第一話 主人公、平賀才人
「学院を離れる?」
一真がタバサに召喚されてから早いもので数日が経った。そんなある日の早朝、日課となってきている朝の鍛錬に行く前にタバサからそう告げられた。
「退学……とかじゃないよな?」
「違う。用事」
タバサは窓を開けて口笛を吹いた。しばらくして、窓の外にシルフィードが現れる。
「きゅいきゅい!」
人攫いの件から、シルフィードはすっかりタバサの使い魔として馴染んでいた。
一真との関係も悪くなく、タバサの代理で食事を与えたりすることもあった。その甲斐もあってか、一真の事も気に入っているようだ。学院内で人間の言葉を喋れないのは少し不満のようだが。
「俺も一緒に――」
「だめ」
同行しようとした一真が言いきる前に、タバサは即答してシルフィードに飛び乗る。
その表情はいつもの面倒くさがっているようなものではなく、真剣な表情だった。
(……任務なんだろうな、多分)
その理由は、何となく察していた。
タバサは、時折実家であるガリアから仕事を依頼されており、それには危険なものも多い。
何故タバサがそんな任務をこなさなければいけないのか。彼女はそれを明かすつもりはないだろう。
出来ることならば彼女の力になりたいところだが、今の自分にその資格はない。
「わかった、おとなしく待ってるよ。だけど……」
同行を諦めた一真は、タバサを見据えて告げる。
「手が必要になったら、いつでも言ってくれ。微力だろうが、役に立てることはあるだろう?」
「……考えておく」
心配する一真の提案を肯定的に受け取るタバサ。その返事が意外で一真は少し驚く。
「目立つことをしなければ、好きにして構わない」
「ああ。決闘はもうごめんだしな」
最低限の指示だけ残し、タバサはそのままシルフィードに乗って飛び立っていった。シルフィードの見事な速さで、その姿は瞬く間に見えなくなっていく。
「いつか、タバサの力になれればいいな」
そう呟いてから、一真は誰も居なくなった部屋の窓を閉めた。
「それで、一真さん一人なんですか」
「ああ。しかし、やれることがなくて困っている」
タバサが学院を離れてからも、一真の生活は大きく変わらなかった。
今は昼の時間。一真は才人と共に厨房で食事を取っていた。
学院内である程度の自由行動は許されたといえ、一真にはまず食事の問題があった。
さすがに飲まず食わずのまま過ごす訳にもいかず、自身で調達するにもこの世界での持ち合わせもなくどうしようもない一真は藁にもすがる思いで厨房に向かった。
厨房の手伝いを申し出て、あわよくば賄いの食事をもらおうという考えだったのだが、そこで想定外の事が起こった。
「おお! 傭兵の兄ちゃん! よく来てくれた!いやぁ、あの決闘は凄かったな! ……手伝い? なんだ腹減ってんのか! そういうことなら手伝いなんかいらねえ! 用意してやるから待ってな!」
妙にテンションが高いコック長のマルトーに快く迎えられ、充分とも言える食事を用意してもらっていた。
マルトーは、いけ好かない貴族の事を嫌っている。その貴族を打ち負かした一真の事を偉く気に入っていた。
もちろん、それはギーシュを打ち負かした才人が気に入られているからこそのことでもある。
「しかし、今日のシチューは前のと大分違うな。具も多いし」
「そりゃそうだ。そいつは貴族連中に出してるのと同じやつだからな!」
出されたシチューを食べながら気づいたことを一真が呟くと、上機嫌のマルトーが二人の元にやって来る。
「あいつらは、たしかに魔法は出来る。でも、こうやって絶妙の味に料理を仕立て上げるのだって、言うなら魔法の一つさ。そう思うだろ、サイト」
「まったくそのとおりだ」
「いいやつだな! お前はまったくいいやつだ!」
頷く才人の首根っこにその太い腕を巻きつけるマルトー。
「なあ『我らの剣』! 俺はお前の額に接吻するぞ!」
「その呼び方と接吻はやめてくれ。どっちもむずがゆい」
豪快なマルトーに気に入られて振り回される才人。
「……はは」
そんな二人を眺めながら、一真は笑みをこぼした。才人が『我らの剣』と呼ばれもてなされる。決闘の結果が上手い方向に進めた事に一真は安心していた。
マルトーは才人から体を離し、両腕を広げてみせた。
「お前はメイジのゴーレムを引き裂いたんだぞ! どこで習えば、あんな風に剣を振れるようになるんだ?」
「知らないよ。勝手に体が動いてた」
強さの秘密が知りたいマルトーの質問に才人は正直に答える。
それは、間違いなく本音である。剣を手にしたら急に強くなった。そんな上手い話はないと普通は思うが、実際そうなのだから答えようがないのだろう。
「なあ、傭兵の兄ちゃん! あんたも気になるだろ? 『我らの剣』の強さの秘密をよ?」
マルトーから話を振られる一真。
