その腕輪は、魔法学院の宝物庫に保管されているマジックアイテムである。
見た目は、何の変哲もない普通の腕輪。
調査の結果、そこには魔力が封じ込まれていることがわかった。
しかし、その使い方は未だ判明していない。
身につけたまま魔法を使っても何も起きず、腕輪そのものへ魔法をかけても変化はなかった。
ただ、その異質な魔力は不思議とメイジを惹きつけるということから、こう名付けられた。
『導きの腕輪』と。
「久しぶりにあんな薄暗い部屋から出れたと思ったのに、こんな所に入れられて困ったものですよホント」
そう言って、シエラと名乗ったその精霊は頬を膨らませた。
「……腕輪に宿る精霊なんて初めて聞いたわ」
「そうなのか?」
呟くように言ったキュルケの言葉に、一真が問いかけるとタバサが補足してくれる。
「精霊は自然界に存在する力。だけど、光の精霊なんて聞いたことがない」
「そんなこと言われても、アタシはアタシなんですけど?」
タバサの説明に対して、またシエラは頬を膨らませた。
どうやら『光の精霊』というものは、この世界でも知られていない存在らしい。そしてそれは、一真の知る知識の中にも存在しなかった。
「シエラ……だったな? 悪いけど色々説明してもらっていいか?」
この世界にも、自分の知る世界にも存在しない謎の存在。それを明かすために、少しでも情報が欲しい。
「別にいいんですけど……そんな暇はなさそうですよ?」
一真の問いに、シエラが上を向きながら答えたその時だった。
「きゃあ!」
突如、ルイズの悲鳴が聞こえた。
「どうした! ルイズ!」
才人の叫びと共に、全員が一斉にドアの方へ振り向いた。
その時、大きな音と共に小屋の屋根が吹き飛んだ。
屋根がなくなり、よく見える空の中……巨大な土ゴーレムの姿があった。フーケのゴーレムだ。
「ゴーレム!」
キュルケが叫ぶ。
「アタシは戦えませんので。腕輪、壊さないでくださいよ?」
「あ、おい!」
まるで他人事のように話し、スっと腕輪の中に入っていくように姿を消すシエラ。いや、戻ったというべきか。
そんなことをしている内に、タバサとキュルケが杖を振って呪文を唱えた。
しかし、巨大な竜巻がぶつかろうとも、火炎に包まれようとも、ゴーレムはビクともしない。
「無理よこんなの!」
手も足も出ないゴーレムの強さにキュルケが嘆いた。
「退却」
「……だな」
タバサの提案に一真が賛成する。腕輪は、ひとまず懐に入れておいた。
一真とタバサとキュルケは、一目散に逃げ出す。そんな中、才人はルイズの姿を探していた。
ルイズは、ゴーレムの背後で杖を振り呪文を唱えていた。ゴーレムの背後で何かが弾ける。ルイズの魔法の爆発だろう。
「逃げろ! ルイズ!」
「いやよ! あいつを捕まえれば、誰ももうわたしのことを馬鹿にしないでしょ!」
才人の呼びかけに、ルイズは唇を噛み締めて答えた。真剣な目だった。
ルイズの存在に気付いたゴーレムは、ゆっくりと身体を回転させた。
ゴーレムの視線がルイズに向く。巨大な足を持ち上げ、彼女を踏みつぶそうとする。
ルイズは魔法を放つ。また爆発が起こるが、ゴーレムはビクともしない。表面の土が崩れただけだった。
「くそっ!」
才人が剣を構えて飛び出した。風のような速さでルイズを助けに行く。
タバサとキュルケと共に逃げていた一真は思わず足を止め、二人の方へ振り向いた。
無理に二人を助けに行く必要はない。その後の流れも、一真は知っている。
だが、もしも原作通りに話が進まなければ?
