ワールドオブぞんび ~ぞんび世界でオレたちだけギャルゲー!?~ 作:しょーもないおっさん
ゴールドの輝きがまじった光の柱が弾け、視界が白から元の景色へと戻る。
次の攻略エリアへと強制転移させられた赤城紅一と青山藍乃介が最初に目にしたのは、どこか開放的な広場だった。遠くには学校か公共施設の運動場らしき建物と広い敷地が見える。
「……到着、ですかね。今回は随分と見晴らしのいい場所ですね、しかもゾンビ共の姿も見えないし唸り声も聞こえてこない?……このエリアには居ないんでしょうか?だとすると攻略は……?」
赤城は自分のスーツの埃を払いながら、周囲をあまり警戒しないで見回した。
「いやぁ、あんちゃん。なんか妙だ……」
青山が珍しく、目つきを鋭くして低く呟いた。シャツの襟を緩めながら、まるでなにかやらかして、それがバレたような、焦りのような雰囲気が漂っていた。
「青山さん? 何か危険な気配でも?」
「ああ……頭が警鐘を鳴らしてる。かつてしくじった時に感じたヤバい空気だ。
あの時も命の危険をかんじたが今回もそれに似た、なにかがある……」
「あ、青山さん。足元!、足元危ないですよ!。あれは……?」
緊張感を台無しにするような赤城の声に、青山が「あんちゃん、俺久々にマジだったのによぉ……はぁ!?」と呟きながら視線を落とす。
そこにあったのは、アスファルトのど真ん中に堂々と鎮座する、ピカピカの銀色に輝く十キログラムのダンベルだった。なぜ道端にダンベルが落ちているのか、今のこのゾンビ世界においてこれほど意味不明なオブジェクトもない。
「ダンベルですね。生存者がゾンビに対しての武器として使ったんでしょうか?」
赤城は至って真面目な顔で、ダンベルを拾い上げ、道路の脇にそっと置いた。少々重たいがこの程度の重量はまだ荷物程度のものでしかなかった。
「……あんちゃん。おれの直感が『回れ右して逃げろ』と言っているだが」
「何を言ってるんですか。至ってこのエリアは平和じゃないですか?それに逃げるってどこに、逃げるんですか?あの光の柱がなければどこにも行けませんよ、私たちは。まったく……おや?ほら、あそこの運動場に人影が見えますよ。あそこにいるのがこのエリアの現地生存者じゃないですか?行きましょう。」
赤城が指さした先で人影が運動していた。
「でも、なんで運動?このゾンビ世界で?なにかおかしい?」
赤城もやっと、このエリアの不可解さに気づき始めていた。
冷や汗を流す青山を引っ張り、赤城は運動場の入口へと歩みを進め、二人がその敷地へ一歩足を踏み入れた瞬間、完全に硬直することになった。
「……は?」
赤城の口から、間の抜けた声が漏れる。
そこは、屋外型の大規模な青空ゴールドジムとしか言えない光景だった。
グラウンドの至る所に、どこから持ってきたのかベンチプレス台やパワーラック、バーベルが整然と並べられている。そして、そこに集う数十匹のスーパーゾンビたち。
本来であれば、生存者を見つけるや否や猛烈な速度で走り、跳び、貪り食おうとする最凶最悪の災害。それが彼らのはずだった。
しかし、彼らは走っていた。
トレッドミルの上で。
彼らは跳んでいた。
ジャンピングスクワットのフォームで。
そして隅で彼はキメていた。
鏡代わりなのか窓ガラスに背中を映し、左右差の確認を。
腐敗した声帯により掛け声は出ててはいないが、彼らの動きで起こる地鳴りのような振動が、規則正しく運動場に響き渡っている。あるスーパーゾンビは凄まじい大腿四頭筋のバネを生かしてレッグプレスに励み、またあるスーパーゾンビは美しい背中のラインを作ろうというのかラットプルダウンを行っている。信じられないことに、ゾンビたちの動きはとても美しいフォームを維持していた。
そして、その中心。
朝礼台のような一段高い場所に、ひときわ巨大な影が立っていた。
生前であればマッチョのお兄さんだったろうか。しかし目の前にいるのはゾンビであった。服はとっくに弾け飛び、身に纏っているのは破れたスパッツのみ。異常なまでのカットとバルクを誇るムキムキのマッチョ系ゾンビだった。
彼が体を斜めに捻りポーズを決めると、周囲のスーパーゾンビたちが「オォォォン!!」と唸り声の歓声を上げ、一斉に自らの筋肉を誇示し始める。
「な……なんなんだよ、これは……」
赤城の、脳が急速に処理を拒否し始める。
未練。そうだ、未練解消のはず。しかし、目の前で繰り広げられている光景から、一体どのような情緒や悲恋、あるいはこの世への未練を感じ取ればいいというのか。
唖然としている二人の背後に、いつの間にか気配があった。
ハッと振り返ると、そこには丸太のような腕をしたスーパーゾンビたちが、じりじりと二人を取り囲んでいた。その数、およそ数十。逃げ場はない。
「やべぇ……!あまりな光景に気を抜きすぎてた……! あんちゃん、どうする?」
青山が覚悟を決めて拳を握りしめた。死の恐怖が二人を包み込む。化け物たちに囲まれ、一時の気のゆるみでこんな幕閉めかと、赤城もぎゅっと目を瞑った。
だが。
