仮初め傭兵と雪風の騎士   作:九津木

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序章
人生の終わりと第二の始まり


 

 青年が目を覚ますと、そこは真っ白な世界だった。周りを見渡しても目に入るのは白い景色。

 それは視力を失ったからではない。両目はしっかりと見開いていて、自分の手や身体は目に入る。

 

 ここは、どこだろう?

 

 それがようやく感じた青年の疑問。

 この場所はどこなのか……というよりこの空間が何なのかという疑問。不思議な体験に驚きつつも、青年は落ち着いて状況の整理を始めた。

 青年――天城一真、十九歳。どこにでもいる大学生だった。その日もいつものように大学に行き、講義の後はバイトに向かった。

 その日のバイトはかなり遅い時間に終わり、明日の一限はどうしようかと考えながら家に帰ろうとした。

 

「……で、気が付いたらここに居た」

 

 一真の記憶はそこで終わっており、何も解決になっていなかった。とはいえ、他に思い当たることがなかったため、そこからの展開を推測で考える。

 

「そのまま無意識に家に着いて即爆睡?」

 

 ここが夢の世界だとすれば、ありえるだろう。だが、夢の割には妙に意識がはっきりしているのが気になる。

 仮に夢だとしても、何もない真っ白な空間に一人でいるというのは寂しいものである。

 

「お目覚めになられましたか?」

 

 突然、どこからか声が聞こえた。一真が周りを見渡すと、小さな光が一真の目の前に出現する。

 その光はだんだんと大きくなっていく。そしてその光は、百七十五センチほどある一真の身長より少し低いくらいまで大きくなったところで女性の姿へと変化した。

 その姿は、色恋沙汰に無縁だった一真から見ても美しいと思えた。

 全体的に白い服装に少し視線に困る露出。綺麗な金髪で手には杖を持っている。例えるならば『女神』といった印象だった。

 

「はじめまして、天城一真さん」

 

 なぜ名前を知っているのか。そんな疑問は浮かばなかった。

 

「えっと、あなたは……?」

「そうですねぇ。あなた方の世界でいうならば、女神のようなものです」

 

 女神……女性の神。白い服装というのも羽衣といったもので神秘的な雰囲気を纏っている。ここまで見た目のイメージがあっている人物はいないだろう。

 

「随分と落ち着いていますね? ここに来る人は驚く人の方が多いのですが」

「なんというか、他の疑問の方が強くて。あなたみたいな人が現れて……女神なんて名乗られたら、むしろはっきりするというか」

 

 一真の中には、この空間と自分の状況から考えられる事がもう一つあった。しかし、出来ることならば、それは考えたくないことでもあった。

 

「えっと、女神様?」

「はい」

「ここはどこですか?」

 

 ようやく口に出すことが出来た疑問。一真の質問に女神はあっさりと答える。

 

「ここは、寿命を終えた人間の魂を冥界へと案内する場所。言葉を選ばずに言ってしまえば『あの世の一歩手前』といったところですかね」

 

 あの世……という言葉。何もない真っ白な空間。そこに佇む人間に女神と名乗る人物。

 そこから導かれる答えは、そう難しいものではなかった。

 

「俺は、死にましたか?」

「……残念ながら」

「死因は?」

「飲酒運転のトラックに轢かれて……」

 

 途中で記憶がなかったのはそういうことだろう。事故の瞬間、一真は既に意識を失っていたのだ。

 自身の死を告げられ、顔を伏せる一真に女神は続ける。

 

「その後、病院に運ばれたあなたは奇跡的に一命を取り留めます」

「……ん?」

 

 女神の言葉に疑問を感じて顔を上げる。

 そこには、姿を現した時とは別人とも思える女神の姿があった。

 目を逸らし、冷や汗をかき、杖をいじっている。まるで、いたずらが見つかり、親に叱られることを察した子供のようだった。

 

「女神様?」

「はい」

「俺、助かるの?」

「……はい」

「じゃあ、なんでここに俺がいるの?」

 

 気が付けば敬語はなくなっており、女神の声も徐々に小さくなっていた。一真の質問に女神はとても言いづらそうに口を開いた。

 

「えっと、最近、老衰で亡くなる死者の魂ばかりで……」

「うん」

「あなたみたいな若い人が病気や事故で亡くなるのって結構久しぶりで……」

「うんうん」

「その、勘違いをしてしまって……」

 

