ヴェストリ広場で始まった才人とギーシュの決闘。その様子を、遠くから見ていた二人が居た。
「勝って、しまいましたね……」
「うむ」
オスマンとコルベールである。
「ギーシュは『ドット』メイジですが、平民に後れをとるとは思えません。そしてあの動き!」
「うむむ……」
興奮するコルベールは、オスマンを促す。
「オールド・オスマン。さっそく王室に報告して、指示を……」
「それには及ばん」
オスマンは、白いヒゲを揺らしながらコルベールの言葉を遮る。
「『ガンダールヴ』はただの使い魔ではない」
「そのとおりです。始祖ブリミルの用いた『ガンダールヴ』。主人の呪文詠唱の時間を守るために特化した存在と伝え聞きます」
「始祖ブリミルは、その強力な呪文ゆえに呪文を唱える時間が長かった……。詠唱時間中の無力なメイジを守るために始祖ブリミルが用いた使い魔が『ガンダールヴ』じゃ」
その後、コルベールが興奮した調子で話を引き継ぐ。
「その強さは、千人もの軍隊を一人で壊滅させるほどの力を持ち、並のメイジではまったく歯が立たなかったとか!」
「ミスタ・コルベール。あの少年は、ほんとうにただの人間だったのかね?」
「念のため『ディテクト・マジック』で確かめたのですが、正真正銘ただの平民の少年でした」
「そんなただの少年を『ガンダールヴ』にしたのは?」
「ミス・ヴァリエール、ですが……」
「彼女は優秀なメイジなのかね?」
「いえ、むしろ無能というか……」
「無能なメイジと契約したただの少年が、なぜ『ガンダールヴ』になったのか。まったく、謎じゃ」
「そう、ですね……」
「王室のボンクラどもに『ガンダールヴ』とその主人を与えてしまっては、また戦でも引き起こすじゃろう。宮廷の連中はまったく、戦が好きじゃからな」
「……学院長の深謀には恐れ入ります」
「この件は私が預かる。他言は無用じゃ」
「は、はい! かしこまりました!」
話が終わり、オスマンはふと遠見の鏡を見る。
「むっ!?」
そこには、平民の少年を抱えながら火球を避ける傭兵の姿があった。
「今のファイヤーボールは誰じゃ!? 当たらなかったからいいものの……!」
「……ヌーイ・ド・カマセ、ですね。カマセ家の一人息子です」
「貴族主義の思想が強いあの家系の息子か。父親の方はマシになったが、大方平民の活躍が気に入らない……といったところか」
「なんてことを! 貴族以前の問題だ!」
生徒の身勝手な行動に怒るコルベールは、騒動を止めようと学院長室から出ようとする。
「待ちなさい、ミスタ・コルベール」
「何故です!? これは決闘ではない! 即刻に止めるべきです!」
「わかっておる……だが、確認したいことがあるのじゃ。あの傭兵……不意打ちである先ほどの攻撃に対する反応といい、やはりただの傭兵というわけではなさそうじゃ」
「しかし!」
「いざとならば『眠りの鐘』の使用を許可する。それなら良かろう?」
そこまで言うならと落ち着いたコルベールは、遠見の鏡に目を向けてヌーイの姿を改めて確認する。
「……ヌーイは、ギーシュと同じ『ドット』メイジではありますが、火魔法の扱いにおいては評価出来るほどの腕前の持ち主です。魔法も使えず、ルーンの力もない彼では……」
「だからこその確認じゃ。彼が何者で、伝説に関わる存在なのかどうか……」
二人は、遠見の鏡を通して決闘の様子を再度観察するのであった。
「……何のつもりだ?」
才人を地面に寝かせた一真は、火球を放ったヌーイに問いかけた。
「神聖な決闘を邪魔した無礼な平民に罰を与えようとしただけさ!」
「なら、お前の狙いは俺のはずだ。彼まで狙う必要はなかったと思うが?」
「貴族に楯突いた平民がどうなろうと、僕には関係ないね!」
身勝手な主張をするヌーイに、いまだ座り込んだままだったギーシュが割って入る。
「何をするんだ! ヌーイ!」
「ギーシュ! そもそも君が平民なんか相手に情けをかけたからいけないんだろう!」
「これは僕の決闘だ! 君がそんなことをしても……」
「うるさい! 平民は平民らしくしていればいいんだ!」
その時、一真の中で何かが切れた。
一真は、ルイズに視線を向ける。
「ルイズ。才人を頼む」
「はあ!? なんであんたに……」
「早くしろ」
「っ!? ……わ、わかったわよ」
さっきまでとは違う一真の声色と瞳の奥から感じる怒りに萎縮し、言う通りに動くルイズ。
当たり前のように自分の名前を呼ばれたことを気にする余裕もなかった。
「あんたも無茶しないでよ!」
そう言い残し、才人を引き摺りながら歩いていくルイズを見届けた後、一真はギーシュに目を向ける。そして、地面に転がっている剣を指さす。
