ワールドオブぞんび ~ぞんび世界でオレたちだけギャルゲー!?~ 作:しょーもないおっさん
「——おい、起きろ。おいってば、このよっぱらい親父!」
赤城の低い怒鳴り声と、容赦のないビンタの衝撃で、青山は頼りなく目を覚ました。
視界に映ったのは、ひび割れたコンクリートの天井と、一本の剥き出しの蛍光灯。カビと鉄錆の混じった、ひどく埃っぽい空気だ。体を起こすと、昨夜のアルコールが残っているのか、頭がズキズキと痛む。
「んお……。もうちっとやさしく起こしてくれよ、手厳しいねぇ、あんちゃん。んでここはどこだ?」
「地下シェルターですよ。生存者たちのコミュニティです。あんたが昨夜、ゾンビの目の前で爆睡してくれたおかげで、私の腰が!どれだけ死ぬ思いをしてここまで引きずってきたか、分かってますか……!」
赤城はネイビーのスーツのジャケットを脱ぎ捨て、泥で汚れたシャツの袖をまくり上げて、鬼の形相を浮かべていた。
「頑丈な鉄扉にボロボロの発電機とは随分と趣がある場所だなぁ」
二人の周囲にはボロボロの衣服を着て、警戒の面持ちでこちらを窺う現地民たちの姿がある。
「おい、目が覚めたか」
「あ、寝床を貸していただきありがとうございます。青山さん、こちらはここのシェルターでリーダーしている方で、昨日私たちを助けてくれたんですよ」
奥から歩いてきたのは、ライフルを肩にかけ、鋭い目つきをした防護服姿の男だった。彼は赤城と青山を値踏みするように見下ろすと、低い声で話し始めた。
「構うな、お前ではないが、『送られてきた者たち』には借りがあった。……そいつらの辿った哀れな末路も知っている」
「昨夜はお前たちを運よく拾えたが、そんな幸運が続くと思うな。この世界がどうなっているか、やつらが何なのかを教えてやる。耳の穴をかっぽじってよく聞け」
男の話は、赤城と青山にとって衝撃的なことばかりだった。
この世界が、突如として現れた死体の群れ——『ゾンビ』によって崩壊してから、すでに1年が経過しているということ。通信インフラは完全に壊滅し、電気はかろうじてソーラーパネルで賄っているものの、ライフラインはほぼ死に体であること。
「いいか、地上を徘徊している化け物どもはただのゾンビじゃない『スーパーゾンビ』と呼ばれている。絶対に戦おうとするな。あいつらは、身体能力が我々人間とは桁違いだ。だが回避方法はある、問題は……」
男は一度言葉を切り、声をさらに潜めた。
「奴らの上には、群れを率いているだろう知性を獲得した『上位種』我々は『知性ゾンビ』と呼称しているが、そんなのが存在する。こちらの言葉を認識している恐ろしいヤツだ。だから、いいか、知性ゾンビを見かけても絶対に手を出すな。放置しろ。あいつはこちらが手を出さなければ何もしないハズだ。それで見分けろ。ヤツは知恵が回るし執念深い、何よりも人類に対しての並々ならぬ殺意がある、現にいくつものコミュニティが崩壊している。いいか、一度でも刺激すれば、周りのスーパーゾンビを呼び寄せ、群れを成す。そして執拗に、攻撃しこちらが全滅するまで襲ってくる。知性ゾンビは『手を出したら終わり』の……天災だ」
「……」
男の説明を聞きながら、赤城は胸の奥をなにかわからないが、強烈な違和感に囚われていた。
(知性ゾンビは危険だから放置しろ? 手を出したら群れで襲ってくる?)
確かに、姿形は化け物そのものだった。頭の右半分が吹き飛んだ、あの凄惨な姿のOLゾンビ。
しかし、昨夜の彼女の挙動はどうだ。青山に酒を差し出され、拙い手つきでビールを注ぎ返し、青山が注いだビールをカップで受け取って、静かに去っていった。彼らが言うような、殺意に満ちた「天災」のような恐ろしさは、そこにはなかったはずだ。
何より、あの胡散臭いクソ野郎、神——自称【観客】の言葉が脳裏に蘇る。
『キミたちの前にも送った連中がいたけどね、例外なく皆「勘違い」していたよ』
「(……やはり。おかしい……?)」
赤城の頭の中で、バラバラだったピースはまだ繋がらない。
過去のプレイヤーたちは、現地民たちの言葉を聞き、義憤にかられゾンビを『討伐しようとした?』、もしくは『逃げるべき災害』だと思いサバイバルを行った?結果は全滅らしい。だとすると、あのクソ野郎が用意した、このクソゲーはそれらとは違う別のなにかある?
