今日は虚無の曜日。
授業のない休日は、自室で一日読書をして過ごすタバサ。それに合わせたわけではないが、一真もタバサの部屋にいた。
一応外出の許可は出ているのだが、先日の騒動や教師たちからの監視も考えて部屋でおとなしくすることにしたのだ。
最低限の外出として、朝の鍛錬や食事、タバサの代わりにシルフィードにご飯をあげに行くなどはしていたが、それ以外は部屋で過ごしている。
余程、先日の騒動がこたえたのだろう。
ちなみに、才人とは厨房に朝食を取りに行ったタイミングで出会ったため、そこで先日の事を謝罪した。簡単には許されないだろうと思っていた一真であったが――
「一真さんにも色々事情があったんですよね? 大丈夫ですよ。案外いい思いさせてもらったし……」
と、寛容な心で許しを貰った。自分が女性だったら惹かれてしまうような優しさに一真は少しときめく。これが主人公補正というやつだろうか。
そんなこんなで部屋であぐらをかいてゆっくりしているわけだが、やることはない。
時間はもう昼前といった頃、部屋のドアが叩かれた。一真は顔を上げる。大きめなノック音にタバサも本から顔を上げた。
「ちょっとー、タバサー?」
そんな声を聞いて、一真は少し顔をしかめる。何を隠そうその声の主はキュルケだったからだ。
嫌そうな顔をしながら、一真はタバサの方を見る。彼女はふるふると首を振った。開けなくていいということだろう。
彼女からしても、大切な虚無の曜日の読書の時間を邪魔されていい気持ちではないだろう。
そのうちに、部屋のドアは激しく叩かれ始める。
「傭兵さーん、カズマー? いるんでしょー?」
自分の名前も呼ばれて、一真はさらに顔をしかめた。
タバサはめんどくさそうに机に立てかけてあった杖を手に取り、小さく呪文を唱えて振った。その瞬間、ドアが叩かれる音が消え去る。
風属性の魔法『サイレント』であった。
タバサは満足して本に視線を落とす。その間、彼女の表情はピクリとも動かない。
さすがだな、と一真が感心しているとドアは勢いよく無音で開かれた。
部屋に入ってきたのは、やはりキュルケだった。彼女は、何か叫んでいるようだが『サイレント』の効果でその声は聞こえない。
その矛先は、一真の方にも向く。一真を指さしながら何かを言っている。
最終的にキュルケはタバサの本を取り上げた。そして、タバサの肩を掴んで自分の方に向かせる。タバサの表情は変わらず無表情だったが、その顔から歓迎していないことはたしかだった。
とはいえ、タバサにとってキュルケは大切な友人。無下には扱わない。仕方なく、タバサは『サイレント』の魔法を解いた。
「タバサ、出かけるわよ!」
魔法が解けると共にキュルケの口から言葉が飛び出した。
「虚無の曜日」
理由はそれだけで十分だと、タバサはキュルケの手から本を取り返そうとする。だが、タバサより背の高いキュルケが本を掲げる。それだけで、小柄なタバサでは届かない。
その光景は、なんというか微笑ましかった。
「わかっている。あなたにとって虚無の日がどんな日なのか。でも今はそんなこと言ってられないの。恋なのよ!」
キュルケの言い分にタバサは首を振っている。意味がわからない、とでも言っているかのようだ。
感情で動くキュルケに、理屈で動くタバサ。対称的に見えるが、二人の仲は良好であった。
「ああもう! あたしね、恋したの! でね、その人があのヴァリエールと出かけたの! あたしはそれを追って、二人がどこに行くか突き止めないといけないの!」
わがまま放題の友人に対して、タバサは再度首を振った。
いい加減に本を返してほしい、とでも言っているようなタバサの無表情ながらも不機嫌そうな表情を見て、蚊帳の外だった一真が動いた。
「それで、彼女に何を頼むんだ?」
キュルケが掲げていた本を後ろから取り上げながら、一真が会話に入る。
振り向いた彼女は、一真に向かって不満そうな表情を浮かべた。
「な、何だよ?」
「そもそもあなたがルイズを引き留めてくれていれば、昨日の時点で彼の事を落とせたのよ!」
「依頼は『才人を部屋まで連れてくる』だろう? それ以降の事は関係ない」
「融通利かないわね!」
ほぼ強制的に協力させた上にとんだ言いがかりをつけてくるキュルケに軽く返しながら、一真はタバサに取り上げた本を渡す。
「……何があったの?」
一真から本を受け取りながら、タバサが尋ねる。昨夜尋ねたときにロクな返事がなかったため、気になっているのだろう。
一真は、キュルケに視線を向ける。視線をタバサに戻すと、キュルケを指さして答える。
「こんな感じ」
「いつものこと」
「やっぱり?」
一真の一言で大体理解したタバサ。キュルケの言う恋というのは、もはや日常的にあることのようである。
「もう! 馬に乗って二人が出かけたのよ!
