愚者は妖精と踊る 作:千年香
突如として始まった妖精の尻尾と幽鬼の支配者間における抗争。
その理由を知ったユーゴ・カガリは頭を抱えた。
「…………イカレてる」
ジョゼの口から語られた発端の依頼。
ハートフィリア財閥の一人娘を連れ戻すというもの。
その依頼対象である令嬢が参加していたのが、
そして、コレこそがジョゼの暴走の始まりだった。
いっそ病的なまでの、敵対心。同時に幽鬼の支配者内での妖精の尻尾に対するヘイトも凄まじく高かった。
そうして、現在。幽鬼の支配者の本拠地である古城は六本の巨大な機械の足を用いて進軍を行っていた。
(マスタージョゼは、おかしい。ここまで事が大きくなってしまっては、評議院に睨まれるのは明白。それすら揉み消せるとでも?)
宛がわれた部屋の中で、ユーゴは考える。
ギルドメンバーは、自分達の馬鹿にする妖精の尻尾を潰せるとお祭り騒ぎだ。一握りの冷静な者たちも居るが、残念ながら止めようと動ける人間は居ない。
かくいうユーゴもその一人。
そもそも、ジョゼは言葉を連ねた所で止まらない。一見、慇懃な態度を保っているがその内心はねばついたヘドロよりも粘性の高い怨念に塗れている。
執着。口では貶める事を言いながら、ジョゼの行動は如何にして妖精の尻尾を破滅させるかに終始していた。
言葉では止まらない。そこで、ユーゴはタイミングを待つ事にした。
依頼が発端ならば、その依頼を完遂する。
即ち、ハートフィリア財閥の一人娘、ルーシィ・ハートフィリアの奪取である。
*
妖精の尻尾は、蜂の巣をつついたような騒ぎに見舞われていた。
抗争相手である、幽鬼の支配者がギルド丸ごとで攻めてきたのだから当然であり且つ彼らの戦力は明確に欠けているのだから。
最大戦力であるマカロフ・ドレアーは倒れ、今まさに妖精女王エルザ・スカーレットもまたギルドを守る為に致命傷クラスのダメージを負った。
それでも、彼らは諦めない。
走り去る馬車を追いながら、ユーゴは目を細めた。
彼の取った策。それは、一人ギルドを降りた上で迂回して裏から妖精の尻尾よりターゲットを回収するというもの。
屋根の上を掛け乍ら、ユーゴはチラリと後方を振り返った。
僅かに顔を歪めて、彼は再び追走へと意識を向ける。
幽鬼の支配者を抜けて、妖精の尻尾と轡を並べて戦う事も、出来なくはない。
だが、一時の感情でそれを成したとしても結果に待っているのは全滅だけだ。少なくとも、ユーゴは己の力を過信していないし、マスターであるジョゼを過小評価もしていないのだから。
駆けて、暫く。馬車が止まり光とともに消えると、丸々と肥えたとんがり帽子を被った男が少女を抱えてその酒場へと駆け込んでいった。
その背を確認して、ユーゴも屋根から飛び降りる。
閉じられた酒場の扉へと近付き、その表面へと耳を押し付けた。
目を閉じて中の音へと集中し、直ぐに耳を離す。
ノブへと手を掛ければ、不用心な事に鍵がかかっていなかった。
室内へと足を踏み入れると、同時に少女の叫びにも似た声が聞こえてきた。
「リーダス!お願い、戻って!あたし一人、逃げ出すなんて!」
「だ、ダメだ……」
昏倒させられた魔法は、弱めの睡眠魔法だった。そこから直ぐに目覚めたルーシィ・ハートフィリアは無理難題を連ねる。
それでも、リーダス・ジョナーは首を振った。
「あたしのせいでギルドが襲われたのよ!?ミラさんは、皆戦う理由があるって言ってくれた!でも!やっぱり、あたしが…………!」
悔しさと怒り、そして自責の念。
事実、今回の抗争の発端となった事は確かだろう。しかし、その事で妖精の尻尾内で彼女を責める者はまず居ない。
戦線離脱を余儀なくされたマカロフや、半死半生の目にあったエルザであったとしても、だ。
リーダスもまた、その一人。
とはいえ、このままでは押し問答が続くだけだ。
故に、変化は第三者によって齎される。
「――――少し、良いですか?」
「「ッ!」」
