ワールドオブぞんび ~ぞんび世界でオレたちだけギャルゲー!?~ 作:しょーもないおっさん
「――いいですか、お二人とも。これは単なる『攻略』ではありません。我が魂の、そして人類が培ってきたポップカルチャーの神髄を、あの迷える魂へと示す聖戦、すなわち『布教』なのです!」
初夏の生ぬるい風が吹き抜ける廃墟の街並みを、黄瀬蘭は長い黒髪をなびかせながら、力強い足取りで進んでいた。
振り返るレベルの美人であり、その佇まいには隠しきれない気品と上流階級のオーラが漂っている。しかし、その口から飛び出す言葉の密度のギャップが激しくまだ慣れない赤城は若干気後れしたが、それでも反論した。
「……布教ね。というか黄瀬さん?私たちの目的はあくまで攻略を完了して、あのくそ神から蘇生してもらうことであって、オタクに調教することじゃないんですが」
赤城は、歩調を合わせてため息を吐いた。
「いいじゃないのあんちゃん、面白そうだから付き合おうぜぇ。おれぁお嬢ちゃんのそういう、自分に正直なところが、嫌いじゃないぜ?」
青山は楽しそうに笑っている。
彼らは今、黄瀬の提案で「まずは本です!」と強く主張したため、最初に向かう目的地は、数ブロック先にある大きな廃書店に決まり絶賛隠れながら移動中であった。
「赤城さん、あなたは本質を見誤っています」
黄瀬は歩きながら、一切息を切らすこともなく、落ち着いた雰囲気で話を開始した。
「そもそも、この世界に強制適用されている『システム』についてですが。あの謎の電子音『テレレーン♪』、そして世界がセピア色に染まり、目の前に浮かび上がる三つの選択肢……。これらは間違いなく、一九九〇年代の中期から後期にかけて日本の美少女ゲーム市場を席巻した、いわゆる『テキストアドベンチャー型ギャルゲー』の挙動そのものです。静止した背景、画面中央に固定される選択肢、そして正解を選んだ際のあの独特の効果音。これはシステムが独自に進化・成長した結果、かつて存在した特定のゲーム文法を現実の空間に強制デプロイしているとしか考えられません」
「……。一言いい? なんでそんな昔のギャルゲーの挙動を、現役の女性がそんなに嬉々として、しかもとんでも精度で分析できるわけ?」
赤城が心底不思議そうに尋ねると、黄瀬はフッと冷たい美貌に笑みを浮かべ。
「愚問ですね、赤城さん。古今東西のサブカルチャーの歴史を紐解き、その文脈を体系化することこそが我がライフワーク。九〇年代のレトロゲームは、現代のコンテンツを語る上での『バイブル』です。履修していて当然でしょう」
「さも当然、みたいな顔して言わないでくれます!? 普通は知りませんからね!?」
「まあまあ、あんちゃん。お嬢ちゃんのオタクトークは別にして、内容自体は聞いてる限り筋は通ってて感心するぜ。で、そのギャルゲー?なんちゃらを踏まえて、さっきの見たっていう『回想』をどう分析するんだい?」
青山の促しに、黄瀬は「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりに頷いた。
彼らが第一イベントを終えた直後、謎の回想、攻略対象の過去らしき映像が脳内に流れ込んできた話へと移った。
まだ小さな少女が、「習い事」をしている場面についてだった。
「あの回想を、私の知る物語に当てはめて分析します」
黄瀬は人差し指を立て、得意げに語り始めた。
「彼女はおそらく、生前において徹底的な『英才教育』を施されていた、いわゆる深窓の令嬢、あるいはそれに準ずる特権階級の子供です。しかし、そこには個人の自由意志や、子供らしい情操は一切存在しなかった。常に完璧であること、周囲の期待に応えることだけを義務付けられていたのです。――つまり! 彼女は、生前の抑圧された環境の反動、すなわち、『自由に生きたい』という、外の世界へと飛び出したいという現れに他なりません! 物語の構造としてはこれが最も美しい!」
「フーム……自由ですか……」
赤城が相槌をうち、横にいる青山は「なるほどねぇ」と感心したように顎を撫でていた。
「まあ、でも、お嬢ちゃんの言う通りなら、婆さんが子供の頃からずっと息苦しい思いをしてきたってのは、なんとなく伝わってきたな。他人の顔色ばっかり窺ってきた人生だったのかもなぁ」
「そうなんですよ、青山さん。だからこそ、彼女に『自発的な娯楽』を知ってもらう。抑圧からの解放こそが、このルートを最速で駆け抜ける正解の選択肢なのです!」
「……まあ、確かに聞いた回想の雰囲気には納得がいきますが……」
