仮初め傭兵と雪風の騎士   作:九津木

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第五話 土くれの襲撃

 二つの月が、トリステイン魔法学院の本塔の外壁を照らしている。そこの五階には、貴重なマジックアイテムが保管されている宝物庫がある。

 二つの月の光が、その壁に垂直に立つ人影を浮かび上がらせていた。

 『土くれ』の二つ名で呼ばれ、トリステイン中の貴族を恐怖に陥れている大怪盗――土くれのフーケであった。

 フーケは土系統のトライアングルメイジである。『錬金』の魔法で壁や扉を土くれに変え、あらゆる場所へ侵入する。そして、巨大な土ゴーレムを操り、衛士たちを蹴散らしながら堂々と獲物を奪い去る。

 その正体を知る者はいない。

 ただ一つ確かなのは、強力な魔法が込められたマジックアイテムを何より好むということだった。

 そんな大怪盗、フーケは魔法学院の壁の感触に舌打ちをした。

 

「さすがは魔法学院本塔の壁ね……。物理攻撃が弱点というけれど、こんなに厚かったらどうしようもないじゃない」

 

 土系統魔法のエキスパートであるフーケにとって、壁の厚さを測ることなど容易であった。

 

「たしかに『固定化』の魔法以外はかかっていない……けど、これじゃ私のゴーレムでも壊れそうにないね」

 

 フーケは腕を組み、歯噛みをした。

 

「やっとここまで来たんだ。『破壊の杖』を諦めるわけにはいかないね……」

 

 目的は、どんな堅牢な城塞すら吹き飛ばすという伝説のマジックアイテム『破壊の杖』だった。

 そして……

 

「それと『導きの腕輪』だったかね」

 

 フーケは事前に集めた情報を思い出す。

 用途不明の腕輪。分かっているのは、そこに特殊な魔力が封じられているということだけだった。

 

「まったく、ただの装飾品なら興味はないんだけどねぇ」

 

 フーケは肩をすくめる。

 

「魔力が封じられているなんて聞いたら、放っておけないだろう?」

 

 フーケの目がきらりと光った。どうやら、今夜の獲物は一つでは済まなくなりそうだ。

 

 

 

 

 フーケが本塔の壁で悩んでいる頃……。ルイズの部屋では騒動が持ち上がっていた。

 ルイズとキュルケは、お互いに睨みあっている。才人は自分の寝床……才人曰く『ニワトリの巣』の上で、キュルケが持ってきた名剣に夢中であった。

 タバサはベッドに座り、本を広げていた。

 

(なんだ、この空間は……)

 

 部屋の中の滅茶苦茶な状況を見て、一真はあっけにとられていた。

 

「どういう意味?」

「彼が欲しがっている剣を手に入れたから、そっち使いなさいって言ってるのよ」

「使い魔の使う道具なら間に合ってるの。ねえ、サイト」

「すげえ……やっぱこれ、すげえ……。ピカピカ光ってるよ」

 

 ルイズは、そんな才人を蹴飛ばす。

 

「なにすんだよ!」

「返しなさい。あんたには、あの喋るのがあるじゃない」

「いや、あれは面白いけど……」

 

 どうせ使うなら綺麗な剣の方がいい。しかも、キュルケはその剣をタダでくれるというのだから迷う理由もないだろう。

 

「才人くん。ちょっと、この剣見せてもらってもいいか?」

「え? 別にいいですけど……」

 

 才人に許可をもらい、一真は喋る剣――デルフリンガーを手に取る。眠っているのかわからないが、喋りだすことはなかった。

 原作で何度も読んだインテリジェンスソード。それを今、自分の手で握っている。

 

(これが、デルフリンガー……!)

 

 表情には出さないようにはしているが、一真にとってかなりの感動だった。

 

「嫉妬はみっともないわよ? ヴァリエール」

「誰が嫉妬してるのよ!」

 

 一真が密かに興奮している中、二人の口論は終わらない。

 

「トリステインの女ときたら、嫉妬深くって、気が短くて、ヒステリーで、プライドばっかり高くて……」

「あんたなんかただの色ボケじゃない! ゲルマニアで男を漁りすぎて相手にされなくなったから、トリステインまで留学してきて……」

 

 止まらない二人の罵りあい。

 

「言ってくれるわね」

「ホントのことでしょう?」

 

 二人は同時に自分の杖に手をかける。しかし、それまでじっと本を読んでいたタバサが二人よりも早く杖を振る。

 つむじ風が舞い上がり、二人の手から杖を吹き飛ばす。

 

