愚者は妖精と踊る 作:千年香
「鉄竜剣ッ!!」
右腕を、ユーゴの振るう大剣と変わらない大きさの鉄の剣へと変化させて飛び掛かるガジル。
対して、ユーゴは体を回転させると右から左への軌道で横一閃に大剣を振り切った。
火花が散り、衝撃が走る。
「互角…………!?」
巻き起こった衝撃に吹き飛ばされないように踏ん張りながら、ルーシィはその光景に目を剥いた。
ユーゴの魔法であろう右腕を変換して大剣を生み出した姿にも驚いたが、何よりも自身の知る
火花を散らして刃が互いを押し合った。
「チッ!」
「ッ……!」
一際強く押し込んで溜を作り、ガジルは後方へと飛んで床に着地。
僅かに押し込まれる形となったユーゴは、そのせいでバランスを崩しておりその間隙は逃されない。
「鉄竜棍!!」
突き出されるは、左拳。一瞬でその見た目は一抱えの太さがある円柱形の鉄棍へとその見た目を変えて、平たい先端がユーゴを襲った。
「ハァッ!!」
咄嗟に踏ん張って無理矢理前へと踏み出しながら、ユーゴは大剣に魔力を込めて迎撃を選択。
「ぐっ……!」(重い……ッ!)
だが、押し込まれる。
踏ん張る足が位置を変え乍ら、僅かに線を引きながら徐々に徐々に奥へ。
「ッ、アアアアアアッッッ!!!」
気合いの咆哮と共に斜め右下へと向けて大剣の柄を引く事で、棍の先端を斜め右下へと逸らす。
これにより圧力が無くなった事で、ユーゴは前へと飛び出した。
右下へと引いた大剣の柄を翻して切っ先を後方へと向けながらの突撃。
身の丈程はある大剣を所持しているとは思えない速度での接敵、からの横一閃がガジルを襲う。
響くのは耳を衝く
「――――ギヒッ」
横一閃の勢いによって横滑りしたガジルだったが、不意に不敵な笑みを浮かべた。
白煙を上げる、大剣がぶつかった部分。そこは、服こそ切れているものの、その下にあるガジル本人には傷の一つも刻まれてはいなかった。
ガジルは、鉄の滅竜魔導士。その身体は堅牢堅固な鋼鉄の鱗によって覆われていた。
その強みは、言わずもがな圧倒的なまでの防御力――――だけではない。
「やっぱり鈍らだ。どれだけ派手にぶん回そうが、テメーの剣じゃオレは斬れねぇ」
「…………」
愚者の剣を構えなおして、ユーゴは答えない。
事実だからだ。
確かに、彼の戦闘スタイルとなった大剣のぶん回しは派手だ。しかし、どれだけ魔力を乗せようとも彼自身の剣士としての腕前はまだまだ発展途上。オマケに、強制的に隻腕となる縛りプレイ付き。
だとしても、引き下がり理由は彼には無いのだが。
「何とか言えやァ!!」
熊手に指を曲げた腕を、力任せに振り下ろす。
反射的にバックステップでコレを躱したユーゴだが、彼が先程まで居た床は鉄板仕込みであるにもかかわらず見事に粉砕されていた。
鉄竜の鱗は圧倒的な防御力と共に、破壊力もまた加算する。
技でなくとも、単なる殴る蹴るが敵の骨と肉を容易く粉砕せしめる威力を誇る。
状況は、ガジルに傾きつつある。
「ギヒッ、どぉしたよクズ!その程度か!!」
「ッ、ぐっ……!」
型などまるでないが、その一挙手一投足が致命傷となるガジルの攻撃に対して、ユーゴは下がりつつ合間合間で剣を振るってガジルを押しのけてペースを完全に持っていかれないように耐える。
しかし、押し切られるのは時間の問題だ。
細かな傷が増えれば、動きが鈍る。僅かな出血でも積み重なれば体力が削れる。
魔力を込めた大剣の一撃は、ガジルを押し退ける威力はあるもののその鋼鉄の鱗を破壊するほどの結果は得られていない。
一方で、ガジルの攻撃は先の通り全てが必殺級。
「はぁ……はぁ…………」
「おいおい、息があれてるぜ?」
ギヒッ、と口角を吊り上げる嘲笑を浮かべるガジル。
攻撃を捌き続けたユーゴは息が荒れて、全身も大きな傷こそ無いもののそれでも決して軽傷とは言えない手傷を負っていた。
それでも、彼の目は折れる事が無い。
真っすぐな目だった。左手に大剣を構え、ただ強い意志を感じさせる目がガジルへと向けられている。
「…………チッ!」
嘲笑が崩れ、舌打ちが漏れる。
ガジルの額に青筋が浮かんだ。
「気に入らねぇな、その目。雑魚がチョーシくれてんじゃねぇぞ」
言うなり、ガジルは大口を開けて息を吸う。
瞬間、ユーゴの背筋に冷たいものが走った。
反射的にその場を飛び退こうとするが、その刹那視界の端に金が映る。
慌てて振り返れば、後ろには尻餅をついたルーシィが居た。
彼女の姿を視認した瞬間、最早ユーゴの中に選択肢は無かった。
「鉄竜の咆哮ッッッ!!」
