翌朝。
トリステイン魔法学院は、昨夜から大騒ぎであった。何せ、巨大なゴーレムによって宝物庫の壁が破壊され『二つの秘宝』が盗まれたのだから。
宝物庫には、学院中の教師が集まり、壁にあいた大きな穴を見て唖然としている。
『破壊の杖と導きの腕輪、確かに領収致しました。土くれのフーケ』
そして、壁には『土くれ』のフーケによる犯行声明が刻まれていた、
「土くれのフーケめ! 魔法学院にまで手を!」
「衛兵は何をしていたんだね!」
「それより、昨晩の当直は誰だったんだ!」
教師たちは、それぞれ好き勝手なことを喚いている。お互い責任をなすり付け始めていた。
「も、申し訳ありません……」
昨晩、当直であったシュヴルーズは周りの教師から追求されていた。まさか、魔法学院を襲う盗賊がいるなどとは夢にも思わず、当直をサボっていたのだから。
秘宝を盗まれた責任はシュヴルーズにあると問い詰めている中、そこにオスマンが現れた。
「これこれ。女性を苛めるものではない」
シュヴルーズを問い詰めていた教師の一人がオスマンに訴える。
「しかしですな! 彼女は当直をサボり自室で寝ていたのですぞ! 責任は彼女にあります!」
オスマンは長い髭をこすりながら、興奮する教師を見つめた。
「ミスタ……なんだっけ?」
「ギトーです!」
「そうそう、ギトー君。……さて、この中でまともに当直をしたことがある教師は何人おられるのかな?」
オスマンは、周りを見渡した。教師たちはお互いに顔を合わせると、恥ずかしそうに顔を伏せた。名乗り出るものはいなかった。
「さて、これが現実じゃ。責任があるとするなら、この魔法学院が賊に襲われるなど夢にも思わなかった我々全員じゃ。もちろん、私も含めてじゃがな……」
オスマンの言葉に教師たち全員が目を伏せた。
「で、犯行の現場を見ていた生徒は誰だね?」
「はい、この三人です」
オスマンが尋ねると、コルベールが進み出て、自分の後ろに控えさせていた三人に手を向けた。
ルイズにキュルケにタバサの三人。一真と才人もそばにいたが、学院の生徒ではないため数には入っていない。
「ふむ……。君たちか」
オスマンは、興味深そうに才人と一真を見つめた。
才人はじろじろと見られかしこまる。しかし、一真はオスマンの視線には気づかずに壁の穴の方を眺めていた。そして、不自然に突き上がっている床を確認する。自分を宝物庫の外へ弾き飛ばした土魔法の跡だ。
(破壊の杖が盗まれるのは原作通りとはいえ……悔しいな)
昨晩、フーケに一本取られたことを悔やんでいると、オスマンが三人に尋ねる。
「この際、何故夜に出歩いとったかは聞かんよ。だが、昨晩起きたことを詳しく説明したまえ」
ルイズが進み出て、見たままを述べた。
「大きなゴーレムが現れて、ここの壁を壊しました。肩に乗っていた黒いメイジが、この宝物庫の中から……『破壊の杖』と『導きの腕輪』だと思いますけど……それを盗み出して、ゴーレムの肩に乗りました。ゴーレムは城壁を越えて、最後には崩れて土に……」
「それで?」
「肩に乗っていた黒いローブを着たメイジは、影も形もなくなってました」
「ふむ……」
ルイズの証言にオスマンは髭を撫でた。
「誰か、そのメイジの姿を近くで確認出来た者はおるか?」
オスマンの言葉に、タバサが一真の方を向く。他の三人も少し遅れて、一真を見た。
次々と教師たちからの視線が増えていく。
「……俺です」
向けられた視線に対して、一真はおずおずと手をあげた。
「君、か……。して、そのメイジの風貌はわかるかの?」
「暗闇でしたから顔までは……。でも、背は自分よりは低く、細身な方かと」
オスマンからの問いに、一真は当たり障りのない答えを返す。
今の時点でフーケの正体は明かすわけにはいかない。現時点では、謎のメイジということで話を進めなくてはいけない。
「後を追おうにも、手がかりナシというわけか……」
「お待ちください。オールド・オスマン」
一人の教師が口を開いた。先ほどシュヴルーズを問い詰めていた教師、ギトーだった。
ギトーは一真をじっと見つめていたが、やがて口を開いた。
「なぜ平民の傭兵が賊と接触していたのかね?」
「偶然です」
「偶然で済ませられる話ではあるまい」