才人の強さの秘密には使い魔のルーンが関係していることを一真は知っているが、それはまだ才人本人も知らないことである。今それを明かすわけにはいかない。
「剣を握ると自然と体が動く。本人がそう言うならそうなんでしょう」
当たり障りのない答えで話を流すつもりだったのだが、マルトーの反応は一味違った。
「お前たち聞いたか! 傭兵の兄ちゃんのお墨付きだ! 本当の達人というのは、己の腕前を誇ったりしないものだ!」
厨房に響くように怒鳴るマルトー。若いコックや見習いたちが、返事を寄越す。
「お前たちも見習えよ! 達人は誇らない!」
マルトーの号令に、コックたちは嬉しそうに唱和する。盛り上がるマルトーたちを見ながら、心苦しそうな顔を浮かべる才人。
「本当のことなのに……」
才人にとっては、事実を述べているだけなのに何を言っても謙遜と受け取られてしまう。意図せずに騙しているような気分になってしまっているようだ。
「決闘に勝利したのは事実だからな」
「一真さんまで……」
一真の称賛にも勘弁してくれとでもいうように困る才人。だが、これも必要な称賛。しばらくは英雄扱いされるのも仕方がないだろう。
しかし、次第に話題の矛先は変わる。
「しかし、傭兵の兄ちゃんもすごいよな。武器も使わずにメイジを倒すなんてよ!」
「……そうだ! 一真さんも決闘したらしいじゃないですか!」
不意に振られた一真に対する称賛。それに便乗するように才人も話を膨らませる。
「どんな鍛え方したら、素手でメイジを倒すなんて事が出来るんだ?」
しかし、一真も何も考えていないわけではない。この世界で過ごしていくための自分自身の『設定』というものを考えておいたのだ。
「物心ついた頃から傭兵団で育てられた……ってところかな」
とはいえ、その設定も傭兵キャラによくある身の上話。一真にとって余計な説明を省くためのものだったのだか、周りの反応は思ってたものとは違った。
「子供の頃からってことか? ……そいつは、色々と大変だったな」
一真にとってはただの設定だが、周りからすれば、それは過去の話。しかも、幼少期から傭兵稼業をしていたとなると、それなりに複雑な過去と思われてしまったようである。
「でも、そのおかげでこんな美味いシチューを食べれるんだ。悪いことばかりじゃないでしょう?」
気まずくなってしまった空気を変えるため、シチューを口に運びながら一真はそう語った。
そんな一真の態度がマルトーの心を揺さぶった。
「すげぇ……。聞いたかみんな! 傭兵の兄ちゃんもすごい男だぜ! 貴族に決闘を挑むのも納得だ!」
才人の時と同じように厨房内で怒鳴るマルトー。当然のように、それに若いコックたちも反応する。
「そんなに盛り上がらなくても……」
「決闘に勝ったのは本当ですもんね?」
「……からかって悪かったよ」
先ほどの仕返しとでもいうように笑いながら一真の事をからかう才人。なんだかんだ似た境遇の者同士ということもあって、二人の仲は良好である。
二人を称賛し、満足したマルトーはシエスタの方を向く。
「シエスタ! 我らの勇者たちに、アルビオンの古いのを注いでやれ」
「はい!」
三人のやり取りをニコニコしながら見守っていたシエスタは元気よく返事を返し、棚から言われた通りのヴィンテージを取り出して二人のグラスに注いでくれた。
少し躊躇いながらも口にしたその味は、とても美味しかった。
才人の方は、真っ赤な顔をしてぶどう酒を飲み干している。それをシエスタがうっとりした表情で見つめていた。
これから厨房を訪れるたびに、二人はマルトーに気に入られていくことになる。才人に限っては、さらにシエスタに尊敬されていくのであった。
「傭兵の兄ちゃんの呼び名も考えなくちゃな! それと俺からの接吻を――」
「遠慮させてもらう」
恥ずかしい呼び名とマルトーの接吻だけは、回避する一真であった。
厨房で食事を済ませた一真。ちなみに、才人はルイズの所へ戻って行った。
一真が自由に行動できるのは、実質この学院内のみであった。学院の外に出ようにも、地理も把握していない状態で不用意に出るのは危険だろう。
図書館にでも行って、少しでも情報を収集した方がいいかもしれない。そう考えたものの、一真にはある問題があった。
この世界の字が読めないのである。
たしかに、才人も最初は文字を読むことが出来なかった。物語の中盤で教えてもらって、そこでようやく読めるようになっている。
正確には『読む』というわけではないのだが、とにかく一真も才人と同じ状況ということである。
タバサの部屋に置いてあった本、厨房内に貼り出されていた紙。それらに書かれていた文字はすべて読むことが出来なかった。
(女神様、文字ぐらいは読めるようにしてくれてもよかったんじゃないか?)
