「そこにいて」
タバサは教室の端を指さし、一真に待機を命ずる。席に平民である一真が座ったら面倒な事になるという彼女の考えだった。
要は席に座らずに立っていろという命令なのだが、同じく面倒事は避けたい一真にとって特に反論する理由もない。言われた通りに待機することにした。
壁に寄りかかり教室内を見渡す。生徒の中に才人にルイズ、キュルケの姿を確認した。ちなみに才人は床に座り、キュルケの周りは男子生徒が取り囲んでいる。
さすがの人気だなと思う中、キュルケと目が合うと、ニコリと笑いながら手を振ってくれた。軽く振り返すと周りの男子生徒が妙に騒いでいた。
キュルケのサラマンダーを始め、教室内にはたくさんの使い魔がいる。フクロウにヘビ、カラスに猫。中には、一真の世界では架空の生物も混ざっている。
(異世界って感じだなぁ……)
改めて自身が異世界転生したということを実感していると……
「おい」
一人の男子生徒に一真は、声をかけられた。
「なんで平民がこの教室にいるんだ?」
声をかけられた男子生徒を見る一真。茶髪の髪に自信ありげな表情。言ってしまえば、偉そうな態度をとる彼を見る一真だが、その姿に見覚えがなかった。
(こんなキャラ、いたか?)
呼びかけられた男子生徒に記憶がない一真だったが、呼びかけられて答えないわけにもいかず質問に答える。
「……一応、命令でして」
変にごまかさず、素直に答える一真。できれば、そのまま去ってほしいと願っていたが、男子生徒は話を続ける。
「ふん! お前、タバサが召喚したっていう傭兵だろ?」
一真は察した。この男子生徒は面倒な性格だと。
貴族や平民が存在する世界などでよくいる傲慢な態度をとるタイプである。
正直、関わりたくないタイプなのだが目を付けられた以上、簡単には見逃してくれないだろう。
「お前みたいな平民を呼び出すなんて、タバサもそこまでの実力ってことか?」
一真からしても面倒事は避けるため、自身への文句は多少覚悟していたが、タバサを馬鹿にするような発言は見過ごせなかった。
「彼女は行き場のない俺を面倒見てくれている恩人で、仮とはいえ今は主人だ。俺の事は構わないが、彼女を侮辱するな」
男子生徒を睨み、やや喧嘩腰に返す一真。
最初は平民相手と高圧的に接していた男子生徒だったが、そんな一真の態度に少し驚く。しかし、彼のプライドからか引くわけにもいかず睨み返す。
「……っ! な、なんだ、貴様! 貴族である俺に……」
「みなさん、おはようござい……あら、どうかしましたか」
言い合いをしている中、女性の中年教師が教室に入ってきた。彼女は、教室内の空気を察して首を傾げた。
生徒たちが向ける視線の先に目を向け、二人の姿を確認する。
「あなたたち、どうかされましたか?」
「申し訳ありません。どうやら私がここに居る事が、彼にとって不快なようで」
教師の問いに対して、軽く頭を下げつつ説明する一真。
今ここで問題を起こして魔法学院の教師達に目をつけられないようにするための低姿勢な態度だった。
「あなたは……たしか、ミス・タバサが召喚したという傭兵の方でしたね? ミスタ・ヌーイ、彼が何か問題でも?」
「いえ、この教室に平民が居るのが妙だと……」
彼女からの質問に少し口ごもりながら男子生徒は答える。
(ヌーイ……? 知らない名前だな)
思い出そうとしても、一真の記憶にはその名前で出てくるキャラクターはいなかった。
「事情はわかりませんが、ここで私の授業を清聴されるのであれば、貴族も平民も関係ありません。早く席に座りなさい」
「……はい」
さすがに魔法学院の教師である彼女の指示には素直に従うヌーイと呼ばれた男子生徒。
やはり覚えがない、と考えているとシュヴルーズと目が合う。動かない一真を見て首を傾げていた。
「先生、私はこのまま立たせていただいても?授業の邪魔は致しませんので……」
「ふむ、いいでしょう」
席に着かない意志を伝えると、シュヴルーズはあっさりと承諾してくれた。
「……学院の教師だけあって、公平な人だな」
シュヴルーズの寛大な心に一人言のように呟いた一真の言葉。
「っ!」
それが聞こえたヌーイは小さく震えた。最後に一真の事を睨んでから席に向かい座る。
「さて、改めまして……皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても……」
シュヴルーズは、教室内を見渡し挨拶を始める。しかし、教室内を見渡す視線は、ある場所で止まった。
「変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール、ミス・タバサ」
シュヴルーズの視線は、ルイズの使い魔である才人とタバサの使い魔……と認識されている一真に向けられていた。
向けられた視線にルイズは顔をそむけていたが、タバサは無反応であった。
「ゼロのルイズ! その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」
「きちんと召喚したわ! こいつが来ちゃっただけよ!」
「嘘つくな! 『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう!?」
「ミセス・シュヴルーズ! かぜっぴきのマリコルヌがわたしを侮辱したわ!」
「かぜっぴきだと? 俺は風上のマリコルヌだ!」
ルイズとマリコルヌの言い合い。それに合わせて笑いが起きる教室内。
(原作やアニメで見ていた光景が目の前にある。本当にこの世界に来たんだな……)
間近で見る原作通りの展開。やはり、こういうシーンを実際に見れるのは転生したからこそだろう。
しかし、ただそれを眺めているだけで終わるほど甘くはなかった。
「そういえば、タバサもそうだったな!」
マリコルヌの悪態の矛先はタバサに向く。当の本人は、意に介さずに読書を続けている。
(こっちに振らないでくれよ……。出来れば目立ちたくないんだから)