一真の返答に、ギトーの視線が鋭くなる。
その一言を皮切りに、周囲の教師たちも一真を見る目を変えた。
「盗みをしようとしていたから、止めようとした。でも、手も足も出せずにそこから落とされた。……彼女のおかげで助かりましたけどね」
タバサに視線を向けつつ、一真は昨夜の出来事をそのまま伝える。
とはいえ、一度生まれた疑惑は簡単には消えない。
「君は、フーケとは無関係だと?」
「はい」
「証拠は?」
「……ありませんね」
宝物庫の中が静まり返る。
その答えは事実だった。フーケと無関係だということを証明できるものなどない。
教師たちの視線が一斉に集まる。好奇心ではない。明らかに疑いの目だった。
「まあ、落ち着きなさい。ミスタ・ガトー」
「ギトーです! 何故です!? どう考えても一番怪しいのは、この平民の傭兵です!」
ギトーは、一真を指差し言葉を続ける。
「使い魔召喚の儀で召喚されたか知りませんが……。フーケ本人ではないにしても、協力者の可能性は充分にあります!」
教師たちの間にざわめきが広がる。 確かに、一真の素性を詳しく知る者は少ない。疑いの目が向けられるのも無理はなかった。
ただの平民である才人と違い傭兵という生業。疑うには十分だろう。
一真は反論しなかった。 反論したところで証拠がない。下手に弁明を重ねれば、かえって怪しまれるだけだ。
ギトーが興奮して捲し上げる中、オスマンがタバサに尋ねる。
「彼がそこから落ちたというのは本当かね?」
「本当」
短くタバサは答えた。
余計な言葉はなかった。だが、その一言には妙な説得力があった。
「ひとまず、この場にフーケ……もしくはその協力者がいることはないじゃろ」
「オールド・オスマン!!」
オスマンの判断に、ギトーはなおも食い下がろうとする。
しかし、オスマンは長い髭を撫でながら続けた。
「わしが共犯なら、この場に残らずさっさと逃げておるよ」
その言葉に、教師たちは顔を見合わせた。
「それに、協力者ならわざわざ始末されかける理由もあるまい」
オスマンの言葉に、先ほどまで騒いでいた教師たちも口を閉ざした。疑わしい点はあっても、共犯と断定するには無理がある。
それからオスマンは、気づいたようにコルベールに尋ねる。
「ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」
「それがその……朝から姿が見えませんで」
「この非常時に、どこに行ったのじゃ?」
オスマンとコルベールがそんな噂をしていると、宝物庫にロングビルが現れる。
「遅くなりました」
「ミス・ロングビル! どこに行ってたんですか! 事件ですぞ!」
興奮した様子でまくし立てるコルベールをよそに、ロングビルは落ち着いた態度でオスマンに告げる。
「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりましたの」
「調査?」
「そうですわ。今朝方、起きたら大騒ぎじゃありませんか。そして、宝物庫の壁にフーケのサインを見つけたので、これが国中の貴族を震え上がらせている大怪盗の仕業と知り、すぐに調査を開始致しました」
「仕事が早いの。ミス・ロングビル」
オスマンは感心したように頷いた。教師たちの間にも感嘆の声が漏れる。
コルベールが慌てた様子で促した。
「それで、結果は?」
「はい。フーケの居所がわかりました」
「な、なんですと!」
教師たちは、今度はざわめく。それもそのはず。つい先ほどまで犯人の手掛かりすらないと思われていたのだから。
「誰に聞いたんじゃね? ミス・ロングビル」
「はい。近在の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの男を見たそうです」
その報告に、宝物庫の空気が一変した。
「黒ずくめのローブ? 間違いありません! フーケです!」
教師たちの表情が明るくなる。犯人の居場所を掴めだのだ。
「男、ですか……」
ロングビルの情報を聞いた一真は、僅かに目を細めて呟いた。
「なにか?」
一真の呟きに、ロングビルが穏やかな笑みを浮かべたまま尋ねる。その視線が、一瞬だけ鋭くなった気がした。