もはや懐かしく感じる女神の姿を思い浮かべながら、一真は心の中で不満を告げた。
厨房の手伝いも不要。タバサも居ないので午後の授業に出る必要もない。手持ち無沙汰となり、どうしようかと学院内を歩いている時だった。
「……?」
廊下ですれ違った教師から妙な視線を感じた。しかも、それは一人だけではない。中には、あの爆発授業を担当したシュヴルーズも居た。
それは、今まで生徒たちから感じた物珍しい物を見る目ではない。
なんだろう、と考えながら歩いていると、前から見覚えのある教師が歩いてきた。
「おや、あなたは……」
そう一真に声をかけた教師は、一真が召喚された場に立ち会っていた教師、コルベールだった。そして、その隣には緑色の髪に眼鏡をかけた女性……学院長の秘書を務めるロングビルがいた。
「ミスタ・コルベール。この方は?」
「ああ、ミス・ロングビル。あなたは直接会うのは初めてでしたな。彼が使い魔召喚で呼び出された傭兵ですよ」
「なるほど、例の……」
ロングビルは納得したように眼鏡を押し上げた。
「カズマ殿、一人ですか? てっきり彼女と一緒だとばかり……」
基本的にタバサと行動を共にしていた一真。その話は教師たちの間にも広まっていた。
「ああ、彼女なら――」
「ミスタ・コルベール」
一真の言葉を遮るように、ロングビルが口を開いた。
「まだお話の途中でしょう? 彼には悪いですが、先にわたくしたちの用件を済ませませんこと?」
「あ、ああ……しかしだね……」
腕を組まれたコルベールは、どこか嬉しそうな顔を浮かべる。
普段変わった研究ばかりして、周りから変人と呼ばれている彼にとって、自分の話に興味を持ってくれる相手などそう多くない。まして、相手が学院長秘書の美人ともなれば嬉しいものだろう。
「お気になさらず」
一真は軽く肩を竦めた。
「お二人の邪魔をするつもりはありませんから」
「わ、我々はそういう関係では……」
「ミスタ・コルベール、参りましょう」
ロングビルは微笑みながらコルベールの腕を引いて歩き出す。
しかし、一真とすれ違う瞬間。ロングビルはふと立ち止まった。
「ああ、そうですわ。カズマ殿」
ロングビルは柔らかな笑みを浮かべた。
「あまり学院内で問題を起こすのは控えた方がよろしいですわよ?」
一真は、一瞬だけ彼女を見つめる。
その笑顔は美しい。だが、何となく違和感を覚えた。
「……そうですね」
おそらく、先日の決闘騒ぎを指しているのだろう。
初対面ではある。だが、一真は彼女の事をよく知っていた。もちろん、それを口にするわけにはいかない。
とはいえ、一方的に釘を刺されて終わるというのも何となく面白くない。
一真は少し考えた後、小さく笑った。
「問題を起こすつもりはありませんよ」
「それなら結構ですわ」
「そちらも大変そうですね」
ほんの一瞬、ロングビルの笑みが僅かに揺れた。
「……どういう意味かしら?」
「別に深い意味はありませんよ」
一真は苦笑した。
「この学院には色々な人がいるようですから」
数秒の沈黙。
やがて、ロングビルは微笑みを浮かべる。
「そうですわね」
「では、失礼します」
一真は軽く会釈すると、その場を後にする。
去っていく一真の背中を見送りながら、コルベールが首を傾げた。
「今のはどういう意味なのかね?」
「……さあ?」
ロングビルは肩を竦める。そして、一瞬だけ目を細めた。
「ミス・ロングビル?」
「それより、先程のお話の続きを聞かせてくださいな」
彼女は自然に話題を変える。
「学院に伝わる……宝物庫の秘宝について」
「ああ、もちろんだとも。やはり『破壊の杖』というものが……」
コルベールは嬉しそうに頷いて話を再開した。
二人はそのまま廊下を歩いていく。
「それと、ここ近年で新たなマジックアイテムが見つかったとか。何でも『導きの腕輪』というらしく……」
その会話が。
やがて学院全体を巻き込む大事件へと繋がることを。
この時は、まだ誰も知らなかった。
タバサは、任務に行っています。同行するには、まだ好感度が足りませんでした。