「ギーシュ、その剣返すよ。ここから離れてくれ」
「一体、何を……」
「さっさとしろ」
「っ!? わ、わかった。君も大概無茶をするな……」
ギーシュもまた、一真の言われた通りに動く。やはり、自分の名を呼ばれたことを気にする余裕はなかった。
そして、野次馬の生徒に囲まれているのは、一真とヌーイの2人だけが残った。
「……ヌーイ、だったな? 始めようか。その神聖な決闘ってやつをさ」
一真は両手を軽く開き、武器を持っていないことを示す。そして、そのままゆっくりと拳を握った。
「安心しろ、武器は使わない。それで勝って文句を言われるのもごめんだしな」
「!? ……な、なめるなよ! 魔法を使えば、お前のような平民の傭兵ごとき!」
一真に挑発されたヌーイは、怒りのまま杖を構えて呪文の詠唱を始めた。決闘前の礼儀もないその行動は、とても誇り高き貴族とは呼べないものだろう。
詠唱が終わり、ヌーイの杖先から火球……ファイヤーボールが放たれる。
「喰らえ!!」
放たれた火球は、まっすぐ一真へと向かっていく。
実際、ヌーイの実力はドットメイジの生徒の中では高い方ではあった。その性格からか悪評判ばかりが目立ってしまうが、彼の魔法……特に火魔法の扱いに関しては十分評価されるほどである。
しかし……
「なっ!?」
放たれた火球は、地面に衝突し爆発を起こす。地面は焦げ、少しへこんでいる。かなりの威力だ。当たればひとたまりもないだろう。
しかし、一真は既にその地点から数メートル離れた場所に移動していた。
「避けた、だと!?」
自身が放った得意の魔法を軽く避けられ驚くヌーイだったが、一真はそんなヌーイには目もくれず、火球によって焦げた地面を見ていた。
(……やっぱり、気のせいじゃなかった)
最初にヌーイの不意打ちを避けた時の自身の動きに、一真は違和感を感じていた。
ルイズの掛け声はあったものの、自身に放たれた火球を確認してから避けれたことに。
どうやら、動体視力も強化されているようである。今、ヌーイから放たれた火球をしっかりと目視して避けれたことで推測は確信に変わった。
とはいえ、それは止まって見えるなどといった超人的なものではない。例えるならば、自分に向かって投げられたボールを避ける感覚に近いだろうか。
それでも、避ける事自体は難しいはずなのだが……
(杖の先が向いた瞬間、魔法は飛んでくる……)
この世界での魔法の撃ち方を把握していた一真は、ヌーイの動きに合わせて攻撃を回避していた。
ヌーイの火魔法の威力はたしかに強力だ。当たれば火傷程度じゃ済まないだろう。だが、彼の呪文の詠唱自体はさほど早くない。それに加えて、彼の杖の動きはかなりの大振りだった。
熟練のメイジならば、呪文の詠唱は相手に見られないようにするし、杖の動作も最小限にするだろう。
ヌーイは、戦いにおいて素人だった。
「くそっ!!」
自信のあった自分の攻撃を避けられたヌーイは、半ばやけくそのようにファイヤーボールを連発する。
一真は、先ほどと同じように詠唱と杖の動きを見ながら回避を続ける。
その内の一発が予想よりも早く放たれた。
「っ!?」
咄嗟に身を捻って避ける。火球は背後の地面に着弾し、爆発した。
吹き荒れた爆風に身体が揺れる。
(今のは、危なかったな……)
少し掠ってしまったのか、肌が少し熱い。だが、直撃はしていない。
もし、反応が一瞬でも遅れていれば無事では済まなかっただろう。
やはり、この体は桁違いに強いというわけでないようだ。
(感謝するよ。自分の実力が確認出来た。発言は許さないがな……)
自分の地位や立場を利用して他人を見下す。一真は、そんな人物を嫌っていた。
正直なところ、ルイズやギーシュも才人に対して酷い発言はしていた。だが、それは物語でも序盤のことで後に改善されることもあるため見逃していた。むしろ、それが良いところでもあるからだ。
しかし、ヌーイは違った。貴族として平民を馬鹿にする発言どころか、何をしても許されるかのような発言。見逃すわけには行かなかった。
「はあ……はあ……」
何度も魔法を連発したヌーイは、息を切らしていた。
メイジが魔法を使うためには、精神力が必要である。後先考えず、何発も全力でファイヤーボールを放ち全てを避けられたヌーイには、もう精神力は残っていないのだろう。
「……は、はは……ありえない……! こんなこと……! 何かの……間違いだ……!」
膝に手をつきながら地面を見つめ、現実から目を背けようとするヌーイ。
「終わりか?」
しかし、その一言にヌーイは現実に引き戻された?
