イルククゥは絶望していた。
人攫いに会い、先住魔法で抵抗したものの『蜘蛛の糸』と呼ばれる魔法によって身動きが取れなくなってしまった。
人攫いの男たちは、イルククゥが先住魔法が使える韻竜だということには気づいていないようではあった。
「とにかく、仕事の邪魔だからやっちまおうぜ」
男たちは杖を掲げ、イルククゥは観念した。
思えば、あのちびすけに召喚されたことが運の尽きだったのだ。生まれ変わったら、また竜に生まれたい。そして、二度と巣の外には出ないと誓う。
その時だった。
「ぐへっ!」
突如現れた巨大な竜巻が、杖を構えた二人のメイジを吹き飛ばした。そのまま木に激突し、地面へと崩れ落ちる。
そして、砂埃の中に二つの影が現れた。
「ち、ちびすけ……。それに……ギラギラ!」
そこには魔法学院にいるはずの自分の主人、タバサと自分と一緒に呼び出されていた銀髪の人間、一真が居た。
「ギラギラって……。まあ、しょうがないけどさ……」
自分に対する呼称に困ったように頭を搔く一真。おそらく、銀髪が理由だろう。
「な、なんだ! てめぇら!」
倒れていたメイジの一人が立ち上がり、タバサと一真に向かって杖を掲げた。
しかし、魔法が放たれる前……杖を掲げ始めた時点で一真はメイジに接近していた。
「は、はや……」
言い切る前に一真に拳を打ち込まれ、そのまま男は崩れ落ちる。
「抵抗しないでもらえると助かるんだけど……どうする?」
気を失った男の杖を回収しながら、もう一人のメイジに問いかける一真。
男は本能で理解した。詠唱は間に合わない。自身の杖を一真の足元に放り投げた。今の一連の動きを見せられ、抵抗する気も失せたのだろう。
「よし、そこから動くなよ? ……こんな感じでどうかな、主殿?」
「上等」
イルククゥは、本能的に感じ取った。
一真はわかりやすかった。魔力を感じないあの身体であの動きを見れば、強さはよくわかる。
もう一人……タバサはぼんやりと突っ立っているだけだった。しかし、その小さな身体から放たれるオーラは尋常ではなく、魔力に鋭い韻竜であるイルククゥにとって、それが普通ではないことがわかった。
(この二人、只者じゃない……)
男たちから杖を取り上げて無力化した一真がイルククゥに近づこうとすると、近くに縛られた少女たちが座り込んでいる姿が目に入った。
彼女たちもまた、人攫いにあった被害者だった。何が起きたのかわからず震えている。
「俺たちは敵じゃない。安心してくれ」
一真は出来るだけ穏やかな声で伝える。
「助かった、の……?」
少女の一人が震える声で尋ねた。
「ああ。もう大丈夫だ」
少女たちは安堵したように顔を見合わせる。
その時、馬車から一人のメイジが降りてきた。それは、女性だった。年齢は一真より少し上ぐらいだろう。
その姿を見た瞬間、イルククゥは震えた。明らかに格が違う。そして、それは一真でもわかるほどだった。
このメイジは、強い。
それが、イルククゥと一真が感じた彼女の印象である。そんな彼女の姿を見たメイジの男は、哀願するような声をあげた。
「あねご!」
「まったくだらしがないね。油断するなといつも言ってるだろう?」
彼女がこの人攫いたちのリーダー格のようだ。彼女……女頭目は、手下の杖を持っている一真に視線を送る。そして、その身なりを見て納得するような表情を見せた。
「あんた、傭兵かい? そいつら相手に大したものだ。どうだ、あたしに雇われないかい? それなりに報酬は弾むよ?」
「……あいにく、今は契約中でね。フリーだったとしてもお断りだ」
「ふん、残念だね……」
誘いを断られた女頭目は、次にタバサに視線を送る。すると、唇の端を上げて冷笑を浮かべた。
「おや、あんたは貴族のようだね。こりゃちょうどいい」
タバサは、無言のまま女頭目と対峙する。その目は、まったく変わらない。
それに合わせて一真も構える。だが、タバサは一真の正面に杖を構えてそれを制止した。
「下がって」
「しかし……」
「危険」
「……わかった」
今までとは違う『面倒』や『邪魔』といったものではない言葉に一真は素直に従った。タバサから離れて、イルククゥと並ぶように立つ。
女頭目が口を開いた。
「どうしてメイジが人攫いなんかやってるんだ……って顔だね。あたしは、三度の飯より『騎士試合』が大好きでね。伝説の女隊長のように騎士になりたいってて言ったら親に猛反対され……こうやって家を出て好きなだけ『騎士試合』が出来る商売に鞍替えしたってわけだ」
「ただの人攫い」
「その通りだな。もっと別の道もあっただろうに」
タバサの言葉に一真に続けて言うと、女頭目はにやりと笑った。
「食うためには仕方ないさ」
「あねご! やっちまってください」
手下の男が叫ぶが、女頭目は首を振った。
「これは騎士同士の『決闘』だよ。さて、正々堂々といこうじゃないか」
「私は『騎士』じゃない」
タバサは短く告げて杖を構えると、女頭目はまたも首を振る。
「『騎士試合』に付き合わないなら、あの竜と女たち……あんたの傭兵に魔法を飛ばすよ」
イルククゥや縛られた少女たち、そして一真に向かって杖を突きつけ女頭目は言った。どうしても、決闘に興じたい様子である。
無関係な他人を人質にして行う勝負。それはとても決闘とは呼べず、良くて『決闘ごっこ』だろう。
女頭目は杖を構えると、優雅に一礼した。それが、決闘前の礼儀。めんどくさそうに、タバサもそれに合わせて一礼をした瞬間……
