ワールドオブぞんび ~ぞんび世界でオレたちだけギャルゲー!?~ 作:しょーもないおっさん
手作りのステージの上で、セーラー服の女子学生ゾンビによる音のないパフォーマンスは、いよいよ終盤――大サビと思われる激しいステップへと差し掛かっていた。
その様子を、出現したばかりのパイプ椅子の最前列で眺めていた赤城は、ふと、ある致命的な現実に気がついてしまった。
脳汁が出まくって絶好調だった彼の頭脳に、一気に冷や水が浴びせられる。
「……ま、まずい」
「ん? どうしたんだいあんちゃん。お腹でも痛くなったか?」
隣の席で、相変わらずライブを肴に美味そうにビールを喉に流し込んでいる青山が、不思議そうにこちらを見た。
「青山さん……大変なことに気がつきました。客席です。客席を見てください」
「客席ぃ? よく並んでるじゃないの。パイプ椅子。見事な陳列だよ」
「そうじゃなくて、座っている『人間』の数です! 私と、青山さん……たったの二人しかいないじゃないですか!!」
赤城は頭を抱え、パイプ椅子から転げ落ちんばかりに絶望した。
「アイドルのライブですよ!? たった二人の観客席で、彼女の『みんなに歌を聞いてもらいたかった』という未練が、まともに解消できるわけがないでしょう! 前回の回想を見たでしょう!?あ、いや見てないか…… 彼女はあのまばらな客席が悔しくて、もっとたくさんの人に見てほしくて、それが未練になってゾンビとして彷徨っていたに違いないんです! なのに、これじゃあ、あの回想の再現、下手をすればそれ以下だ! どうする……このままライブが終了したら、攻略失敗になるかもしれない……!」
ようやっと、脳汁が落ち着き、平時の頭になった赤城の額から、今度は冷や汗がダラダラと流れ落ちる。
(いっそ、スーパーゾンビを……いや、普通に襲われるだけだ。……周辺の現地民を今から探して……どこにいるかもわからないし連れてくる時間などない。そもそも彼らは地下シェルターで引きこもってる、なによりゾンビを激しく憎悪している。仮に連れてきたところでライブどころの騒ぎではなくなる)
ステージの上の少女の動きが、ゆっくりとスローダウンしていく。
曲の終わりを告げる最後のキメポーズ。彼女は、音のない世界で、息を切らせながらまっすぐにこちらを見つめていた。
だが、その客席は――静まり返ったままだ。
あまりにも寂しい、静寂の空間。
「クソッ、私のミスだ。もっとあのクソ神に交渉して、アンドロイドとかスマート家電とか何かを要求しておくべきだったんだ……!」
「……あんちゃん、スマート家電は違うんじゃないか?」
あまりのパニック具合に青山にもツッコまれるが、赤城には全く聞こえていなかった。
赤城が己の浅はかさを呪い、拳を握りしめた、その時だった。
(……いや、待てよ?)
赤城の脳裏に、学生時代の『アイドル研究会』で交わした、仲間たちとの熱い議論がフラッシュバックした。
『いいかい赤城くん、アイドルの価値はファンの数だけで決まるんじゃない。目の前にいるたった一人の人間を、どれだけ笑顔にできたかだ。それがアイドルの原点なんだと僕は思う』
「……そうだ」
赤城は、ハッと目を見開いた。
「観客は、ゼロじゃない……!」
たとえ、たったの二人だったとしても。
いま、この荒廃した世界で、汗水たらしてステージを作り、彼女のパフォーマンスを最初から最後まで真剣に見届けた観客は、ここにいる!!