この場に居ない筈の第三者の声に、緊張が走る。
咄嗟に、リーダスはその巨体を盾にするようにルーシィを庇いつ絵筆とパレットを手に取った。
だが、現れた少年に対して彼は帽子の下で眉を上げた。
「僕は、ユーゴ。ユーゴ・カガリ。ファントムの魔導士です」
「ファントム……!」
その名にルーシィは、鋭い目を向ける。
だが、名乗ったユーゴはというと一切の戦意を見せずに両手を挙げたまま一定の距離に留まる形をとった。
「この戦いを終わらせるために、ルーシィ・ハートフィリアさん。貴女に協力してほしい」
「…………どういう事」
思わぬ申し出だった。
そも、幽鬼の支配者側がこの抗争を平定に動く利点が無い。
故の警戒。当然の反応だ。
しかし、ユーゴとてソレは織り込み積み。
両手を挙げたまま、言葉を紡ぐ。
「このまま戦いが続いたとしても、その先に待ってるのは虚無だけです。何より、大勢が命を落としかねない」
「~~~ッ!」
咄嗟に口を突いて出そうになった言葉を、ルーシィは飲み込んだ。
どの口が。そう非難しそうになった。だが、発端である己がその言葉を口にする立場ではないと思い至ってしまったが故に。
相手の事情はどうあれ、ユーゴは更に言葉を連ねた。
「マスター・ジョゼは、僕らの言葉では止まりません。今の状況で何を言っても意味が無いんです。だからこそ、ルーシィ・ハートフィリアさん。貴女に来てもらいたいんです」
「……あたしにどうしろって言うの?」
「今回の発端である依頼を完遂します。ルーシィ・ハートフィリアさんを財閥に連れ戻す事が条件でしたから、コレを交渉材料にしてマスターに停戦を打診します」
「……止められるの?」
「分かりません。ハッキリ言って、今のマスターは正気とは思えない。既に、評議院が動いているでしょうから。にも拘らず、あの人の目は妖精の尻尾を滅ぼす事だけに向けられています」
そこで、初めてユーゴの表情が陰った。
わずか半年。その中でジョゼとの交流は、数えるほどでしかない。
為人を完全に把握しているとは言えない。況してや、人に語らない内面など知れるはずもない。
故に、この作戦も断言はできない。成否など語れるはずもない。
ないない尽くし。だが、動かなければ仮定の話すら拾う事が出来ない。
頭の中でユーゴからの提案を加味して、ルーシィは己を庇うリーダスの隣から一歩前へと出た。
「あたしを連れ戻したとして、また逃げ出したらどうするつもり?」
「特に、何も」
「何も?」
「あくまでも、依頼は貴女を連れ戻すだけです。その先でルーシィ・ハートフィリアさんが何をするにも僕らが干渉する事はありません。それは依頼の範疇を外れていますから」
それは、ユーゴから提案できるほぼ唯一のメリットだった。
実際問題、ルーシィを送り届ければその後は幽鬼の支配者が干渉する事はまず無い。というか、出来ない。理由がないからだ。
仮に干渉しようとも、そもそも依頼の範疇を越えている。
話を加味して、ルーシィは考える。
そして、決断を迎えたのかその顔を上げた。
「リーダス」
「!る、ルーシィ………」
「あたしは、この話を受けても良いと思う。そりゃあ、危ないとも思うけど…………でも、可能性があるならそれに賭けたい!」
「ッ……」
真っすぐな視線を向けられて、リーダスは言いよどむ。
彼も話は聞いていた。悪くない提案であるとも思っている。
だが、それはそれとしてその危険性を加味すればそう簡単にGOサインを出す訳にはいかなかった。
上手くいく
失敗すれば、肉食獣の檻の中へとエサを括りつけて放り込むに等しい行為となる。
説得しなければならない。この場に留まる事を。リーダス・ジョナーは言葉を選んで口を開こうとし、そして説得の言葉が口から紡がれる事はなかった。
覚悟の宿った目を向けられて、その覚悟を挫くだけの言葉を放てるとは思わなかったからだ。
かくして、彼らは動き出す。この戦いを留める為に。