赤城もなんとなく説得されてしまっていた。彼女の言に一理あると自分でもおもってしまったのだ。
「そういえば?黄瀬さん」
とそこでふと、赤城が思い出したように黄瀬に尋ねた。
「はい?」
「先程の知性ゾンビに、普通に接してましたけどんぜですか?私たちはもう何度か遭遇しているから慣れたは、変ですがある程度の耐性はできたので、けど黄瀬さんは今回が初めてじゃないですか?恐怖とか感じなかったんですか?」
「なるほど、もっとも意見です。しかし!」
「あの『アクキー』の良さに気づく人に悪人はいません!!」
「いいですか?あの『アクキー』は――――」
「しまった!?またスイッチが入ってしまった!!?」
「……あんちゃん、やっちまったな……」
再び暴走しだす黄瀬に、赤城は頭を押さえ、青山はヤレヤレと肩をすくめた。
そうこうしている内に、彼らは目的の場所に到着した。
目の前に現れたのは、ガラスの割れ落ちた自動ドアの奥に、薄暗い空間が広がる大きな廃書店の跡地だった。
「さあ、着きましたよ! オタク文化の隠された宝物庫です。まずは本からです!」
黄瀬が廃書店の敷地に一歩を踏み出した、まさにその瞬間だった。
——テレレーン♪
脳を直接揺さぶるような、あのチープな電子音が響き渡る。
一瞬にして、世界から色彩が失われ、空間がセピア色に静止した。舞い散る埃も、崩れかけた天井の破片も、すべてが時間の止まった檻の中に閉じ込められる。
そして、彼らの視界の中央に、半透明のシステムウィンドウが出現し、三つの選択肢がポップアップした。
選択肢
▶オタグッズを発掘する
▶文芸本を発掘する
▶垂れ幕の先が気になる
「なるほど、こういうのがギャルゲー……」
赤城がセピア色の空間で興味深そうに「これがギャルゲ」と呟いていた。
「垂れ幕の先ってのは、面白そうだね~、がはは」
あきらかに失敗する方に青山は興味を持っていた。
「やめろ!おっさん!!そいつは明らかに間違いだろーが!!」
「黄瀬さん、わかってますよね!? 攻略を前提にするなら、真ん中の『文芸本』とかで彼女の品の良さに合わせたアプローチを――」
青山を止めつつ、黄瀬に念押しをする赤城だったが。
しかし、黄瀬の白い指先は、一切の迷いもなく、一番上の『▶オタグッズを発掘する』のボタンへと吸い込まれるように伸びていた。彼女にとって、攻略も大事だがそれよりも降って湧いた自らの「布教活動」を優先する気持ちが土壇場で強くなってしまうのは、至極当然だった
「布教こそが正義。システムの提示など、我が欲望の前にはただのノイズに過ぎません」
「おいイイイイイイ!!!!! いま、欲望って言ったろ攻略忘れて選んだだろ見たぞ!!!」
「……そ、そんなことありませんよ、攻略大事です。はい、あ!手が滑って……」
ポチッという気の抜けた音が響き、黄瀬が画面を力強く押し抜く。
「ちょぉぉぉ!!!スゲー力が入ってんだけど!!?」
世界に濁流のような色彩が戻り、時間が再び動き出した。
世界が再始動した瞬間、黄瀬は常人とは思えない身軽さで、書店の奥深くへと突き進んでいった。
「あっちです! 私の勘が告げています、あの方角に布教に適したサブカルチャー関連の棚があると!」
やけっぱちの赤城が「もういいよ、好きにしろよ……」と捨て鉢になっており、それらを見ていた青山は「がはは、いいじゃねぇか、これくらいの方が気持ちがイイだろ~よ」と肯定的に捉えていた。
店内は荒れ果てていたが、黄瀬が迷いなく段ボール箱や崩れた棚の隙間を漁ると、そこからかつての世界で流通していた漫画雑誌や、色鮮やかなイラストがこれでもかと詰め込まれた大判の画集の山が、次から次へと発掘された。まさに、漫画雑誌画集の大量発掘、である。
「素晴らしい……! 見てください、この奇跡的な保存状態を! これだけあれば、彼女にポップカルチャーの夜明けを叩き込むには十分です!」
黄瀬は、厚みのある大判の画集や、鈍器のような分厚い漫画雑誌を、両腕で十数冊も抱え込んだ。その重量は、成人男性でも顔をしかめるレベルの重さのはずだった。
「よし、発掘完了です。……ちょっと重いですね、しかしこの程度で私は止まらない!さあ、戻りましょう!」
歩き出した黄瀬に赤城と青山が追いかけて声かけた。
「待て待て、俺らも手伝うよ?ちょい貸しな!な、あんちゃん?」
「そうですね。先程の選択肢の件は別にしても、女性だけに持たせて、我々が手ぶらってのは居心地が悪いですからね」