「室内」

 

 淡々とタバサは言う。ここでやったら危険だと言っているのであろう。

 吹き飛ばされた杖は一真の方へ飛んでいく。反射的に、一真はその杖を二本ともキャッチする。

 

「部屋を吹き飛ばす気か?」

 

 掴んだ杖を掲げながら、一真は指摘する。

 そう言ってから、一真は二人の杖を持ったままタバサのいるベッドへ向かった。このまま返せば、また杖を向け合うだけだろう。

 一真は二人の杖をベッドの上に置いた。

 

「二人はいつもこうなのか?」

「日常」

「……退屈しないな」

 

 タバサの短い返答に、一真は苦笑した。

 部屋に入ってからというもの、ルイズとキュルケの口論は一度も途切れていない。

 

「さっきから、なんでこの二人がいるのよ」

「あたしの友達よ」

 

 さらりと答えたキュルケに、一真は思わず眉をひそめた。

 友達というのは間違っていない。だが、その言い方では余計な誤解を招きそうな気がした。

 

「なに? あんた、平民の傭兵にまで手を出しているの?」

 

 案の定、ルイズは胡散臭そうな目を向けてきた。

 

「こっちからお断りだ」

「カズマは黙ってなさい!!」

 

 即座に否定した一真だったが、キュルケから鋭いツッコミが飛んでくる。

 どうやら何を言っても面倒な方向へ転がるらしい。

 

「よ、よお。一真さんの……ご主人様、だよな?」

 

 才人がタバサに声をかけるも返事はない。

 

「気にしないでくれ。こういうご主人様なんだ」

 

 一真がやれやれといった様子で才人をフォローする。

 すると、こつんと脇腹に軽い衝撃が走った。見れば、タバサが杖で一真を小突いている。余計な事を言うな、とでも言いたげだった。

 ルイズとキュルケは、睨み合ったままだ。ふとキュルケが視線を逸らして言った

 

「じゃあ、サイトに決めてもらいましょう。」

「俺が?」

「そうよ。あんたの剣で揉めてんだから」

 

 話を振られ戸惑う才人を、ルイズはぐっと睨んだ。

 

「か、一真さん……」

 

 どうすればいいのか、と救いを求めるように才人は一真を見る。

 

「ここで俺の意見を聞いても、二人は納得しないと思うぞ」

 

 この状況、才人がどちらの剣を選ぶのかが大切だ。一真が薦めた剣を選んだところで、話はまとまらないだろう。

 とはいえ、才人にとっては悩みどころである。剣単体で考えれば、選ぶのはキュルケの方であろう。

 しかし、キュルケの剣を選べばルイズは激怒する。飯抜きもありえる。

 ルイズには恩がある。だが、キュルケも自分のために剣を買ってくれた。

 剣を選ぶということは、二人のどちらかを選ぶということになる。

 

「「どっち?」」

 

 キュルケが睨む。ルイズが睨む。

 タバサは本を読む。一真は空気を読む。

 

「その、両方は……だめ?」

 

 可愛く頭を搔く才人を、二人は同時に蹴飛ばす。才人は床に転がった。

 

「その答えは無理があったな」

「……だったら助けてくださいよ」

「悪い。俺も思いつかなかった」

 

 床に転がったまま、才人は恨めしそうな視線を一真に向ける。

 キュルケはルイズに向き直る。

 

「ねえ。そろそろ、決着をつけませんこと? あたしね、あんたのこと、だいっきらいなのよ」

「そうね、わたしもよ」

 

 キュルケは微笑んだあと、目を吊り上げた。

 

「「決闘よ!」」

 

 二人は、同時に怒鳴った。

 

「やめとけよ」

「ああ。いいことないぞ」

 

 呆れて言う才人に一真が同意する。つい最近、決闘で散々な目にあったばかりの二人だ。説得力がある。

 しかし、ルイズもキュルケもお互いに怒りをむき出しにして睨み合っており、二人の言葉は届かなかった。

 

「もちろん、魔法でよ?」

「ええ、望むところよ」

「いいの? ゼロのルイズ? 魔法で決闘で?」

 

 小ばかにした調子でキュルケが呟く。

 

「もちろんよ!」

 

 正直、ルイズに自信はなかった。でも、引き下がるわけにはいかなかった。

 そこにあるのは、プライドだけであった。

 

 

 

 

