愚者は妖精と踊る 作:千年香
息が荒れる。既に、着ている服は血で湿っていた。
「ッ、はぁ……はぁ……」
荒れる息に一度足を止めて、ユーゴは周囲を見渡した。
ギルド内は、荒れ果てている。生体リンク魔法を繋いでいたエレメント4が敗れた事によって、巨人と化したギルドの維持機能が働かなくなったためだ。
自然と、通路なども壊れている為に覚えた地図も効果は激減。
加えて、血が抜けているせいか妙な気怠さをユーゴは抱えていた。
ともすれば、今すぐにでも横になりたい所だが、そんな欲求を無理矢理捻じ伏せて再び――――
「!」
歩き出そうとした瞬間、バックステップ。
直後に彼が進もうとした通路の壁が粉砕された。
床を滑って止まり、大剣を担ぎ直したユーゴは粉砕された壁とそこから飛び出した何かに目を凝らす。
粉塵が晴れた所でその目を見開くと、剣戟が聞こえてくる壁の穴の向こう側へと飛び込んでいた。
「マスター・ジョゼ!!」
「おや、来たんですかユーゴさん」
「ッ、増援か……!」
無傷で嘲笑を顔に張り付けたジョゼ。そしてそんな彼と相対する翼の装飾がある黒い鎧を纏った女性が一人。部屋の隅では、星明り色の髪をした女性が事の流れを見守っている。
鎧の女性、エルザ・スカーレットは歯噛みする。
既に彼女は、
そこに幽鬼の支配者側の増援が来るとなれば最早敗北は必至。そして、彼女が倒れれば足止めされているジョゼが本格的に動くという事にも繋がる。
だが、生憎と彼女の懸念は杞憂というもの。
乗り込んできた幽鬼の支配者側の魔導士、ユーゴ・カガリはエルザに目もくれず彼女の隣を抜けるとジョゼの前に仁王立ちした。
「やれやれ、ガジルさんと遊んでいれば良いものを」
「そちらは、
「ふぅー……やれやれ、またその話ですか」
聞かん坊の相手は困る。そう言わんばかりのジョゼの態度。
驚いたのは、二人のやり取りを聞いたエルザと、それから部屋の隅に居たミラジェーン・ストラウス。
敵側である筈の幽鬼の支配者に属する魔導士が、己のマスターに停戦を求める。
驚く二人を他所に、ユーゴは更に一歩を踏み出した。
「僕は、貴方の内心全てを理解できるだなんて思いません。でも!マスター・ジョゼ、貴方にどんな思惑があったにしろ僕にとって貴方は恩人です」
「…………」
「そんな恩人が、外道を突き進む様は見たくない」
「では、私を止めると?反旗を翻し、己の所属するギルドのマスターに刃向かうというんですね?」
「…………そうしないと、貴方を止められないのなら」
自身のエゴを突き通す。ユーゴは担いでいた愚者の剣の切っ先をジョゼへと向けた。
その姿を見やり、ジョゼは嗤う。
「なら――――主人を噛む犬は要らねぇなァ?」
左手を持ち上げ、スナップを一つ。
瞬間、左袖が千切れ跳んで露となっていたユーゴの左前腕。その中ほどに刻まれていた幽鬼の支配者に属する魔導士を表すギルドマークが光の泡となって消えてしまった。
その様子を、ユーゴは黙って見送る。
ジョゼを相手に意見をした時から、こうなる事は覚悟していたのだ。今更、この程度の事で足を止めることはない。
「たっぷりと躾て、今度はその額に刻印を刻んでやろう。二度と刃向かう気力など湧かないように念入りに、な」
背筋が泡立つ様な、不吉な魔力がジョゼの全身から立ち昇る。
聖十大魔道の称号は伊達ではない。そこらの魔導士など、百人束になっても敵わない存在だ。
それでも、戦わねばならない。自身のエゴを貫き通す為に。
「味方、と考えて良いのか?」
