愚者は妖精と踊る 作:千年香
戦局は、妖精の尻尾が不利だった。
攻め寄せる
妖精の尻尾側の戦果としては、幽鬼の支配者幹部であるエレメント4の撃破と魔導集束砲ジュピターの破壊が挙げられるだろう。
生体リンク魔法を用いることで、巨大な鋼鉄の巨人と化していたギルドがリンク先のエレメント4が打倒された事によって崩壊していく中でジョゼの怒りが滾りに滾る。
だが、
「マスター・ジョゼ」
「…………おや、ユーゴさん。戦線にも立たずにいったいどちらへ?」
蟀谷に青筋を浮かび上がらせて振り返るジョゼ。
だが、怒気を向けた相手の斜め後方に居た人物を目にしてその威勢が逸れる。
「ルーシィ・ハートフィリアさんをお連れしました」
「なに……?」
思わぬ人間が、思わぬ相手を連れてきた。
目を見開くジョゼだが、どれだけ確認しても確かにユーゴ・カガリが連れてきたのはルーシィ・ハートフィリアその人である。
驚いているジョゼの混乱を利用すべく、ユーゴは一歩前へと踏み出した。
「目的は達しました。ギルドの損壊を考えると、停戦を具申します」
「……ほう、停戦を?」
「はい。既に負傷者の数も両手の数では足りません。エレメント4も敗れた以上、これ以上の戦闘行為は幽鬼の支配者の利益にならないと思います」
「…………」
「何より、既に評議院も動いているでしょう。今なら、まだ間に合うと思います」
情報を端的に畳みかける。
ジョゼの機嫌次第だが、それでも報酬が現状で確約されたような状況は創り出したのだ。
緊張が部屋に満ちる。誰かが唾を呑む音が嫌に響いた気がした。
「……ふぅ、成程成程。こそこそと何やら動いていたかと思えば、そういう事ですか」
怒気と共に籠っていた力を抜いて、ジョゼは腕を組むと首を振った。
僅かに下を向いている為に、帽子のつばでその表情は伺えない。
「ユーゴさん」
「はい」
「貴方は、目的を達成したとそうおっしゃいましたね?」
「はい。ルーシィ・ハートフィリアさんをご実家にお連れする事が依頼内容ですから」
「んっふふふ……ええ、そうですね。確かに」
「ですから「――――ええ、落第ものです」は?」
被せられた言葉に、ユーゴは首を傾げる。同時に、嫌な予感を覚え無意識のうちにルーシィを庇うような位置に移動していた。
一度収まった筈のジョゼの雰囲気が再び深く濁っていく。魔力が渦巻き、ただ同じ部屋に居るだけでも肌が粟立つ。そんな不吉な気配が充満していた。
先程とはまた別の緊張が場を支配する中、徐にジョゼはその顔を上げた。
「ユーゴさん。本気で、ただただその娘を親元に返すとお考えですか?」
「ッ、マスター。貴方は……!」
「ええ、そうですとも。国有数の財力を持つ財閥の一人娘。
「ッ………!」
「そして、停戦も致しませんよ。妖精の尻尾は、ここで潰す。破壊し尽くし、殺し尽くしマカロフには絶望の全てを食らわせた上で、私の手でその命に終止符を打つ!!コレは、決定事項だ」
「~~~~っ!何故ですか!何故、そこまで妖精の尻尾を敵視するんです!?彼らの抹殺に、いったいどれほどの理由があるんですか!?」
異常なまでの執拗さに、ユーゴは咆えて問う。
幽鬼の支配者内でも、妖精の尻尾を馬鹿にするような風潮は確かにある。上下をつけようとする流れもある。
しかしだからといって、滅ぼそうと本気で考える者は果たしてどれだけいるだろうか。
少なくとも、ジョゼほど狂気的ではない。
咆える少年に対して、ジョゼはやれやれと駄々っ子を相手にするような態度を示してみせた。
「必要ないんですよ。国一番のギルドは、我々
「…………は?」
「顔の周りでハエが飛べば目障りでしょう?それと同じ事ですよ。元々ちっぽけなギルドだったんです。消えた所で、困りはしない」
「…………それで、彼らを殺すんですか?」
「害虫駆除は、巣まで潰すのが当然でしょう?」
当然、といわんばかりの態度にユーゴの血の気が引いた。同時に、自分の想定がどれだけ楽観的であったのかも理解させられた。