彼らの身体に牙が突き立てられることはなかった。
「……っっ……??」
赤城がおそるおそる目をあけると、目の前のスーパーゾンビが、真剣?な、それでいてどこか試すような表情で、赤城の前に「何か」を差し出していた。
それは、先ほど道端で見かけたものと同じ、ピカピカの銀色に輝くダンベルだった。
「はっ?えっ?」
赤城は訳もわからずに、スーパーゾンビとダンベルに視線を往復させた。
スーパーゾンビは、自分の腕を上下に曲げ伸ばしてみせる。
今まで通り言葉は喋らないが、その濁った瞳が雄弁にそう語りかけていたような気がした。青山の前にも、さらに一回り大きなダンベルが差し出されている。
「どうするよ?あんちゃん?」
「やるしかないでしょ!」
「だよなぁ……」
赤城は、生き残るために言われるがままダンベルを握り、震える体を押さえつけて腕に力を込めて持ち上げた。
その瞬間。
「オォォォォォォォォッッッ!!!」
周囲を取り囲んでいたスーパーゾンビたちが、割れんばかりの唸り声を上げた。地響きのような振動の祝福の儀式。
朝礼台の上のマッチョ兄さんゾンビも、赤城の頑張りを認めたのか、満足げに深く頷き、最も美しいポーズをバシッと決めて応えた。皮膚の一部が裂けていたが
、誰も気にもしない些細な問題でしかなかった。
「……は?????」
流れるままに、何かが始まってしまった。
周りのスーパーゾンビたちからの無言の、しかし絶対的な「圧」に押され、二人はひたすらその場で体を鍛えるハメになった。
「イチ、ニ! イチ、ニ!」という意味あろうか、ゾンビたちが足踏みをしている。
「クソっ、なんで私がこんなことを……! 全っ然意味が分からないでしょうが!」
赤城が叫びながらダンベルを持ち上げる。
「おい、あんちゃん……! これ、休むと、めちゃくちゃ睨まれる、んだけど……!」
その横で、青山もまた、人生で一度もしたことがないような高重量のベンチプレスに強制的に挑まされ、大汗を流していた。
大腿筋が悲鳴を上げるスクワット。引きちぎられるような腹直筋。次から次へと課されるメニューに、男たちはただ筋トレ地獄を這いずり回るしかなかった。
一時間後――。
「あ……が……」
先に限界を迎えたのは、不摂生な生活を送ってきたであろう青山だった。白目を剥いて地面に崩れ落ちる。
「はぁはぁ……ぐっ……もう、げんかい……」
続いて、健康に気を使って多少筋トレをしてきた赤城も、全身の乳酸が限界値を超えて膝から崩れ落ちた。意識が朦朧とする。視界がぐにゃりと歪み、全身の筋肉がちぎれんばかりに悲鳴を上げていた。
(こんな死に方はやだなぁ……あぁもう……)
そう思い意識が途絶えた。
「……ん……っ……」
どれほどの時間が経ったのだろうか。
じわじわと脳が覚醒するのと同時に、全身の細胞という細胞が「引きちぎられたのか?」と錯覚するほどの凄まじい激痛――猛烈な乳酸の嵐が赤城を襲った。
あまりの痛みに声を上げそうになりながら、おそるおそる目を開ける。
(……生き、てる? 食われてない……?なんで……?)
視界に飛び込んできたのは、ひび割れたアスファルトではなく、どこか見覚えのある、しかし絶対にそこにあるはずのない光景だった。
赤城の頭の下には、ふかふかとしたバスタオルが丸められて敷かれており、その額は信じられないほど丁寧にかつ優しく、冷たい濡れタオルで拭われていた。
「あ……が……あ、あんちゃん……おれぁ、天国に、きたのかねぇ……?」
隣を見れば、同じようにバスタオルを枕にされ、泥のように転がっている青山がいた。その顔は、赤城同様に丁寧に汗を拭き取られている。
「青山、さん……。私たち、一体……」
上体を起こそうとして、赤城は喉を鳴らした。
目の前には、巨大な壁がそびえ立っていた。いや、壁ではない。
朝礼台の上にいたはずの、あの圧倒的なバルクを誇る「マッチョ兄さんゾンビ」が、無言で二人を見下ろしていたのだ。
その手には、巨大なヤシの木の葉が握られている。
マッチョ兄さんゾンビは、赤城が目を覚ましたのを確認すると、実におおらかに、かつ絶妙な風量で、その葉をパタパタと仰いで涼しい風を送り始めた。
周囲を見渡せば、先ほどまで狂ったようにベンチプレスを上げていたスーパーゾンビたちが、ある者はスポーツドリンクのペットボトルを健気に捧げ持ち、またある者は片手をあげ、優しく遠巻きに二人をケアしていた。
「な……なんなんだ、この介護空間は……なぜゾンビが私たちを助ける?」
死の恐怖は別の未知への恐怖へと変わり、さらには混乱までもが加わり赤城の脳内を支配する。
今まで見てきたのは未練。そうだ、赤城の仮説では、この世界の知性ゾンビは「この世への未練」を残して彷徨っているはずだった。現に今までもそれでうまくいってきたのだ。
しかし、ここのゾンビたちはどうだ?徹底されたトレーニング、溢れんばかりのフォローの精神。これのどこに、現世への恨み辛みや、悲劇的な未練があるというのか。
(私の……私の仮説が、根本から間違っているのか?……そんなハズ!?)
