ワールドオブぞんび ~ぞんび世界でオレたちだけギャルゲー!?~ 作:しょーもないおっさん
管理された休養と徹底されたプロテイン、そして新たなるマッチョへの道、僧帽筋への導きを経て、ようやく赤城と青山の二人は、その五体を引きずることなくスムーズに動かせるまでに回復していた。
「……あれ?」
アスファルトの上に立ち上がり、何気なく自分の衣服に触れた赤城は、奇妙な違和感に眉をひそめた。
いつも着ている、企業戦士時代からの戦闘服であるはずのビジネススーツ。そのスラックスのウエストまわりに、明らかな「余裕」が生まれているのだ。それだけではない。ジャケットの肩まわりが、心なしか以前より少し窮屈に、たくましく張っているような感覚があった。
「にいちゃん、見てくれよ。おれの、ここ、化けたんじゃないか?」
隣を見れば、青山がシャツの裾を大胆に捲り上げ、己の腹部を指さしてニカッと下品に笑っていた。
40代半ば、不摂生と酒でそれなりにたるんでいたはずの青山の腹筋。そこに、うっすらとではあるが、確実に縦と横の「溝」――すなわちシックスパックの輪郭が浮き出始めていたのだ。
「青山さん……腹筋が、キマってますね!……ということは、私のこの肩の張りは……まさか、数日間の高負荷トレーニングだけで、ここまで肉体が劇的にビルドアップされるなんて――」
二人が己の肉体の急成長に感慨深い表情を浮かべていた、まさにその時だった。
どすん、どすん、と重戦車のような足音と共に、グラウンドの支配者――あのマッチョ兄さんゾンビが、その圧倒的な大胸筋を波打たせながら二人の前に現れた。
そして、その丸太のような両腕をすっと差し出し、赤城と青山にそれぞれ「一冊のノート」を手渡してきた。
「……は?」
青山が、手渡されたノートとマッチョ兄さんゾンビの顔を見比べる。
それは、どこにでもある普通のB5サイズの大学ノート。今のこのゾンビが徘徊する世界において、探すのも難しい、「ノート」を生存者に手渡す。あまりにもシュールがすぎる絵面だった。
「ノート、ですか……? なぜ、これを? 青山さん、どう思います?」
「おれぁ……さっぱりだ。ゾンビのくせに、おれたちに文字の勉強でもしろってのかねぇ?」
今までの流れから、赤城が推察を開始する。
ノートを渡してくるイベント。交換日記?そんな訳ないな……。なら……追加の筋トレメニューか!いや、しかし、このノートの表紙には何の文字も書かれていない。完全な新品だ。
疑問符だらけで完全にフリーズした二人を前に、マッチョ兄さんゾンビは満足げに背中の広がりを強調するポーズを、バシッと決め、そのまま無言で去っていった。
「……わからない。何なんだ、このノートは……」
マッチョ兄さんゾンビが立ち去った後も、赤城は手を頭に置いたままのポーズで、自らの限界に突き当たっていた。
しかし、その横で、青山はすでに全く別のベクトルで行動を開始していた。
「おいあんちゃん。これ送ったんだけどよ、一人じゃあ難しい、ちょいと手伝ってくれないかい?」
「へ? メジャー、ですか……?」
青山は、物資搬送の機能を使って神から送られてきたばかりの、金属製のメジャーを赤城に渡すと、躊躇なく自分のシャツをめくった。
「わかりました。じゃあ、図りますね~。よっと、えー……数値は―――」
「おいおいおい、マジかよ! ウエストが、全盛期の数字に戻ってやがるぞ! おい、にいちゃん、この二の腕も太さを測ってくれ! どれくらい引き締まったか、ちゃんと全身を数値で調べねぇと気が済まねぇ!」
「青山さん、嬉しそうですね。……私も図ってみようかな?」
筋トレの成果の快感に堕ちていく青山と少し乗り気になり始めた赤城。
青山が興奮気味にメジャーで測った数値を、どこかに残しておきたいと、目に留まったのは、まさに先程手渡されたばかりのノートであった。
丁度いいと最初の一ページ目に嬉々として記入し始めた、まさにその瞬間だった。
——テレレーン♪
脳裏に鋭く突き刺さる、あの聞き飽きた90年代の電子音。
世界からすべての鮮やかな色彩が失われ、完全なモノクロームの停止空間へと変貌する。空間の歪みと共に、空中へいつもの美しくも禍々しいウィンドウがポップアップした。
【イベント発生】
「……ちっ、いまいいところだってのによ、これから太もも周りを図ろうとしていたのよぉ。空気読めや!……あんちゃん、選択肢は見えるかい?」
「くそ!、物資搬送よりこっちの方が優先度が高いのか……。」
いいところで邪魔が入ったことに毒づく二人。その目の前には浮かび上がったのは3択。
▶互いに、手に入れた成果を記録する
▶互いに、手に入れた成果を記録する
▶互いに、手に入れた成果を記録する
「選択肢なんぞ知るか!俺の意思でやるんだよ!!」
「楽しみだなー。どこまでいったんだろう?」
選択肢に別の意味でツッコミを入れる青山と、ツッコミどころか選択肢そのものをみていない赤城であった。
今まで通りシステムは勝手に中央の【▶ 互いに、手に入れた成果を記録する】を自動ロックオンし、ピピッと決定音を鳴らした。
ボチッと音が鳴り、世界は鮮やかな色彩を取り戻す。
【イベントno.4:『記録と成長』完了】
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二人の脳裏に、謎の光景が四度フラッシュバックした。
それは、どこかの誰かの自室のような場所。
大きな姿見の前で、パンツ一丁の男性が恍惚とした表情でポージングを決めていた。
彼は真横を向き、手前の手首をもう一方の剛腕で強く握りしめ、力を一気に込める。曲げられた二の腕が爆発するように丸々と膨らみ、同時に分厚い胸板が大きく上へとせり上がっていた。
鏡の中の自分に向かって、彼は満面の笑みで叫んでいた。
『ナイスサイドチェストぉぉぉぉッッ!!!』
己の成長に歓声を上げ喜んでいた。
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世界が再始動し、色彩が戻ったグラウンドで、赤城は既にノートへと向かって書き込んでいた。
手元のノートを見れば、そこには赤城の意志で、先ほど測った場所【体重、体脂肪率、各部位のサイズ】が、バッチリと記録されていた。
「がははは! なるほど、こいつはぁ『トレーニング記録ノート』だったわけだ! 好都合じゃねぇか、なぁあんちゃん、明日からの重量の伸びも、ここにバシッと記録していこうじゃねぇか!」
肉体の疲れを完全に忘れ、満面の笑顔を浮かべる青山を見て、赤城は「私も負けていられないな」と決意をあらわにした。
(つづく)