フーケを拘束し、盗まれた品を回収した一行は学院へ戻った。
道中、一真の体は徐々に回復していき、学院へ着く頃には問題なく動けるようになっていた。
使用した時間にもよるだろうが、一時間もすれば体は大丈夫なようである。
「……ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな。美人だったもので、何の疑いもせずに秘書に採用してしまったよ」
「彼女をどこで採用されたのですか?」
報告を聞いたオスマンが嘆いていると、隣に控えていたコルベールが尋ねた。
「街の居酒屋じゃ。彼女が給仕をしておったのじゃが……つい、お尻を撫でてしまってな」
「……で?」
呆れた顔でコルベールが促すと、オスマンは照れたように話を続ける。
「それでも怒らないので、秘書にならないかと言ってしまってな」
「なんで?」
訳が分からないといった口調でコルベールがさらに尋ねる。
「おまけに魔法も使えるというものでな」
「死んだ方がいいのでは?」
コルベールがぼそっと言った。学院長相手とは思えない言葉の連発だった。
オスマンは軽く咳払いをすると、コルベールに向き直った。
「愛想良く酒を勧められ、『魔法学院の学院長は男前です』などと媚を売りおって……。終いには尻を撫でても怒らない。惚れてる? とか思うじゃろ? なあ?」
「それがフーケの策略で……」
オスマンの弁解に対してそこまで口にしたところでハッとし、コルベールは一真の顔を見る。
コルベールは思い出す。その策略によって、宝物庫の情報を彼女に語ってしまったことを。そして、自分がロングビル……もといフーケに対してだらしない態度を見せていた事を一真は知っている。
「そ、そうですな! 美人というだけで、いけない魔法使いです!」
「そう! そのとおりじゃ! コルベール君!」
その件に関しては自分の胸に秘めておこうと、コルベールはオスマンの話に合わせた。
そんな二人のやり取りを見て、一真はため息をつく。
(まあ、野暮なことは言わないでおこう)
他の四人も呆れて、そんな二人の様子を見つめていた。
冷たい視線に気づき、オスマンは一度咳払いをして、真面目な顔つきを見せた。
「さてと、よくぞフーケを捕まえ『破壊の杖』と『導きの腕輪』を取り返してくれた」
オスマンの言葉に、一真と才人を除いた三人が礼をした。
「フーケは、城の衛士に引き渡した。『破壊の杖』は無事に宝物庫に収まったわけじゃが……」
オスマンが、視線を一真に向ける。
未だに『導きの腕輪』を身に着けたままの一真へと。
「その……『導きの腕輪』はどうしたものかの?」
一真は困った表情を浮かべながら、自分の腕輪へと視線を落とした。
「返したい、とは思っているんですが……」
学院に到着しフーケの身柄を引き渡した後、『破壊の杖』と一緒に『導きの腕輪』を返却しようとした。
だが、なぜか一真の腕から『導きの腕輪』が外せなくなってしまっていた。まるで一体化したように腕から外れず、誰が試してもびくともしなかったのだ。
「魔力で肉体が強化される……か。長らく用途不明だったのじゃが、まさかそんな力があったとはのう……。それで、どうして外せないのじゃ?」
「それについても、本人から説明してもらった方が早いんですが……」
「本人?」
「……変な目で見ないでくださいね」
一真は小さく息を吐くと、腕輪へ向かって声をかけた。
「なあ、シエラ。出て来て説明してくれないか?」
”えー、久しぶりに力を使って疲れてるんですけど?”
「外せない理由を話してくれればいいんだ。このままだと、俺は学院の秘宝を奪っていることになる」
”それは大変ですね。怪盗にでもなっちゃいます?”