「いえ。自分が見たところ、フーケはかなり細身でしたので……」
「お言葉ですが、細身な男性もいらっしゃいますわ」
「……そう、ですね。こんな派手な盗みをするものですから、勝手に品のない荒くれ者かと思ってました」
一真の発言に、ロングビルは少し眉を釣り上げる。しかし、その表情はすぐに消えた。
「ミス・ロングビル。その廃屋はここから近いのかね?」
「はい。徒歩で半日、馬で四時間といったところに……」
「すぐに王室に連絡しましょう! 王宮騎士に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」
コルベールが叫ぶと、オスマンは首を振って目をむいて怒鳴った。年寄りとは思えない迫力である。
「王宮なんざに知らせている間にフーケが逃げてしまうわ! これは、魔法学院の問題じゃ! 当然我らで解決する!」
オスマンの言葉にミス・ロングビルが微笑む。まるで、この答えを待っていたかのようであった。
オスマンが咳払いをすると、有志を募った。
「では、捜索隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ」
誰も杖を掲げない。困ったように、顔を見合わすだけだ。もし、失敗したら責任を取れないからである。
(……これが現実か)
先ほどまで威勢の良かった教師たちが、いざとなると杖を掲げない。
責任を恐れる気持ちは理解できる。だが、一真は小さく息を吐く。誰も杖を掲げない中、胸の奥がざわつくのを感じていた。
「おらんのか? フーケを捕まえて、名をあげようという貴族はおらんのか!」
オスマンの言葉にルイズは俯いていたが、それからすっと杖を顔の前に掲げた。
それを見たシュヴルーズが驚きの声をあげる。
「ミス・ヴァリエール! あなたは生徒ではありませんか! ここは教師に任せて……」
「誰も掲げないじゃないですか!」
ルイズは強く言い放った。
唇を軽くへの字に曲げて真剣な目をしたルイズを、才人は口をあけて見つめている。
その様子に、一真は自然と笑みを浮かべた。
杖を掲げているルイズを見て、しぶしぶキュルケも杖を掲げる。
「ミス・ツェルプストー!?」
「ふん。ヴァリエールには負けられませんわ」
杖を掲げるキュルケを見て、タバサも杖を掲げた。
「あんたはいいのよ。関係ないんだから」
キュルケがそう話すとタバサは短く答えた。
「心配」
キュルケは感動した面持ちでタバサを見つめる。
「ありがとう、タバサ……」
ルイズも唇を噛み締めて、お礼を言った。
そんな三人の様子を見て、オスマンは笑う。
「そうか。では、頼むとしようか」
「オールド・オスマン! わたしは反対です! 生徒たちをそんな危険に晒すわけには……」
「……では、君が行くかね? ミス・シュヴルーズ」
「い、いえ……わたしは、その……」
「彼女たちは、敵を見ている。その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いているが?」
タバサは特に返事もせずに突っ立っている。教師たちは驚いたように彼女を見つめた。
「本当なの? タバサ」
キュルケも驚いていた。
王室から与えられる爵位として最下級の『シュヴァリエ』という称号。それが、タバサの年齢で与えられているということが驚きの理由である。
領地を買うことで手に入る男爵や子爵とは違い、シュヴァリエは純粋に業績に対して与えられる。つまり、実力者である称号となる。
ざわめく宝物庫の中で、オスマンはキュルケを見つめる。
「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出。自身の炎の魔法も、かなり強力と聞いているが?」
キュルケは得意げに、髪をかきあげる。
「ミス・ヴァリエールは、その……数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵の息女で、その、うむ、なんだ、将来有望なメイジと聞いているが?」
歯切れの悪い紹介に、ルイズのこめかみがぴくりと動いた。それから、オスマンは才人を見つめる。
