「では、カズマ殿。お預かりしていた剣です」
学院の外。馬車が用意されている間、一真はコルベールから預けていた剣を受け取っていた。
一真は、受け取った剣を鞘から抜く。それから軽く振ってみた。
剣が重いとは感じない。むしろ、驚くほど手に馴染んだ。
傭兵の経験どころか剣もまともに扱ったことすらないはずなのに、どう振ればいいのか体が理解しているような感覚があった。
(転生特典のおかげか……?)
転生の際に与えられた肉体の強化には、どうやら身体能力以外の部分にも影響があるらしい。
少なくとも、剣での戦い方が分からないということはなさそうだった。
「カズマ殿。あなたを疑っているというわけではありませんが……」
コルベールは言い淀んだ。
その視線の意味は、一真にも分かっていた。宝物庫でギトーに向けられた疑いの目は、決して消えたわけではない。
「受けた依頼は必ずこなします」
剣を鞘に収めつつ一真がそう答えると、コルベールは小さく頷いた。
「うちの生徒をよろしくお願いします」
それは疑いよりも、生徒たちを案じる言葉だった。
「ミスタ・コルベール」
ふと背後から声がかかる。
振り返ると、ミス・ロングビルが立っていた。
「ミス・ロングビル! 準備はよろしいので?」
「万全ですわ」
ミス・ロングビルの視線が、一真へ向く。
「オールド・オスマンは、あなたを信用しているようですが……わたくしはまだ判断しかねています。勝手な行動は慎むように」
柔らかな口調だったが、その言葉には明確な警戒心が込められていた。
「……ご忠告、どうも」
一真は特に反論はしなかった。
今ここで何か言ったところで、彼女の警戒が解けることはないだろう。
「ミス・ロングビル。あなたもお気をつけて」
「ええ。ご心配ありがとうございます」
コルベールの言葉に、ロングビルは微笑む。
それを眺める一真の表情は少し曇っていた。
六人は馬車に乗って出発した。馬車といっても、それは屋根のない荷車のような馬車。襲われた時に飛び出せるということで選ばれたらしい。
ロングビルが御者を引き受け、黙々と手綱を握る。
「ミス・ロングビル。手綱なんて付き人にやらせれば……」
「いいのです。わたくしは、貴族の身を失くした身ですから」
キュルケの問いに、ロングビルはにこりと笑って答えた。
「オールド・オスマンの秘書なのに?」
「オスマン氏は、貴族や平民だということに拘らないお方です」
「差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」
ロングビルににじり寄ろうとするキュルケに、馬車の後方に座っていた一真が口を挟んだ。
「やめとけ。誰にでも、話したくないことぐらいあるものだ」
「なによ、カズマ。随分とミス・ロングビルの肩を持つのね。もしかして、年上が好み?」
「……言ってろ」
そう言って、一真は馬車の後方を確認する。移動時の後方の安全確認を担当しているからだ。
「まったく、何が悲しくて泥棒退治なんか……」
「あんたが自分で志願したんじゃないの」
「あんたが一人じゃ、サイトが危険じゃないの。あの大きなゴーレムが現れたらサイトを戦わせて、自分は高みの見物でしょ?」
「誰が逃げるもんですか。わたしの魔法で何とかしてみせるわ」
「魔法? 笑わせないで!」
二人は火花を散らし始める。昨日から引き続き、飽きないものである。そんな中、タバサは相変わらず本を読んでいる。
「ま、せいぜい怪我しないことね。……じゃあダーリン。これ使ってね?」
キュルケは色気たっぷりの流し目を才人に送り、自分の買った例の剣を手渡した。
「あ、ああ……」
「勝負に勝ったのはあたし。文句はないわよね?」
才人が剣を受け取ると、キュルケは勝ち誇った表情でルイズに告げる。
約束は約束。ルイズは何も言わなかった。
「……前途多難だな」
「同感」
やれやれといった様子で呟いた一真の言葉に、タバサは本を読みながら答える。この頃、こういったやり取りが増えてきた気がする。
(とりあえず、今は様子見だな……)
手綱を握るロングビルに何度か視線を向けながら、一真は自分に出来ることを考えていた。
馬車は深い森に入っていった。昼間だというのに薄暗く気味が悪い。