 勘違い。一真にとって、聞き間違いであってほしい言葉である。

 

「本来なら助かるはずだったあなたの魂を……間違えて……持ってきて、しまいまして……」

 

 無言の時間が流れる。その中で、一真は女神の言葉を頭の中で整理する。

 自分は事故に遭う。病院に運ばれ生死をさまよう。奇跡的に助かる……はずだったところを女神の勘違いで本当に死んでしまう。

 

「はあ!? じゃあ、俺はあんたの勘違いで死んだってこと!?」

「いやぁ……そのぉ……ごめんなさい!!」

 

 まさかの事実に一真はつい叫んでしまった。その叫びは、怒りなのか驚きなのかもわからないほど複雑な感情のもので、女神も謝罪することしか出来なかった。

 

「理不尽だと思うんだけど!?」

「うぅ……申し訳ないと思っていますよ……」

 

 既に立場は逆転していた。女神は悲しい表情を浮かべながら謝罪の言葉を続ける。

 そんな姿を見ているうちに一真も徐々に落ち着いてきた。本当に申し訳ないと思っているであろう相手にそこまで謝れると、これ以上文句を言うのも気が引ける。

 

「一応確認するけど、やり直しとかは?」

「ええと、その……亡くなった命を戻すことは、禁じられている行為なので……」

 

 段々と一真の怒りが静まっていく。ここでこれ以上文句を言っても生き返られることが出来ないとわかったこともある。

 

「……わかった、もういいよ」

 

 色々と考えた結果、一真は自身の死を受け入れて吹っ切れた。

 というのも、今までこれといった目的もなく生きてきたため、やり残したことというものが出てこなかった。

 家族も既にいないような生活だったため、未練もない。よくよく考えると、ここで人生を終えるというのも悪くないのかもしれない。

 

「え?」

「じゃあ、早く俺をあの世ってやつに連れて行ってくれ」

 

 欲を言えば天国に。もし来世というものがあるのなら、今回の人生よりももっと楽しく過ごせるように。そんな小さな期待を抱きながら、一真は女神に伝える。

 

「……本当に、あなたは優しいのですね」

 

 小さく呟いた女神の言葉を一真は聞き取ることが出来なかった。すると、女神は先ほどまでの悲しい表情など忘れたかのように話を始めた。

 

「いえ! 私の勘違いであなたが一生を終えるなんてお断りです!」

「いや、でも生き返るのは無理なんだろ?」

「ええ! なので、あなたには別の世界で生きてもらいます!」

「はあ?」

 

 突如出てきた『別の世界』という言葉に一真は話についていけなくなる。いわゆる『転生』というやつだろうか?

 聞いたことがある。というか、よく耳にする話である。物語の冒頭、ひょんなことから命を落とした主人公が生前の善行とかを評価されて、能力を与えられて第二の人生を歩んだりする話。

 つまり、この女神は『それ』を一真に行おうというのだ。

 

「というか、生き返らせるのはダメなのに、別の世界で生きさせるのはいいのか?」

「そこは問題ありません! 私、これでも天界では結構地位が高いので、多少の無茶は何とかなります!」

 

 神の世界にも地位とか色々あるのかと一真が思う中、女神は目の前に手をかざした。すると、そこにモニターの画面のようなものが現れる。その画面に触れ、何かの操作を始める女神。

 

「よし! これにしましょう!」

「おわっ!?」

 

 女神が何かを決断すると、一真の目の前にも画面が現れた。画面には一冊の本が映し出されており、その本のタイトルにはこう書かれていた。

 

 『ゼロの使い魔』と

 

 主人公、平賀才人が異世界に使い魔として召喚されて、最初は小間使いのような暮らしをしていくが、徐々に成長。最後は英雄となる。簡単に言えば、そんな物語。

 

「今まであなたが関わってきた物語の中から、一番思い入れがある作品を選びました。あなたには、この世界で過ごしてもらいます」

「たしかに好きだったけど……」

 

 子供の頃からアニメやゲームが好きだった一真は、ライトノベルにも多少は詳しかった。特に『ゼロの使い魔』は長く付き合ってきた作品ともいえる。

 

「好きな作品の世界に行けるってなるなら喜ぶべきなのか……?」

「そこは素直に喜んでくださいよ。さて、次に能力を決めますね」

「能力?」

「ええ、この世界で生きていくための能力です。戦う力がないと、この世界で生きていくには難しいでしょうから。何か希望はありますか?」

 

