学院長室のドアがノックされた。
「誰じゃ?」
扉の向こうからオスマンの秘書である女性……ミス・ロングビルの声が聞こえてきた。
「私です。オールド・オスマン。ヴェストリの広場で決闘をしている生徒がおり、大騒ぎになっています」
「まったく、誰が暴れておるんだね?」
「一人は……ギーシュ・ド・グラモン」
「あの、グラモンとこのバカ息子か。相手は?」
「……ミス・ヴァリエールの使い魔の少年です」
オスマンとコルベール先生は顔を見合わせた。
「決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用の許可を……」
「たかが子供のケンカを止めるために、秘法を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」
「わかりました」
ミス・ロングビルが去っていく足音が聞こえた。その音が聞こえなくなったところで、コルベールはオスマンに促した。
「オールド・オスマン」
「うむ」
オスマンが杖を振ると壁にかかった大きな鏡に、ヴェストリ広場の様子が映し出された。
才人とギーシュの決闘を見届けている一真。だが、そこでは想定外の事が起きていてた。
(おかしい……。そろそろ、ギーシュが才人に剣を渡してもいいはずだ)
原作通り、ギーシュの魔法で作り出されたゴーレム『ワルキューレ』に手も足も出ずに才人はやられていた。
才人が傷つく姿を何もせずに眺めるのは辛かったが、後半の反撃を期待して我慢していた。
ギーシュが情けで才人に剣を渡す。その剣を受け取った才人は、見違える力でギーシュを圧倒し逆転。決闘に辛くも勝利する……はずだった。
いまだにギーシュが才人に剣を渡すシーンがやってこない。
「いいぞ、ギーシュ! 平民なんて、さっさとやっちまえ!」
野次馬の生徒の中に、ギーシュを煽っているヌーイの姿を確認する。
彼は、原作には存在しないキャラクターだ。少なくとも、一真の記憶には存在していない。
(原作には居ないはずのキャラ……今の決闘の状況……。まさか、俺が居るせいで話の流れがおかしくなってる?)
そんなことを考えている間にも才人はギーシュに傷つけられていく。
「一言謝罪の言葉を貰えれば、許してあげても構わないよ?」
「……うるせえ。全然効いてないんだよ」
二人の会話を聞きながら、一真は早く剣を渡してくれと願い、拳を強く握り締める。
自分が動く必要はない。そう信じて待ち続けていた。だが、剣は渡されずに才人は傷だけを増やしていった。
(俺が、この世界に介入したせい……?)
確証はない。原作に存在しない生徒がいることも原因なのかもしれない。
それでも、一つだけ分かることがある。
(このまま待っていたら、才人は本当にやられてしまう)
原作通りに進めたい。
だが、人が傷つくのを知りながら何もしないのは違う。
「やれやれ……。行け、ワルキューレ!」
ギーシュが杖を振り、ワルキューレが再び動き出す。
限界だった。一真は、走り出した。
決闘を見物する野次馬の生徒の中をかき分け進み、一真は才人に背を向けギーシュの前に立ち塞がる。
「すまない。少し邪魔をする」
間に入ってきた一真の姿を確認したギーシュは、ワルキューレの攻撃を止める。
才人も目の前に現れた一真の背中を見て驚く。
「……なんだい? 今は、決闘の最中なんだが」
内心、一真は焦っていた。
自分が決闘の邪魔をして流れを止めただけでも厄介なことをしたのに、ここでギーシュの怒りを買って自分とも戦うなんてことになったら、さらに厄介なことになる。
「決闘か……。俺には、どうもこれが決闘に見えなくてね」
「どういうことだい?」
自分がこれ以上関わらないようにした上で、原作通りに決闘を再開させる。両方やらなくてはいけないのが難しいところである。
一真は、どうにかギーシュが才人に剣を渡すようにするために交渉を始めた。
「丸腰の相手に勝っても、誰も君を称賛しない」
一真の発言にギーシュはピクリと反応する。
この決闘、ギーシュは才人を痛めつけることというよりも、恥をかいた自分のイメージを変えるために始めたものに近い。なら、彼の勝利に花を持たせるような提案をすればいい。
恥をかいた原因は自業自得ではあるのだが……
「……なら、君はどうしたいんだい?」
「彼に剣でも持たせるのはどうかな。武器を持った相手に勝った方が、君の気分もいいだろう?」