「その使い魔は、平民ながらあのグラモン元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったという噂だが?」
オスマンは思う。もしコルベールの推測通り、この少年が伝説の使い魔ならば――そんな考えが脳裏をよぎる。
コルベールが興奮した調子で後を引き取る。
「そうですぞ! なにせ、彼は――」
オスマンは慌ててコルベールの口を押さえた。
「むぐ! いえ、何でもありません! はい!」
教師たちはすっかり黙ってしまった。
オスマンの視線が、静かに一真へ向けられる。
「君はたしか、傭兵とのことじゃったな?」
「まあ、一応……」
一真は、頭をかきながら曖昧に答えた。
「では、君に依頼をしたいのじゃが」
「依頼ですか?」
「ああ。彼女たちに同行してもらえないかの?」
まさかの依頼内容だった。
一真にとっては、フーケ捜索に同行出来るので問題はないのだが、仮にも学院から警戒されている身である。そんな一真にそんな依頼をするとは、オスマンの考えがわからない。
「オールド・オスマン! 何故そんな傭兵を……」
オスマンの提案にギトーが声を荒げる。彼もまた、一真と同じ感想だったのだろう。
「彼は、ヌーイ・ド・カマセを決闘で破ったと聞いておる。かつて、戦場で自ら前線に立ち、その高い実力で周りを従わせたというカマセ家の一人息子をだ」
その名を聞き、教師たちの間に小さなどよめきが走った。
教師たちの反応を見て、一真は少し驚く。彼はそんなにすごい家系の人間だったのか。
「実力なら申し分ないと、儂は思うが?」
オスマンの言葉に、ギトーは反論できず押し黙った。
「……それで、どうかの? うちの生徒を守ってもらえないかの?」
返事をする前に、一真は不自然に盛り上がっている床に視線を落とした。昨夜、自分を宝物庫の外へ弾き飛ばした土魔法の痕跡だ。
「いいですよ。その依頼、お受けします。……借りもありますしね」
そう答えて、顔を上げる。元々、同行するつもりではあった。しかし、昨夜何も出来なかった自分の不甲斐なさを思い出す。
オスマンが目を細めた。
「借り、とな?」
「ええ。昨夜は、何も出来ませんでしたから」
一真は頭を掻いた。
「あれだけ派手にやられて、何もしないままっていうのも悔しいので」
その言葉に、オスマンは満足そうに頷く。
もちろん、理由は他にもある。
(『導きの腕輪』っていうのも気になるしな……)
『破壊の杖』と共にフーケに盗み出されたマジックアイテム。原作に登場しないアイテム。それが何なのかを一真は知っておきたかった。
「ただ、一つお願いが」
「ほう?」
「預けた剣を返してもらえますか? さすがに丸腰で行かせるつもりはないでしょう?」
「ふむ、よかろう……ミスタ・コルベール?」
オスマンは、コルベールへ視線を向ける。
「あの剣なら私の研究室に保管してあります。出発の際にお渡ししましょう」
「助かります」
一真が軽く頭を下げると、納得の出来ないギトーが口を挟む。
「平民の傭兵なんぞに何が出来る!」
「動かない貴族よりはマシですよ」
一真の皮肉に何人かの教師が顔をしかめた。だが、反論する者はいない。
「……さて、この者たちに勝てるという者がいるのなら、前に一歩出たまえ」
誰もいなかった。改めてオスマンは、五人に向き直った。
「諸君らの努力と貴族の義務に期待する」
ルイズとタバサとキュルケの三人は、真顔になって直立する。
「杖にかけて!」
同時に唱和し、スカートの裾をつまみ、恭しく礼をする。
そんな三人を見て、才人も慌てて真似をする。スカートはないため、上着の裾で代用していた。
一真は、直立して右手を左胸に置いた。この流れで何もしないわけにいかない、と思いついた傭兵っぽいポーズだった。
「では、馬車を用意しよう。ミス・ロングビル!」
「はい。オールド・オスマン」
「彼女たちを手伝ってやってくれ」
オスマンからの頼みにミス・ロングビルは頭を下げた。
「元よりそのつもりですわ」
頭を下げた彼女の口元には、僅かな笑みが浮かんでいた。
それに気づく者は、誰もいなかった。
一真のポーズは、心臓を捧げているようなポーズかと思っています。