 本塔の壁に張りついていたフーケは、誰かが近づく気配を感じた。

 即座に壁を蹴って地面に飛び降りる。地面にぶつかる瞬間に小さく『レビテーション』を唱え、ふわりと着地する。

 そこから、素早く中庭の植え込みに隠れ、様子を伺う。

 中庭に現れたのは、五人。三人は学院の女子生徒。一人は平民の少年。そして……

 

「あの男……」

 

 フーケは小さく目を細めた。

 残りの一人は、傭兵の身なりをした青年だった。

 

 

 

 

「重い……」

 

 二本の剣を背負った一真は、苦しそうな声で呟いた。決闘の勝者が決まるまで、才人に与えられる剣を一時的に預からせられたのだ。

 なお、才人に持たせる案はルイズとキュルケの両方に却下された。結果として、一番関係のない一真が運搬係を押し付けられている。

 どちらも大剣と呼ばれる大きさの剣だ。さすがに一緒に背負うのは酷であった。

 

「じゃあ、始めましょうか」

「本当に決闘なんかするのかよ」

「そうよ」

 

 才人が心配そうな声をあげるが、ルイズもキュルケもやる気満々である。

 

「危ないからやめろよ」

 

 呆れた声で才人は言う。

 

「たしかに、怪我をするのもバカらしいわね」

「そうね」

 

 キュルケの言葉にルイズは頷いた。こういうところは、意見が揃うようだ。

 すると、ここまでまったく会話に入って来なかったタバサがキュルケに近づいて、何かを呟く。それから、才人を指差した。

 

「あ、それいいわね!」

 

 キュルケが微笑み、ルイズにも呟いた。

 

「あ、それいいわ」

 

 ルイズも頷いた。

 三人は一斉に才人の方を向く。

 

「な、なんだよ……」

 

 才人は、なんだかとても嫌な予感がした。

 一真はただ、苦笑いをするしかなかった。

 そして、数分後ーー

 

「おーい。本気か? お前ら」

 

 本塔の上からロープで縛られ、吊るされ、空中にぶら下がっている才人は、情けない声で言った。

 下にはルイズとキュルケの姿。

 塔の屋上には、シルフィードに跨ったタバサ。その隣には、二本の剣を背負ったままの一真が居た。

 

「あのロープを切って、サイトを地面に落とした方が勝ちよ。勝った方の剣をサイトは使う。いいわね」

「わかったわ」

 

 決闘の取り決めをする二人を見下ろしながら、一真はタバサに尋ねる。

 

「どうしてこんな提案を?」

「二人がやり合うよりはマシ」

「彼が不憫じゃないか?」

 

 一真は、才人へ視線を向ける。当の本人は、これから何が起こるのか不安そうな顔をしていた。

 

「危険な時は助ける」

「もう十分危険だろ」

 

 一真は、小さくため息をついた。

 

「行くわよ!」

 

 ルイズが魔法を唱える。唱えた魔法は火の魔法『ファイアーボール』だ。

 呪文が成功すれば、火の玉が彼女の杖の先から飛び出すはずだった。しかし、杖の先からは何も出ない。

 一瞬遅れて、才人の後ろの壁が爆発した。爆風で才人の体が揺れ、爆発の振動で本塔が少し揺れる。

 

「殺す気か!」

 

 才人の怒鳴り声が聞こえてくる。

 ロープはなんともない。今の爆風で切れることもなかった。しかし、本塔の壁にはヒビが入っていた。

 その結果に、キュルケは腹を抱えて笑っていた。

 

「ゼロのルイズ! 壁を爆発させてどうするの! あなたって、どんな魔法を使っても爆発させるんだから! あっはっは!」

 

 ルイズは憮然とし、悔しそうに膝をついた。

 一真は爆発の起きた場所を確認していた。魔法学院の壁にヒビを入れるほどの魔法。

 

「威力はあるんだけどな……」

 

 一真の呟きにタバサは首を傾げた。

 

「さて、次はあたしの番ね……」

 

 キュルケは、才人を吊るしたロープを見据える。余裕の笑みを浮かべながら、詠唱を済ませて手馴れた仕草で杖を突き出す。

 『ファイアーボール』はキュルケの十八番だった、

 杖の先から放たれた火球は狙い通りにロープにぶつかり、一瞬でロープを燃やし尽くす。

 才人が地面に向かって落下する。

 

「落ちるぞ!」

 

 一真が叫ぶが、タバサは慌てない。

 

「問題ない」

 

 タバサは杖を振り、才人に『レビテーション』をかける。ゆっくりと才人は地面に降りていく。

 才人が地面に着いた事を確認して、魔法を解いたタバサは、一真に視線を向ける。

 