女頭目の魔法が飛んだ。
「卑怯者!」
思わずイルククゥが叫んだ。女頭目は確実に勝てる方法を選んだのだ。
風の刃が、タバサを襲おうとした瞬間……タバサは驚くべき反応速度で横に飛んだ。
「安心しろ、イルククゥ」
イルククゥを落ち着かせるように撫でながら一真が呟いた。
タバサの動きに女頭目の目が丸くなる。
「あの子はお前の主人なんだ」
一瞬で魔法を完成させたタバサは、女頭目に向かって魔法の矢を放った。
「信用してやれ」
勝負は、一瞬でついた。魔法の矢は、女頭目の持つ杖を切り裂き、同時にその服を地面に縫い付けた。
素早い動き、魔法の詠唱の速さ、コントロールの正確さ。すべてが完璧だった。魔力は同じでも、その腕前には天と地ほどの差があったのだ。
「あ、あんた……何者……」
「ただの学生」
女頭目の問いに、タバサは小さく答えた。
人攫いたちとそれに加担し賄賂を受け取っていた役人たちを警邏の騎士に引き渡し、少女たちを自由にしたあと、タバサはイルククゥの背に跨った。
「あなたは乗らないのね?」
流れで勝手に乗っていいものか一真が躊躇していると、イルククゥから声を掛けられる。
「えっと、乗っていいのか?」
「好きにすればいい」
念のためタバサに確認を取ると許可が出た。とりあえず、置いてかれるということはないようだ。
「じゃあ、よろしく頼むよ」
「きゅい!」
二人を乗せて、イルククゥは飛び立った。
警邏の騎士たちに保護された少女たちは、順番に事情を聞かれていた。
その中の一人が、空へと飛び立った風竜の背を見上げる。
「どうした?」
騎士に尋ねられた少女は、少しだけ頬を赤くした。
「い、いえ……名前も聞けなかったなって……」
少女はそう呟くと、遠ざかっていく空を見つめ続けた。
魔法学院へ戻る空の上、タバサは無言で本を読み始める。まるで、さっきまで戦闘だったとは思えないほどであり、意に介した様子もない。
タバサの実力はわかってはいた。しかし、実際に目の当たりにすると心が震えた。少なくとも、自分では太刀打ち出来ないほどに力の差を感じた。
(この世界で生きていくためにも、しっかりと戦えるようにならなくちゃな……)
そんなことを一真が考えているとイルククゥが口を開いた。
「あ、あの……どうもありがとう。助かったのね。でも、どうしてわたしの居場所がわかったのね?」
「あなたの視界を、私も見ることが出来る。行き先の検討をつけて、魔法で飛んできた」
タバサの言葉に、イルククゥは感激していた。それと同時に今までの自分の態度を恥じた。
「ごめんなのね。ちびすけとか、わたしひどいこと言ったのね。そ、その上……本を買うのも失敗したのね」
「……だそうだが、主殿?」
一真の促しにタバサは、本から顔を上げた。イルククゥは思わず目をつむる。何か、罰を受けると思ったようだ。
だが、タバサの言葉は思いもよらぬものだった。
「シルフィード」
「えっ? それ、なんなのね?」
「あなたの名前。『風の妖精』って意味」
イルククゥは、まるで電流が走ったように感激に撃ち震えた。
「素敵な名前ね! きゅい!」
それ以上は興味はないといった風に、タバサは本に視線を戻す。
「それだけか? やれやれ……」
言いたいことだけ言って後は興味なしといったタバサの行動に慣れては来たもののどうかと思う一真。
しかし、彼女の背後に座っている一真は気が付かなかったが、タバサのちょっと嬉しそうな頬に赤みが差しているのをイルククゥは見逃さなかった。
そんな態度がイルククゥ……新たにシルフィードと名付けられた韻竜の心をくすぐった。
「可愛い名前! 新しいなーまーえ! きゅいきゅい!」
楽しい気分になり、陽気にはしゃぐシルフィード。それでも本を読みながら無言のタバサ。よく知る『使い魔と主人』の姿を見れて一真も満足であった。
「ねえねえ! タバサさま! わたし、タバサさまのことをお姉さまって呼んでいいかしら? なんだかそう呼ぶのが相応しいような気がするのね!」
こくりと、タバサは頷く。やはり、彼女は無口で無愛想に見えて優しい子なんだと一真は思った。
「じゃあじゃあ! あなたはお兄さまなのね!」
「俺も?」
自分に話が振られると思っていなかった一真は驚く。
「いや、俺は主人じゃないわけだし……」
「でも、あなたもわたしを助けてくれたのね! 撫でてくれたとき、すごい落ち着いたのね! お姉さまがいるんだから、お兄さまがいてもおかしくないのね!」
「うーん……主殿?」
一真がタバサに助け舟を求めるも、本に視線を向けたまま答えてくれない。好きにしろ、ということだろうか。
「わかったよ。好きに呼んでくれ」
もはや断るという選択肢もなく、一真はお兄さま呼びを受け入れた。
「やったやった! お姉さまとお兄さまが出来たのね! きゅいきゅい!」
嬉しそうに空を飛ぶシルフィード。
無言で本を読み続けるお姉さま。
やれやれと頭を掻くお兄さま。
空の上で、竜はいつまでもきゅいきゅいと楽しげにわめき続けた。
外伝の台詞から考えると、シルフィードは才人の決闘を見ていたような描写だったんですが……そこは独自解釈ということで。シルフィードに「お兄さま」と呼ばせたかったんです。
一応これで、第一章終了です。
本当は、一巻の内容を第一章でまとめたかったんですが……残りは第二章ということで。話、進んでなくない?