「…………出来れば、皆さんにはこのまま離脱してほしいんですけど」
大剣の切っ先をジョゼへと向けるユーゴの隣で、轡を並べるように剣を構えて問うのはエルザ。
「ふっ……そう言うお前も出血があるようだが?引くべきじゃないか?」
「ここまで来て、逃げる選択肢は僕にはありませんよ。それに、満身創痍はお互い様かと思いますが」
「……そうだな」
ユーゴの指摘に、エルザは大人しく頷いた。
揃って、今立っているだけでも奇跡のような状態なのだ。
それでも、やらねばならない。
覚悟と共に、二人は前へと飛び出した。
*
「くそっ、イテェ……!」
「ぬぅぅ……
壁を突き破って吹き飛ばされていたグレイ・フルバスターとエルフマン・ストラウスが戻って来る。
既に多量の魔力を消耗した二人だが、それでも力不足であってもエルザ一人に戦わせる訳にはいかないと己に活を入れてどうにか戦場に帰ってきたのだ。
瓦礫を踏み越えて、部屋に踏み入れた二人。そこで見たのは、奇妙な共闘関係だった。
身の丈程もある大剣を左腕一本で振り回す少年と、その少年の隙を埋めるようにしながらしかし常の機敏さはない女騎士の二人組。
二人掛かりだが、相手は大陸でTop10入りをした大魔導士。
「暇潰しにもなりませんねぇ」
「ぐっ……!」
「貴女も万全でしたら、もっといい勝負になったかもしれませんが」
「がはっ………!?」
まず少年が吹き飛ばされ、しかし倒れないように大剣を床に突き立てて傷の線を刻みながら止まるが、直後に吹き飛ばされた女騎士に巻き込まれるような形で二人はもんどりうって床に転がった。
明らかな劣勢だが、状況がいまいち分からない。
まずは判断を下す為、グレイは部屋の隅に座り込むミラジェーンの下へと駆け寄った。
「ミラちゃん!」
「!グレイ!エルフマンも……!傷は平気?」
「まあ、何とか。それより、あのエルザと一緒に戦ってる奴は……」
「一応、ファントムの魔導士……みたい」
「……何だってそんな奴が、自分のギルドのマスターと敵対してんだよ」
若干の呆れを滲ませるグレイは、改めて戦況へと目を向ける。
「第十二層“
少年が叫び、その左手に握った大剣の剣身を縁取る様にして魔力の刃が出現。高速で駆け始めた。
巨大なチェーンソーと化した大剣を跳躍に因る勢いをつけて振り下ろす。
鉄竜の鱗すら切り裂く一撃だ。生半可な防御では受け止めた所でそのまま削り潰される事になる。
だが、
「――――そんなヘロヘロの体で放ったところで、高が知れているというものですよ」
凶刃は、阻まれていた。
高速回転する刃を防いだのは、怨霊の群れだった。
寄り集まり、絡み合い、怨嗟の呻きを零しながら必殺であった刃へと纏わり付く。
この間に、女騎士が反対側からジョゼへと斬りかかるが、
「キレも無い」
見た目に反して肉体派。体を逸らす事で斬撃を躱し、更にその反った体勢から黒い甲冑の足を掴むとその体のどこにそれだけの力があるのか振り払えない力と速度をもって振り回し、目を見開いた少年へと棍棒のように叩きつけていた。
吹き飛ぶ二人の姿が、近くの壁に激突し粉塵と共にその向こう側へと消える。
「……とりあえず、味方って事で良いのか」
グレイは判断を下して、一つ頷く。
ごちゃごちゃと考えてはみたものの、七面倒な事を抱えるのは嫌いなのだ。
それよりも、目の前の事実の方が遥かに大事だった。
「――――アイスメイク」
魔力を練り上げ冷気を零す。
勝敗など二の次。今はただ、全力を尽くすだけだった。