愚者は妖精と踊る 作:千年香
氷と瓦礫が飛び交い、鋭い斬撃が交差する。
「デッドウェイブ!!」
「ハァアアアアアアッッッ!!!」
床の石材を割り砕きながら迫る亡霊の津波を前に、ユーゴは大剣へと魔力を込めると気合いの縦一閃。地を走る斬撃を放ちコレに抗する。
だが、足りない。
亡霊の津波は、ある程度その勢いを削がれようとも勢いのままに斬撃を飲み込んでしまう。
「――――アイスメイク“
斬撃を抜けた亡霊の津波に対して、迫るのは無数の氷の槍。
その穂先が幾つもの亡霊を貫き、凍結させて粉砕させ――――飲み込まれる。
「ハァッ!!」
どうにかこうにか威力を削いだ亡霊の津波に対して、ユーゴは一歩前へと踏み出しながら体を回転。右斜め上から左斜め下へと勢いよく叩きつける斬撃をもって漸く相殺に成功した。
この間に、ジョゼには二人の影が迫っていた。
「ビーストアーム“鉄牛”!!」
「黒羽・一閃ッ!!」
機械のような剛腕へと変化した右腕を振るうエルフマンと、握った剣を両手で鋭く振り抜くエルザ。
二人に挟まれる形となったジョゼは、しかし笑みを崩さない。
「悪くは、ないッ」
剛腕を掌で受け止め、振り下ろしは指二本で挟むようにして白刃取り。
そのまま二人を止めた状態で回転しながら跳躍。その遠心力が乗った状態で、壁へと投擲。
粉塵が舞い上がるが、攻め手を緩める選択肢は彼らには無い。
「アイスメイク“
「はいっ!!」
グレイが創造した巨大な氷の弩弓へと、一切の躊躇いも無く飛び乗るユーゴ。
瞬間、引き絞られた氷の弦が弾かれて、その体は勢いよく空へと射出される。
この空中で、ユーゴは大剣の切っ先を真っ直ぐに突き出してジョゼへと突撃していく。オマケに、“
迫る巨大な弾頭を前にして、ジョゼには二つの選択肢があった。
一つは、回避。直進しかしないのならば上下左右へと身を投げればそれだけで回避は容易い。
もう一つは、迎撃。
「――――デッドグレイヴ」
放たれるは、禍々しい怨霊の絡み合って構成された十字架。その長い辺の先端が、迫るその螺旋を描く弾頭へと向けて叩きつけられる。
高密度の魔力が互いにぶつかり合い、その反発力が火花となって空中に激しく咲き誇る。
(~~~~ッ、押し……切られる……!!)
ユーゴの左手には、まるで巨大な鉄塊でも圧し掛かっているような重さが乗っていた。
このままでは直ぐにでも押し潰されかねない。
「ぬぅおおおおおッ!!!」
それを良しとしない者が居た。
壁を足場に飛び掛かるのは、二メートルを超える巨体の
エルフマンの魔法である、
過去のトラウマを払拭し、全身を魔獣と化すことが出来る様になったエルフマン。
その剛腕を掲げ、暴威のままにジョゼへと襲い掛かった。
拳を握った両腕が振り下ろされ、コレをジョゼは掌を向けて障壁を張る事で対応。腹の底に響くような衝撃音が響き、同時に僅かにユーゴに対する攻撃が緩んだ。
刹那の空隙。極限の集中状態であった少年はこれを逃さず、形成した魔力を解くと大剣の腹を十字架の側面へと叩きつけていた。
衝撃と共に、彼の体は横へとズレる。直後に、緑の巨体が吹っ飛んでいく。
「粘りますねぇ」
怨霊の群れを背後に従えて、ジョゼがボロボロの床へと降り立った。
その体には、傷一つありはしない。
対して、ジョゼと睨み合う形になった者たちは既に全員が立っているだけでやっととも言うべき状態。
強い瞳はそのままだが、荒れた息が整わず切っ先がブレるエルザ。大剣を床に突き立てて支えにせねば膝が揺れるユーゴ。元々深手だった脇腹の出血が止まらないグレイ。魔力がガス欠気味で膝をつくエルフマン。戦闘に直接関与できないが、合間合間でジョゼの気を引き攻撃の起点を作ってきたミラジェーン。
万全であったならば、もっといい勝負になっていただろう。
とはいえ、それは結局のところ
満身創痍の彼らに対して、ジョゼは口角を吊り上げる。
「どうです?もう嫌という程に力の差というものを理解できたでしょう?首を垂れるというなら、安らかに眠らせて差し上げますよ?」
