……!」(締め上げてくる……!)
体に食い込んでくるチューブに、ユーゴの表情が歪む。
骨が砕けるほどではなくとも、このまま圧迫され続ければ圧死しかねない。そうでなくとも、右腕を巻き込んで首周りに巻きついたチューブにより窒息しかねない。
苦悶の表情を浮かべるユーゴに対して、少女は感情の読めない笑みを浮かべたまま顔を近づけた。
「それでぇ~、エルちゃんはど~こかにゃ?」
「っ?……誰、ですかね?」
「にゃ?あ、そっかそっか。エルザちゃん!どこ?」
「…………知りませんね、っ」
返答が気に入らなかったのか、チューブが一際強く締まった。
しかし、ユーゴとしてはおいそれと答える訳にはいかなかったのだ。
相手は、不意を打ってきたとはいえ手練れの魔導士。自分よりも強いエルザが後れを取るとは思えなかったが、態々S級魔導士を名指しで襲ってくる相手など得体が知れなかったから。
だが、残念ながらユーゴの抵抗は無意味に終わった。
「みゃ?」
不意に、少女が己の蟀谷に指を添えると数度頷いて笑みを浮かべた。
「みゃ~、エルちゃん見つかったってさぁ~」
「ッ……なら、コレを解いてほしいんですが?」
「ん~……ゴメンね~。キミ、妖精の尻尾の魔導士でしょ?みゃ~、このままギューッと絞め殺しちゃうねぇ~」
ばいば~い、と手を振って駆け去っていく少女。同時に、チューブの伸縮が強まりより一層締め上げてきた。
不味い、とユーゴは右腕を大剣へと変えようとする。
だが、
「魔法が、使えない……?」
右腕は応えない。動かせはすれども、肝心の魔法が起動しなかった。
更に締め上げてくるチューブ。刻一刻とたむリミットが近づき、
「……………………ッ!」
ユーゴの蟀谷に青筋が浮かび、鋭い舌打ちが零れる。
元々血の気が多い訳ではない彼だが、だからといって怒らない訳ではない。況してや、一方的に相手に暴力を振るわれたような状況に危機感以上に腹が立っていた。
彼の苛立ちに呼応するように、右腕がピクリと動く。
異形と化した右腕。それは、ただ見た目が変質しただけではない。
簀巻きにしてくるチューブの天辺に右手の指を掛けると、そのまま力任せに下へと向けて引っ張った。
弾性を持つチューブだが、その弾性を上回る力で引っ張られれば程なくして千切れてしまう。
力任せに全てを引き千切り、ユーゴは顔を上げた。同時に、巨大な炎が天井目掛けて勢いよく吹き上がる。
「いってぇぇぇええええええええ!!!!」
半壊した天井装飾の上に飛び乗ったナツは、口内に指を突っ込んでいた。
「口の中に鉛弾なんかぶち込むかよ、フツー!下手すりゃ大怪我だぞ!?」
「普通の人は、その一発でアウトだと思うんだけど……」
気炎を上げるナツへとルーシィの呆れたツッコミが飛ぶ。
騒がしい面々に、ユーゴは全員の無事を確認し声の方へと足を向ける。
「皆さん、無事ですね」
「ユーゴ!あんたも無事だったのね!」
「はい。相手の狙いはエルザさんだったみたいですね」
「うん。ゴメン、目の前で攫われちゃって……あたし、何も出来なくて……」
「いえ……エルザさんが攫われた以上、誰も対応できなかった事は明らかですから。一人を責めるのは間違いですよ」
沈痛な表情のルーシィに対して、ユーゴは首を振った。
不意打ちであろうとも、相手の目的を達成された時点で一人に責任を被せるような真似はどうしたって出来るものではない。
まずは、状況整理。そう決めたユーゴが顔を上げ、
「あんの四角野郎ォオオオオオ!!!!」
咆哮のような怒声と共に、ナツが勢いのままにカジノを飛び出してしまった。
そのすぐ後を追うのは、グレイ。
「アイツの鼻は獣以上だ!追うぞ!」
「弾丸もそうだけど、ホントに人間な訳!?」
「急ぎましょう。見失っちゃいそうですから」
真っすぐに海へと駆けていく、
先のグレイの言葉通り、彼の鼻は正確に自身に喧嘩を売ってきた相手のニオイを嗅ぎ取っていた。
少し話は逸れるが、
それが、乗り物。魔導二輪や魔導四輪だけではなく、馬車や列車。その他移動する巨大要塞等々。一説には、彼らの鋭敏な五感と乗り物と身体の動きの誤差が生じる為だとか。
海を漂うは、一隻の小舟。
「……おえっぷ」
「どこだよ、ここは!」
「ジュビア達、迷ってしまったようですね。岸も見えませんし……」
乗るのは、五人。少々手狭である。
「とりあえず、乗り込むにあたって相手の情報をすり合わせしておきませんか?」
小さく手を上げたユーゴがそう提案する。
現状、ナツがダウンしている以上追い様がない。となれば空いた時間を有効活用するのも当然というものだった。
ユーゴの提案を受けて、グレイが顎を撫でながら口を開く。
「オレとジュビアがあったのは、顎に鉄の矯正器具付けた片目のデカブツだ。カジノを暗くしたのはコイツだな」
「ジュビアとしても少し気になる事がありますが……ただ、魔導士の技量を加味すればこちらの方が上かと思います」
「あたしが見たのは、カードを使う男とそれから猫っぽい女の子、かな。女の子の方は、魔法でチューブ?を使うの。縛られたら魔法が使えないし、チューブも締め上げてきて大変だった……」
「そっちの女性は、僕も会いました。魔法を封じてくるのは、厄介でしたね」
「ユーゴも?あたしは、たまたまナイフを持ってた人に助けて貰えたけどアンタはどうやったの?」
「引き千切りました」
「……ナツも大概だけど、アンタも大概よね」
縛り上げられたチューブを思い出して、ルーシィは頬を引きつらせる。
少なくとも、彼女の細腕では千切る事はおろか引っ張る事すら難しい代物を魔法が封じられた状態で引き千切るなど人間業には思えなかったのだから。
気を取り直して、ルーシィは更に知っている情報を口にした。
「カードの方は、中に人を閉じ込めたりできるみたいなの。解除は、多分本人しかできないと思う。後は、グレイが言った大男と身体がカクカクしたサングラスを掛けた男がもう一人」
「四人って所か。一人ずつタイマンすりゃあ、エルザの奪還に一人回せるな」
「待ってください。相手の全メンバーが、あの四人だけと考えるのは早計だと思います。そもそも、僕らは彼らがエルザさんを攫う理由すら知りませんし……」
「そうね。アイツらとエルザは、知り合いみたいだった。あんなエルザ、あたしは見た事無かったし」
そう言うルーシィが思い出すのは、常の凛とした態度は鳴りを潜めて幼い少女のような動揺と恐れに顔を歪めた緋色の女騎士の姿。
人は、過去に傷を持っている。それは、古くなろうともふとした拍子に生傷のような痛みを発するのだ。
そして、彼らはある少女の因縁の地へと辿り着く。