一真の脳裏に、才人とギーシュの決闘が浮かぶ。このゴーレムとの戦いも原作通りに上手く進まないのかもしれない。
そして、なにより……
「ここで二人を置いて逃げるのは、少し違うよな……!」
一真は、剣を構えて二人の元へ走り出した。
「カズマ!?」
自分たちとは逆方向へ走り出した一真に気づき、キュルケは驚きの声をあげる。
「タバサ! 三人が……」
「わかってる……!」
キュルケからの言葉に答えるように、タバサは口笛を吹いた。
ゴーレムの足がルイズの視界に広がる。今にも踏みつぶされると思ったその時だった。
才人が走り込み、ルイズの体を抱きかかえながら地面に転がる。
「死ぬ気か! 貴族のプライドがどうした! 死んだら終わりじゃねえか!」
思わず、才人はルイズの頬を叩く。ぱしんと乾いた音が響いた。
呆気にとられて才人を見つめるルイズの目から涙がこぼれる。
「悔し、くて……。わた、し……。いっつも、バカにされて……」
目の前で涙を流すルイズを見て、才人は困ってしまった。
ルイズは、普通の女の子なのだ。バカにされて悔しいわけがない。気が強くて、生意気だけど……少しでも変わろうと努力しているのだ。
しかし、ルイズが泣き出そうともゴーレムには関係なかった。二人に向かって、拳を振りあげたときだった。
「感動のシーンを邪魔するなよ!」
一真がゴーレムの動きを少しでも止めようと、ゴーレムの足に向かって剣を振った。
だが、ゴーレムの表面は剣が当たる瞬間に鋼鉄に変化し、それを弾いた。
攻撃に気づいたゴーレムは、一真に向かって拳を振り下ろす。一真は、全力でその場を離れて攻撃をかわした。
直撃はしていない。だが、その衝撃と飛び出す瓦礫に一真は吹き飛ばされる。
地面を転がり、体勢を立て直した一真が二人に叫ぶ。
「逃げるぞ! 走れ!」
「少しはしんみりさせてくれよ!」
才人はルイズを抱え上げて走り出す。一真もその後に続いた。
ルイズを抱えているからだろうか。才人のスピードは一真とあまり変わらなかった。そして、そのスピードは歩くゴーレムとあまり変わらない。
「きゅいーー!」
必死な鳴き声と共に、シルフィードが三人の目の前に着地する。
「乗って!」
シルフィードに跨るタバサが叫ぶ。才人がルイズをシルフィードの上に押し上げる。
「早く!」
普段見せない焦った様子で、タバサは一真と才人に向かって叫んだ。
しかし、一真と才人はシルフィードには乗らなかった。迫り来るゴーレムに対して、二人で向き直る。
「すまない、主殿。ここで逃げるわけにはいかないようだ」
「何を……」
「誰かがあのゴーレムを止めないと追いつかれて終わりだ」
剣を抜きゴーレムに対して構える一真。
「アイツを足止めする」
一真に続くように才人も剣を構え直す。
「俺も残ります、一真さん」
「サイト!」
シルフィードに跨っているルイズが怒鳴った。
「無理。剣じゃ適わない」
タバサが冷静に事実を伝える。ただでさえ、魔法も通用しなかったのだ。剣しか持たない二人が太刀打ち出来るわけがない。
それでも、一真はここで逃げることが出来なかった。すべてを才人に任せ、自分は逃走などするわけにはいかなかった。
「護衛として『君を守る』務めは果たさせてもらう」
「っ!!」
その言葉にタバサは目を見開き、じっと一真を見つめていた。
そこに、追いついたゴーレムが拳を振り上げる。
「行け!」
一真の叫びを聞いたタバサは唇を結び、シルフィードを飛び上がらせた。
ゴーレムの巨大な拳が振り下ろされる。地面を叩きつけた瞬間、轟音と共に地面が爆ぜた。二人は飛び退いて何とか攻撃を避ける。
「別に付き合う必要なかったんだぞ、才人くん」
「へへ、決闘で助けてくれたお礼です。それに……」
才人は剣を握り直し、ゴーレムを見据える。
「目の前で女の子に泣かれたんだ。なんとかしてやらないと。俺は、ゼロのルイズの使い魔なんだから」