傍から見れば、一人で喋り出したように見えるだろう。
そんな一真の姿を見て、オスマンとコルベール、そしてルイズは何をしているのかと疑問の表情を浮かべている。なお、事情を知っている残りの三人の反応は薄かった。
「頼むよ。下手すれば、腕ごと外されることになっても文句は言えない」
”しょうがないですねぇ……”
腕輪が淡く輝き始める。
柔らかな光が一真の腕から溢れ出し、人の形を取るように集まっていく。
「ふう……。一日で二回も姿を見せることになるなんて初めてですよ」
シエラが姿を見せたとき、彼女の存在を知らない三人が驚きの表情を見せた。
「な、なによコレ!?」
「そっか、ルイズは見てなかったな。『導きの腕輪』に宿ってるんだってさ」
「はあ!?」
才人の説明に、ルイズは信じられないものを見るかのようにシエラと腕輪を見比べた。
「彼女はシエラ。この腕輪に宿る精霊――」
「『光の精霊』です」
「……だ、そうです」
胸を張って名乗る精霊と、どこか諦めたように紹介する一真。
「特殊な魔力が込められているということはわかっておったが、精霊……いや『光の精霊』とは聞いたことがないのう」
「オールド・オスマン! 精霊とは自然界に存在する力そのもの! 人格や姿などは持たないはずです!」
興奮したコルベールが思わず一歩前へ出る。研究者としての好奇心が、隠しきれない様子だった。
「まあ、それはアタシが特別ってことですかね?」
さらに胸を張るシエラに、一真が問いかける。
「それで? どうして腕輪が外せないんだ?」
「そりゃ、契約しましたからね?」
あまりにも当然と言わんばかりの口調だった。
「アタシと契約して、アタシの魔力を使った。簡単に外されたら困りますよ」
「ちょっと待て! そんな話、聞いてないぞ!?」
「あれ、言ってませんでしたっけ? まあ、いいじゃないですか。おかげで助かったんですし? ねえ、マスター?」
「誰がマスターだ!」
突然の主人呼びに、一真は声を荒らげた。
しかし、実際彼女のおかげで助けられたのは事実のため強くは言えない。
一真とシエラの言い合いに、オスマンが口を挟む。
「ふむ……。君は彼から離れるつもりはないということでよろしいかな?」
「今のところは……ですかね?」
オスマンは顎に手を当て、しばらく考え込んだ。やがて、静かに頷く。
「仕方がない。その腕輪については、しばらく君に預かってもらうことにしよう」
「オールド・オスマン。よいのですか? 学院の秘宝を……」
「外せないのではどうしようもない。聞けば、その腕輪の力は相当危険なものらしいしの」
限定的とはいえ、使用者の能力を跳ね上げる魔法。悪しきものが手にすれば、これほど恐ろしいものはない。
だが、その所持者が現状危険のない人物なのが救い。無理に引き剥がすよりも、彼に持っていてもらった方がマシかもしれない。
「まあ、依頼の報酬とでも思ってくれ。細かい問題は、わしが何とかしておく。その代わりといってはなんじゃが……」
オスマンは、一真をまっすぐ見据えた。
「腕輪の管理と保護……をお願いしようかの?」
それは依頼というより、責務だった。
一真は一度息を吐くも、覚悟を決めるように頷く。
「……わかりました。では、しばらくお預かりします」
「ふむ。では、これでこの件は一件落着としよう。なお、腕輪の精霊……いや、光の精霊のことについては他言無用で頼むぞ」
オスマンの言葉に、その場にいる全員が頷く。
一真もようやく肩の力を抜いた。少なくとも、学院の秘宝を盗んだという扱いにはならずに済みそうだ。
「話は終わりました? じゃあ、アタシはこれで失礼しますね~」
シエラの姿は光となって、そのまま腕輪へ吸い込まれるように消えていく。
「マイペースな奴だな……」
一真の呆れたような呟きに、オスマンは満足そうに頷いた。
そして、思い出したように話を始める。
「今回の活躍から、君たちの『シュヴァリエ』の爵位申請を宮廷に出しておいた。ミス・タバサはすでに爵位を持っておるから、精霊勲章の授与を申請しておいた」
「ほんとうですか!?」
キュルケが驚きの声をあげた。
「当然じゃ。君たちは、それだけのことをしたんじゃからな」
オスマンの言葉に、ルイズが才人を見てから口を出した。
「オールド・オスマン。サイトには、何もないんですか?」
「……カズマには?」
ルイズの意見に同調するように、タバサが入る。
ちなみに初めてタバサに名前を呼ばれ、一真は少し驚いていた。
「……残念じゃが、彼らは貴族ではないからのう」
その言葉に部屋は少しだけ静かになった。
功績は誰もが認めていても、身分だけはどうにもならない。
「何もいらないですよ」
「才人と同じく」
二人のその答えを聞き、オスマンは手を軽く叩いた。
「さて、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。問題も解決したし、予定通り開催するとしよう。舞踏会の主役は君たちじゃ。着飾って用意をしてくるといい」
