波乱の授業も終わり、生徒たちは教室を後にした。
幸い、気絶していたシュヴルーズも目を覚まし、騒ぎを聞き駆けつけた教師に連れられていった。おそらく、医務室にでも運ばれたのだろう。
そして、その騒ぎの原因となったルイズは教室の片付けを命じられた。ちなみに使い魔である才人も手伝うことになっている。
片付けを手伝おうかと二人に声をかけようとした一真だったが……
「……あんたは関係ないでしょ。どっか行って」
というルイズの言葉で手伝いは断られた。先ほどまでの威勢はどこに行ったのかと感じる話し方だったが、その言葉には怒りとも悲しみとも感じるものがあった。
そんなこんなで教室を後にした一真は、タバサに次は何をするのか確認する。
「さて、主殿?次はどうするんだ?」
「午後まで自由」
相変わらずの事務的で淡白な会話。ルイズのように邪険に扱われるよりは良いが、さすがに気まずくなってくる一真。
何か話題はないかと、一真が周囲を見渡す。
「あっ……」
廊下を歩くシエスタの姿が目に入った。
たしか、片付けの途中でルイズを馬鹿にして昼抜きになった才人がシエスタに声をかけられる。その結果、食堂でギーシュとの言い合いが起きるはずである。
「すまない、主殿。少し彼女に挨拶しに行ってもいいか? 朝に世話になって、そのお礼もしたいんだが……」
物語に干渉しないようにしたいが、原作での出来事をこの目で見てみたいという気持ちも抑えられなかった。
「好きにして。ただし、面倒事は起こさないで」
「ああ、気をつけるよ。ありがとう」
条件付きであるものの許可を貰った一真は、タバサにお礼を言いシエスタの元へ向かった。
掴みどころのない傭兵の行動にやれやれと呆れながら、タバサは使い魔の風竜の元へ向かうのであった。
この別行動が後々、両者にとって厄介なことになるとは、お互い気づくはずもなかった。
場所は変わり、トリステイン魔法学院の本塔最上階。そこに設えている学院長室。そこには、ある二人がいた。
「……始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』か」
「そうです! ミス・ヴァリエールが召喚した少年の左手に刻まれたルーンと同じであります!」
才人と一真……二人の召喚の場に立ち会った教師『ジャン・コルベール』が才人に刻まれたルーンの存在をトリステイン魔法学院の学院長『オールド・オスマン』に伝えているところだった。
「それで、君の結論は?」
「あの少年は『ガンダールヴ』です!」
かなり興奮した様子で頭をハンカチで拭きながらまくし立てるコルベール。
「ふむ……ただの平民だった少年は『ガンダールヴ』になった。しかし、それだけでそう決めつけるのは……」
考える素振りを見せるオスマンは、会話中にふと思い出したことをコルベールに尋ねた。
「そういえば、召喚された人間はもう一人居たとのことじゃが……」
「はい、ミス・タバサが二体の使い魔を召喚しました。その片方が人間で……傭兵、と名乗っていました」
「傭兵……のう。その者の使い魔のルーンはどうだったのじゃ?」
平民の少年に伝説の使い魔のルーン『ガンダールヴ』が刻まれたのならば、その傭兵にも何か関係するルーンが刻まれたのでは……と考えたオスマンの質問だったが、その答えは意外なものだった。
「それが……彼は契約を断りまして」
表情が変わり、目が光り厳しい色になるオスマン。
「なんじゃと? 問題はないのかの?」
第一に考えるのは生徒の安全。学院内に身元不明の傭兵がいるということ。学院長としては、警戒すべきことである。
「少なくとも、危害を加える人物ではないと判断しました。複数の使い魔を召喚するのは異例だったもので、どうしたものかと考えていると、彼の方から契約は一体にしておけばいいと提案されまして……」
「ふむ……使い魔召喚の儀で召喚されたというだけで非現実なことのはずじゃ。それなのに、その傭兵は妙に落ち着いておるようじゃの」
「私もそれは異様に感じました。それに私の勘が正しければ、かなり腕が立つかと……」