選択肢、等という話ではない。ジョゼの中で、妖精の尻尾を殲滅する事は既定路線。変更など、そもそも最初の時点から存在していなかったのだから。
顔を青くする少年を尻目に、ジョゼは一歩前へと出て手を伸ばす。
「さあ、ルーシィをこちらへ」
「ッ…………お断りします」
「ユーゴさん」
「これ以上、進んじゃいけない。いけないんです!マスター・ジョゼ!まだ――――」
言い募ろうとしたユーゴの言葉が途切れる。直後、ルーシィの髪を風が揺らした。
「え……」
目の前から消えた少年。粉塵が視界の端から流れてきて、そちらへと目を向ければ部屋の壁の一角に大きな穴が開いていた。
「やれやれ、私もゴミ掃除に行かなくてはならないというのに。子供の駄々に付き合っている暇はないんですよ」
両手を打ち合わせて埃を払い、ジョゼは吐き捨てた。
そして、チラリと壁の穴へと目を向ける。
「まあ、殺しはしませんよ。有用な犬は躾をするものですからね」
「ッ、アンタ!同じギルドの仲間に手を上げるの!?」
ルーシィが気炎を上げて噛み付く。
元々の取り決めとして、幽鬼の支配者に着いてからはユーゴが話しを進める事になっていた。その間、ルーシィは口を挟まないという取り決めだ。
だが、結果は破談。ジョゼの狂気を読み違えた結果状況は悪い方へと一気に転がっていく。
咆えるルーシィを一瞥し、ジョゼは鼻で嗤った。
「ハッ、飼い主の手を咬む駄犬は痛みをもって躾るに限るというもの。何より、うちにはうちの方針がありますのでねぇ。口を出される筋合いはありませんよ」
入団するなら別ですがね、とジョゼは嫌な笑いを浮かべる。
ルーシィがどれだけ言葉を連ねようとも、ジョゼが心変わりする事はない。
言葉を尽くすのが無駄な相手。そんな存在を知っている彼女は、唇を噛んで拳を握るしかない。
彼女は星霊魔導士と呼ばれる特殊な鍵を用いて魔法を行使する魔導士だ。
だが、今彼女の手元には一本しか鍵はない。最初に攫われた際のごたごたで落としてしまったのだ。
もっとも、仮に鍵があったとしてもジョゼを相手にするには力不足である事は否めなかっただろうが。
ルーシィが黙ったのを尻目に、ジョゼは斜め後方へと視線を来る。
「ガジルさん。私はこれから、入り込んだクズ共の掃除に行ってきます。貴方は、その二人を見張っておきなさい」
「おいおい、マスター。留守番してろってか?」
「そうですね……ああ、そうだ。それらで遊んでいても構いませんよ。壊さなければ、ね」
「ギヒッ……暇潰しにゃ困らねぇか」
ジョゼの視線が向いた先は、ルーシィと壁の穴。
粉塵を突き破って現れた異形の右手が、壁に空いた穴の縁を掴んだ。
「マスター・ジョゼ……!」
「ユーゴさんも、うちの流儀を確りと理解してくださいね」
「まだ話は終わってません、マスター!!!」
咆えるユーゴだが、ジョゼは意に介す事無く後ろ手に手を振って部屋を出ていってしまう。
後を追おうとする彼の行く手を阻んだのは、
「退いてください、ガジルさん!僕の話は終わってません!!」
「ギヒッ、お前は終わって無くてもマスターが聞く道理はねぇってさ。大人しく躾られときな」
凶悪な笑みを浮かべて、右手の平に左拳を打ち付けたガジル・レッドフォックスを前にユーゴは眉間に皺を寄せる。
「退いてください!」
「クズが咆えるんじゃねぇよ」
怒気を纏うユーゴに対して、ガジルはニヤニヤと嘲笑を崩す事はない。
埒が開かない。そう判断し、ユーゴはその場から一息に跳ぶとルーシィの前へと滑り込む。
「すみません、ルーシィ・ハートフィリアさん。僕の後ろから出ないでください」
「ッ、アンタは大丈夫なの?」
「はい」
返事は簡潔に。
ユーゴの左手が己の右手首を掴み、腕をそのまま引き抜く勢いで引っ張る。
瞬間、掴まれた手首の先から光を通して異形の右腕は別の形へと
左腕が振り抜かれれば、その手には一振りの大剣の柄が握られていた。
その切っ先をガジルへと向けて、ユーゴは咆える。
「押し通ります!!」
「その鈍らごと、叩き割ってやるよ!!」
鉄竜と愚者はぶつかり合う。