一真は思わず笑みを浮かべる。
「……そうか」
この平賀才人は、どこまでも真っ直ぐな少年だ。だからこそ、一真は彼に協力したいと思ったのだ。
「一真さ――」
「一真でいいよ。敬語もいらない」
こんな状況だというのに、二人はどこか笑っていた。
「帰ったら、お前の世界の話を聞かせてくれ……才人」
「……俺にも後で教えてくれ。一真の世界のこと」
お互いに無事に帰れる保証など、どこにもない。それでも、二人は目の前の敵だけを見据えた。
ゴーレムの拳がうなりを上げる。途中、その拳は石から鋼鉄へと変化する。
才人は、その拳を剣で受け止めた。
ガキンという鈍い音と共に、剣は根元からポッキリと折れた。
「何が業物だよ!」
「その剣、ナマクラだからな」
「もっと早く教えてくれよ!」
「正論だな……っ!」
一真は、ゴーレムの足目掛けて剣を振り抜いた。だが、またも刃が触れる寸前に土の表面は鋼鉄へと変化して剣は弾かれる。
才人の持っていた剣と違い、剣が折れないのが救いだった。
何度も放たれるゴーレムの拳を、二人は逃げ回りながら必死にかわし続ける。
二人の体力が尽きるのも時間の問題だった。
「二人を助けないと!」
「無理。近づけない」
上昇するシルフィードの上でルイズが怒鳴るが、タバサは首を振る。
ゴーレムがやたらと腕を振り回しているため、シルフィードで近づくことが出来ないのだ。
眼下では、二人がゴーレムから逃げ回る姿が見える。
ルイズは、唇を噛み締めた。
「自分の使い魔を見捨てるの!?」
「使い魔じゃない。……だけど」
一瞬だけ言葉を切ったタバサは、二人から視線を逸らさずに呟く。
「……見捨てるつもりはない」
その短い言葉に、ルイズは息を呑んだ。
タバサも助けたいと思っている。ただ、その手がないだけなのだ。
ルイズも必死に頭を回す。魔法は通じない。シルフィードでは近づけない。
その時、タバサが抱えていた『破壊の杖』が目に入る。
「タバサ! それを!」
タバサは何事かと思いながらも、ルイズに『破壊の杖』を手渡す。
杖と呼ぶには奇妙な形をしている金属の筒。今はもう、これに頼るしかなかった。
「タバサ! わたしに『レビテーション』をお願い!」
タバサが答える前にルイズはシルフィードから飛び降りる。タバサは慌てて杖を振り、ルイズに呪文をかけた。
タバサの『レビテーション』のおかげで地面にゆっくりと着地したルイズは、巨大なゴーレム目掛けて『破壊の杖』を振る。
しかし、何も起こらない。
「ほんとにマジックアイテムなの!? これ!」
ルイズは怒鳴りながら『破壊の杖』を振り続ける。
『破壊の杖』は沈黙したままだった。
才人は、地面に降りたルイズの姿を見て舌打ちをする。
「あいつ、さっさと逃げればいいのに……そうだ!」
しかし、ルイズが手にしている『破壊の杖』を見て閃いた。
「一真! アレを使えば倒せるかもしれない!」
「アレって、ロケ……いや、『破壊の杖』ってやつか?」
「アレは杖じゃなくて……ああ、もう! とにかく俺がルイズの所に行けば!」
「他に方法もないし、お前の言葉にかけるしかないんだが――」
ゴーレムの攻撃は未だ止まらない。
この状況で才人をルイズの元に向かわせるのも難しい。
「少しでも足止め出来れば……」
“じゃあ、アタシの力を使います?“
突然、一真の頭の中に声が響く。シエラの声だった。
“アタシと契約してその腕輪を身に付ければ、アタシの魔法で肉体を強化できますよ?”
「契約? それであいつを倒せるのか!?」
ゴーレムからの攻撃を避けつつ、頭に直接聞こえるシエラと会話する一真。
“倒せる保証はありませんよ? ちなみに、使ったら反動でしばらく体が動かなくなります”
「代償つきかよ!?」
まるで世間話でもするような軽い口調に、一真はついツッコミを入れる。
“あれに踏み潰されるよりは、マシなんじゃないですか?”