「……さすがだな」

 

 見事な魔法の扱いに、一真は賛辞の言葉を向けた。

 

「残念ね! ヴァリエール!」

 

 勝ち誇ったキュルケは、大声で笑った。ルイズは座り込む。わかりやすく、しょぼんと肩を落としている。

 

「……まずはロープを解いてくれ」

「ええ、喜んで」

 

 キュルケが才人のロープを解こうとして近づいた、そのときである。

 背後に巨大な何かの気配を感じて、キュルケは振り返った。我が目を疑う。

 

「な、なにこれ!」

 

 キュルケは口を大きくあけた。巨大なゴーレムがこちらに歩いてくれる。

 

「きゃあぁぁ!」

 

 キュルケは悲鳴をあげて逃げ出した。才人はその背中に向かって叫ぶ。

 

「おい! 置いていくなよ!」

 

 迫り来るゴーレムが見え、才人はパニックに陥った。

 

「な、なんだこりゃ!」

 

 才人は逃げようともがいていたが、ロープで体をぐるぐる巻きにされているため逃げることが出来ない。

 

「……あれも日常か?」

「そんなわけがない」

 

 本塔の屋上からゴーレムを見た一真の問いに、タバサは即座に答える。

 

「な、なんで縛られてんのよ!」

「お前らが縛ったんだろうが!」

 

 そのゴーレムの足下付近では、ロープで縛られている才人とそれを解こうとしているルイズの姿があった。

 

「二人を!」

「わかってる……!」

 

 一真の叫びに答え、タバサはシルフィードで駆け出し二人の下へ向かう。少し焦っているような表情だった。

 

「逃げろルイズ!」

「くっ、このロープ……」

 

 ゴーレムの足が落ちてくる瞬間、間一髪、シルフィードが滑り込む。才人とルイズを両足でがっしり掴んで、ゴーレムの足と地面の間をすり抜ける。

 才人たちがいた場所に、ずしんと音を立ててゴーレムの足がめり込んだ。

 

「とりあえず、無事か……」

 

 上空に飛び上がったシルフィードを見て、一真は安堵する。

 本塔の屋上からゴーレムを見下ろす。見下ろすといっても、その大きさは桁違い。一真のいる場所とさほど高さは変わらなかった。

 巨大な土ゴーレム。そして、その肩の上に立つ人影。その特徴は、一真の知っている知識そのものだった。

 

「『土くれ』の、フーケ……」

 

 一真は、一人残された屋上でその名を口にした。

 

 

 

 

 フーケは、ゴーレムの肩の上で薄い笑いを浮かべていた。

 逃げ惑う生徒に上空を舞うウィンドドラゴンには目もくれない。頭から黒いローブを被り、自分の顔が見られなければ問題はない。

 フーケは、先ほどの爆発で壁にヒビが入った本塔を見る。

 その屋上には、一人の人影があった。

 その人影――傭兵の青年がこちらを見ていることに気づき、フーケは目を細める。

 逃げも隠れもせず、かといってこちらを止めようとする動きもしない。ただ立ち尽くし、こちらを眺めている。

 

(……不気味だね)

 

 フーケは頭を振った。それより、さっさと目的を果たそう。

 ヒビが入った壁に向かって、ゴーレムの拳が打ち込まれる。衝撃の瞬間、フーケはゴーレムの拳を鉄に変えた。

 拳がめり込み、鈍い音をたてて壁が崩れた。

 フーケはゴーレムの腕を伝い、壁に空いた穴から本塔の中――宝物庫内へと入り込んだ。

 フーケの目的は二つ。『破壊の杖』と『導きの腕輪』である。

 まずは『破壊の杖』から。

 壁にかけられている杖の中から、どう見ても杖には見えない物があった。全長は一メイルほど、見たことのない金属。

 フーケはその下にかけられた鉄製のプレートを見つめる。

 

『破壊の杖。持ち出し不可』

 

 フーケは笑みを浮かべながら『破壊の杖』を手に取る。その軽さに驚いた。一体、何で出来ているのか。

 しかし、そんなことを考えている暇はない。次は『導きの腕輪』だ。

 フーケが視線を巡らせると、装飾品が並べられている飾り棚が目に入る。

 宝石がはめられていたり、ゴールドで作られている装飾品がある中に至って普通の腕輪があった。少々変わった模様はあるが、どこにでもあるような金属製の腕輪だ。

 フーケは、そこに提示されているプレートを確認する。

 

『導きの腕輪。持ち出し不可』

 