赤城が頭を抱え、自身の推理の根拠を揺るがされている横で、ようやく起き上がってきた青山が、限界を迎えた体を癒そうと、懐に隠し持っていた、いつもの酒を取り出そうとした。
「あー……クソ、死ぬかと思ったぜ。ひとまず、燃料でも入れねぇと――」
ピキィッ。
その瞬間、運動場全体の空気が凍りついた。
優しい風を送っていたマッチョ兄さんゾンビの動きがピタリと止まる。その濁った瞳に、かつてないほどの激しい光が宿り、丸太のような腕がワナワナと震え始めた。
周囲のスーパーゾンビたちも、一斉に青山をギチギチと睨みつける。
「ひっ!? な、なんだぁ!? おれ、なんか悪いことしたか!?」
「ひぃぃ、なんだ突然……って何してんですか?青山さん、酒はご法度ですよ!! 確か、筋トレの効果を低下させる、とかなんとかで、やっちゃいけない事のハズです!だから、殺気立ってるんですよ!!」
「はぁぁ!?なんだそりゃ?訳が分からねぇぞ!!」
「つまり、ええい!」
赤城は立ち上がり、青山のもってるアルコールを奪い去ると、遠くへと放り投げた。
「ああああああ!」
青山の絶叫があたりに響き渡り、赤城はふぅと息を吐いた。
それらを見ていた、マッチョ兄さんゾンビは、肩を落とし寂しげな様子で、その場から立ち去ろうとした。
その瞬間、赤城の脳裏に、かつて飲み会後の筋トレ好きの同僚の背中と重なりその時の言葉が思い出された。
――『いいか赤城。アルコールなんてのは、筋肉への冒涜、つまり害悪だ。全力を尽くした肉体が次に求めるもの……それは一つしかない。ゴールデンタイムの、栄養補給だ!!』
「栄養……補給……。体を鍛えた、その後……」
ハッと閃いた赤城は、即座に物資補給を行い、送られてきた物資箱へ駆け寄った。中をガサゴソとかき分け、そして『効率』や『筋肉』を連想させるフレーズがびっしりと印刷されたボトルを、両手で引っ張り出す。
赤城がそれをただ取り出し、見せつける様に、頭上へと高々と掲げた、その瞬間。
マッチョ兄さんゾンビの全身が震え、今日一番の衝撃を周囲へ放った。
——テレレーン♪
(きた……ッ!!!)
突如として、赤城の脳内に鳴り響く、いつもの聞き馴染んだ電子音。
視界から鮮やかな色彩が急速に失われ、世界が完全なモノクロームへと変貌する。空間が完全に停止し、選ばれた対象のみが動くを事を許された場となった。
空中に、刻まれる文字列。
【イベント発生】
「あれ?あんちゃんも動けるのかい?」
「え!?青山さんもですか?……どういう事だ!?二人同時??何か変わったのか?それとも、このエリアだけ?まぁ確かにここは異質だからな……」
「考え事もいいが、あんちゃん、まずは選択肢を見ようじゃねぇか」
「そ、そうですね……考察は後にしましょう、まずは攻略を優先させませんと」
赤城は息を呑み、空中に浮かび上がる『??』の文字を見つめた。
だが、目の前に現れた3択は、彼らの予想を遥かに、そしてあまりにもあんまりなのであった。
▶ プロテインを飲む
▶ プロテインを飲む
▶ プロテインを飲む
「「全部プロテインじゃねえかァァァァァァッッッ!!!!!」」
モノクロに静まり返った運動場に、二人の、魂の絶叫ツッコミが美しくハモった瞬間、ボチッと音が鳴り、答えが▶ プロテインを飲む、にひとりでに選択された。
「はっ?なんで??まだ選んで……」
「おいおい……こいつぁ一体……」
【イベントno.1:『食事戦略』完了】
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二人の脳裏に、謎の光景がフラッシュバックした。
トレーニング器具が所狭しと並ぶジムのベンチプレスで、
汗を流していた一人の青年の記憶。
『大胸筋! もっとだ!! もっとぉぉぉぉ!!!』と、ひたすらに挑み続けていた――。
~~~
「…………」
世界が再始動し、色彩が戻り、ボトルを抱えたまま赤城の脳内はフリーズし呆然と立ち尽くした。
さすがの青山も、肉体の疲れもあってか、この理解不能には、言葉を失って絶句するしかなかった。
目の前では、マッチョ兄さんゾンビが、早くそれを飲めと言わんばかりに、狂喜乱舞のポージングを始めていた――。
(つづく)