「勝手は許さない」
タバサに自室の部屋まで案内された後、そう釘を刺して彼女は部屋を出て行った。
「さて、これからどうするか……」
部屋に一人残され、一真は今後のことを考えた。
女神からどう転生するかは分からないと言われていたが、まさかタバサの使い魔として召喚されるとは思わなかった。
救いとしては、主人公である平賀才人は原作通りルイズに召喚されていたので、話の流れ自体に大きな変更はないのだろう。
できるだけ傍観者として過ごすつもりだった一真にとって、主要人物であるタバサの使い魔になるのは都合が悪かった。
「とりあえず、使い魔になるのは避けれたけど……これからどうするか」
一真は壁にもたれ、床に腰を下ろした。
タバサが戻ってくるまでおとなしく待つことにする。何をするにも、彼女が戻ってこないと何も決められない。
自身の死から異世界への転生。一度に色々と体験した一真にとって、ようやく落ち着けた時間だった。
そんな疲れもあったためか、気付かぬ間に一真はうたた寝をしてしまったのだった。
「大丈夫だ、父さんが居るからな」
(やめろ……)
「すまん、その日も仕事でな……」
(これ以上……)
「お前のために働いてんだぞ!」
(俺に……)
「くそっ、お前なんて……」
―――てこなければよかったのに
一真は、目を覚ました。
「夢、か……。最悪だな、こんな時に」
忘れたい記憶。だが、それは忘れることは許されない現実。
(切り替えろ。せっかく異世界転生を体験してるんだ。楽しまないと、な)
異世界転生。好きな作品の世界だと思えば、悪くない。
しばらくすると、部屋のドアが開き、タバサが部屋に戻ってきた。
「やあ、おかえり」
「………」
「無言は悲しいな、ちゃんと命令通りおとなしく待っていたんだ」
「待つぐらい誰でも出来る」
「厳しいな」
タバサは、スタスタと自室のベッドに腰掛けて読書を始める。まるで、一真のことなど見えていないかのようだ。
「改めて自己紹介を。俺は、一真。傭兵だ」
「……タバサ」
一応、自己紹介はしてくれた。とりあえず、会話もしたくないほど嫌われているというわけでもなさそうだ。どちらかといえば、面倒くさがっているといった様子である。
「確認だけさせてくれ。ここは、どこなんだ?」
「トリステイン魔法学院」
単語だけとはいえ、質問にはしっかりと答えてくれるタバサ。
「トリステイン……魔法学院。使い魔、儀式……」
答えを聞き、一真はこの世界の用語を一つずつ確かめるように呟いた。
「月が二つ……」
窓の外の夜空に浮かぶ『二つの月』を確認する。
「......俺の推測を話してもいいか?」
少し考えた結果、一真は自身の境遇を話しておくことにした。タバサにだけ話すなら、それほど問題にはならないだろう。
「ここは、俺が居た場所とは違う世界みたいだ。トリステインなんて聞いたことがないし、魔法も俺の世界じゃ見たことない」
ただし、伝えるのはあくまで『異世界の人間』ということのみ。自分が転生者ということ、特に『ゼロの使い魔』という『作品』に関する事は明かさないようにする。
一真は、窓に近づき夜空に浮かぶ月を指差し話を続ける。
「それに、月が二つある。俺の世界じゃ月は一つなんだ」
「……別の世界から来たと?」
「ああ」
「そういう話は嫌いじゃない」
一真にとってはそれなりのカミングアウトのつもりだったが、タバサのリアクションは薄かった。
「……信じてない?」
「使い魔は、風竜だけで十分。あなたには、ここから出て行ってもらう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! そもそも使い魔ってなんなんだ?」
「メイジに付き従う存在。普通は動物やモンスターが使い魔になる」
一真の問いに答えつつ、タバサはさらに述べる。
「使い魔としての仕事は主に三つ。主人の目と耳になること、主人の望むものを見つけること、主人を守ること」
「なるほど。人間で契約もしていない俺は必要ないと?」
「そう」
タバサにとって、一真は不審人物だった。使い魔召喚の儀で現れた人間であり、異世界から来たとまで口にしている。警戒されるのも当然だった。
ここで追い出されて終わりにするわけにはいかない一真は、交渉を始める。
「提案……というか、少しお願いがあるんだが」
「お願い?」
「俺がここから去るべきなのはわかった。だが、何の情報がなく見知らぬ土地に放り出されるのは厳しい」
相手の意見には同意しつつ、自分の意見も伝える。
「情報が集まるまでだけでいい。しばらく、護衛として居させてもらえないかな?」
「護衛?」
「ああ、これでも傭兵。それなりに腕に自信はあるつもりだ」