あなたの使い魔じゃないと追いつけないのよ! 助けて、タバサ!」
キュルケはタバサに泣きつき、タバサはやっと頷いた。
「ありがとう! 追いかけてくれるのね!」
タバサは再び頷き、窓を開けて口笛を吹いた。なんだかんだキュルケのお願いを聞いてあげるあたり、優しい性格である。
口笛の音を聞いて窓の外にやってくるシルフィード。そして、窓枠から外に向かって飛び降りるタバサに続いてキュルケも窓枠に足をかけて飛び降りた。落下する二人をシルフィードは難なく受け止める。
「いつ見ても、あなたの使い魔は惚れ惚れするわね」
突き出た背びれに掴まり、キュルケは感嘆の声をあげた。既にシルフィードの事はタバサから聞いているようだ。
ちなみに、シルフィードはウィンドドラゴンの幼生ということになっている。
「……じゃあ、行ってらっしゃい」
部屋の中から二人と一匹を眺めながら手を振って送り出す一真。
これで静かになる。そんなことを考えているとキュルケにきょとんとした顔を向けられた。
「何言ってるのよ。あなたも来るのよ?」
「は?」
キュルケの言葉に、一真はぽかんと口を開けた。あまりにも当然のように言われたせいで、一瞬意味が理解できなかったのだ。
ちなみにその間、シルフィードは器用に羽ばたきながら窓の外で滞空してくれている。
「あたしに協力してくれるって約束よね?」
「それは昨日の話だろ」
一真は即座に突っ込んだ。
昨日の勢いで流されたかと思っていた約束を、まさか翌日になっても実行させられるとは思っていなかった。
「あら、そうだったかしら?」
キュルケはわざとらしく首を傾げる。
その表情からは反省どころか、最初からとぼけるつもりだったことが見え見えだった。
一真は額を押さえる。
強引で、自信家で、そして妙に人を振り回す。だが、キュルケ本人に悪気がないから余計に厄介だった。
「まあ、別に来なくてもいいんだけど……いいのかしら?」
キュルケが意味ありげな笑みを浮かべる。こういう顔をしている時は、大抵ろくでもないことを考えている。
「……なにが?」
嫌な予感を覚えながら尋ねる。するとキュルケは人差し指を顎に当て、楽しそうに答える。
「じゃあ先生たちに、あなたがあたしを泣かせたって言っちゃおうかしら?」
一真の眉がぴくりと動く。
その言葉だけで十分だった。下手をすれば事実無根の噂が学院中を駆け巡る未来すら見えた。
そして何より、キュルケなら本当にやる。冗談半分で始めて、周囲を巻き込みながら大ごとにする姿が容易に想像できてしまった。
一真は、深々とため息を吐く。
「はぁ……」
断ることはできる。できるのだが、その後の面倒を考えると気が重い。目の前ではキュルケが勝利を確信したような笑みを浮かべていた。
タバサに視線を向けると、彼女は既に読書を始めていた。肯定でも否定でもない『好きにすればいい』という反応だ。本当に断る時、彼女ははっきりと『ダメ』と言ってくる。
ここ数日の付き合いでタバサの反応がそれなりにわかってきていた一真であった。
「シルフィード。三人乗っても大丈夫か?」
「きゅい!」
問題ない、と答えるかのようにシルフィードが返事する。
「じゃあ、頼むよ」
一真が乗り込むと、三人を背に乗せたシルフィードは力強く翼をはためかせ、一気に空へと舞い上がった。
「どっち?」
タバサが短く尋ねる。
「あ......。わかんない……」
あまりにも無計画な返答に、一真の表情が引きつる。
「……よくそれで後を追おうなんて思ったな」
「しょうがないじゃない! 恋は盲目なのよ!」
二人の言い争いをよそに、タバサはシルフィードへと指示を出した。
「馬二頭。食べちゃダメ」
