ワールドオブぞんび ~ぞんび世界でオレたちだけギャルゲー!?~ 作:しょーもないおっさん
プロテインを巡る謎のファーストコンタクトから、数日が経過していた。
赤城と青山の二人に与えられた状況は、何一つとして変わっていない。変わっていないどころか、さらに洗練された地獄へと進化を遂げていた。
「イチ、ニ! イチ、ニ!」と規則正しく足踏みをするスーパーゾンビたちの重低音に包まれながら、赤城はひたすらダンベルを上下させていた。
「……くっ、そ……! なんで、こいつらゾンビは、近くにいるんだ……!」
額から滝のような汗を流し、赤城が怨嗟の声を漏らす。
サボることは許されないというかのように。少しでも腕の動きを止めようものなら、周囲を囲む丸太のような腕のスーパーゾンビたちが、じりじりと距離を詰めてギチギチと骨を鳴らして睨みつけてくるからだ。
だが、ふと、赤城の視線が、ある「異常なモノ」を感知した。
自分が今、必死に持ち上げている鈍い銀色のダンベル。その側面に刻まれた数字が、視界に飛び込んでくる。
『15kg』
「……あれ?」
赤城は動きを止めずに、記憶を遡った。
初日、持たされたのは、確か『10……』だったはずだ。それが今はプラス5キロの15キロ……、ひょっとして気づかなかっただけで、前から重量が変わっていたのでは?と赤城の脳内で嫌な仮説が浮かんできていた。
自分の仮説を否定する材料探しのために、周囲のパワーラックやベンチプレス台に目を向ければ、青山が泡を吹きながら持ち上げているバーベルのプレートも、昨日より巨大なものに差し替わっている気がした、
つまり、彼らはこちらの限界値を理解していて都度重さを変えているのでは?赤城の背中に冷たいものが落ちてきた。
「青山さん……! これ、徐々に、重くなってます……! ゾンビのくせに、過負荷の原則を、理解してます……!」
「おれぁ……もう……腕の、感覚が、ねえよ……。あんちゃん、おれのバーベル、これ、何キロ、あるんだぁ……?」
「……見間違いでなければ、80キロってみえますね」
「死ぬわぁぁぁッッ!!」
二人が絶望していると、朝礼台の上のマッチョ兄さんゾンビが、絶妙なタイミングで「大胸筋と太ももを強調するポーズ」をバシッと決めた。皮膚がさらにピキッと裂けたが、そんなものは些細な問題だ。まるでもっとやれる、とでも言いたげな、清々しいまでの筋肉だった。
来る日も来る日も、朝から晩までトレーニング。そしてゴールデンタイムのプロテイン摂取。
赤城と青山の二人には、筋肉を休めるためのインターバルだけが、慈悲として与えられていた。
そんな、筋肉とプロテインに脳をじわじわと侵食され始めた、ある日のことだった。
「ふぅ……。青山さん、今のラットプルダウン、少し背中の広背筋への意識が甘いですよ。もっとこう引くイメージでやらないと」
「なるほどねぇ……引くイメージかって、おれぁ何を真面目にアドバイス受けてんだ……?」
——テレレーン♪
突如として、赤城たちの意識を鋭く引き裂く、あの不穏で聞き馴染んだ電子音。
鮮やかな色彩が世界から一瞬で失われ、完全なモノクロームの停止空間へと変貌する。
空間の歪みと共に、空中へ鮮やかにウィンドウがポップアップした。あの美しくも禍々しいシステム演出だ。
【イベント発生】
「きちまったなぁ……今回はどんな理不尽が飛び出すんだ!?」
「大丈夫ですよ、青山さん、 前回の『全部プロテイン』だったから、今回はまともになってますよ。だから安心し――」
だが、空中に浮かび上がった『??』の3択の選択肢を見た瞬間、赤城の脳は完全にバグを起こした。
▶さらに限界まで追い込む。
▶さらに限界まで追い込む。
▶さらに限界まで追い込む。
「またかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!!! 『さらに』ってなんだよ! もうとっくに限界なんだよバカ野郎ォォォッ!!!」
「選択肢の意味がないだろォォォォォッッッ!!!」
静寂のモノクロ空間に、赤城と青山の魂のスクリーミングがハモる。
しかし、二人の抗議など微塵も受け付けず、システムは勝手に中央の【▶ さらに限界まで追い込む。】を自動でロックオン。決定のシステム音がピピッと無慈悲に鳴り響いた。
その瞬間、世界が凄まじい速度で再始動する。
「あ、熱い……ッ!? 大胸筋が、大胸筋が燃えるようだァァァッッ!!」
「腕が……ッ! 勝手に動いて、バーベルを……上げ下げしてやがる……ッ!!」
強制的なシステムのイベント進行により、二人の肉体は意志を無視して、爆発的なスピードで限界を超えた超高速パフォーマンストレーニングへと突入した。乳酸の限界、心肺機能の限界、そのすべてを置き去りにして、肉体がガチガチと悲鳴を上げる。
共に、脳の意識が強制的にシャットダウンする、まさにその間際――。
【イベントno.2:『トレーニング戦略』完了】
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二人の脳裏に、謎の光景がフラッシュバックした。
それは、以前とおなじあのジムのような場所。レッグプレスマシンに足をかけ、狂ったように下半身を追い込んでいた一人の青年の記憶。
『ハムストリングスが喜んでいる! まだだ!! もっと、もっと喜ばせられるはずだぁぁぁぁッッ!!!』
己の肉体の部位を「他者」のように呼び、狂気的な愛情を注ぎ込んでいた、あまりにも――。
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「……わけ、わから、ん……。でも、ハムストリングス、喜んで、る……?」
最後に脳裏にこびりついた謎の専門用語を呟きながら、赤城は青山と共に、アスファルトの上へ真っ白な灰となって崩れ落ち、完全なるブラックアウトを迎えるのだった。
(つづく)