「くそっ、やるしかないか……!」
一真はゴーレムから一旦距離を離し、懐から腕輪を取り出す。
「一真!?」
「シエラ! お前の力、信じるからな!」
シエラはふわりと一真の前へ姿を現すと、静かに手をかざした。
「じゃあ、腕輪を着けて掲げて下さい」
言われるまま、一真は腕輪を左手首にはめて掲げた。
「光の精霊の名において、その枷を解き放て――《
シエラの詠唱が終わった瞬間、腕輪が眩い光を放ち始める。
目の前で弾ける閃光に、才人は思わず目を細め、巨大なゴーレムでさえもその光に反応するように動きを止めた。
「あの光はなに?」
「お兄さまが光ってるのね!」
タバサもまた、上空でその光を遠巻きに観察する。思わず、シルフィードも驚きの言葉を放った。
光が止むと、一真の全身が光り輝いていた。身体中へ凄まじい力が満ちていく。
「一真……大丈夫、なのか?」
不安そうな表情を浮かべる才人に返事をせずに、一真はゆっくりと拳を握る。
空気を掴んだだけなのに、握り締めた拳からは爆発しそうな力が伝わってきた。
「……ああ。こいつは、スゴいな……」
それと同時に、シエラの言う反動というものもわかる。
これだけの力を使えば、体に影響が出るだろう。
「行け、才人!」
「わ、わかった!」
才人は、全力でルイズの元へ駆け出した。
当然、ゴーレムはそれを見逃さない。巨大な腕が才人を捕えようとする。
「ここは通さない!」
一真が地面を蹴る。
さっきまでとは比べ物にならない速度だった。一瞬でゴーレムの懐へと飛び込み、渾身の力で剣を振り抜く。
耳をつんざく衝撃音。
振り下ろされるはずだったゴーレムの拳が止まり、その巨体が初めて仰け反る。
自分が放ったとは思えないその力に、一真は驚愕する。とはいえ、そんな力を持ってしてもゴーレムを破壊することは出来ない。
だが、それでも充分に時間は稼げる。
「来いよ! 泥人形!」
一真の挑発を受けたからか、ゴーレムは一真に標的を変えた。
振り下ろされる拳や足を避け、剣の一撃を与える。倒すことは出来ないが、倒されることもない。そんな、戦いだった。
一真がゴーレム相手に奮戦している内に、才人がルイズの元に辿り着いた。
「サイト!」
「そいつを!」
駆け寄った才人にルイズが叫ぶ。才人はルイズの手から『破壊の杖』を奪い取った。
「使い方がわかんない!」
「これはこう使うんだ!」
才人の手は、自然に動いていた。自分でも分からないまま、安全装置を外して肩に担ぐ。
才人は、どうして『コレ』の使い方がわかるのか疑問に思う。だが、今は悩んでいる暇はない。
「噴射ガスが出る。後ろに立つな」
ルイズが慌てて体を逸らせる。
フロントサイトをゴーレムに合わせる。
照準内にゴーレムを足止めする一真の姿が入った。このまま撃つと、一真が爆発に巻き込まれてしまう。
「離れろ! 一真!」
才人の叫びを聞いた一真は、全力でその場を離れる。その速さは、ルーンの力を使った才人とそう変わらなかった。
「当たれぇ!!」
一真が離れたと同時に才人は『破壊の杖』のトリガーを押した。
白煙を引きながら、羽をつけたロケット状の物体が放たれる。
弾頭はゴーレムに命中し、その体にめり込む。そこで、爆発が発生した。
爆音が鳴り響き、ゴーレムの上半身がバラバラに飛び散る。下半身だけになったゴーレムの動きがピタリと止まる。
ボロボロと崩れ落ちていき、ただの土の塊に戻っていく。昨夜と同じように、最後には土の山だけとなった。
少しの静寂。
才人は、ため息をついて立ち尽くす。
ルイズは、腰が抜けたのかへなへなと地面に崩れ落ちる。木陰に隠れていたキュルケが駆け寄り、タバサもシルフィードから降りて来ていた。
そして、少し離れていた場所に退避していた一真は……
「ぐっ……!?」
体の光が消えた瞬間、一気に力が抜け地面に倒れる。
「一真!?」
倒れた自分に駆け寄ってくる皆の姿が見えた。
一真は、大きく息を吐いた。
「はは……ヤバいな、これは。まったく動ける気がしない」
「アタシは、ちゃんと言いましたよ? 長く使えば使うほど、その疲労も増えますから」
たしかに、あれほどの力を一瞬で引き出す代償としては、納得せざるを得ない。
