一真は、目を覚ました。その目覚めは、決して良いものではなかった。
「っ……痛っ」
壁に寄りかかったまま眠ったせいだろう。肩や腰が鈍く痛む。寝具というのは大事なもののようである。
腰や肩の痛みを和らげるように体を動かしながらタバサの方を確認する。
「......まだ寝てるな。起きるにはまだ早い時間か」
寝息を立てるタバサを横目に伸びをするものの、体の痛みは中々なくならない。
「……痛くてしょうがない。ちょっと体を動かしに行くか。少しぐらいなら大丈夫だろ」
タバサを起こさないように寝る前に外していた革鎧を装着し、静かに部屋を出る一真。
そのまま庭にでも出ようと歩き出すが、ある問題が発生した。
「……どこが庭になるんだ?」
少し考えれば当然だった。ここは知識として知っていても、一真自身が訪れたことのない場所だ。目的地が分かっていても、道順までは分からない。
寮の外には何とか出れたものの、どこに行けば何があるかなどわかるわけがない。
「あの、どうかなさいましたか?」
どうしたものか、と考え立ち止まっているとメイド服を着ている黒髪の女性に声をかけられる。その両手には洗濯籠が持たれている。これから洗濯に行くところなのだろう。
その声の主が誰なのか一真は知っていた。というより、知らないわけがなかった。なんせその女性は、重要な役割を持つ人物なのだから。
「……あの?」
まさかの出会いに言葉を失う一真に心配の声を向けてくれるメイドの女性。
「あ、ああ……すまない。ちょっと運動したいと思ったんだが、昨日ここに来たばかりでどこに行けばいいのかわからなくて……」
変に取り繕い不審者に思われたら困るため、素直に道に迷っていることを伝える。すると、はっと気づいた表情を見せる彼女は一真に尋ねる。
「昨日来たばかり……もしかして、ミス・タバサが召喚したっていう傭兵さんですか?」
「ああ、なんだ。知られているのか」
「ええ、昨日話題になっていましたよ。ミス・ヴァリエールとミス・タバサが人間を召喚したって。それで、一人は傭兵の姿をしていたと」
彼女は、一真の服装を見ながら話す。革鎧を着けた姿だから一真のことを召喚された傭兵だとわかったようだ。
「噂になっているのか……」
「はい。本当に傭兵さんなんですか?」
「まあ、一応。今は、剣を持ってないけどね」
一真は軽く腕を広げてみせる。とりあえず、警戒はされていないようだ。
「それで、どこか軽く運動出来るような場所はないかな?」
「でしたら、洗濯場の近くはどうですか?私もこれから向かうところなので、よろしければご案内しますよ」
「じゃあ、お願いしようかな。あ、それ持とうか?」
一真は、彼女の持つ洗濯籠に手を差し出して協力を申し出る。
「いえいえ! そんな手伝っていただくほどでは……」
「そうか?まあ、邪魔しても仕方がないか」
学院のメイドとして働いているのなら、洗濯などの家事全般はお手の物だろう。無駄に手を出しても邪魔になるだろうと思い、一真は素直に引く。
「俺は、一真。知ってるとは思うが、昨日ここに召喚された傭兵だ」
遅れた自己紹介をする一真に、黒髪のメイドも名前を名乗る。
「私は、シエスタといいます」
これが、主要人物である『シエスタ』との出会いだった。
「ここはどうですか?洗濯場から少し離れた場所なんですけど……」
「ああ、充分だ。案内ありがとう」
「いえいえ。では、私はこれで……」
シエスタは洗濯籠を持ちながら離れていく。これから、あの大量の洗濯物を干すのだろう。その後に食堂で仕事となると毎日忙しそうだ。
「……さて、まずはストレッチからかな」
シエスタの姿が見えなくなったところで、一真は最初に体をほぐすためのストレッチから始める。
ストレッチが済んだら、軽くダッシュやジャンプをしてみる。
日常的に運動する習慣のなかった一真でも、その身体能力の変化ははっきりと実感できた。
「すごいな。軽くて動きやすいし、力もかなりあるぞ」
やろうと思えばバク転なども出来るかもしれない。しかし、いくら体が動くようになったからといっても、中身はたいして運動をしていなかった一般人のままである。
「体を動かすのを日課にした方が良さそうだな。上手く動かせないとせっかくの肉体強化が無駄になっちまう」
体が『動く』と『動かせる』ではかなり意味が違ってくる。一真は、自身の新しい身体にまず自分が慣れることを目標とした。
一通りの運動と体の確認を終えた一真が部屋に戻ると、タバサがベッドの上で体を起こしていた。今さっき起きたところなのか少しぼんやりしている。
「やあ、おはよう」
とりあえず朝の挨拶をすると、タバサは寝る前に外していたメガネを手に取ってかける。
「……なにをしていたの?」
「あ、ああ……ちょっと体を動かしに」
「勝手なことはしないで」
「すまない。出来るだけ人の少ない時間に済ますからさ」
仮とはいえ、主人の許可なく外出したのはさすがにまずかったかと一真が思っていると、タバサはベッドから出る。そのままクローゼットの方へと歩いていく。
説教というわけではないようだ。あくまで勝手な行動するな、と釘を刺していただけのようである。
「着替える」
「ああ、じゃあ俺は外に……ってだから何で普通に着替えようとしてるんだ!」
一真の事など気にせずに着替え始めたタバサに文句を言いながら、すぐに部屋の外に出る一真。昨夜と同じようにドアの前に立ち着替えが終わるのを待つ。
(ルイズもそうだったけど、なんで異性の前で着替えとか平気で出来るんだ……)
貴族が侍女に着替えさせてもらうというイメージはあるが、恥じらいもないというのは問題ではないだろうか。それとも男として見られないほど興味がないのか。
腕を組んでそんなことを考えていると、ドアが開いてタバサが制服を着て出てきた。
「君は、恥ずかしいとか思わないのか?」
「別に気にしない」
「……そうかい」
一真の質問にタバサは即答する。気を利かせたつもりなのだが、やはり興味なしといった反応だ。
(まあ、俺が気をつければ問題ない……のか?)