そして、少しでも彼女にとって役に立つ提案をする。
もちろん嘘である。一真は、傭兵どころかただの大学生だったのだから。
だが、ここで役立たずと思われるわけにはいかなかった。
「必要ない」
「そんな事言わないでくれ。君が強いというのはわかる。だが、本当に困って――」
「どうしてそう思うの?」
何とか追い出されるのだけは阻止しようとする一真の弁明は、タバサの声に止められた。それは、先ほどまでの淡々とした言葉ではなく、一真の目を見据えた真っ直ぐな質問だった。
「えっ?」
「なぜ、私が強いって思うの?」
「あ、いや……」
さすがに『原作を知っているから』とは言えない。
子供にしか見えない彼女を強いと思う理由を、一真は必死に探した。
「……そう、だな」
一真が答えるのをタバサはじっと待っている。それなりの返答をしないと納得はしてくれないだろう。
「魔法を使うには杖が必要……だよな?」
あくまで、今まで見聞きした情報から推測したように話さなければならない。
「読書中でも、君は杖を手放さない。さっき、俺が窓へ近づいた時……すぐに杖を振れるよう備えていた」
「……っ」
「俺が危害を加えようとしたら、すぐに迎撃出来るように……どうかな?」
タバサの肩が僅かに揺れた。
そこまで話したところで、一真は片膝をつき頭を下げる。騎士が主君に忠誠を誓うような仕草である。
「本当に困っているんだ。少しの間だけ居させてくれないか? ……あと、お金も必要だしね」
これは本音だった。生きるには、情報も金も必要だった。
タバサは少しだけ考え込む。
ふと、コルベールの言葉が頭をよぎった。
(神聖なるこの儀式で呼び出されたのなら、何か意味があるのでしょう)
タバサは、小さく息を吐いた。
「……わかった。少し様子を見ることにする」
「感謝する。あ、護衛の報酬は必要ない。その辺の問題は自分で何とかする」
「そう」
必死の交渉の結果、何とも奇妙な契約が結ばれた。まだ様子見ではあるが、ひとまず一真が即刻追い出されるようなことはなくなったようだ。
「もう寝る」
タバサは、本を閉じて立ち上がった。話はこれで終わりのようである。
「了解した。主殿、俺はどこで寝れば?」
「そこのクローゼットに予備の毛布がある」
「毛布だけか……。まあ、あるだけマシ……っ!? ちょっと待て! 何で普通に着替えてるんだ!」
一真がクローゼットから毛布を取り出し振り向いたところで、制服のシャツを脱ぎ出したタバサの姿が目に入る。おそらく、寝間着に着替えようとしているのだろう。
キャミソール姿のタバサをできるだけ見ないように一真は部屋の外に出た。
(そういえば、ルイズも最初は才人の前で平気で着替えようとしていたな……)
ドアの前に立ちながらそんなことを思い出した一真。しばらくすると、ガチャリとドアが開く。中からは、寝間着……ナイトキャップを被ったパジャマ姿のタバサが顔を出す。なんというか、可愛らしく感じた。
「なにしているの?」
「なにって、君なぁ……」
年頃の女の子が男の前で着替えるな、と言いかけた一真であったが、あまりにも気にしていない様子に頭を抱える。ここで余計なことを口にして機嫌を損ねて部屋を追い出されても困るため、ここは黙ることにした。
部屋に一真が入ると、タバサはササっとベッドに入っていく。
一真は装備していた皮鎧を外して、壁に寄りかかりながら座って毛布を羽織った。さすが貴族用というべきか、毛布の質はよくとても柔らかかった。
(何とか追い出されるのは阻止したが、これからどうするか。主人公の才人はいるんだから、目立つことしてもしょうがないし……)
今後、自分がどのように行動していくべきか。そんなことを考えている内に眠気がやってくる。
(まあ、とりあえず今日は休むか。明日、色々考えよう)
情報が少ない以上、焦って動く意味はない。
原作通りなら明日は授業がある。動くなら、その後でも遅くない。
そう思い、一真は眠りについたのだった。
一真が眠りに着いた後、タバサは静かに体を起こし、一真を見つめた。
「ぐぅ……ぐぅ……」
毛布に包まり、壁にもたれて眠る傭兵。
彼が別の世界の人間だという話は、信じていない。
だが、見知らぬ世界へ来たというのに妙に落ち着いていた。
それに、人を見る目も鋭かった。
やめろ……これ以上……俺に……
部屋へ戻った時、彼は確かにそう呟いていた。
彼も何かを抱えているのかもしれない。
……私と同じように。
だからだろうか。
追い出す気になれなかったのは。
「……変な人」
そう呟いて、タバサは再び横になった。
仮契約って書くと「パクティオー」って呼んじゃいますよね……ならない?