放たれる、暴威。渦を巻く鎌風とそこに入り混じった鉄片の嵐は、鉄板の床すらまるで飴細工のように掘削しながら真っ直ぐにユーゴに迫る。
「ハァアアアアアアッッッ!!!」
一際強く剣の柄を握って、渾身の魔力を込めてユーゴは剣を縦一閃。
激突。この戦いが始まって、最も大きな衝撃が部屋を駆け巡った。
「ぐっ、ぅ……!」
押される。どれだけ踏ん張ろうとも、ユーゴの体は徐々に徐々に押し込まれていく。
それでも、彼は一瞬たりとも力は抜かない。その意思に呼応するように、剣に込められる魔力もまた増大していった。
気の遠くなるような瞬きの時間が過ぎ、臨界を越えた多大の魔力の接触は爆発を引き起こす。
舞い上がる粉塵と、ギルドそのものが震えるほどの衝撃。それこそ、周囲で唖然と戦いを見ている事しかできなかった幽鬼の支配者に属する魔導士たちが何の抵抗も出来ずに吹き飛ぶ始末だ。
粉塵が晴れ、果たして彼は生還を果たす。
「ッ、はぁー……!はぁー………!ぐっ…………」
剣を振り切った体勢だったユーゴは、荒い息と共に膝をつく。
体の各所、前に出ていた左肩や左腕、太ももなどには鉄片が突き刺さって血が流れている。
だが、傷だらけの彼の一方でその背後は彼を起点として傷はあれども壊れていない床と、それから無傷で目を剥いたルーシィの姿があった。
彼は、守り切ったのだ。その身を犠牲に、確かに己の我を貫き通した。
「…………ふざけやがって……!!!」
崩れ落ちた少年を見た瞬間、ガジルの胸中を満たしたのはどす黒い怒りの色だった。
自身の魔法を耐えきり、且つ他人を守る事すらやってのけたのだから。
怒りを滾らせるガジルの一方で、ユーゴはぼんやりとしていた。
(全身が痛い……)
僅かに呼吸するだけでも、視界が明滅した。膝をついた全身が鉛のように重く、今すぐにでも崩れ落ちてしまいたいと体が悲鳴を上げる。
だが、その体の悲鳴を無視してユーゴは大剣を床に突き立てるとそれを支えに立ち上がろうと藻掻く。
まだ何も果たしていないのだから。彼は、ジョゼを止めなければならないのだから。
時に、精神は肉体を凌駕する。場合によっては致命傷であったとしても、人は動く事が出来るのだ。
とはいえ、精神が肉体を凌駕しても如何せん今のユーゴにはガジルを打倒する術がない。立ち上がった所で、ダメージの残る体では一方的にノックアウトされるのが目に見えていた。
『――――フフフ、キミは随分と無茶をする子デスねぇ』
「え……」
突然の聞き覚えの無い声に、ユーゴは顔を上げる。
そこで彼は初めて気づいたが、周囲から色が消え失せていた。宛ら、昔の白黒映画のように。
それだけではない。戦いの余波で巻き起こっていた粉塵も、その塊のまま空中に留まっており、まるでその場に縫い止められたかのようにピクリとも動かない。
そんな止まった世界で色を持ち動けるのは、異常に気付いたユーゴとそれから
『とはいえ、魔力をそこまで扱えるようになったという事はキミの体にも十分に馴染んだという事でショウ。いやー、いつぶりでしょうか。吾輩、胸がDOKIDOKIして張り裂けそうデス』
「…………貴方は?」
ユーゴの前に現れた存在、それはシルクハットを被った怪人だった。
二メートルを超える長身に、前を留めて羽織ったコートがはち切れそうな肥満体。顔色は灰色で、耳は冗談のように鋭利に尖っている。
何より、その口。被っているシルクハットの縦の長さに迫る大きさであり無理矢理に笑みを作った異様なもの。
怪人はルンタッタッ、とユーゴの周囲をかぼちゃ頭が先端に着いた傘を片手にホップステップジャンプ。
かと思えば、彼の前に唐突に顕れてしゃがみ込んできた。
『吾輩が何者か、はまたこんどにしまショウ。キミはこれから資格を得たのデスから』
「資格……?」
『ええ。ま、この話もまた今度デス。さあ、キミの目覚めた力を使ってみまショウ』
言って、怪人は右手を目線の高さまで持ち上げると指三本で宙を摘まんだ。
直後、スナップ。起きた衝撃が、ユーゴの額を軽く叩いた。同時に、世界に急速に色が戻って来て時計の針が動き出す。
一瞬呆けたユーゴだったが、胸の内に宿った力を知覚できたからかゆっくりと立ち上がった。
出血は止まっていない。全身に刻まれた数多の傷は、今すぐにでも治療が必要だと喚き散らしている。
それでも、今の彼はさっきまでの彼ではなかった。
「すぅーー…………ふぅーーー…………」
目を閉じて大きく息を吸い、吐き出す。
大剣の切っ先をガジルへと向けて、目を開けた。
「――――第十二層 “
右目に、