「一人でも、目の前で見てくれる人がいるなら……。その人のために全力で歌って、届いたのなら……それはもう、立派なプロのステージであり、立派な『デビュー』なんだ!!」
赤城のその熱い魂の叫びに呼応するように、世界が再び、その動きを完全に止めた。
——テレレーン♪
脳内に響き渡る、お馴染みの電子音。
世界からすべての色彩が失われ、完全なモノクロームの世界が訪れる。
ステージの上の少女も、青山のビールの雫も、すべてが静止した空間。
赤城の目の前に、これで通算4度目となる半透明のシステムウィンドウが出現した。
「きた!」
【イベント発生】
文字のすぐ下には、選択肢が浮かび上がる。
▶ 席から立って、感情のままに、拍手する
▶ 成功に一人陶酔し、アーティストを気取っている
▶ 成功に甘んじることなく、次なる高みを見据えている
「これだ……これしかない!!」
赤城は確信に満ちた声をあげた。
二番目のアーティスト気取りも、三番目の高みを目指すのも、今のこの「デビュー」の瞬間には全く相応しくない。
今、この寂しい客席を本物のライブ会場に変えるために、自分がすべき行動は、ただ一つだけだ!
赤城は迷うことなく、一番上の選択肢を力の限り叩きつけた。
▶ 席から立って、感情のままに、拍手する
――カチリ。
世界に濁流のように色彩が戻り、止まっていた時間が再び猛烈に動き出す。
赤城は勢いよくパイプ椅子から立ち上がった。
そして、静まり返った商店街の広場に響き渡るほどの勢いで、全力の拍手を送り始めた。
パチパチパチパチパチパチパチ!!
手のひらが真っ赤になるほどの熱量を込め、惜しみない賛辞をステージの上の少女へとぶつける。
「お疲れさん!よかったぜ!」
それを見た青山も、良いモノを見たといわんばかりに席から立ち、手に持っていたビール缶を椅子に置き、一緒に力強く手を叩き始めた。
たった二人だけの、しかし、遮るもののない広場に大きく響き渡る、割れんばかりの拍手。
ステージの上の女子学生ゾンビは、その拍手の音を聞いた瞬間、目がわずかに見開いた。
そして、これ以上ないほど綺麗なお辞儀をした。
視界の端に、静かに文字が明滅する。
【イベントNo.4『カーテンコール』完了】
直後、赤城の頭脳に、これまでで最も鮮明な光景が直接フラッシュバックした。
~~~
――そこは、地鳴りのような歓声が響く、武道館だった。
何万人ものファンが振る、眩いばかりの光の海。
ドームステージの終了直後だった。
ステージから降りたセーラー服の少女は、カメラに向かって、作り込まれた、
「貼り付けた笑顔」を向けていた。
そのまま、一人きりの楽屋へと歩いていく。
重い扉が閉まり、外の喧騒が完全に遮断された、静寂の空間。
少女は、衣装のまま鏡の前に座り、深く、重い、孤独なため息を吐いて――。
~~~
「はっ……!」
赤城は激しく息を吐きながら、現実の世界へと引き戻された。
目の前の拍手はまだ続いている。青山も楽しそうに手を叩いている。
しかし、赤城の脳内は、今の一瞬の回想によって得体のしれない違和感を覚えていた。
「……アレ?」
赤城の手が、ピタリと止まる。
(今のは……武道館? 何万人もの、大観衆……?)
「……」
「どうした、あんちゃん? 急に手を止めちまって。アンコールでも要求するか?」
隣から、青山の能天気な声が降ってくる。
「……いや」
「……なんでもありません。これで、彼女の未練は、解消されたんですよ。無事に終わったんですから」
その時、ステージの上の女子学生ゾンビの身体が、淡い光の粒子となってサラサラと崩れ始めた。
彼女は最後に、赤城と青山に向かって、『また』とでも言うように小さく手を振った。
光の粒が空へと消えていく。
同時に、広場を遠巻きに囲んでいた凶悪なスーパーゾンビたちの気配も、霧が晴れるように完全に消滅していった。
「おお、終わったんか、よく分からんが上手くいったってことかい?」
「ええ……。攻略完了です」
二人の元に巨大な光の柱が降り注ぐ。その輝きには、微かにゴールドが混じっていた。
その光が消えたあとには、そこに残ったのは、即席で作られたあのステージと、一冊の雑誌.。
そしてそのステージをレンズ越しに見つめていた者だけであった。
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