「青山さん」
赤城は、気づけば熟睡していたおっさんの首元を、ガシッと掴んだ。
「ん~? なんだよ?もうちょい寝かせてくれよ~」
「どうしても気になることがあります。それを調べに今すぐ地上に出ますよ」
「気になる?おれもこの枕が気になるよ」
「いいから来てください! あの時のゾンビに、もう一度会いに行くんです!」
「誰のことだぁ……?」
「あの時のOLですよ! ほら、行くぞクソ親父!」
社会人生活で自分も洗礼を受けた「不条理」を用い、赤城は嫌がる青山を強引に引きずり、現地民たちの制止を振り切ってシェルターの外へと飛び出した。
***
真昼の地上は、明るい分、夜よりもさらに荒涼としているように見えた。
崩壊したビルに挟まれた路地を、二人の男が歩いていく。赤城は周囲を警戒しながら歩く。隣を歩く青山は、気怠そうに頭を掻きながら、ふと何かを思い出したように呟いた。
「なぁ、赤城よぉ」
「!?(いつものあんちゃん呼びじゃない)なんですか、青山さん」
「俺さ、昨夜あのボロボロのおねぇちゃんに酌してもらった時、なんか断片的に思い出したんだよな。ビールを飲みながらさ、『おれぁ大吟醸派なんだ』って言った気がするんだわ。がはは、贅沢な口だよなぁ、俺も」
「……そんなこと言ったんですか。ゾンビ相手に、何を普通の飲み屋みたいな軽口を叩いてるですかあんたは」
赤城が呆れ果てた、その時だった。
ギチギチギチ、と不気味な骨の軋む音が、前方の曲がり角から響いた。
ハッと息を呑む。現れたのは、皮膚が土気色に変色し、目が血走ったスーパーゾンビだった。こちらの存在を認め、その裂けた口から不快な涎を垂らしている。
「ひっ……!」赤城の腰が瞬時に引けた。走れば軽自動車並みの速度のバケモノだ。今ここで襲われたら、抗う術はない。
しかし、そのスーパーゾンビが跳びかかろうとした瞬間、横の廃墟の2階から、トタン板を踏み鳴らす音が響いた。現れたのは、あのOLゾンビだった。彼女が濁った瞳でスーパーゾンビを鋭く睨みつけ、その青白い手を一度水平に振る。すると、あれほど狂暴そうだったスーパーゾンビが、まるで叱られた犬のように首を垂れ、ススス……と路地の奥へ退がっていったのだ。
「助かった……のか?」
赤城が冷や汗を拭う中、OLゾンビは2階の非常階段をトタトタと降りて、二人の前に姿を現した。
その手には、泥で汚れてはいるものの、明らかに高級そうな木箱が握られていた。彼女はそれを両手で持ち上げ、青山に向かって差し出したのだ。
木箱の隙間から見えたラベルには、達筆な文字で『純米大吟醸』と書かれていた。
「おっ!」
青山はそのボトルの文字を見た瞬間、その澄んだ瞳を輝かせた。
「俺の好みを覚えてるとか、やるじゃねぇかおねぇちゃん。ポイント高ぇぞ!」
その瞬間だった。
——テレレーン♪
脳内に、あまりにも場違いな、レトロな電子音が響き渡った。
「うおっ!? なんだ!?」
青山が声を上げる。次の瞬間、世界の色彩がサーッと引き、完全なモノクロームの世界へと変貌し、すべてが静止する。
そして、青山の目の前に、虚空から蛍光ピンクの半透明ウィンドウが出現した。
【イベント発生】
「おお、昨夜のクイズ画面がまた出たぞ!」青山が面白そうに指をさす。
OLゾンビの頭上に『??』という文字が浮かび上がり、その下に、3つの文字列が展開される。
▶ 前のめりに、受け取る
▶ 消費期限が気になり、断る
▶ 感動のあまり、自慢の美声を披露する
「うーん、俺の美声を聴かせてやりたい気持ちも山々だが、おねぇちゃんが持ってきてくれた大吟醸の魅力の前には勝てんわな……よし」
▶ 前のめりに、受け取る
ポチッ、と無慈悲な電子音が響き、世界が一気に鮮やかな色彩を取り戻す。
「ありがとよ!」
青山は前のめりになって木箱を受け取ると、手慣れた手つきでボトルの蓋を開け、神に念じて冷えたグラスを二つ出現させた。トトト、と大吟醸を注ぎ、一つをOLゾンビの前に突き出す。
「今度は俺からの返杯だ。ほら、おねぇちゃんも飲みなよ」
OLゾンビは、差し出されたグラスを濁った瞳で見つめ、それから青山を交互に見た。彼女の身体が微かに震え、認知と記憶がはっきりと確認できる反応を示した。彼女はそっとグラスを受け取ると、胸に抱いた。
その瞬間、青山の脳裏にアナウンスが響く。
【イベントno.2『返杯』完了】
そして、再び青山の脳内に、鮮明な光景がフラッシュバックした。
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『さすが、――教授のお嬢さんですね。成績も優秀で、本当に素晴らしい』
高校の職員室らしき場所。教師たちが、制服を着た少女を囲んで褒めそやしている。少女は、少し遅れて、作り物の綺麗な笑みを浮かべた。その目の奥は、完全に冷め切っていた。
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「……」
青山が頭を振り、大吟醸をグイと煽り一言。「やっぱ大吟醸派はちがうねぇ~」
その横で、赤城は完全に硬直していた。
「記憶……してる……。青山さんを個人の飲み仲間として認識……?。
じゃあリーダーの言ってた話は?それにさっきのスーパーゾンビに感じた死の恐怖も感じない?……」
疑念と違和感が、なにか別のモノに変わりそうになった。
「そういやよ~。さっきもまたなんか3択が出てよぉ。」
「さっき?また??なんのことです?」
「なんかみんな止まってよ~、3択?が出たんだよな~」
「……飲み過ぎですよ。ほら、瓶、わたしてください」
苦笑いを浮かべ赤城が、飲み過ぎで混乱しているであろう、青山に心配の声を掛ける横で、
「がはは! 大吟醸最高だな!」と、青山はボトルを片手に大笑いしていた。
つづく