「ふむ、君の言うことにも一理ある。いいだろう、では……」
一真の意見に納得する部分を感じたギーシュは、一枚の薔薇の花びらを剣に変えた。
そして、それを掴むと二人に向かって投げた。その剣は一真の目の前の地面に落ちる。
「せめてもの情けだ。その剣を使いたまえ」
「寛大な心に感謝致します」
交渉が上手くいったことに安堵しながら、一真は地面に落ちた剣を手に持って振り返り、才人の前に立った。そして、その剣を才人の目の前の地面に突き刺す。
「一真……さん?」
「この剣を手にしたら、もう決闘は止められない。命を落としても文句は言えない。それでも、君はこの決闘を続けるのか?」
脅しとも言える一真の言葉。しかし、才人はそんな言葉に屈せず、一真の目をしっかりと見据えた。
「続けるに、決まってる……」
「……どうしてそこまで頑張る?嘘でも頭を下げて謝れば、そんなに傷付くこともなかっただろう?」
それは純粋な疑問だった。
マンガやアニメの主人公というのが無茶をするというのは、よくあることでもある。しかし、それには相応の理由があったりする。故郷や家族を守るためだったり、恋人を救うためだったり。その理由は様々だ。
だが、この主人公……平賀才人はどうだ?いきなり知らない世界にやってきて、下僕のような扱いもされている。わざわざこの世界で自分が傷ついてまで無茶をする理由もないはずだ。
そんな意味を込めた一真の問いに、才人はゆっくりと立ち上がりながら答える。
「ムカついた、から……!」
「……それだけか?」
「ああ……!」
その答えは、実にシンプルな一言だった。
「ふっ……そうか。ははは、なるほどな」
あまりにも簡単で単純な答えに一真はつい笑ってしまった。
そうだ、彼は『平賀才人』なのだ。彼の行動に難しい理由なんてなかったのだ。
「好きにしたらいい」
彼の覚悟を聞いた一真は、決闘を見届けるため才人の後ろに下がる。すると、野次馬生徒の中に居たルイズが出てきた。
そして、才人に……ではなく一真を問い詰める。
「ちょっと、あんた! 決闘を止めてくれるんじゃなかったの!?」
「本人がやる気なんだ。これ以上、邪魔をする理由もないだろう」
一真の返事を聞いたルイズは、次に才人に問い詰め始めた。
「だめ! それを握ったらギーシュは容赦しないわ!」
「俺は、元の世界に帰れねえ。ここで暮らすしかないんだろ?」
独り言のように呟く才人の言葉。もはや、その目はルイズを見ていない。
「使い魔でいいし、寝るのは床でもいいし、下着だって洗ってやる。でも……」
「でも、何よ……」
「下げたくない頭は下げられねえ!」
才人は最後の気力を振り絞り地面に突き刺さった剣を握る。その時、才人の左手のルーンが光りだしたことを一真は確認した。
(これで決闘は才人の勝利……か)
剣を握りしめてギーシュに立ち向かう才人を見届けながら、一真は才人の勝利を確信していた。
そこからの才人の反撃は凄まじかった。
ゴーレムは切り裂かれ、才人は旋風のように突っ込む。ギーシュが続けて複数のゴーレムを作り出すも一瞬の内にバラバラにされた。そして、才人の蹴りが顔面に炸裂して、ギーシュは吹き飛んだ。
怒涛の展開が続いた最後、才人はギーシュの横の地面に剣を突き立てていた。
「ま、参った……」
ギーシュの降参の言葉と共に、才人は糸が切れたかのように気を失い、剣を手放し後ろに倒れる。しかし、その体は地面に倒れることはなく……
「……お疲れさん」
決闘後に才人が倒れることを知っていた一真が既に駆け寄っており、地面に倒れそうになった才人を支えた。
才人を支えながら、ルイズに視線を配る。たしか、倒れた才人を介抱したのは他でもないルイズであったはずだ。
「あんた、主人だろ? だったら……」
ルイズに才人を預けようとした、その時だった。
「邪魔をするな!」
そんな怒鳴り声と共に火球が飛んできた。
「危ない!」
「っ!」
ルイズの叫びに反応した一真は、咄嗟に才人を抱えたまま飛び退く。
直後、先程まで二人がいた場所に火球が着弾し、小さな爆発を起こした。土煙が舞い上がる。
「何だ!?」
「お、おい!」
ざわめく生徒たち。
一真は才人を静かに地面へ寝かせると、火球が飛んできた方向へ視線を向けた。
そこには杖を構えたヌーイの姿があった。
「……何のつもりだ?」
それは怒鳴り声ではない。
むしろ静かだからこそ、周囲の生徒たちは背筋に冷たいものを感じた。
次回、一真初戦闘