 たしかに『ゼロの使い魔』には戦いの要素が多く含まれている。

 主人公の才人は、特別な力を得たおかげで対応できているが、ただの一般人である一真が何もない状態で転生しても厳しいだろう。

 

「あ、でも強すぎる力……いわゆる『チート』はダメですよ?」

「じゃあ、どんな能力ならいいわけ?」

 

 女神は少し考えるように首を傾げた。

 

「一流には届きませんが、訓練を積んだ兵士や傭兵とは渡り合える程度……と言えば伝わりますか?」

「……まあ、なんとなくわかるな」

 

 言ってしまえば、二番手程度の実力は貰えるといったところである。とはいえ、一真にとってもそれはありがたいことでもあった。

 物語の主人公はあくまで平賀才人である。その主人公よりも目立った行動をするのは、一真にとって避けたいことでもあった。

 

「じゃあ、一流には勝てなくてもいいから、そこらの兵士には負けないくらいの剣士で頼む」

「魔法はいいのですか?」

「魔法も憧れるけどさ……」

 

 一真は画面の向こうに映る『ゼロの使い魔』の表紙を見る。

 

「この世界、強い魔法使いはたくさんいるだろ?」

「そうですね」

「だったら、俺は剣の方がいいかな」

 

 一真の要望を聞き入れた女神は、画面の操作を始める。

 少し操作した後、一真の姿……主に服装を確認する。一真の服装は生前の状態であり、それは至って普通であった。普通のシャツに普通のジーンズ。髪も黒髪で特に目立った所はない。

 

「では最後に、見た目を調整しましょう。何か希望はありますか?」

「そうだな……。髪は銀髪で。服は……剣を持つなら傭兵みたいな軽装がいいかな」

「結構こだわりますね」

「キャラメイクは昔から好きなんだ」

 

 一真のリクエストを聞き、再度画面操作を始める女神。しばらくすると、一真の体が光に包まれる。

 その光が消えると、一真は傭兵の服装……青い上着と白いズボンを身につけ、肩と胸には軽装な鎧を装着している姿に変わっていた。

 アニメやゲームなどでよく見る傭兵の姿で、一真の記憶から再現された衣装であった。腰には鞘があり、剣も納められている。片手で扱えるほどの長さの西洋剣……片手剣やショートソードと呼ばれるものである。

 

「はい、確認してください。剣はサービスです」

 

 女神が一真の目の前に鏡を取り出す。もちろん何もない空間からだ。

 一真の全身を移せる大きさの鏡にはしっかりと銀髪になった一真が写っていた。

 一真は腰の剣を抜き、軽く振ってみる。

 

「コスプレみたいだな。体も特に変わった感じしないし……」

 

 とりあえず、剣が重くて振れないといったことはなさそうである。

 

「ちゃんと変わっているので、安心してください。一応、向こうに行ったら一度確認してくださいね。それと、あくまで肉体の方は普通の人よりも少し強いってだけですから、あまり無理はしないでください」

 

 剣を鞘に収めながら、女神の注意喚起に頷く一真。

 

「ちなみに俺は『ゼロの使い魔』の世界でどういう位置に転生するんだ?」

「それが……本来予定されていない転生なので、座標が安定しないんですよね」

「いやいや、それはちょっと困るんだけど。野盗の真ん中とかに放り込まれて終わりじゃ笑えないぞ」

「急遽決めたんですからしょうがないじゃないですか!!」

 

 半ば逆ギレ気味に答えた女神が杖を構えると一真の体が光に包まれだした。おそらく、転生する準備なのだろう。じきに光はゆっくりと浮かんでいき、それと同時に一真の体も宙に浮き始める。

 

「ちょっと待て! そんな投げやりに転生させられても困るんだけど!」

「では、天城一真さん。新しい世界でも頑張ってきてくださいね~」

「おい、待て女神! まだ言いたいことが――」

 

 光の消滅と共に、一真の言葉はそこで途切れた。

 

「願わくは、あなたの人生が少しでも……報われますように」

 

 女神だけとなったその空間。

 先ほどまでのやり取りが嘘なのかと思えるほど慈愛に満ちた表情を浮かべた女神は、一真が消えたその場所をただ見つめながら、そう呟いた。

 




 のんびりと続ける予定です。
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