愚者は妖精と踊る 作:千年香
(気配が、変わった……?)
言葉にすれば、困惑。それが、ガジルの今の内心を染め上げていた。
先程までならば、内に巻き起こったヘドロのような怒りのままに目の前の少年を粉砕する腹積もりであった。そしてそれは、大した労力も用いる事無く為される事でもあっただろう。
だが、今は違う。
膝をついていた少年が立ちあがったかと思えば、雰囲気が変わった。
「…………チッ、関係ねぇだろうが」
思考に呑まれそうになった所で、ガジルは吐き捨てた。
目の前の敵を叩き潰す。思考は実にシンプルだ。
何より相手は既に満身創痍。怯む道理もない。
「潰れちまえよッ!!」
腕を鋼鉄の鱗に包ませて、ガジルは前へと飛び出した。
対して、ユーゴもまた動く。
ガジルが飛び出したのとほぼ同時に、彼もまた大剣を振り被って前へと踏み出したのだから。
素手と大剣。リーチで言えば圧倒的に後者に軍配が挙がる。
しかし、迫る刃を前にしてもガジルは怯まない。既にこの戦いが始まって何度も行われた行程だったからだ。
剣が振るわれ、鋼鉄の鱗に阻まれる。この繰り返し。
剣身が鋼鉄の鱗に阻まれて火花が散る。それを尻目に、ガジルの一撃が――――
「な、にぃぃぃいいっっっ!?」
届かない。
より正確には、鋼鉄の鱗が
思わぬ痛撃に傷を押さえて、ガジルは沈んだ。
(何が、起きた!?あの鈍らに、オレの鱗が破られたってのか!?)
傷そのものは深くない。だが、肉体的なダメージ以上に精神的な動揺が大きかった。
何が起きたのか。大きな変化は、ユーゴの振るう愚者の剣にある。
「よしっ……いけますね……!」
肩で息をしながら、ユーゴは横一閃に振り切った大剣を見やる。
その剣身は、輝いていた。より正確には、刃の部分を縁取る様にして暗く輝く何かが蠢いていた。
第十二層 “
魔力の形成。ただそれだけ。
造形魔導士のように属性に対応した構造物などを造り上げたりするわけではない。ただ只管に、自身の魔力の形を変えて物と成す。
この形成された魔力は物理的な干渉が可能であり、その応用の幅は術者の発想力に左右される。
今回、ユーゴが形成したのは細かな刃。コレを列をなすようにして大剣の刃を縁取る様にして展開。そこから高速で動かす事でチェーンソーの原理を成していた。
高速で駆け抜ける刃は、容易に対象を削り切る。ガジルの鋼鉄の鱗もこれによって削られた上で、その下の肉体を切り裂かれたのだ。
風を切る甲高い音を立てる大剣を睨み、ガジルは立ち上がる。
だが、両者の間に横たわっていた絶対的な差というものが今この瞬間確かに埋まってもいた。
「てめぇ……!」
「もう一度言います、ガジルさん。退いてください……!」
「ほざけ、クズがァァァアアアアアアッッッ!!」
怒りのままに、ガジルは跳んだ。
「鉄竜剣ッ!!」
腕を剣へとかえて振り下ろす。
対して、ユーゴは最初の激突と同じように体を回転させてからの横一閃。
激突と共に、甲高い金属音と火花が散った。
「なっ、あ゛あ゛ッ!?」
瞬間、ガジルの体がユーゴから見て右へと一気にズレる。
原因は、噛み合った剣同士にあった。
ユーゴの大剣に設けられた高速の鋸刃は、先程ガジルの鱗を削り割った時とは逆方向へと動いていたのだ。そして、その高速で動く鋸刃の隙間にガジルの鉄竜剣が咬まれた形。
結果、空中にあったガジルの体は鋸刃の移動に合わせて横にずれていた。
空中で体勢が崩れた者など、最早的でしかない。
「ハァッ!!」
「ギッ……………!?」
ガジルの横っ面に、ユーゴの後ろ廻し蹴りが突き刺さる。
丁寧にも、“
吹き飛び、壁に叩きつけられるガジル。
崩れ落ちた瓦礫に凭れかかる様にしながら、血走った目をユーゴへと向ける。
「て、めぇ……!」
「はぁ……はぁ…………退いてください、ガジルさん。貴方に勝てると思えるほど、僕は自惚れていません。でも、このまま戦って負けるつもりもありません」
「ラッキーパンチで調子に乗ってんじゃねぇぞ!!最強は、オレだ!!」
怒気と共に立ち上がるガジル。
元より、滅竜魔導士はその魔法の特性上かなりタフだ。ダメージを負ったとしても、ある程度まではその足を止めるに足りえない。
咆えるガジルを前にして、ユーゴは眉を下げると剣を下ろした。
「最強、ですか………僕には分かりません」
ポツリと呟く。
「誰かを踏み躙って、傷つけて。その果てに得るような称号が素晴らしいものであるとは、僕は思えません」
問うユーゴの表情には、憂いが浮かんでいた。