「ここからは、徒歩で行きましょう」
深い森の中を馬車で乗り込むのは厳しい。馬車を止めてロングビルがそう言い、全員が馬車から降りた。
森を通る道から小道が続いている。
「なんか、暗くて怖いわ……」
キュルケが才人の腕に手をまわす。
「あんまりくっつくなよ」
「だってー、すごくー、怖いんだものー」
嘘くさい調子でキュルケは答える。その様子を見て、ルイズはふんっと顔を背けていた。
そんな調子で森の中の小道を歩いていく六人。
一真は最後尾から、先頭を歩くロングビルに視線を向けていた。その視線に気づいたのか、隣を歩くタバサが小さく口を開く。
「何を気にしているの?」
少し驚いた表情を浮かべてタバサを見た後、一真はロングビルの背中へ視線を戻した。
「……そんなにわかりやすいか?」
「割と」
タバサも静かにロングビルへ視線を向ける。
「まだ、わからない。ただの思い過ごしかもしれないしな」
本当は違う。
一真は、知っている。
だが、それを説明出来る理由が一真にはなかった。
「そう」
タバサは、それ以上追求せずに小さく頷くだけだった。
しばらく歩いていると、開けた場所に出た。森の中にある空き地といった場所の真ん中には廃家があった。
元々は、木こり小屋だったのだろう。朽ち果てた釜と壁板の外れた物置が並んでいる。
六人は森の茂みに身を隠して小屋を見つめる。
「あの中に居るという情報です」
ロングビルが廃家を指差して言う。
一真は廃家を見つめる。人がいるような気配はない。
警戒すべきなのは、あの廃家ではない。しかし、それを口にするわけにはいかない。
自分にできることは一つ。
皆に危険が及んだ時にすぐに動けるよう備えておくことだけだった。
「……どうする?」
一真の一言をきっかけに、小さな作戦会議がはじまる。
本当にあの廃家の中にいるのなら、奇襲が一番だ。寝ていてくれていればなおさらである。
タバサが膝をつくと自分の立てた作戦を伝えるために杖で地面に絵を描く。
まず、偵察兼囮が小屋の中の様子を確認する。もし、フーケが中にいれば、挑発して小屋の外に出す。そして、フーケが外に出たところを一気に攻撃する。
土ゴーレムを作り出す暇を与えずに、相手を沈黙させる作戦だ。
「で、偵察兼囮役は?」
作戦を聞いた才人が尋ねると、タバサは短く答える。
「すばしっこいの」
ルイズとキュルケの視線が才人へ向き、タバサは一真を見つめていた。
「俺かよ」
「そう言うな。こういうのは男の仕事だ」
ため息をつく才人を一真が剣を鞘から抜きながらフォローする。それに続くように才人はキュルケから貰った剣を鞘から抜いた。その時、才人の左手のルーンが光っていた。
「窓から小屋の中を確認しよう」
一真の案に才人は頷き、二人は同時に駆け出した。
強化された身体能力を持つ一真も決して遅くはない。しかし、ルーンの力を宿した才人の速度は別格だった。
一真が数歩進む間に、才人は見る見るうちに前へ出ていく。
(マジか……。あれがガンダールヴの力か……)
才人のその力は知っているものの、目の当たりにすると驚きと同時に感動すら覚える。
才人は一足先に小屋の近くへと辿り着き、一真は少し遅れてその横に並んだ。
(いやいや、今は余計な事を考えるのはやめておかないと……)
頭を軽く振る一真に才人が「どうしたのか」という視線を送る。
一真が「何でもない」というように手を振り、才人と共に窓に近づいて小屋の中を覗いた。
小屋の中は一部屋。埃の積もったテーブルと椅子。崩れた暖炉にテーブルの上には酒瓶が転がっている。
部屋の隅には薪が積み上げられており、その横には木で出来た大きい箱……チェストがあった。
人の気配はなく、隠れるような場所もない。
「誰も、いませんね……」
「……そうだな」
「どうしましょう?」
「皆を呼ぼう。俺は、先に中を調べてみる」
「わかりました」
才人が隠れている全員に向かって、頭の上で手を交差させる。誰もいなかった、という合図である。
その間に一真が小屋のドアを開けて中に入る。
本来なら罠や待ち伏せを警戒するべきだろうが、一真にとってその必要はなかった。
「まあ、いるわけがないんだよな」
小屋の中が無人であることを知っていたからだ。そもそも、ここにいるかもしれない人物は、既に別の場所にいるのだから。