シルフィードは短く鳴いて応えると、さらに高度を上げる。
上空から地上を見渡せば、馬二頭を探し出すことなどシルフィードにとっては簡単な事だった。
自分の使い魔が仕事を始めたことを確認したタバサは、ひとまず役目を果たしたと判断する。だがその頃には、背後から聞こえてくる声が次第に大きくなっていた。
「カズマは頭が固いのよ!」
「お前が自由過ぎるんだよ!」
上空で繰り広げられる不毛な応酬。シルフィードの背の上で、二人は相変わらず言い争っていた。
タバサはそんな二人をちらりと見た。二人は、ここまで気安く言い合う仲ではなかったはずだ。
それなのに、まるで昔からの知り合いだったかのように遠慮なく言葉をぶつけ合っている。それが、少し不思議だった。
「キュルケが無茶を言うからだろ!」
「無茶じゃないわ! 愛よ!」
タバサは小さく息を吐く。どうやら二人とも元気らしい。それだけ確認すると興味を失ったように本を開いた。
風が髪を揺らす。シルフィードは悠々と空を進み続ける。背後ではまだ二人の声が続いていた。
タバサはページをめくる。
騒がしい。本当に騒がしい。
小さな風竜の背の上。青空の下を飛びながら、タバサは静かに読書を続けた。
一方その頃、キュルケが探し回っている当人はというと。
「腰がいてぇ……」
トリステインの城下町を歩きながら、才人は情けない声を漏らしていた。
原因はここまで乗ってきた馬である。魔法学院から城下町まで、およそ三時間。生まれて初めて馬に乗った才人の腰は、すでに限界を迎えていた。
「馬にも乗ったことがないなんて。これだから平民は……」
「そんな初心者を三時間も馬に乗せるな」
才人は腰をさすりながら反論した。
もっとも、こうして城下町までやって来たのには理由がある。武器の調達だ。
昨夜のキュルケとの一件で、彼女に想いを寄せる男子生徒たちから逆恨みを買う可能性がある。せめて、身を守る手段くらいは確保しておきたかった。そのためルイズに頼み込み、剣を買いに来たのである。
ルイズも最初は渋ったものの、先日の決闘騒ぎもあり「護身用なら仕方がない」と許可を出し、こうして同行しているのだった。
「寄り道しないで行くわよ。スリが多いんだから! あんた、財布は……」
「あるよ、ちゃんと」
才人は懐に手を入れ、財布の感触を確かめた。中にはルイズから渡された金貨がぎっしり詰まっている。ずっしりと重かった。
「貴族がスリなんかすんのかよ」
「メイジのすべてが貴族ってわけじゃないわ。家を勘当されたり、捨てたりした貴族なんかが傭兵になったり……」
「傭兵……」
その言葉を聞いた瞬間、才人の脳裏に一真の姿が浮かんだ。
自分と同じ異世界から来た人間。たしか、彼は傭兵だと名乗っていた。聞いた話では、決闘で武器も魔法も使わずにメイジを打ち倒したという。そんな離れ業をやってのけるほどの実力者だ。
だが、その他の事についてはほとんど何も知らない。どうして傭兵になったのか。ふと、そんな疑問が頭をよぎる。
「一真さんも、何か事情があったりするのかな……?」
「カズマ?」
ルイズは少し考えるように首を傾げた。
「ほら、俺と同じ召喚された……」
「……ああ、あの平民の傭兵ね。知らないけど、少なくとも貴族じゃないわね」
「なんで?」
「立ち振る舞いよ。歩き方とか姿勢とか。貴族のそれじゃないもの」
「……まあ、たしかに。偉そうな感じはしないよな」
どちらかといえば、年上の兄貴分といった印象だった。
「ていうか、剣屋はどこだよ?」
「こっちよ。剣だけ売ってるわけじゃないけど」
ルイズはそう言って、狭い路地裏へ入っていく。
鼻をつく悪臭に、才人は顔をしかめた。道端にはゴミや汚物が転がっている。