そんな一真の思いは届かず、何の反応もないタバサをつまらなく思ったのか、その矛先がまた変わる。
「平民の薄汚い傭兵を……っ!」
一真の居る方へ振り向くマリコルヌに一真は視線を送る。
(頼むから話を広げないでくれ)
ただ、それだけだった。そんな気持ちを込めて視線を向けただけである。
しかし、マリコルヌは言葉を失った。
先ほどヌーイと言い合っていた時と同じ目だった。貴族相手にも物怖じせず、教師の前でも平然としている男。
その姿が、マリコルヌには得体の知れないものに見えた。
「……っ」
その反応を見た周囲の生徒たちも次第に口を閉ざしていく。
一真は困惑した。
何もしていない。本当に何もしていない。ただマリコルヌを見ただけだ。だが、周囲から見れば違った。
傭兵という身なり。
先ほどヌーイを言い負かした男。
教師の前でも冷静さを崩さない人物。
そんな男に無言で見つめられれば、生徒たちが勝手に想像してしまうのも無理はなかった。
教室が静まり帰る。その沈黙を破ったのは、シュヴルーズだった。
「無意味な挑発はおやめなさい。それに……」
シュヴルーズは、一真の方に視線を向ける。
「生徒の無礼な態度は、謝罪致します。しかし、威圧するのも感心しませんよ」
シュヴルーズは、臆することなく一真に注意する。長い歴史を誇る魔法学院の教師を務めているだけあり、落ち着いた対応である。
威圧したというのは誤解なのだが、場を収めるため謝罪する。
「……失礼しました」
「今後は控えてくださいね。では、授業を始めますよ」
姿勢を正し、頭を下げた一真の謝罪を受け入れたシュヴルーズは、こほんと咳をすると杖を振る。
机の上に、いくつかの石ころが現れる。
「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。魔法の四大系統はご存知ですね?ミスタ・マリコルヌ」
「は、はい。『火』『水』『土』『風』の四つです」
「そうですね。今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統が……」
先程までのいざこざがなかったかのように授業は順調に進んでいく。シュヴルーズの土系統魔法の解説から始まり、授業は錬金の解説へと移る。
シュヴルーズは、机の石ころに魔法をかけると、石ころは光る金属に変わった。
「ゴ、ゴールドですか!? ミセス・シュヴルーズ!」
「いえ、ただの真鍮です。ゴールドを錬金出来るのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。私はただの……『トライアングル』ですから」
妙にもったいぶった言い方。そんなことを思いながらも一真は、実際に目の当たりにする魔法に興味深々だった。
(たしか、系統の数でメイジのレベルが決まるんだっけ。二系統で『ライン』、三系統でトライアングル、四系統で『スクウェア』だったか……)
好きな作品であるものの、序盤に出てきた内容までをすべて把握できていない一真は、作品を思い出しながら、シュヴルーズの授業を真面目に聞いていた。
やっぱり自分も魔法を使えるキャラクターに転生しておけばよかったかな、と一真が思っている時だった。
「ミス・ヴァリエール!」
「は、はい!」
「授業中の私語は慎みなさい」
授業中、才人の質問に答えていたルイズがシュヴルーズに見咎められていた。
「おしゃべりをする暇があるのなら、あなたにやってもらいましょう。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」
シュヴルーズの呼びかけに反応したのはキュルケであった。
「先生」
「なんです?」
「危険です」
「危険? どうしてですか?」
「ルイズを教えるのは初めてですよね?」
「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」
シュヴルーズの指導は、決して間違ってはいないであろう。彼女はとても優しい先生だ。ただ、ある意味相手が悪かったのだ。
そんなやりとりをしている内に、タバサは席を立ち上がり、スタスタと一真の方……教室の端に歩いてきた。
その理由は何となく察する一真であったが、わからない風を装ってタバサに声をかける。
「主殿? まだ授業の途中だと思うんだが……」
「危険、離れた方がいい」
「……危険?」
タバサはこくりと頷く。
「爆発する」
タバサがそう呟いた瞬間、教室の前で爆発が起きた。一真は、咄嗟にタバサの前に移動し、彼女を庇うように立って構える。一応、彼なりに護衛らしい行動をとったつもりであった。
「驚いた。何だ、今のは?」
「ルイズ」
「人の名前で説明するな」
ルイズが『錬金』しようと杖を振った瞬間、机ごと石ころは爆発した。その爆風でルイズとシュヴルーズは黒板に叩きつけられ、驚いた使い魔たちは暴れだす。
「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」
「ヴァリエールは退学にしてくれ!」
「俺のラッキーがヘビに食われた!」
一真は、教室内を見渡す。教室内は阿鼻叫喚の大騒ぎとなっていた。そんな中、才人は呆然と立ち尽くしている。
そして、煤で真っ黒になったルイズがむくりと立ち上がり、淡々とした声で言った。
「ちょっと失敗みたいね」
その発言は、他の生徒たちが怒りをあらわにするには十分すぎる言葉だった。
「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」
「成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」
魔法成功率、ゼロパーセント。だから彼女は『ゼロのルイズ』と呼ばれている。
後に判明する『ゼロ』の本当の意味を思いながら、一真は物語の大切なワンシーンを実際に体験出来たことに内心感動していた
ヌーイ……。一体どんなキャラなんだ……?