ゆっくりと歩いて近づいてくる一真に、ヌーイは恐怖で反射的に後ずさった。
「どうした? 先に仕掛けてきたのは、そっちだろ?」
ヌーイは悟った。もう魔法も撃てない。いや、撃ててもこの傭兵はまた避けるかもしれない。
逃げようとも考えた。だが、周りにはたくさんの生徒がいた。自分から大見得切っておいて、最後には逃亡。そんな恥さらしをするわけにもいかない。
「さっきの発言を謝罪すれば、ここで終わりにしても構わないが?」
目の前の平民の傭兵にかけられた情けの言葉。それは、ヌーイが立ち上がるには充分な言葉だった。
「ふざ、けるな……! ここまで恥を晒して、今さら逃げられるかぁ!!」
叫びながらヌーイは殴りかかる。貴族らしからぬ、ただの子供のような突進だった。
だが、その目だけは死んでいなかった。恐怖に震えながらも逃げなかった。そのことだけは認めてやるべきだろう。
一真は飛んできた拳を左手で受け止めた。
「……思ったより、根性あるんだな」
ヌーイは必死に腕を引こうとする。だが、動かない。
「だからって、何をしても許されるわけじゃない」
一真の表情から笑みが消える。
「覚悟しろよ、貴族様」
掴んでいた腕を払いのける。そして腰を落とし、拳を握った。
「平民の一撃は、ちょっと痛いぞ」
次の瞬間。鈍い音が響いた。
「ガッ……!?」
一真の拳をみぞおちに受けたヌーイの身体は、そのまま地面へ崩れ落ちた。
野次馬たちは言葉を失った。平民が貴族を打ち倒した。それも武器を使わずに。その事実が、誰の目にも明らかだった。
一真は倒れたヌーイを見下ろす。
「これで少しはわかったか?」
ヌーイから返事はない。
一真は頭を掻いた。
「……ちょっとやり過ぎたか」
一真は小さく息を吐いた。
怒りは消えていた。残っていたのは後味の悪さだけだった。
「彼も勝ち、ましたね……」
「うむ、危なげなく……の」
一真とヌーイの決闘……とは呼びにくい戦いを見ていたオスマンとコルベール。ひとまず、大事にはならずほっと息をついた。
しかし、一真に対する感想は、才人の時とはまた違うものだった。
「どう思う、ミスタ・コルベール? あの傭兵の実力は……」
オスマンからの問いに対して、顎に手をやるコルベール。先ほどの傭兵の動きから実力を想定する。
「戦い方に迷いがありません。メイジの魔法の放ち方……詠唱や杖の動きを見て、攻撃を先読みしていました。相当、戦い慣れているように見えます」
「ふむ……」
「しかし、ヌーイも決して弱くはありません。ドットメイジとしては優秀な方です」
コルベールの意見を聞き、腕を組み考えるオスマン。おそらく、オスマンもコルベールとほぼ同じ考えだったのだろう、
「彼は名の知れた傭兵、ということはないかの?」
「彼ほどの若さで、魔法も使わずにあれほどの実力の持ち主ならば、噂程度ありそうなものですが……そのような話は聞いたことがありませんな」
軍に所属する貴族の将軍や士官は、傭兵を雇用して指揮することは多い。だが、彼ほどの実力があれば、何かしらの功績を称えられているだろう。そんな話題がまったくないとなると、ますます出自が気になるところである。
「……改めて聞くが、召喚された時の様子は?」
「警戒こそしていましたが、敵意は感じませんでした。所持していた剣を手放すことにも抵抗なく、こちらの指示に従っています」
「ふむ……まずは情報収集といったところかのう。今の戦いもヌーイから仕掛けたものじゃし、彼自身が問題を起こすようなこともないじゃろ」
「では……」
「しばらく様子を見ることにしよう。もちろん、警戒は必要じゃがな……」
こくりと頷いたコルベールに、オスマンは言葉を続ける。
「……出来ることなら、彼のような腕利きを敵に回したくはないのう」
本人の知らぬ間に、その実力を高く評価され、学院から要注意人物として監視の目が入ってしまう一真であった。
ヌーイ・ド・カマセ……名前で察した人は笑ってください。
次回、少し外伝に寄り道します。