「汚ねえ……」
「だからあんまり来たくないのよ」
しばらく進むと十字路に出た。
ルイズは足を止め、記憶を辿るように辺りを見回す。
「ピエモンの道具屋の近くだったから、この辺なんだけど……あっ、あった」
見つけたらしい。視線の先には、剣を模した木製の看板が風に揺れていた。どうやら、あれが目的の武器屋のようだ。
ルイズと才人は石段を上り、扉を押し開けて店の中へ入っていった。
武器屋へ入っていく才人とルイズ。その後ろ姿を、三つの影が路地の陰から見つめていた。
キュルケとタバサ、そして一真である。
キュルケは二人の姿が店の中へ消えたのを確認すると、悔しそうに唇を噛んだ。
「ゼロのルイズったら……武器屋で剣でも買って気を引くつもり? あたしが狙ってるってわかったら、プレゼント攻撃? なんなのよ〜!」
そう叫びながら地団駄を踏む。その様子を見ていた一真は、心の中で小さくため息をついた。
(才人に武器が必要になった原因はお前なんだけどな……)
もちろん口には出さない。出したところで面倒なことになるだけだ。
やれやれと肩をすくめながら隣を見ると、タバサは自分の仕事は終えたとでも言うように本を読んでいた。ちなみに、シルフィードは高空をぐるぐると回っている
いつも通りの光景。だが、一真の意識は別のところに向いていた。
(妙だな……)
ふと、違和感を覚える。
(才人とルイズに追いつくのが速い気がする)
記憶の中にある原作の流れを思い返す。
本来ならキュルケが二人を目撃するのは、買い物を終えて店を出た後だったはずだ。
ルイズが才人へ剣を買って店を出る。その様子を見たキュルケが対抗心を燃やす。そういう流れだったと記憶している。
だが今は違う。二人が店に入った直後に追いついてしまっている。
(大まかには同じだけど、細かい部分が微妙に違う……)
自分という存在が入り込んだ影響なのか。考え始めると答えは出ない。
そんな一真の思考を遮るように、キュルケがぱんっと手を叩いた。
「よし! カズマ、ちょっと偵察に行って来てくれる?」
「……は?」
あまりにも自然に言われたため、一真は一瞬理解が追いつかなかった。
「なんで俺が」
当然の疑問である。
すると、キュルケは腰に手を当てて自信満々に言った。
「ここは、あのゼロのルイズなんかが買ったものよりも、あたしがもっと良いものを買って彼の気を引くしかないわ!」
「……まあ、そこまではわかる」
わからなくもない。キュルケらしい発想だ。
「なんで、俺が行くんだ?」
だが、肝心の部分がわからないままだ。
すると、キュルケは呆れたような顔をした。
「私が行ったらサプライズにならないもの。こういうのは突然プレゼントすることに意味があるんだから」
理屈として理解できなくもないが、納得はできない。
一真は反論しようとしたが、やめた。付き合いはまだ短いが、経験上わかる。今のキュルケに何を言っても無駄だ。話が長くなるだけである。
助けを求めるようにタバサを見る。だが、当の本人は本から目を離しもしない。その反応は実にわかりやすかった。
「……わかったよ」
一真は肩を落とした。
「ここの武器屋には、興味もあるしな」
そう言って路地から歩き出す。
半分は諦め。もう半分は本心だった。
興味があるのは事実である。なにせ、この武器屋には才人の運命を大きく変える一本の剣が眠っている。
愛用……いや、相棒となって数々の戦いを共にする剣。その出会いの瞬間を間近で見られるのだ。
自然と口元が少し緩む。期待を胸に、一真は石段を上り、武器屋の扉へ手をかける。一呼吸置いてから、扉を押し開けて店の中へ入っていくのだった。
無理矢理、原作と絡ませる展開に……