 先ほどと同じ内容のプレートだった。

 本当にこれが貴重なマジックアイテムなのだろうか。フーケは、その腕輪を手に取る。

 

「……!」

 

 触れた瞬間、フーケは目を見開く。

 たしかに魔力を感じる。しかし、その魔力は今まで感じたことのない種類のものだった。明らかに異質な魔力を感じる。

 フーケの笑みがますます深くなった。

 そして壁に向かって杖を振ると、宝物庫の壁に文字が刻まれた。

 

『破壊の杖と導きの腕輪、確かに領収致しました。土くれのフーケ』

 

 これで、ここにはもう用はない。

 ゴーレムの肩へ戻ろうと振り返る。

 その時だった。

 退路を塞ぐように、あの傭兵が立っていた。

 

 

 

 

 自分は何をやっているのだろうか。

 フーケの前に立ち塞がりながら、一真は自身の行動に疑問を抱いていた。

 原作通りにフーケは宝物庫から『破壊の杖』を盗み出す。そこから逃走して、物語は進む。

 それで、よかったはずだ。自分が手を出す必要などなかった。

 

 だけど――

 

 気が付けば体が動いていた。

 一真は、本塔の屋上から巨大なゴーレムの腕へと飛び移る。ゴーレムの腕を足場にしながら駆け下り、宝物庫の中まで来ていた。

 そして今、一真は別の違和感を覚えていた。

 

(あれが『破壊の杖』ってのはわかるけど……もう一つはなんだ? 腕輪……?)

 

 フーケが手にしているのは『破壊の杖』だけではない。もう片方の手には、一つの腕輪が握られていた。

 フーケに盗み出されるのは『破壊の杖』だけのはずだ。ならば、あの腕輪は何なのか。

 そんなことを考えていた時だった。

 一真の視線が腕輪に向いていることに気づき、フーケは笑みを浮かべる。

 次の瞬間、フーケが駆け出した。

 一真のいる方向――その背後に立つゴーレムへ向かって。ここから逃走する気だろう。

 反射的に一真は身構える。背中の剣を抜こうなどと考える余裕はなかった。その時、フーケは腕輪を一真に向かって放り投げた。

 

「なっ!?」

 

 一真の視線が、宙を舞う腕輪へと吸い寄せられる。

 その瞬間、フーケの杖が振られる。

 

「しまっ――」

 

 一真が視線を戻した時には、既に遅かった。

 足元の床が生き物のように大きくうねり、突き上がる。

 その衝撃で一真の体は、そのまま宝物庫の外へと投げ出された。

 宝物庫から放り出される瞬間、フーケが自ら投げた腕輪を軽々と掴み取る姿が目に入る。 

 風が耳元で唸る。地面が猛烈な勢いで迫ってきた。

 

(やばい……やばいやばい!)

 

 空中では踏ん張る場所もない。ただ、落ちることしかできなかった。

 

「……さよなら、傭兵さん」

 

 フーケは小さく呟くが、その声が一真に届くことはなかった。

 

「きゅい!」

 

 聞き慣れた鳴き声と共に、衝撃が走る。さほど痛みはなく、地面ほど硬くもなかった。それは、シルフィードの背だった。

 一真はしばらく動けなかった。

 つい数秒前までの状況を思い出し、全身から嫌な汗が噴き出す。

 あのままなら間違いなく助からなかっただろう。原作知識も身体能力向上も、あの高さから落ちれば何の意味もない。

 

「無事?」

 

 タバサが短く尋ねる。

 一真は数秒遅れて状況を理解し、大きく息を吐いた。

 

「あ、ああ……」

 

 ようやく、自分が助かったのだと実感が湧いてきた。心臓が嫌になるほど暴れている。

 

「ありがとう、助かった」

 

 一真が礼を言うと、タバサは無表情に頷いた。

 

「すまん、逃げられた」

「相手は手練れ。当たり前」

「……そう、だな」

 

 一真は拳を握り締めた。

 

(結局、何も出来なかったな……)

 

 悔しさが胸の奥でじわりと広がる。

 一真は歩いて去っていくゴーレムを見つめた。

 

(破壊の杖は、原作通りだ。だけど、あの腕輪は……?)

 

 草原まで辿り着いたところで、巨大なゴーレムはぐしゃっと崩れ落ちる。巨大なゴーレムは、あっという間にただの土の山へと変わっていった。

 その肩にいたはずの黒いローブのメイジの姿は、どこにも見当たらなかった。




 二番手程度の実力じゃ、大怪盗に適うわけがありませんよね。
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