ルイズ、キュルケ、タバサの三人は礼をするとドアに向かった。
しかし、一真と才人の二人は動かない。
「サイト?」
「先に行ってていいよ」
不思議そうに振り返るルイズへ、才人は軽く手を振る。
「……カズマ?」
「すまない、主殿。少し学院長に聞きたいことある」
タバサは理由を尋ねることもなく、小さく頷いた。
三人が部屋を出て行った後、オスマンは一真と才人に向き直る。
「お二人とも、なにか聞きたいことがおありのようじゃな」
「ええ。色々と」
そんな一真の返事と表情を見て察したようにオスマンは頷く。そして、隣に立つコルベールへ視線を向けた。
「コルベール君。少し席を外してくれるかの?」
二人の話を聞く気満々だったコルベールは名残惜しそうな顔をしながらも、渋々部屋を後にした。
「俺は後でいいよ」
一真は少し下がり、才人の話を聞く体勢に入る。
意を決して、才人は口を開いた。
「……あの『破壊の杖』は、俺が元居た世界の武器です」
「元居た世界、とな?」
「俺は、この世界の人間じゃない。ルイズの召喚でこっちの世界に呼ばれました」
「なるほど。そうじゃったか……」
オスマンはゆっくりと頷いた。
才人も本題へ入るように言葉を続ける。
「あの『破壊の杖』は、俺の世界の武器だ。誰があれをここに持ってきたんですか?」
オスマンは椅子へ深く腰掛け直すと、遠い昔を思い出すように目を細め、語り始めた。
あの『破壊の杖』は、自分の命の恩人の物であったこと。
恩人であるその彼は、あの杖を使ってワイバーンを吹き飛ばしたこと。
そして、三十年も昔に亡くなっているということ。
二本あった内の使った一本を彼の墓に埋め、もう一本を『破壊の杖』と名付けて形見として保管していたことを。
「彼は最期まで、元の世界に帰りたい、とうわごとのように繰り返しておった。彼はきっと、君と同じ世界から来たのじゃろうな」
「いったい、誰がその人をこの世界に?」
「それはわからん。どんな方法でこっちの世界に来たのか、最後までわからなかった」
「くそっ! 手がかりを見つけたと思ったのに……!」
見つけた手がかりが消えてしまったことに、才人は嘆いた。
オスマンは、才人の左手を掴む。
「おぬしのこのルーンじゃが……」
「そうだ。この文字が光ると、何故か武器を使いこなせるようになるんだ。剣だけじゃなくて、俺の世界の武器まで……」
オスマンは才人の左手に刻まれたルーンをじっと見つめる。
やがて、小さく息を吐いたオスマンが静かに口を開く。
「……これは、ガンダールヴの印。伝説の使い魔の印じゃ」
「伝説の……使い魔の印?」
「ありとあらゆる武器を使いこなしたという伝説の使い魔。『破壊の杖』を使えたのも、コレのおかげじゃろう」
突然明かされた事実に、才人は自分の左手を見つめた。
「どうして、俺が伝説の使い魔なんかに? わからないことばかりだ」
「力になれんですまんの。だが、私はおぬしの味方じゃ。『ガンダールヴ』よ」
オスマンはそういうと、才人のことを抱きしめる。
「恩人の杖をよく取り戻してくれた……本当にありがとう」
「……いえ」
それは、心からの感謝の言葉だった。少し照れたような表情で、才人は返事をした。
しばらくして、オスマンは才人から離れると、ゆっくりと一真へ向き直る。
「さて、では次はおぬしの話を聞こうかの?」
「……感動的な話の後で話しづらいんですが?」
「そう言うな。おぬしにも感謝しとるよ。体を張って、うちの生徒を守ってくれたのじゃからな」
オスマンは苦笑しながらも、その眼差しは真剣だった。
「まさかと思うが、おぬしも別の世界から来たというのかの?」
「……ええ、その通りです」
一真は静かに頷いた。
隠していても意味はない。オスマン相手なら、少なくとも話を最後まで聞いてくれるだろうという信頼があった。
「では、『導きの腕輪』はおぬしの世界の物……となるのかな?」
「いや、それは違う。知りたいのは、何故この腕輪を俺が手にしたら使えるようになったのか……」
一真にとって重要なのは、自分が異世界人であることではない。
原作には登場しないはずの存在。この世界でも知られてない『光の精霊』なるものが宿る『導きの腕輪』の出処である。
「この腕輪をどこで?」
オスマンは記憶をたどるように、言葉を選びながら話し始めた。
「……数年前のことじゃ。私が街の居酒屋で――」
「またセクハラを?」
「違う!」
一真のツッコミに、オスマンは机を叩かんばかりの勢いで否定した。
「……街の居酒屋で飲んでいる時、輩に絡まれているお嬢さんがおっての。このままでは気分よく飲めんと思い、輩から助けてあげたのじゃよ」
「かっこいいところもあるんですね」
「そのまま、お礼に一緒に飲めるかと思っておったのじゃが……」
「……前言撤回します」
「ええい! いちいち口を挟むでないわ!」