鉄火場に身を置く様になってまだまだ短い彼にしてみれば、強さへの執着はまだまだ強くない。元々、勝負事も特別好きではない事も相まって、いまいち最強への希求は理解できない。
故に、相容れない。少なくとも、ガジルが受け入れられる素地が無い。
「だったら、さっさとくたばりやがれクズが。勝つ気概もねぇヤローが、オレの前に立つんじゃねぇ!!」
水と油だった。
戦闘に高揚しないユーゴと、強さこそを至上とし全てを踏みつけて立つ事を望むガジル。
相容れない二人は、残念ながら言葉のやり取りだけで事を済ませることはできない。
この戦い始まっての、何度目かの激突――――
「ガァアアアアアッッッ!!」
前に、二人の丁度境目の部分で何かが飛び出してきた。
ただ側にあるだけでも肌を炙る熱量。
咄嗟に跳び下がったユーゴは目を見開いた。
「
「ナツ!」
何層もある床を炎と共にぶち破って現れたのは、妖精の尻尾に属する滅竜魔導士。
爆炎と共に現れたナツは、その勢いのままガジルを視認すると同時に炎を纏った拳を叩きつけていた。
「ルーシィ!」
「ハッピー!来てくれたの?!」
ナツが飛び出した穴より飛んでくるのは、背に翼を生やした青い猫。
豊満なルーシィの胸元に飛び込み、彼女の顔を見上げながらハッピーは首を傾げる。
「何でルーシィがここに居るのさ。ギルドに居たんじゃないの?」
「えっと、それは、その……」
「僕が無理を言って連れてきたんです」
言いよどむルーシィに助け舟を出したのは、“
まさか、幽鬼の支配者に所属する魔導士から声を掛けられるとは思わなかったハッピーはその毛を逆立たせるとルーシィを庇う様にしながらその翼で浮かび上がる。
「おまえが?」
「はい……とはいえ、狙った作戦は失敗。攫ったと言われても反論できませんね…………ッ」
ハッピーの視線を受け止めながら、ユーゴは体に刺さったままだった鉄片を抜く。
既に、二頭の竜がぶつかり合っている。このままユーゴも参戦すれば、ガジルの敗北は決まったも同然だろう。
だが、それは彼の目的には合致しない。
「ハッピーさん」
「!!な、なんだよぉ!」
「ルーシィ・ハートフィリアさんをお願いします。ガジルさんは、
「目的……?」
「ッ!待って!」
首を傾げるハッピーの一方で、ルーシィが声を上げた。
そもそも、ユーゴがガジルと戦っていたのは、マスターであるジョゼを追うため。ガジルをどうにかせねば、ここまで連れてきたルーシィに危害が及ぶ可能性が高かったからだ。
しかし、ナツの横槍と先までの戦いの余波で周囲の魔導士たちも軒並みダウン。ガジルの方も、そのままナツとのド突き合い突入していた。
こうなれば、ユーゴがこの場に居る意味はない。直ぐにでも、あの背中を追わねばならないのだから。
だが、
「アンタ、もうボロボロじゃない!あたしの事も庇って血も出てるし、魔力もかなり消耗してる!そんな状態で、ジョゼを追うなんて無茶よ!」
既にルーシィの目から見ても、ユーゴの消耗は明らか。
元々相性の悪い相手に挑み途中で何とか盛り返したが、それでもそれまでのダメージがゼロになる訳ではないのだから。
一方で、ハッピーは状況に付いていけない。
敵に狙われている仲間が攫われていたかと思えば、その仲間は攫った敵に守られていた。字面にしてもパッと見では首を傾げる状況だ。
宇宙を背負う青い猫を尻目に、ユーゴは首を振る。
「無茶でも何でも、マスター・ジョゼを止めなければこの戦いは終わりません。それどころか、今も被害は積み重なっています。誰かがやらなくちゃいけない事なんです」
「だからって、アンタがやる必要は……!」
「これでも、ファントムの魔導士ですから。身内の不始末は着けないといけませんから」
笑みを浮かべて、ユーゴは告げると踵を返した。
問答は終わり。背中でそう告げるようにして、彼は素早く部屋の扉へと駆けていく。彼が駆け去った後には、血が点々とその道のりをなぞるように斑点を作っていた。
少年の背中を見送る事になったハッピーは床に降り立つと、呆然と部屋の出入り口を見るルーシィを見上げた。
「ルーシィ、アイツって本当に敵?」
「…………分かんない」
連れて来られたが、それはルーシィ自身も納得しての事。
そして今に至るまで、彼女は大した手傷を負う事無く済んでいる。
守った人間は、ズタボロになっていたが。
何となくだが、ルーシィは自身を此処まで連れてきて守っていた少年が自身の所属するギルドの気質に近いのではと思えていた。
かくして事態は、最終局面。
反逆者はギルドを駆ける。