だが、それ以上に気になったのは、この力を与えたシエラの存在だった。
「シエラ……お前、何者なんだ?」
一真の問いに、シエラは少しだけ微笑む。
「だから言ってるじゃないですか。アタシは……」
そこまでいったところで、シエラの姿が消える。
“『光の精霊』だって”
頭の中だけに響くシエラの言葉。何度言われても、そんな存在は知らない。
だけど……とりあえず、皆が無事でよかった。
一真はそう思いながら、ゆっくりと目を閉じた。
「一真! 大丈夫か!?」
倒れた一真の元に皆が集まる。
真っ先に声をかけたのは才人だった。
「まさか……腕輪の呪いで……!」
起き上がらない一真の姿を見て、キュルケは口元を抑えて青ざめた表情で呟く。
先ほどまで人間離れした動きを見せていた一真が、糸が切れた人形のように倒れたのだ。誰もが最悪の事態を想像していた。
しかし、一真はゆっくりと目を開き、かすれた声で答えた。
「勝手に、殺すな……」
絞り出したような一真の言葉に、その場の空気が少し和んだ。
「大丈夫?」
そう問いかけたタバサが、一真のそばへ歩み寄り、しゃがみ込んで様子を確かめた。
「なんとか……。体は動かないけどな」
少し無理をしたような笑みを浮かべながら一真が答えた。
タバサは杖を地面へ置くと、倒れた一真の肩へ手を回し、ゆっくりと上体を起こさせた。
「無茶はしないで」
その予想外の行動と、かけられた言葉に一真は驚く。今まで見せたことのない彼女の気遣いだったからだ。
とはいえ、心配をかけたのは事実。現にタバサに抱き起こされても何も反応出来ないのだから。
「……すまん」
口について出たのは、素直な謝罪の言葉だった。
それを聞き、タバサは何も言わずに小さく頷いた。
「あらあら」
キュルケは口元に意味深な笑みを浮かべた。
そんなキュルケの反応に気づいたタバサは、首を小さく振ってから口を開いた。
「……フーケはどこ?」
話題を変えるようなタバサの言葉だが、三人がハッとして周りを見渡す。たしかに、ほのぼのと会話している場合ではない。
フーケの姿はどこにもない。崩れた土の山と、戦いの跡が残っているだけだった。
フーケの捜索を始めていると、辺りを偵察していたロングビルが茂みの中から現れた。
「ミス・ロングビル! フーケはどこからあのゴーレムを……」
ロングビルは、キュルケの問いには答えずに才人の元へ真っ直ぐ歩いていく。そのまま、才人の目の前で立ち止まった。
『破壊の杖』を手にしたままの才人の目の前で。
「ロングビルさん?」
一瞬だった。
次の瞬間、ロングビルが才人の手から『破壊の杖』を奪い取る。そのまま大きく飛び退き、五人に向かって『破壊の杖』を突きつけた。
「ご苦労さま」
今までのロングビルからは聞いたことのない声色だった。
「ミス・ロングビル!?」
「どういうことですか?」
キュルケが叫んだ。ルイズも唖然として、ロングビルを見つめる。
「あのゴーレムを操っていたのは、わたし」
「じゃあ、あなたが……」
ロングビルは眼鏡を外した。穏やかだった瞳が鋭く吊り上がる。学院秘書の面影は、もうどこにもなかった。
「そう。わたしが『土くれ』のフーケ。さすが『破壊の杖』……わたしのゴーレムをバラバラにするとはね!」
ロングビル……改め、フーケは才人と同じように『破壊の杖』を肩にかけ、五人に狙いを定める。
「動かないで。『破壊の杖』はあなたたちを狙っているわ。杖を遠くに投げなさい……その大きな杖も一緒にね」
ルイズとキュルケが言われた通りに杖を放り投げた。
キュルケが一真を抱き起こしたままのタバサに視線を向ける。タバサは何も言わずに頷いた。仕方がない、とキュルケはタバサの杖を拾い代わりに放った。
「そこの使い魔君は、折れた剣を捨てなさい。どうも、剣を握っているとすばしっこくなるみたいだしね」
才人は、言われた通りに折れた剣を放り投げる。
「……おっと、そこの傭兵の剣も一緒にね」
フーケは、倒れている一真の側に落ちている剣に目配せする。
「キュルケ、頼む……」
動けない一真は、キュルケにそれを頼んだ。
今は言う通りにするしかない。キュルケは頷き、一真の剣を拾い、同じように放った。