謎の傭兵に対するコルベールの評価を聞いて、腕を組むオスマン。
「警戒は必要じゃが、即座に危険と決めつけるのも早計かの」
「彼が携帯していた剣は、安全のために預からせて頂きました。一応、他の教師たちにも注意するように伝えています。今のところ、特に問題は起こっていませんが……」
オスマンは席を立ち、窓から学園の庭を眺めながら呟く。
「伝説の使い魔『ガンダールヴ』の可能性のある少年と共に召喚された謎の傭兵……警戒しておいて損はないじゃろ」
オスマンとコルベールが深刻な話をしている頃、その話題の人物の一人はというと……
「傭兵の兄ちゃん! 手際がいいな!」
「これぐらいなら慣れてますから」
厨房で野菜の皮むきをしていた。
シエスタに朝のお礼をしたいと話すと最初は断られたが、どうしてもとお願いした結果、厨房で仕込みの手伝いをすることになった。
シエスタが傭兵を連れて来たことに最初は驚いていたコック長のマルトーであったが、一真の態度から人柄を見抜き、今ではすっかり気に入られていた。
「それが終わったらメシにしな! 賄い用意してやるよ!」
「それはありがたい」
朝にパン2つしか食べてない一真にとって食事はありがたかった。
野菜の皮むきが終わり、手洗いを済ませたところで厨房に才人を連れたシエスタが入ってくる。
「あれ、一真さん?」
「ん? 才人くんか」
「どうして、一真さんが……」
とても厨房には似合わない格好である一真がいることに驚く才人に一真は説明をする。
「色々あって厨房の手伝いをな。そういう君は?」
「いやぁ、ご主人様を怒らしちゃって昼飯抜きになったもので……」
まいったといった様子で話す才人に、話を補填するようにシエスタが説明をしてくれる。
「あまりにも元気がなさそうでしたので、賄い食でもよろしければと」
「何をしたのか知らないが、仮にも主人なら怒らせるものではないぞ」
「一真さんのところは平和ですよね」
「……どちらかというと興味ないって感じだよ」
主人に苦労する者同士として、気が合う二人。テーブルにつき、シエスタに賄い食として温かいシチューを用意してもらい、二人揃っていただくこととなった。
味は、文句なしに美味しかった。賄い食とはいえ、貴族に振る舞う食事を扱う厨房。質の良い材料を使っているのだろう。
「おいしいよ。これ」
「よかった。お代わりもありますから」
夢中になってシチューを食べる才人をニコニコしながら見つめるシエスタ。
そんな二人の……メインキャラの交流に感慨深いものを感じながら、一真は食事を続けるのであった。
「「ごちそうさまでした」」
食事を終えた一真と才人は、手を合わせ仲良く声を揃える。
「そういえば気になったことがあるんですけど……」
空になった食器をシエスタ下げてもらった時、一真は才人に質問された。
「一真さんの、その『かずま』って名前なんですけど……」
「あ、ああ……」
やはりそれか、と一真は悩んだ。
咄嗟にこの世界で名乗る名前が思いつかず、自分の名前を正直に名乗ってしまったツケが回ってきたのだ。
一真にとっては才人も作品の登場人物であるが、才人からすれば自分と似た名前……日本人としての名前を相手が名乗っているのだ。気になるところだろう。
一真は周りを確認する。シエスタは先ほど下げた食器も含めて食器洗いをしている。マルトーや他のコックの人達も自分の持ち場で仕事中。
「面倒なことになると思って、周りには言ってないんだが……」
会話を聞いている人が居ないことを確認してから、才人に小声で話を始める。
「……俺は、この世界の人間じゃないんだ」
「っ!? ……やっぱり、俺と同じだ」
一真が小声で話していることから、自然と才人も小声になっていた。
「じゃあ、俺と同じ日本から?でもその格好は……コスプレ?」
「こすぷれ……? 俺は、傭兵だ。ニホン……というのが君の生まれか?」
あくまで、自分を『異世界の傭兵』という設定でわざとらしく片言を使って質問に答える一真。ボロが出ない内に、早いところ細かい設定を考えておいた方がいいかもしれない。
「それじゃあ、一真さんは……」