「そうですか?では……アレらも持っていきましょう!!重量の都合で断念したのが、いくつかがあるんですよ。助かります」
「「……えっ!?」」
二人の申し出にこれ幸いとさらに追加で持ち出すことを決める黄瀬に、赤城と青山はやっちまったと少し後悔していた。
増量したオタグッズを運ぶ3人。
「かなりの重さですが、大丈夫ですか?」
増やしたことに、申し訳なさを感じたのか、黄瀬が尋ねたが赤城と青山は特に何でもないような顔で「大丈夫です」「問題はねぇな」と返した。
「なぁ、あんちゃん?俺さぁ、なぁんか不思議なことに、こんなにも重てぇモノがカンタンに運べちまうんだよ?おかしいだろ?」
「青山さんもですか!?実は私もなんですよ、こんなに重たい本なんて運ぶ所か持つことすらできなかった筈なのに……」
「不思議だなぁ」
「不思議ですねぇ」
なぜか、赤城と青山は、以前自分たちはもっと重たい何かを持ったことがあるようなそんなデジャヴを感じていた。
発掘した大量の本を抱え、三人は老女ゾンビの待つ庭園へと戻ってきた。
改めてみた庭園は、荒廃した街の中で奇跡的に緑が残されている静かな場所だった。噴水は枯れ、ベンチは苔むしているが、どこか世俗から切り離されたような厳かさがある。
その中央に、品のいい姿勢で、しかし体のあちこちが損壊している老女ゾンビが、ぽつんと佇んでいた。彼女は三人の姿を認めると、やはり言葉は発しないものの、その濁った瞳を僅かに見開き、彼らの元へと歩み寄ってきた。
「お待たせしました、お婆さん!」
黄瀬は、抱えていた大量の漫画雑誌と画集を、苔むした石のテーブルの上にドン、と威勢よく置いた。そして、その中から最も色彩が鮮烈で、派手なキャラクターが描かれた大判の画集を一部、老女の目の前に広げてみせた。
「さあ、これを見てください。これこそが、あなたがかつて生きていた世界に存在し、そして誰もが熱狂した、新時代の芸術――ポップカルチャーの結晶です!」
老女ゾンビは、差し出された画集をじーーっと覗き込んだ。
その濁った光のない瞳が、黄瀬の手元にある鮮やかなイラストを捉える。言葉は発しない。だが、彼女は前のめりで、黄瀬が夢中で語る姿と、その手にある奇抜なイラストを、交互に見つめている。
「これは名作で――」
黄瀬の目が輝き、再びあの知的で落ち着いたトーンのまま、凄まじい早口が始まった。
「一般的にこの時代の絵師は過渡期と評価されがちですが―――」
「この、キャラクターの視線の誘導計算―――」
「これらが絶妙なバランスで混ざり合うことで―――」
「特にこのページにおけるライティング―――」
「アニメーション業界に与えた影響を考慮―――」
「価値が――」
「長い長い、はいはい、そこまでそこまで。ま~た始まったよ……これさえなきゃな~……」
赤城がスッと手を差し出し、デジャヴを感じながら黄瀬の言葉をぶった切った。
「要するに、黄瀬さんが個人的に大喜びして、そんなに早口じゃあ、よくわからないでしょ?」
「いーえ、わかります。赤城さん。私には彼女の目が、この新たな世界を求めているのが……」
黄瀬は口を尖らせたが、それでも画集を老女に見せる手は止めなかった。
老女ゾンビの手が、ピクリと動いた。
細く、乾燥し、爪の剥がれかけた指先が、画集の表紙に描かれた鮮烈なキャラクターの絵に、そっと触れる。
その瞬間。
黄瀬の視界が、再び急激に歪んだ。
【イベントNo.2 『オタグッズ発掘』完了】
空間に浮かび上がった文字とともに、黄瀬の脳内に「謎の光景」がフラッシュバックした。
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格式高い、静まり返った美術館。
高価な大理石の床に、革靴の足音がコツコツと、規則正しく響いている。
まだ若く、仕立ての良い服を着た女性が、両親の後ろを、一歩遅れて歩いていた。
前を歩く、人物が、振り返ることもなく、冷徹な声で問いかける。
「初期の作品と比べて、筆遣いの力強さがどう違うか、わかりますか?」
若い彼女は、「貼り付けた笑顔」で
「はい、この作品の―――」
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ハッと我に返った時、世界は元の「庭園」に戻っていた。
空間に浮かんでいた【イベントNo.2 『オタグッズ発掘』完了】の文字が、粒子となって静かに消えていく。
老女ゾンビは、やはり言葉を発することはなかったが、黄瀬の手元にある画集を、じっと見つめ続けていた。
つづく