これで、五人に反撃の手段はなくなった。
「どうしてあなたが!?」
「そうね。このままじゃ死にきれないでしょうから……説明してあげる」
そう言うと、フーケは妖艶な笑みを浮かべた。
「『破壊の杖』と『導きの腕輪』を盗み出したはいいものの、使い方がわからなかったのよ」
「使い方?」
「ええ。杖は振っても何も起こらないし、腕輪は身に着けても何の変化もない。どっちも魔法をかけても、うんともすんとも言わないんだもの。使い方がわからないマジックアイテムなんて宝の持ち腐れ……そうでしょ?」
飛び出そうとしたルイズの肩に、才人が手を置き止めた。
「サイト!」
「言わせてやれ」
「あらあら。物わかりの良い使い魔だこと」
「……それで、魔法学院の人間を誘い出して、使い方を教えてもらおうって?」
余裕の表情を浮かべるフーケに、一真が口を挟んだ。
「ホント、察しのいい傭兵ね。ええ、その通りよ。でも、『導きの腕輪』は想定外だったわ。まさか、あんな力があったなんて」
フーケは、倒れている一真を見下ろした。そして、一真の左手首に付けられている腕輪に目を配る。
「……まあ、その代償が
勝ち誇ったような笑みを浮かべていたフーケだったが、一真の落ち着いた様子を見て、その笑みが少し薄れる。
「いつから気づいていたの?」
フーケの問いに、一真は小さく息を吐いた。
体はタバサに支えられたままで動かないが、視線だけはフーケへしっかりと向ける。
「……夜の暗闇の中、黒いローブで顔を隠している人物の性別までわかるとは思えない」
一度言葉を切り、一真は続ける。
「考えてみれば、情報収集が妙に早かった」
そして、わずかに口元を緩めた。
「男と呼ぶには……美人すぎるかな」
一瞬だけ、フーケは目を丸くした。
意外そうな表情はすぐに消え、肩をすくめる。
「……褒め言葉として受け取っておくわ。あなたたちが使い方を知らなければ、次の連中を連れてこようと思ってたけど……手間が省けたわね」
フーケは笑い、改めて『破壊の杖』を五人に向けた。
「じゃあ、お礼を言うわ。短い間だったけど……さよなら」
ルイズとキュルケは、観念して目をつむった。
タバサも目をつむり、顔を伏せる。
ここで、自分の人生は終わってしまうのだろうか。まだ、果たしていない目的があるというのに。思わず、一真を抱き寄せる手に力が込められる。
「大丈夫だ。タバサ……」
そんな小さな呟きを聞き、タバサは目を開けた。
そこには、腕の中で笑みを浮かべる一真の姿があった。
「……才人を信じろ」
その言葉に、タバサは才人へと視線を向ける。
才人は、目をつむっていなかった。
「勇気があるのね」
「……いや、違う」
才人は、飛び出した。一番近くに落ちている剣……一真の剣を拾い上げる。
フーケは、才人がしたように『破壊の杖』のスイッチを押す。
しかし、何も起こらなかった。
「なっ、どうして!?」
もう一度スイッチを押した。だが、やはり何も起きない。
「それは単発なんだ。魔法なんかじゃない」
「た、単発!? いったいどういう……」
「そいつは魔法の杖なんかじゃない」
才人は、凄まじい速さでフーケに駆け寄る。
フーケは『破壊の杖』を放り投げ、杖を構えようとした。
しかし、間に合わない。魔法を詠唱するよりも速く、才人はフーケの腹に剣の柄をめり込ませた。
「そいつは『M72ロケットランチャー』。俺の世界の武器だ」
その説明がフーケに届くことはなかった。才人の一撃を受け、そのまま地面に崩れ落ちる。
才人が『破壊の杖』を拾い上げた。
唖然としているルイズに向かって、才人は言った。
「フーケは捕まえたし、『破壊の杖』も取り戻したぞ」
ルイズとキュルケは顔を見合わせ、才人に駆け寄る。
そして、抱擁しあう三人を眺めていたタバサは、ふと一真を見た。
一真は、安堵した笑みを浮かべている。
「……依頼達成、かな」
最後まで、この傭兵は落ち着いていた。
「お疲れ様」
色々と気になることはあるけれど、とりあえず今はそれでいい。
タバサはそう思い、一真へ労いの言葉をかけた。
好感度が上昇するSEが聞こえた気がした。
切れる箇所がなくて、いつもよりも長くなってしまいました。