一真は真っ先に部屋の隅のチェストに向かう。チェストを開けると、そこには盗まれた『破壊の杖』が収められていた。
そして、その傍らに――
(あった……。原作には出てこないマジックアイテム)
皆よりも先に小屋の中に入ったのは、これを確認するためだった。
本来、フーケが盗み出すのは『破壊の杖』だけのはずだった。だが、チェストにはもう一つ『導きの腕輪』が収められている。
何度か原作との違いを体験している一真にとって、この違いを見逃すわけにはいかなかった。
実際に手に取って見てみる。
シンプルに銀色の金属で作られた腕輪だ。少し幅広で、表面には細かな格子模様が刻まれている。特別変わった腕輪には見えなかった。
そうしている内に小屋の中に才人、タバサ、キュルケが入ってくる。
「ホントに誰もいないの?」
「ああ、見ての通りだ」
小屋に入ってきた中に、ルイズとミス・ロングビルがいなかった。
「あとの二人は?」
「ゼロのルイズは外で見張り。ミス・ロングビルは辺りを偵察するって言って、森の中に入って行ったわ」
「……そう、か」
原作通りだな、と一真は心の中で呟く。
(とりあえず、今はこの腕輪を調べる時間が出来てよかったと思っておこう)
一真は、腕輪をキュルケに見せた。
「これが『導きの腕輪』で合ってるか?」
「……ええ。宝物庫を見学したときに見たことあるわ」
キュルケに腕輪を確認してもらっている間に、タバサがチェストの中から『破壊の杖』を見つけて持ち上げる。
「破壊の杖」
探していた物が呆気なく見つかり、キュルケは少し拍子抜けする。
才人は、タバサが持ち上げた『破壊の杖』を見て、目を丸くさせていた。
「それ、本当に『破壊の杖』なのか?」
驚いて言う才人に、キュルケが頷く。
「そうよ。これも宝物庫で見たことあるもの」
才人が近寄って『破壊の杖』をまじまじと見つめる。
それもそうだろう。それは才人にとって見覚えのある形だったからだ。
その時だった。
“ふわぁ……よく寝た“
突如、知らない声が聞こえた。
「今の声は誰だ?」
そう言って一真が周囲を見渡す。だが、三人は怪訝そうな顔を浮かべるだけだった。
「は? 何言ってるの?」
「いや……今、誰かの声が」
“久しぶりに明るい場所に出れた気がしますね”
「ほら!」
声は確かに聞こえている。それなのに三人は何一つ反応しない。
「タバサ、聞こえる?」
「何も」
「一真さん。大丈夫ですか?」
怪訝そうな表情が段々と心配そうな表情に変わっていく。
“ああ……。多分、手にしているアナタだけに聞こえてるんですかね”
その言葉に、一真はゆっくりと視線を手元の腕輪へ落とす。
「まさか、コレか?」
声は、一真の手にある『導きの腕輪』から聞こえていた。
“コレ呼ばわりとは失礼ですね。これでも精霊なんですけど?”
「精霊? 何を言って……」
そこで一真は言葉を切り、三人へ視線を向けた。その反応を見れば、自分の姿がどう映っているのかは嫌でも分かった。
「本当に精霊だっていうなら、姿を見せてくれないか?」
“え〜……見えるようにするの、結構面倒くさいからやりたくないんですけど”
「頼むよ。一人で喋ってるヤバい奴に見られてるから」
“しょうがないですねぇ……”
ふっと腕輪が震えた。その瞬間、腕輪が淡く輝き始める。
淡い蒼い光が溢れ、小さな光の粒が宙へ舞う。光が集まり、やがて十五センチほどの少女の姿を形作った。
「ふう……。人間に姿を見せるのなんて何年振りだろう」
肩口まで届く金色の髪に、澄んだ蒼い瞳。青い花びらを重ねたようなドレスを纏い、その全身はやんわりと輝いている。
まるで人形のようなその姿は、精霊を思わせる神秘的な雰囲気を漂わせていた。
目の前の光景に才人は呆然と口を開き、キュルケは目を丸くする。タバサは、静かにその小さな少女を見つめていた。
「お前は、誰なんだ?」
絞り出したような一真の問いに、その小さな少女――精霊は答える。
「アタシ? アタシはシエラ。その腕輪に宿っている『光の精霊』ですよ」
『導きの腕輪』に加えて『光の精霊』。
覚えのない存在の連発に一真は、頭が追いつかなかった。
” “ 内の会話は一真にしか聞こえていないという設定です、一応。