もう指摘しても無理だろう、と彼女が着替える時には、黙って部屋を出ることを決めた一真であった。
「朝ご飯」
そう言って歩き出すタバサの後を一真が着いて行く。おそらく、これから食堂に向かうのだろう。
互いに無言のまましばらく歩いていると、キュルケと出会った。
「おはよう、タバサ。それと、傭兵さん♪」
「……ん」
キュルケの挨拶に無表情ながらもしっかり挨拶を返すタバサ。自分との対応の違いから、二人の仲の良さを改めて認識する。
「おはよう。えっと、キュルケ殿?」
「あら嬉しい、覚えていてくれたの?」
自分の名前を呼ぶ一真に対して、喜びを表現するキュルケ。こういう反応に男子生徒は誘惑されるのかもしれない。
「キュルケでいいわよ。ええっと、カズマ……だったかしら」
「ああ、好きに呼んでもらって構わない」
「ふーん……」
一真の事を見つめるキュルケ。顔から胸元、腕、脚へと視線を滑らせるように眺めてくる。
「な、なんだ?」
優れた美貌とプロポーションを持つキュルケに寄られ、一真は少し後ずさる。
キャラクターとして知ってはいるものの、至近距離でその容姿を実際に目にするのは、一真にとっては中々に刺激的だった。特に主張されている一部分は視線に困る。
キュルケはひとしきり一真の全身を見終わると、満足したのか一真から離れる。
「タバサ、中々素敵な殿方を使い魔にしたわね」
「使い魔じゃない」
「あら、そうだっけ?」
「契約の儀式とやらはしてないからな。今は護衛として居させてもらっている」
キュルケは二人の関係に首を傾げたが、本人たちが納得しているならいいか、と勝手に結論づけた。
すると、一真の足元に巨大なトカゲが寄ってきた。身体のあちこちから火を出している。
「この子は……」
「ああ、わたしの使い魔のサラマンダーよ。フレイムっていうの」
「へぇ……よろしくな、フレイム」
屈んで挨拶をする一真に反応したのかどうかはわからないが、鳴いて返してくれるサラマンダーのフレイム。
「そういえば、シル……いや、俺と一緒に現れたドラゴンはどこに?」
「庭で待機させている」
「部屋で過ごせない大型の使い魔は、学園の外で自由に過ごしているわ」
そんな会話をしながら、三人は食堂に向かう。そして、食堂に到着したところでキュルケに説明をされる。
「ああ、面倒なことになる前に言っておくけど……ここの食堂は貴族専用になってるから、あなたが入ると面倒なことになるかもしれないわよ」
「……貴族と平民ってやつか」
「面倒事は困る」
「といっても、食事なしはかわいそうじゃない?仮でもあなたの護衛なんでしょ?」
キュルケの言葉に少し考える仕草を見せるタバサ。
「……待ってて」
一言そう言うと、タバサは一人で食堂に入っていった。
「どうも、嫌われているようだな」
「元々、ああいう子なのよ」
召喚された時から冷たい態度を取られ続けている一真は、参ったといったように頭を搔く。そんな一真をフォローするようにキュルケが答える。
「あの子が他人を傍に置くってだけで凄いことよ?」
「そう、かなぁ?」
一応追い出されてはいないことから心底嫌われているわけではいないようだが、彼女の態度から気に入られているとも思えない一真は首を傾げる。
そんな会話をしているとタバサが手に袋を持って戻ってきた。
「これ」
タバサが差し出した袋の中には、パンが入っていた。
「外で食べてて」
一真は、袋を受け取り中身を確認した。元々貴族用に用意されていた物を持ってきてくれたものなのだろう。シンプルだが良い焼き色をしているロールパンが2個入っていた。
「ありがとう」
「それだけでいいの?」
「置いてもらってる身だ。贅沢は言わない」
正直、足りるのかと言われると一真にとっては少ない量かもしれない。しかし、用意してもらえただけで感謝するべき立場である。
「あなた達、変なところで気が合うのね……」
そして、二人は一真を置いて食堂に入っていった。
一真は、どこで食べようかと食堂から離れようとすると……
「ここが食堂よ。ホントはアンタみたいな平民が入っていい場所じゃないんだからね!」
入れ替わるかのように桃色髪の少女と黒髪の少年……ルイズと才人が現れる。
「へいへい……ん?」
すれ違う時、一真の姿を見てつい立ち止まってしまう才人。何か違和感を感じたのか、一真の顔つきや服装を確認する。
「何してるのよ、早く来なさい!」