オスマンは軽く咳払いをすると、気を取り直すように当時の出来事を語り始めた。
「そのお嬢さんが助けてくれたお礼に……といってその腕輪をくれたのじゃ。最初は何の変哲もない普通の腕輪かと思ったのじゃが、いざ手にして見ると妙な魔力を感じての」
当時のことを思い返すように、オスマンは手のひらを広げる。
「この腕輪は何なのか。そう聞こうと思った時には、既にそのお嬢さんは居なくなってしまっての。得体の知れない魔力が込められている腕輪……放置するわけにもいかず、宝物庫に保管し管理していたのじゃ」
ただの装飾品なら、そのまま忘れていたかもしれない。しかしオスマンは、その異質さを見逃さなかった。
「不思議な魔力にメイジが導かれる。そういう意味も込めて『導きの腕輪』と名付けたのじゃ。……まあ、私を美人の元に導いてくれたという理由もあるかもしれんがの」
一真は、思わず苦笑する。
「そのお嬢さんとはそれ以来会うこともなく、何者かもわからんかった」
そこまで聞いても、肝心の人物の正体だけはわからないままだった。
一真は小さく息を吐き、腕輪へ視線を落とす。
「……シエラ。お前ならその女の人のことを知ってるんじゃないのか?」
そう言いながら、腕輪を軽く指先で叩いた。
今となっては、この腕輪の秘密を知る存在は彼女しか思い当たらなかった。
“ここ最近ずっと眠ってましたからねぇ……。暗い部屋で暇だったってことぐらいしか覚えてないですよ”
わずかな期待も、シエラの返答であっさりと打ち砕かれた。
「こっちの手がかりもなしか……」
部屋に小さな沈黙が落ちる。ふと、一真は腰に差した剣へ視線を落とした。
本来なら、この剣も学院へ返却するつもりだったことを思い出す。
「そうだ。この剣を……」
「いや、持っていて構わぬよ」
オスマンは一真が腰に手を添えた剣へ視線を向けると、静かに首を横へ振った。
「今回の件で、おぬしの事は信用しても良いと思っておる」
オスマンの声音は穏やかだった。
それは学院長としてではなく、一人の老人として語りかけているようにも聞こえた。
「もちろん、よく思わない者もいると思うが……」
学院内には平民を快く思わない者も少なくない。一真自身、そのことは決闘の一件で十分理解していた。
オスマンの言葉に一真は苦笑する。
「また何かあった時は、うちの生徒を助けてくれるとありがたい」
「……それは、ご依頼で?」
「いや、ただの老いぼれのお願いじゃよ」
一真は考えた。
才人と違い、自分は元の世界へ帰る方法を探すつもりはない。とはいえ、ここから離れて一人で生きていくのも難しい。
なにより、仮にも学院の秘宝を手にしている。無断で学院から出ていくわけにも行かないだろう。
「いいですよ。どうせ、行くあてもありませんしね」
「ふむ、よろしく頼むぞ。『導きの傭兵』よ」
オスマンは静かに頷き、改めて二人の少年へ視線を向けた。
帰る方法を求める者と、新たな居場所を受け入れようとする者。
二人の思いは違えど、この世界の理を知らぬ異邦人であることに変わりはない。
「おぬしたちがどうやってこっちの世界にやってきたのか……私なりに調べるつもりじゃ」
オスマンは、二人を見比べながら静かに告げた。
「……でも、見つからんでも恨まんでくれ。なあに、住めば都じゃ。嫁さん探しぐらいは協力しよう」
重くなりかけた空気を和らげるように、オスマンはいつもの調子で笑う。
その冗談に一真は苦笑するが、才人の表情は暗いままだった。
無理もない。帰れるかもしれないという希望が簡単になくなってしまったのだ。
落胆する才人の肩を、一真は軽く叩く。
「行こうか、才人」
短いその一言に、才人も無言で頷く。
それぞれの思いを胸に、二人は静かに学院長室を後にした。
二人が去った学院長室。
オスマンは一人、窓辺に立って空を見上げていた。
「今日は、随分と懐かしい話をしたのう……」
目を閉じれば、遠い昔の記憶が蘇る。
『ここは、どこだ? 帰りたい……元の世界に……』
自分の命を救ってくれ、最期まで故郷を思い続けた恩人。彼が遺した『破壊の杖』は、巡り巡って生徒たちの命を救ってくれた。
自分は、彼に二度救われたことになるのかもしれない。
そして……
『あなたに、この腕輪を。きっと、役に立つ時が来るから……』
あの夜、助けた娘から託された不思議な腕輪。あの時は何故、自分に渡したのか理解できなかった。
だが今となって思えば――あの娘は、こうなる未来を知っていたかのようだった。
長い年月を経て、その腕輪もまた本来の力を発揮し、生徒たちを救ってくれた。
「まったく、人生とは不思議なものじゃ」
そう呟いたあと、自然ともう一つの記憶が脳裏をよぎる。
腕輪を渡した娘の、あの女神のような美しさ。
「わしがもう少し若ければの……ほっほ」
誰もいない学院長室に、老人の穏やかな笑い声だけが静かに響いた。
腕輪を渡した娘とは、いったい何者だったのだろうか……?