嫌な笑みだ。それは宛ら、瀕死のネズミを甚振る猫の様。
無論、ジョゼと相対する彼らに引き下がる選択肢は無い。
「貴方を止めてから、ゆっくりと眠りますよ」
杖としていた大剣を引き抜いて、ユーゴは前へと足を踏み出した。
止まる時は、死ぬ時だ。そんな覚悟が、既に彼の中には出来上がっている。
一年にも満たない生活は、しかし一人の少年の内面を大きく育て上げた。
身寄りに頼る事の出来ない世界で一人きり。そんな世界に突然に放り出され、そして今日にいたるまで生きてきた。
腹を括って覚悟を決めねば生きては来れなかった。
故に、
喰らいつく事を止めない少年の姿に、吊り上がっていたジョゼの口角が僅かに下がった。
殺す事は、容易い。それだけの実力差がある。再三再四とはなるが、消耗しているのなら猶の事。
にも拘らず、ジョゼはその選択肢が採れなかった。
希少な魔法の使い手となったから。そんな理由で納得させようとしても心のどこかが己を嘲笑ってくる。
そして、彼は己の中にある嘲笑を認められない。
それは、プライドの高さ故に。それは、己の実力への自負故に。それは、自己保全故に。
ジョゼの纏う雰囲気が変わった。相対する者たちは、その変化を敏感に感じ取っている。
直後、ギルドが大きく揺れた。
響くのは、爆発と衝撃。
そして、
「フンッ……随分と勇ましい事だ」
吐き捨てるジョゼ。
二頭の竜の決闘は、
その結果を魔力の探知という形で知りえたジョゼは、本格的に表情が抜け落ちる。
「…………要らぬ希望を抱かせた上で、絶望に浸らせるというのも乙というものですかね」
「「「「「!?」」」」」
瞬間、ジョゼと相対する五人の背に寒いものが駆け抜ける。
今までのお遊びとは違う。純粋な殺意。
両手を左右に開いたジョゼの体が、独りでに空中へと浮かび上がる。
湧き上がった魔力によって、空間が軋んでいる。ジョゼの背後では黒い影が蠢いており、それは彼の魔力の高まりに呼応して徐々に徐々にその範囲を広げていた。
「さあ、お見せしましょう。抗う事を許さない、冥界への旅路を行きなさい」
ジョゼの両手に紫電が走り、背後の空間の歪みは最高潮へ。
そして、開かれるは死出の門。
「――――デッド・エンド」
「ッ!全員、下がって!!!」
今までの比ではない怨霊があふれ出る様を視認した瞬間、ユーゴは動いていた。
己に残ったなけなしの魔力の全てを文字通り絞り出しながら、大剣を床へと勢いよく突き立てたのだ。
直後、部屋を瞬く間に埋め尽くす怨霊の大海。そして、その流れに抗うように燦然と輝く巨大な十字架の障壁。
ぶつかり合う。
「…………ごふっ」
せり上がってきた鉄臭さを堪えきれず、ユーゴは吐き出した。
限界を超えて魔力を絞り出すという事は、即ち魔力以外の部分を魔力へと変換しているという事。
それでも、今この瞬間にこの障壁を解除する事は出来ない。
十字架によって阻まれた怨霊の津波はそのまま彼らの周囲を渦巻いている。それこそ、部屋の壁すら見えないほどに。
怨霊は、直撃せずともその傍を通っていくだけで生者から熱を奪っていく。そして、熱の奪われる体は弱っていく一方だ。
じり貧。障壁は明滅し、ユーゴが庇った者たちも膝をついて朦朧とし始めていた。
全てが崩れ落ちる刹那、奇跡は起きる。
「――――三柱神ッ!!」
今まさに崩れ落ちようとする者たちの周囲三点を囲むようにして三つの柱が突如として聳え立つ。
それは、守護の陣。その中では如何なる存在も傷つけることは叶わない。
直後、十字架が消失しユーゴの体が左右に僅かに揺れて崩れ落ちる。
彼の意識消失に合わせるように、愚者の剣もまた突き立ったまま淡い光の粒子へとその姿を転換。粒子は宙を漂ったかと思えば彼の右腕を再構築するようにしてその役目を終えていた。
そして、現れるのは小さき巨人。
「多くのガキ共の血が流れた。不出来な親のせいでな」
その小さな体からは想像も出来ない様な、地を揺らす魔力の高ぶり。
「ククッ……天変地異を望むと?」
「それが、
最終戦がここにゴングを鳴らす。