「推測だが……言葉が似ているだけで、それぞれ違う世界から来たってところだな」
「そう、かぁ……」
元の世界に関係するかもしれない可能性を失った才人は少し落ち込んでいた。
「とはいえ、お互いに異世界から来た者同士。少しは仲良くなれればと思うんだが……」
「それはもちろん。正直、他の人達と比べれば全然喋りやすいですよ」
ひとまず、同じ境遇同士仲を深めた二人。
「何のお話ですか?」
食器洗いを済ませたシエスタが不思議そうに尋ねてくる。
「いや、似た者同士仲良くなってたところだ」
異世界云々については、時が来るまで隠さなければいけないため、シエスタには適当にごまかしておく。
「そうですか。それはよかったです」
「さて、次は何をしようか?」
「いえいえ! ここまでしてもらって、もう充分ですよ!」
一真の言葉に、さすがに申し訳ないと手伝いを断るシエスタ。だが、一真自身も現状やることがなく時間を持て余している。
「気にしないでくれ。むしろ、午後まで自由と言われて困ってるんだ」
「俺も何か手伝うよ」
一真に続いて才人も申し出たため、シエスタもそこまで言うならと二人が手伝えることを考える。
「う〜ん……なら、デザートを運ぶのを手伝ってもらっていいですか?」
場所は変わり、食堂。
貴族たちの食後のデザート配りを手伝う才人と一真。一真はデザートを乗せたお盆を持っているだけだが、やはり傭兵の格好が目立つのかチラチラと視線感じる。
目立つことはするな、とタバサに念を押されていたが大丈夫だろうか、と考えているとシエスタから指示を貰う。
「カズマさん。追加のデザートを持ってきてもらってもいいですか?」
「ああ、わかった」
デザートがなくなり、食事が済んだ食器類を乗せたお盆を持って厨房の方に戻る一真。
「追加のデザートを」
「おう、ちょっと待ってな!」
厨房に入るとマルトーは気持ちよく返事をくれた。身分で人を分け隔てしないその性格は、一真にとってありがたい。
「ほら、これだ。落とさないよう――」
少しして追加のデザートを乗せたお盆を持ってきたマルトーが一真にそれを渡そうとしたその時だった。
「うそつき!」
食堂の方から女の子の怒鳴る声が響いた。学園の女子生徒の声だろう。驚いたマルトーは手に持っていたお盆を少しガタつかせる。幸い、お盆を落とすようなことはなかった。
「……おっとっと! なんだぁ?」
「食堂の方からか。ちょっと、見てきます」
一真が食堂に戻るとちょうど才人とキザな生徒......ギーシュが口論をしていた。
簡潔に説明すると、ギーシュの落とした香水を才人が拾ってあげたら、それが原因で二股がバレた......という何とも自業自得な状況だ。
「君に礼儀を教えてやろう」
「おもしれえ」
ギーシュの挑発に才人はむき出しにして唸っていた。
「ヴェストリの広場で待っている。ケーキを配り終わったら、来たまえ」
ギーシュは、体を翻して食堂から去っていった。周りにいたギーシュの友人や関係ない生徒もわくわくした顔で立ち上がり、ギーシュの後を追った。
そんな中シエスタは、震えながら才人を見つめている。
「あなた……殺されちゃう……」
「はあ?」
「貴族を本気で怒らせたら……」
そこまで言って走り去るシエスタとすれ違った一真は、疑問の表情を浮かべている才人に声をかける。
「本当にいいのか? 才人くん」
「一真さんまで……。大丈夫ですよ、たかがケンカですよ?」
「ここでのケンカは、ただの殴り合いじゃないと思うぞ」
「え?」
魔法学院の生徒が戦うとなると、魔法を使ったものになるということを伝えるか悩む一真。しかし、余計なことを口にして才人が決闘しない流れになるのも困る。
どうしたものかと考えていると、ルイズが駆け寄ってきた。
「あんた! 何してんのよ!」
「よお、ルイズ」
「よおじゃないわよ! 何勝手に決闘なんか約束してんのよ!」
「だって……」
ルイズの勢いに圧倒されたのか、才人はバツが悪そうにしていた。
「……無茶しないようにな」
二人の言い合いを聞きながら、一真は小さく呟いた。
ほぼ雑談。決闘まで長いって……