「わかったよ……ったく」
急かされた才人は、一真の事が気になりつつもルイズの後を追って食堂に入っていった。
「食堂に入れてもらってるだけでも恵まれているほうかもな」
二人の姿を見送りながら、一真はそんなことを呟いた。
食堂の外の近くに置いてあったベンチに座っている一真。通り過ぎる生徒たちから視線を貰いながら、パンを齧っていた。
学院の食堂近くでパンを食べる傭兵。生徒から見たら奇妙な光景だろう。
気まずさを感じながらも食事を続ける一真。二個目のパンも食べ終わろうという時だった。
「あ、あの!」
かけられた声に振り向くと、そこには才人に立っていた。食堂から走ってきたのだろうか。少し息を切らしている。
「すみません、あなたも召喚されたって聞いたもので……」
どうやら一真が自分と同じように召喚された人間だということを聞いて、確認しにきたようである。
口の中にあるパンを飲み込んでから、一真は話を始める。
「……たしか、君も召喚されていたな」
「はい、平賀才人っていいます」
「俺は一真。傭兵だ」
才人の自己紹介に合わせて流れで一真が名乗ると、才人の表情が変わった。それまで困惑していた顔に、わずかな希望が浮かぶ。
考えてみれば、一真という名前は才人からすれば聞き馴染みのある名前である。
これまでルイズやトリステインといった、馴染みのない名前や言葉を聞いてきたであろう才人にとって『かずま』という名前は、自身の故郷と同じものなのだから。
「もしかして、俺と同じ……」
「ちょっと! そこでなにやってんのよ!」
どうやって、ごまかそうかと考えていると、二人の元にルイズが現れた。どうやら自分の元から居なくなった才人を連れ戻しに来たようだ。
ルイズの登場により、これ幸いと一真は話題を変える。
「君の主人か?」
「はい、一応……」
苦労しているといった表情を浮かべる才人。
才人からすれば、周りは知らない事や物ばかり。自分と同じ境遇という人物が居れば、少しは安心出来るのかもしれない。
「……後で話そう。もしかしたら、俺たちは似た境遇かもしれない」
せめて、自分が無関係ではないことを小声で伝える一真。
「っ! ……わかりました」
一真に合わせて小声で答えた才人は、向かってくるルイズの方を向く。
名前の問題は、また後で考えよう。
二人の元に辿り着いたルイズは、一真に視線を向ける。見慣れない顔に服装から誰だと言いたそうな表情から、何かを思い出したかのような表情に変わった。
「あんた、たしか平民の傭兵じゃない」
「ご存知とは、光栄です」
「まったくどうなってるのよ。使い魔召喚で平民が二人も現れるなんて……」
召喚される使い魔には動物やモンスターが当たり前の中、人間が召喚されたというだけでも信じられない。さらに、それが複数となっては何が何やらといったところだろう。
「ほら、行くわよ。あんたは私の使い魔なんだから、ちゃんとついて来なさい!」
「はいはい、わかってるよ」
才人を雑に扱うルイズの姿を見て、何とも言えない気持ちになる一真。
後々、ルイズの才人に対する態度が変わっていくとわかっていても、やはり序盤の扱いを実際に見ると気持ちのいいものではない。
「人間をペット扱いするのは良くないと思うぞ?」
「私の使い魔だし関係ないでしょ!」
一真の言葉に耳も貸さず、ルイズは才人を連れて行ってしまった。
そのうち才人に対する扱いが変わっていく姿を想像して、一真は笑みを浮かべる。
そんなやり取りをしていると、朝食を済ませたタバサが戻って来た。
「なにしてたの?」
「ちょっと召喚された者同士で挨拶を。余計なことは口にしてないから安心してくれ」
「そう」
自分から質問をしておいて、返事には興味がないといった態度を取るタバサ。
(他人に無関心なタバサも最終的には……)
表面上だけ見ればそっけなく思える彼女の行動だが、彼女の過去や後に起こる事を知っている一真にとっては感慨深いものであった。
「なに?」
「いや、なんでもない」
「授業に行く」
「了解」
タバサの指示に従い、彼女の後をついて行く一真。
「……いいなぁ、あっちは平和そうで」
ルイズに急かされながら歩く才人は、思わずそんな本音を漏らした。
もっとも――
一真の方も、これから平穏とは程遠い日々に巻き込まれていくのだが、それはまた先の話である。
踏み込み過ぎない程度に本編に関わらせるのって難しい……